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70.侯爵家から伝言係に任命された王妃殿下
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「それは何故? まさかと思うけど、ジェロームを愛してるとか?」
「あ、あの。わたくしは愛とか好意とかそういうものは全く分からなくて。どなたとも結婚を考えていないのはそういう意味もございます」
「でも厳しいと思うわ。社交界はハイエナばかりだから。公爵の肩書きだけでも垂涎ものだと思う馬鹿は多いし、キングストンはあちこちの国で有名になりすぎたもの」
「その辺りもキングストン⋯⋯シャーロットのお祖父様が貴族嫌いになられた理由の一つかもしれませんね」
王妃の言葉にエカテリーナが相槌を打った。
「ええ、生家を飛び出した理由ははっきりしていないけど彼の成功を妬む者や知識や財産を狙う者は多かったわ。国で保護すると言えば雲隠れするし、執事以外を側に寄せつけなかったのは愚か者に辟易していたからでしょうね。
その遺産を狙う者はどんな事でもするわよ。一人では太刀打ちできないわ」
国で保護するのと同じ意味で王子との婚姻を勧めているのだろう。
「資産があればそれを狙う者が集まるのは覚悟の上です。その時は全て慈善事業に寄付すれば良いと思っておりますし、公爵位は辞退させていただくつもりでおります」
「既に陛下から下知されてその準備は整っているの。後は正式な王命が出されるだけなの」
「失礼を承知で申し上げます。王家の狙いの大元は管理の行き届いていない公爵領をキングストンの財で復興させることのように思えてなりません。
祖父⋯⋯大叔父がどういう理由でわたくしに遺産を残したのかはわかりませんが、国の保護を望まなかった大叔父の遺志に添うのは公爵領の復興支援よりも慈善事業へのばらまきの方が合っている気がしております」
「シャーロットは王妃殿下の予想以上に状況を把握しておりますでしょう? 陛下の狙いは底が浅すぎてバレバレですもの」
何故かエカテリーナが得意そうに王妃に自慢した。
「女公爵は重荷だと言うと思っていたわ」
「確かに荷が重すぎるのは事実でございますが」
「が?」
「爵位だけであれば親族の一人でも探して養子縁組の上に譲渡してしまえばすみますから。多分、探せば一人くらい血の繋がったものはおりますでしょう」
「その前にハニートラップを仕掛けてくるかもしれなくてよ」
「蜂蜜でございますか?」
初めて聞く言葉にキョトンと首を傾げたシャーロットに注目が集まった。
「シャーロットは赤子と同程度の知識しかございませんの」
「は? テレーザの姉なのにと言うと可哀想だけど⋯⋯学園で貞淑な生徒だったとしても収容所ではその手の話題は豊富だったでしょう?」
「あの、わたくしもシャーロットは所謂耳年増だと思っていたのですが⋯⋯」
ジェロームの中であの絵本の内容が浮かんだ。
「嘘だろう!?」
思わず叫んだジェロームの足の甲をシャーロットが尖ったヒールでグリグリと踏みつけた。
「ぐうっ!」
自分がジェロームの足に大打撃を与えたことなどおくびにも出さず睨みつけ冷ややかな声で話しかけた。
「あら、お加減がお悪いようなら退席されてはいかがですか?」
「い、いや大丈夫。立ち上がらなければ問題ないと思う、多分だが」
「「「プッ!」」」
青褪めてプルプルするジェロームの様子からするとシャーロットは余程効率のいい踏み方をしたのだろう。
(アンドリュー対策に使えそう。その踏み方を後で教えてもらわなくちゃ)
「取り敢えずそう言った問題は今のところ起こり得ない気がしております。本人はこの通りで、理解も見つけもしていないトラップを潰せる技を身につけているようですし。
