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69.男色から特殊性癖、そして新たな特技覚醒

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 ソックスの行動を見た途端厩舎の近くで熊手を持ってウロウロしていた使用人が屋敷に向けて走り出した。

「ジェファーソン様! 予測通りソックスが動きました!!」

「浴室の準備を確認して下さい。三名は確認後そのまま浴室入り口に待機。隣室に運ぶ昼食は一口サイズにして果実水を多めに、残りは衣装その他を移動して下さい」

「「「はい!」」」

(さて、こちらの準備は整いましたが後はソックスがどこまで粘れるか)



 その頃シャーロットはソックスにのしかかられて涎でデロデロにされていた。ジェロームはシャーロットに怪我をさせないように気を遣いながらソックスの鬣を引っ張ったり頭や身体を押したりしていた。

「ソックス、今日は止めろ! マジで今日はこの後の準備があるんだから!!」

(ソックス⋯⋯ふふっ大好き!)

「シャーロット、笑ってないで⋯⋯ぐぅ⋯⋯重い⋯⋯おい、ソックス!」

 真っ赤な顔でソックスを押し除けようとするジェロームだが馬房にいる中でも一番身体の大きなソックスはシャーロットの上にすっぽりと乗っかっている。

(くそ! 下手したらシャーロットが潰れてしまう)

 ソックスのことは信じているが馬の巨体とか細いシャーロットの対比を考えると恐怖で心臓が止まりそうになる。

「た⋯⋯頼むから⋯⋯ソックスぅ⋯⋯」

 発情期でもないのにシャーロットに身体を擦り付けるようにするソックスはシャーロットの髪をデロデロにしてはジェロームに向けて『ブヒン』と挑発するように声を上げる。

「分かった! ソックスがシャーロットの事を好きなのは分かったから⋯⋯だがな、俺もシャーロットが大好きなんだ!! 他の誰にも、ソックスにだってやらんからな!!」

 叫びを聞いたソックスが動きを止めてジェロームの顔を覗き込んだ。まるで『本当に?』と言っているみたいに。

「ソックスは二番手にしてやる。シャーロットの一番は譲らん!」

「ブヒーン」

「煩い! シャーロットは俺が守るから、王妃殿下が何を言ってきてもシャーロットは俺が守る。だから返してくれ!! 頼む」

「⋯⋯ブフン」

「シャーロットに傷一つでもつけたら決闘を申し込むからな!」

「ブルル」

 そんな事をするわけないだろうと言わんばかりにジェロームに向けて荒い鼻息を振り撒いた後シャーロットの顔をべろりと舐めたソックスは、この後どうしようか悩んでいるのか耳をクルクルと動かしていた。

「ソックス⋯⋯良い加減にしないと、えーっと、そう、角砂糖禁止令を出すぞ!! 林檎も禁止だ!」



 モグモグとシャーロットの髪を舐めながらジェロームの顔をガン見していたソックスがひょこっと立ち上がり、まるで何もなかったかのように馬場に戻っていく。途中で呆気に取られていた調教師の肩を押して平然と戻って行くソックスの尻尾はご機嫌に揺れていた。

