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82. 希代の詐欺師
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「アーサーよ、ご苦労であった。其方の働きにより我が国の名誉が正しく守られた事、嬉しく思う」
「もったいないお言葉恐れ入ります」
「シャーロットは素晴らしい令嬢、いや夫人じゃな。大切にするが良い」
「はい、これからはシャーロットの心のままに暮らせるよう腐心する所存でおります⋯⋯我が家族との縁を喜びと感じてもらえるよう、鋭意努力しようとエカテリーナ共々話しております」
戦争が回避された事と交渉の全面勝訴がその場にいた全ての者達に知らされた。国王とアーサー達を支持した者達は喜色満面となり、反対した者達はこれからの凋落を思い足の震えを止められずにいた。
「シャーロットよ、心無い貴族の中には無実と証明された後も毒を撒き散らすものもおろう。そのような愚か者が未だ見受けられるのは全て余の不徳の致すところと思うておる。
『艱難汝を玉にす』とはまさに其方のためにある言葉である」
「身に余るお言葉をいただき、感謝の言葉もございません」
「ジェロームよ、誰もがシャーロットを罪人だと蔑んでいた頃より支え続け身の潔白を証明した其方達の功績は我が国の在り方を見直すきっかけにもなった。
夫として家長として妻を守り抜くその姿勢は、モルガリウス侯爵家が長年貫いてきた信義に通ずるものがある。
モルガリウス侯爵家の至宝を大切にせよ」
「は、我が兄上アンドリューが義姉上を史上の宝と慈しみかけがえのない片割れと心に決めているのと同じく、例え誰がどのような言葉を尽くしても変わらぬ愛をシャーロットのみに捧げると陛下の御前にて宣言致します」
ジェロームの熱烈な愛の告白に羨望の溜め息が聞こえたが、アンドリューやジェロームの妻の座を狙っていたメイベル・バーリントン達が青褪めた。
大勢の貴族の前で態々声をかけてきた国王の深い思いにシャーロット達は心から感謝の言葉を述べた。
モルガリウス侯爵家全員が国王の前に頭を垂れると背後に並んだ侯爵家の意に従ってきた者達も揃って頭を垂れていった。
圧巻としか言えないその様は後々までパーティーの度に話題に上ったのは言うまでもない。
次の狐狩りまでの数日、天気のいい昼間はボート遊び・アーチェリー・ピクニック。夕方は屋内でボードゲームやチェスの大会などが開かれた。
「まさか陛下の前であんな事を言うなんて」
「本人にいちいち話すより効果的だろ? 陛下の前で宣言した誓いに横槍を入れる奴はいないだろ?」
「ご子息様のそれは愛ではなくて同情と責任感。勘違いしてましたなんてバレたら恥をかくわよ」
「勘違いしてるのはシャーロットだけだから。勘違いして迷走ばかりのポンコツなのは俺だけでいいよ」
あの時、ジェロームの言葉を聞いたマリアンヌが真っ赤になりながら涙を浮かべアンドリューに抱きしめられていたのを思い出した。
(お二人の邪魔をする輩はいなくなりそうだから⋯⋯取り敢えずは良かったって事にするしかないのかしら。
ただ、あんな宣言をした直ぐ後に離婚届を出すのは拙いわよね)
シャーロットに気づかれないまま作戦勝ちしたジェロームの得意満面な笑顔を見たエカテリーナは『間抜け』認定を取り消すのを延期した。
国王の言葉に影響されたのかアーサーの迫力に気圧されたのかシャーロットに対して陰口を言う者はいなくなり、声をかけてくる者も増えてきた。
「あの刺繍、シャーロット様が⋯⋯」
「王妃殿下自慢のテーブルクロスが⋯⋯」
「新しいドレスの⋯⋯」
「今度我が家のお茶会に是非⋯⋯」
狐狩りはアーサー達の圧倒的勝利で終わり、激動の狩猟大会は終了した。
王妃達が着たドレスは社交界を席巻し、シャーロットに面会を申し込む仕立て屋が行列を作った。
予想通りテレサの名前は王都中に広まり、以前シャーロットの依頼を断った仕立て屋達は臍を噛んだ。
狐狩りが終わり二週間経った。
モルガリウス侯爵家がようやく日常を取り戻しお茶会やパーティーの招待状の選別にシャーロットが頭を抱えていると、デュークから届いた手紙をジェファーソンが持ってきた。
『狩猟小屋にてお待ち致しております』
シャーロットとジェロームは全ての招待を断って、慌ただしく荷物を纏めディーン・ボルトレーンの狩猟小屋に向かった。
街道を外れ馬車がかろうじて通れる荒れた道を走ると森の奥に突然ぽっかりと開けた場所に出た。その奥に見えた屋敷は、いつ建てられたのかわからないほど古い二階建てで屋敷の左にある馬小屋も傷んでいるように見えた。
(これがキングストンの遺産?)