馬にさえヤキモチを焼いて愛を叫ぶ間抜けが付き纏って、馬と会話する特殊能力さえ身につけてしまいましたから」
「母上⋯⋯それは!」
「王妃殿下に楽しいお土産話を提供できて良かったわ」
「ええ、その話が広まればあの噂も下火になるかもしれなくてよ」
王妃にバラされたと言うことは近日中に陛下の耳に入り狐狩りでお会いしたら⋯⋯ジェロームは頭を抱えた。
「ハニートラップは大丈夫だとしても、その者が真面な領地経営をするとは限らないでしょう?」
「⋯⋯国を守るお立場からすればそう思われると理解しておりますが、わたくしの立場からすれば⋯⋯収容所で覚えた言葉を使うならば『クソ喰らえ』でございます」
あり得ないシャーロットの暴言に王妃が絶句し護衛騎士達が剣に手をかけた。ジェロームがシャーロットを守るように抱え込んだ横にはポカンと口を開けたマリアンヌと『プッ!』と吹き出したエカテリーナがいた。
目を吊り上げる騎士に剣から手を離すよう指示した王妃が溜息をついた。
「それ程に公爵家に興味がないと言いたいのね」
「わたくしのような者であっても領民の幸せは願っておりますので、そういう意味では良いご領主様に恵まれることを望んでおります。幸いにも散財しかしない公爵夫妻の下でも経営破綻させず領地を守っている優秀な家令がいるようです。彼と足並みを揃えられる者を選べば問題ないのではないかと愚考しております」
「王妃殿下、シャーロットは家名のためだと言って地獄に送り込まれました。それを考えれば興味どころか嫌悪の気持ちしかなくても仕方ないのではないでしょうか?
現状の公爵領を継ぐのは冤罪に対する謝罪のフリをした不良債権の押し付けのようなものだと思われます。
その上、悪辣な者達から両親を追いやって家を乗っ取ったと言われるおまけ付きです」
「そうね。わたくし達はアルフォンス公爵領の有用性から考えるけれど、シャーロットの立場から考えるととても⋯⋯。
仕方ないわね。陛下には諦めるようわたくしから申しておきます。その上でシャーロットがその気になるような⋯⋯デメリットを乗り越えるようなメリットがないか考えてみるわ」
元々無茶な話だと思っていたのだろう。意外なほどスッキリとした顔で王妃は諦めた。
「公爵家は一旦断絶、公爵領は王領として代官をおく事にしましょう。それと、シャーロットへは紐付きではない謝罪を考えるわね」
「謝罪など不要でございますし、お心に留め置かれるだけでも心苦しゅうございます。王家主催のパーティーであのような醜態をお見せしたことをお許し下さった上に、チャールズ王子殿下の事で寛大なご配慮をいただきました。それだけで十分過ぎるほどでございます」
「でも何かしらのお詫びはさせて欲しいの。でなければあのドレスのデザイン画をおねだりできないもの」
「そう言えば、王妃殿下専属の仕立て屋が平民街で騒いでいるようですわ」
「まあ、それは知らなかったわ。ジャケットのせいね。先日打ち合わせした仕立て屋を雇用したいと言っていたから」
「ですので殿下から諦めるようお伝えいただければと思っておりますの」
既に陛下が下知した命令の拒否、シャーロットの『クソ喰らえ』発言の次はエカテリーナの『伝言係任命宣言』と続くたびに護衛騎士の眉間の皺が深くなっていく。
「と言うことは既に侯爵家で抱え込んだってことね。では、仕立てを頼みたければ騒ぎ立てずにモルガリウス侯爵家に行くように言っておくわ。今回のドレスもその仕立て屋が関わっているのでしょう?」
「その通りでございます。あの者はこの先騒ぎの渦中に巻き込まれるでしょうから、身の安全を保証する為にご配慮いただきたいと思っております」
「ねえ、あのドレスと同じルトゥルーセ・ダン・レ・ポッシュの着方ができるドレスを間に合わせることはできるかしら?」