「ぷっ! くすくす⋯⋯アッハッハ。ジェ、ジェロームったらソックスと会話してた! 馬好きなのは知ってたけど会話を、プハッ」

 芝の上に寝転んだままお腹を抑えて笑い転げるシャーロットを睨みつけたジェロームはボサボサになった髪を手櫛で整えながら呟いた。

「俺だって知らなかったよ。こんな特技があったなんてな」

「わた、私ってば⋯⋯角砂糖に負けちゃった。ぷふっ」

「林檎に負けたのかもな」



 笑いが治らないシャーロットを抱き上げて屋敷に向かう。

「ちょっと! ご当主様までドロドロになっちゃうわ!!」

「とっくの昔にデロデロの臭々だよ。さっきはジェロームって呼んだのにまたご当主様に戻ってるし」

「えーっ、呼んでないわ! 覚えてないのでノーカンです!!」


「シャーロットのお陰で屋敷の掃除の理由が分かったよ」

「?」

「アレは掃除してるフリの見張りだな」

 ソックスが走りはじめた時、厩舎近くにいた使用人が熊手を投げ捨てて屋敷に向かって走り出したのを見た時漸く気付いた。

「今頃、俺達の準備は全部整ってると思うぞ? 高レートで負けなし」

「⋯⋯負けの決まってる勝負には賭けないわ。あー、ソックスに念を送って成功したと思ったけど、エカテリーナ様の方が一枚も二枚も上手だわ」

「母上かジェファーソンか⋯⋯どっちも恐ろしさには違いないから。さっき言ったのは嘘じゃない。王妃殿下が何の用で来られたとしても守るから。昨夜から不安そうにしてたのに声もかけずにいてごめん」

「⋯⋯⋯⋯⋯⋯陛下と王妃殿下に断酒をやめていただけたら⋯⋯ちょっとだけ信じる⋯⋯かも」

「よし、言質は取ったからな」

「かもって言ったのよ。だから確定じゃないわ」

「悪あがきって言葉、知ってるかな?」

 ふふんと嬉しそうなジェロームに姫抱っこされたままのシャーロットは腕を組んでそっぽを向いた。



 屋敷に着くと予想通り準備万端整っていて、王妃殿下の到着前には刺繍する時間さえ残っていた。

 この日以降、ジェロームは動物と会話できる世にも珍しい男だと評判になり、狐狩りで国王から揶揄われ真っ青になるのはもう少し先の話。



 玄関前に整列し王妃殿下をお迎えした後、王宮騎士団に護衛された王妃が応接室に入るとシャーロットの最新作がかけられたトルソーが置かれていた。

「まあ、なんて上品で優雅なドレスかしら」

 ソファに座る前にいそいそとドレスの側に近付いて行く。

「裾がとても長いのね。でもボリュームが少なめで全体がスッキリとシンプルだから重くならないのね⋯⋯まあまあ、なんて事かしら!」

 近くに行った王妃がペティコートやフィシューの柄模様が刺繍だと気付いて声を上げた。

「綿ガーゼにこれほどの刺繍をするなんてシャーロットじゃなきゃ途中で発狂してるかも」

 大胆に露出した肩や胸もペチコートと一体になったように見えるフィシューのお陰で品位を下げない。

 ロージーはシャーロットが説明した通りにガウンの裾を丁寧にからげて後ろに下がった。

「他国で流行りはじめているルトゥルーセ・ダン・レ・ポッシュという着方だそうです」

「野外と屋内で正反対の印象を与えるドレスなのね!」

 一頻りドレスではしゃいだ後ソファに座ってお茶を楽しんでいる時王妃が身を乗り出した。

「ねえ、シャーロット。わたくしの娘にならない? エカテリーナには申し訳ないけれどうちの腹黒王子はどうかしら? 調教すれば少しは真面になると思うのよ」

「シャーロットは私の妻ですから王妃殿下のご冗談には笑えません」

「だって離婚するのでしょう? それなら全ての王侯貴族の王子・令息にチャンスがあるのだもの。他の者達が気付く前に手を打ちたいと思うのは親心でしょう?」

「離婚はしません。と言うか再婚確定の離婚しかしませんので」

 ジェロームがキッパリと言い切ったが王妃は納得していないようでシャーロットの方に顔を向けた。

「ジェロームはこう言ってるけど肝心のシャーロットはどうなのかしら。アルフォンス公爵家の爵位を継いで我が国初の女公爵になる話は知っているでしょう? そうなれば多くの貴族から釣書が届くはず。キングストンの遺産のことが公になるのは時間の問題だし、そうなれば他国も黙っていないわ」

 穏やかな笑みに隠された鋭い眼光は流石王妃。王太子妃教育でエカテリーナと戦い抜いた気迫がある。


「離婚⋯⋯はその。もし仮にどなたかから釣書が送られてきてもお断りするつもりでおりますし、お声をかけていただいても同じでございます」

「それは何故? まさかと思うけど、ジェロームを愛してるとか?」

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