人が住めるのか不思議になるほど手入れが行き届いていない屋敷にジェロームが不安そうな顔をしていたが、近くまで行って錆の浮いたノッカーを鳴らすと軋む様子もなくドアが開いた。
「お待ちしておりました」
相変わらず一部の隙もないデュークが穏やかな笑みを湛えてシャーロット達を屋敷に迎え入れた。
「これは!」
「ふふっ、驚いた?」
外からは想像もできない内装。艶やかに磨かれた床は大理石で、天井の派手さを抑えた上品なシャンデリアの光を受けて輝いている。
屋敷を案内されたが蜜蝋で磨かれた家具は好事家垂涎のアンティークばかりで、恐らくフォンテンブロー派の流れを汲んでいるだろう。
豪華な彫刻が前面・側面の細部まで彫り込まれたウォールナットでできた家具の模様は特徴的な人物や果物やアカンサスの葉。
上流階級の婦人達に人気があった『カクトワールチェア』はスカートの形を崩さないよう座面の前面が広くなっている。
「希代の詐欺師か⋯⋯」
目を引くニードルポイントレースのテーブルクロスに置かれたのは、白い金と呼ばれた磁器のセット。勿論曇りやカケなどあるはずもなく、王宮で使用するに相応しいカトラリーも並んでいた。
新鮮な食材を使った料理が並び目と口の両方を楽しませてくれた。
(こんな山の中でどうやって手に入れる? 搬入や保存はどうやってるんだ? 使用人はどこに?)
「お祖父様のお墓に行きたいの」
ここに来る途中で準備した花束は玄関に置いてある。
「その前に⋯⋯旦那様からお渡しするようにとお預かりしたものはこちらでございます」
キングストンの財産よりも何よりもシャーロットが欲しかったものが目の前に置かれた。
「お手紙ね、お祖父様からの⋯⋯」
デュークがテーブルに置いた封筒は厚みもなく表書きさえない。
震える手で封筒を手にしたシャーロットが大きく息を吸い込んで便箋を取り出した。
最愛なるシャーロット
よくここまで頑張った。たくさん話したい事はあるけれど、先ずはお祝いを言わなくてはなるまい。
お前の親は残念な奴らだったが、最後に最高のプレゼントを残してくれたようじゃな。
ジェロームに伝えて欲しい。もし、わしの大切なシャーロットを不幸にしたら⋯⋯ほんの僅かでも悲しませたら⋯⋯モルガリウス侯爵家共々消し去ってやるとな。
さて、シャーロット⋯⋯わしの話した事をよく思い出して欲しい。
わしはいつでもお前を見守っておるからな。
《稀に見る放蕩者、希代の詐欺師》
ディーン・ボルトレーン
「これだけ?」
「はい、旦那様からはシャーロット様ならこれを読めばきっと真実に辿り着くと仰っておられました」
「そんな⋯⋯お話を思いだしてって言われても」
混乱しているシャーロットの横からジェロームが心配そうに顔を覗き込んできた。
「大丈夫か?」
「分からない。だって、お祖父様が何を仰りたいのか⋯⋯⋯⋯⋯⋯」
公爵夫妻からディーンに会うのを止められていたシャーロットがほんの僅かな外出をする時や、たまたま屋敷に一人になった時に何度も会いにきてくれたディーン。
公爵達に知られずに会えるその時をどうやって知ったのかいつも不思議に思ってはいたものの、コーネリア伯爵家には一度も連絡してこなかった。それが何故なのか何度も悩んで未だに分からないでいた。
(手紙の返事が来ない時、お祖父様が病に臥せっているならデュークが必ず知らせてくれるはずだからと安心してた。だって、お祖父様とデュークなら私がどこにいるか知らないはずがないのになあって。つまり⋯⋯)
『面倒になる度に何度も名前を変えてきたからのう、覚えておらん名前もある』
「まさか、でも⋯⋯でも、それなら辻褄が合う」
思わずデュークの顔を凝視したがいつもと同じ穏やかな表情をしているだけ。
(いつでも見守ってる⋯⋯どこかで会っていたって事?⋯⋯⋯⋯一番可能性が高いのはどこ?)