「ものによっては可能だと思います」
エカテリーナにも話していなかったがマリアンヌのものはもう直ぐ準備できる。それ以外にもデザイン画だけは何パターンかあるので王宮専属の仕立て屋なら再来週の狐狩りくらい余裕で間に合わせるだろう。
「あ、あの。わたくしは愛とか好意とかそういうものは全く分からなくて。どなたとも結婚を考えていないのはそういう意味もございます」
「でも厳しいと思うわ。社交界はハイエナばかりだから。公爵の肩書きだけでも垂涎ものだと思う馬鹿は多いし、キングストンはあちこちの国で有名になりすぎたもの」
「その辺りもキングストン⋯⋯シャーロットのお祖父様が貴族嫌いになられた理由の一つかもしれませんね」
王妃の言葉にエカテリーナが相槌を打った。
「ええ、生家を飛び出した理由ははっきりしていないけど彼の成功を妬む者や知識や財産を狙う者は多かったわ。国で保護すると言えば雲隠れするし、執事以外を側に寄せつけなかったのは愚か者に辟易していたからでしょうね。
その遺産を狙う者はどんな事でもするわよ。一人では太刀打ちできないわ」
国で保護するのと同じ意味で王子との婚姻を勧めているのだろう。
「資産があればそれを狙う者が集まるのは覚悟の上です。その時は全て慈善事業に寄付すれば良いと思っておりますし、公爵位は辞退させていただくつもりでおります」
「既に陛下から下知されてその準備は整っているの。後は正式な王命が出されるだけなの」
「失礼を承知で申し上げます。王家の狙いの大元は管理の行き届いていない公爵領をキングストンの財で復興させることのように思えてなりません。
祖父⋯⋯大叔父がどういう理由でわたくしに遺産を残したのかはわかりませんが、国の保護を望まなかった大叔父の遺志に添うのは公爵領の復興支援よりも慈善事業へのばらまきの方が合っている気がしております」
「シャーロットは王妃殿下の予想以上に状況を把握しておりますでしょう? 陛下の狙いは底が浅すぎてバレバレですもの」
何故かエカテリーナが得意そうに王妃に自慢した。
「女公爵は重荷だと言うと思っていたわ」
「確かに荷が重すぎるのは事実でございますが」
「が?」
「爵位だけであれば親族の一人でも探して養子縁組の上に譲渡してしまえばすみますから。多分、探せば一人くらい血の繋がったものはおりますでしょう」
「その前にハニートラップを仕掛けてくるかもしれなくてよ」
「蜂蜜でございますか?」
初めて聞く言葉にキョトンと首を傾げたシャーロットに注目が集まった。
「シャーロットは赤子と同程度の知識しかございませんの」
「は? テレーザの姉なのにと言うと可哀想だけど⋯⋯学園で貞淑な生徒だったとしても収容所ではその手の話題は豊富だったでしょう?」
「あの、わたくしもシャーロットは所謂耳年増だと思っていたのですが⋯⋯」
ジェロームの中であの絵本の内容が浮かんだ。
「嘘だろう!?」
思わず叫んだジェロームの足の甲をシャーロットが尖ったヒールでグリグリと踏みつけた。
「ぐうっ!」
自分がジェロームの足に大打撃を与えたことなどおくびにも出さず睨みつけ冷ややかな声で話しかけた。
「あら、お加減がお悪いようなら退席されてはいかがですか?」
「い、いや大丈夫。立ち上がらなければ問題ないと思う、多分だが」
「「「プッ!」」」
青褪めてプルプルするジェロームの様子からするとシャーロットは余程効率のいい踏み方をしたのだろう。
(アンドリュー対策に使えそう。その踏み方を後で教えてもらわなくちゃ)
「取り敢えずそう言った問題は今のところ起こり得ない気がしております。本人はこの通りで、理解も見つけもしていないトラップを潰せる技を身につけているようですし。
馬にさえヤキモチを焼いて愛を叫ぶ間抜けが付き纏って、馬と会話する特殊能力さえ身につけてしまいましたから」
「母上⋯⋯それは!」
「王妃殿下に楽しいお土産話を提供できて良かったわ」
「ええ、その話が広まればあの噂も下火になるかもしれなくてよ」
王妃にバラされたと言うことは近日中に陛下の耳に入り狐狩りでお会いしたら⋯⋯ジェロームは頭を抱えた。
「ハニートラップは大丈夫だとしても、その者が真面な領地経営をするとは限らないでしょう?」
「⋯⋯国を守るお立場からすればそう思われると理解しておりますが、わたくしの立場からすれば⋯⋯収容所で覚えた言葉を使うならば『クソ喰らえ』でございます」
あり得ないシャーロットの暴言に王妃が絶句し護衛騎士達が剣に手をかけた。ジェロームがシャーロットを守るように抱え込んだ横にはポカンと口を開けたマリアンヌと『プッ!』と吹き出したエカテリーナがいた。
目を吊り上げる騎士に剣から手を離すよう指示した王妃が溜息をついた。
「それ程に公爵家に興味がないと言いたいのね」
「わたくしのような者であっても領民の幸せは願っておりますので、そういう意味では良いご領主様に恵まれることを望んでおります。幸いにも散財しかしない公爵夫妻の下でも経営破綻させず領地を守っている優秀な家令がいるようです。彼と足並みを揃えられる者を選べば問題ないのではないかと愚考しております」
「王妃殿下、シャーロットは家名のためだと言って地獄に送り込まれました。それを考えれば興味どころか嫌悪の気持ちしかなくても仕方ないのではないでしょうか?
現状の公爵領を継ぐのは冤罪に対する謝罪のフリをした不良債権の押し付けのようなものだと思われます。
その上、悪辣な者達から両親を追いやって家を乗っ取ったと言われるおまけ付きです」
「そうね。わたくし達はアルフォンス公爵領の有用性から考えるけれど、シャーロットの立場から考えるととても⋯⋯。
仕方ないわね。陛下には諦めるようわたくしから申しておきます。その上でシャーロットがその気になるような⋯⋯デメリットを乗り越えるようなメリットがないか考えてみるわ」
元々無茶な話だと思っていたのだろう。意外なほどスッキリとした顔で王妃は諦めた。
「公爵家は一旦断絶、公爵領は王領として代官をおく事にしましょう。それと、シャーロットへは紐付きではない謝罪を考えるわね」
「謝罪など不要でございますし、お心に留め置かれるだけでも心苦しゅうございます。王家主催のパーティーであのような醜態をお見せしたことをお許し下さった上に、チャールズ王子殿下の事で寛大なご配慮をいただきました。それだけで十分過ぎるほどでございます」
「でも何かしらのお詫びはさせて欲しいの。でなければあのドレスのデザイン画をおねだりできないもの」
「そう言えば、王妃殿下専属の仕立て屋が平民街で騒いでいるようですわ」
「まあ、それは知らなかったわ。ジャケットのせいね。先日打ち合わせした仕立て屋を雇用したいと言っていたから」
「ですので殿下から諦めるようお伝えいただければと思っておりますの」
既に陛下が下知した命令の拒否、シャーロットの『クソ喰らえ』発言の次はエカテリーナの『伝言係任命宣言』と続くたびに護衛騎士の眉間の皺が深くなっていく。
「と言うことは既に侯爵家で抱え込んだってことね。では、仕立てを頼みたければ騒ぎ立てずにモルガリウス侯爵家に行くように言っておくわ。今回のドレスもその仕立て屋が関わっているのでしょう?」
「その通りでございます。あの者はこの先騒ぎの渦中に巻き込まれるでしょうから、身の安全を保証する為にご配慮いただきたいと思っております」
「ねえ、あのドレスと同じルトゥルーセ・ダン・レ・ポッシュの着方ができるドレスを間に合わせることはできるかしら?」
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