「もったいないお言葉恐れ入ります」
「シャーロットは素晴らしい令嬢、いや夫人じゃな。大切にするが良い」
「はい、これからはシャーロットの心のままに暮らせるよう腐心する所存でおります⋯⋯我が家族との縁を喜びと感じてもらえるよう、鋭意努力しようとエカテリーナ共々話しております」
戦争が回避された事と交渉の全面勝訴がその場にいた全ての者達に知らされた。国王とアーサー達を支持した者達は喜色満面となり、反対した者達はこれからの凋落を思い足の震えを止められずにいた。
「シャーロットよ、心無い貴族の中には無実と証明された後も毒を撒き散らすものもおろう。そのような愚か者が未だ見受けられるのは全て余の不徳の致すところと思うておる。
『艱難汝を玉にす』とはまさに其方のためにある言葉である」
「身に余るお言葉をいただき、感謝の言葉もございません」
「ジェロームよ、誰もがシャーロットを罪人だと蔑んでいた頃より支え続け身の潔白を証明した其方達の功績は我が国の在り方を見直すきっかけにもなった。
夫として家長として妻を守り抜くその姿勢は、モルガリウス侯爵家が長年貫いてきた信義に通ずるものがある。
モルガリウス侯爵家の至宝を大切にせよ」
「は、我が兄上アンドリューが義姉上を史上の宝と慈しみかけがえのない片割れと心に決めているのと同じく、例え誰がどのような言葉を尽くしても変わらぬ愛をシャーロットのみに捧げると陛下の御前にて宣言致します」
ジェロームの熱烈な愛の告白に羨望の溜め息が聞こえたが、アンドリューやジェロームの妻の座を狙っていたメイベル・バーリントン達が青褪めた。
大勢の貴族の前で態々声をかけてきた国王の深い思いにシャーロット達は心から感謝の言葉を述べた。
モルガリウス侯爵家全員が国王の前に頭を垂れると背後に並んだ侯爵家の意に従ってきた者達も揃って頭を垂れていった。
圧巻としか言えないその様は後々までパーティーの度に話題に上ったのは言うまでもない。
次の狐狩りまでの数日、天気のいい昼間はボート遊び・アーチェリー・ピクニック。夕方は屋内でボードゲームやチェスの大会などが開かれた。
「まさか陛下の前であんな事を言うなんて」
「本人にいちいち話すより効果的だろ? 陛下の前で宣言した誓いに横槍を入れる奴はいないだろ?」
「ご子息様のそれは愛ではなくて同情と責任感。勘違いしてましたなんてバレたら恥をかくわよ」
「勘違いしてるのはシャーロットだけだから。勘違いして迷走ばかりのポンコツなのは俺だけでいいよ」
あの時、ジェロームの言葉を聞いたマリアンヌが真っ赤になりながら涙を浮かべアンドリューに抱きしめられていたのを思い出した。
(お二人の邪魔をする輩はいなくなりそうだから⋯⋯取り敢えずは良かったって事にするしかないのかしら。
ただ、あんな宣言をした直ぐ後に離婚届を出すのは拙いわよね)
シャーロットに気づかれないまま作戦勝ちしたジェロームの得意満面な笑顔を見たエカテリーナは『間抜け』認定を取り消すのを延期した。
国王の言葉に影響されたのかアーサーの迫力に気圧されたのかシャーロットに対して陰口を言う者はいなくなり、声をかけてくる者も増えてきた。
「あの刺繍、シャーロット様が⋯⋯」
「王妃殿下自慢のテーブルクロスが⋯⋯」
「新しいドレスの⋯⋯」
「今度我が家のお茶会に是非⋯⋯」
狐狩りはアーサー達の圧倒的勝利で終わり、激動の狩猟大会は終了した。
王妃達が着たドレスは社交界を席巻し、シャーロットに面会を申し込む仕立て屋が行列を作った。
予想通りテレサの名前は王都中に広まり、以前シャーロットの依頼を断った仕立て屋達は臍を噛んだ。
狐狩りが終わり二週間経った。
モルガリウス侯爵家がようやく日常を取り戻しお茶会やパーティーの招待状の選別にシャーロットが頭を抱えていると、デュークから届いた手紙をジェファーソンが持ってきた。
『狩猟小屋にてお待ち致しております』
シャーロットとジェロームは全ての招待を断って、慌ただしく荷物を纏めディーン・ボルトレーンの狩猟小屋に向かった。
街道を外れ馬車がかろうじて通れる荒れた道を走ると森の奥に突然ぽっかりと開けた場所に出た。その奥に見えた屋敷は、いつ建てられたのかわからないほど古い二階建てで屋敷の左にある馬小屋も傷んでいるように見えた。
(これがキングストンの遺産?)
人が住めるのか不思議になるほど手入れが行き届いていない屋敷にジェロームが不安そうな顔をしていたが、近くまで行って錆の浮いたノッカーを鳴らすと軋む様子もなくドアが開いた。
「お待ちしておりました」
相変わらず一部の隙もないデュークが穏やかな笑みを湛えてシャーロット達を屋敷に迎え入れた。
「これは!」
「ふふっ、驚いた?」
外からは想像もできない内装。艶やかに磨かれた床は大理石で、天井の派手さを抑えた上品なシャンデリアの光を受けて輝いている。
屋敷を案内されたが蜜蝋で磨かれた家具は好事家垂涎のアンティークばかりで、恐らくフォンテンブロー派の流れを汲んでいるだろう。
豪華な彫刻が前面・側面の細部まで彫り込まれたウォールナットでできた家具の模様は特徴的な人物や果物やアカンサスの葉。
上流階級の婦人達に人気があった『カクトワールチェア』はスカートの形を崩さないよう座面の前面が広くなっている。
「希代の詐欺師か⋯⋯」
目を引くニードルポイントレースのテーブルクロスに置かれたのは、白い金と呼ばれた磁器のセット。勿論曇りやカケなどあるはずもなく、王宮で使用するに相応しいカトラリーも並んでいた。
新鮮な食材を使った料理が並び目と口の両方を楽しませてくれた。
(こんな山の中でどうやって手に入れる? 搬入や保存はどうやってるんだ? 使用人はどこに?)
「お祖父様のお墓に行きたいの」
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「その前に⋯⋯旦那様からお渡しするようにとお預かりしたものはこちらでございます」
キングストンの財産よりも何よりもシャーロットが欲しかったものが目の前に置かれた。
「お手紙ね、お祖父様からの⋯⋯」
デュークがテーブルに置いた封筒は厚みもなく表書きさえない。
震える手で封筒を手にしたシャーロットが大きく息を吸い込んで便箋を取り出した。
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ディーン・ボルトレーン
「これだけ?」
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混乱しているシャーロットの横からジェロームが心配そうに顔を覗き込んできた。
「大丈夫か?」
「分からない。だって、お祖父様が何を仰りたいのか⋯⋯⋯⋯⋯⋯」
公爵夫妻からディーンに会うのを止められていたシャーロットがほんの僅かな外出をする時や、たまたま屋敷に一人になった時に何度も会いにきてくれたディーン。
公爵達に知られずに会えるその時をどうやって知ったのかいつも不思議に思ってはいたものの、コーネリア伯爵家には一度も連絡してこなかった。それが何故なのか何度も悩んで未だに分からないでいた。
(手紙の返事が来ない時、お祖父様が病に臥せっているならデュークが必ず知らせてくれるはずだからと安心してた。だって、お祖父様とデュークなら私がどこにいるか知らないはずがないのになあって。つまり⋯⋯)
『面倒になる度に何度も名前を変えてきたからのう、覚えておらん名前もある』
「まさか、でも⋯⋯でも、それなら辻褄が合う」
思わずデュークの顔を凝視したがいつもと同じ穏やかな表情をしているだけ。
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