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53.素直なシャーロットは怪しさ満載

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 王妃が突撃訪問してきた日から夕食以外はジェロームをシャットアウトしているシャーロットは、日中馬場にいる時間が長くなった。

「ソックス⋯⋯すご~く気に入らないんだけど?」

 ここ数日のシャーロットのモヤモヤに気付いているのかソックスが毎日のようにシャーロットの髪を食べようとして頭を涎だらけにする。

「ソックスの涎付きの頭は洗うの大変なんだからね。こんな事ばかりしていたら今度の狐狩りで狐にお尻を齧られちゃうわよ」

 いつもの如く『ブヒン!』と返事をした後でソックスはシャーロットのお腹に鼻面を押し付けてきた。これはブラッシングしろという催促。


「楽しそうだね」

 棚に手を伸ばしていたシャーロットの後ろから突然ジェロームの声が聞こえ、驚きすぎて転んで尻餅をついてしまった。

「お、お仕事は?」

「今日は休みを貰ったんだ。誰かさんに言おうと思っても最近は口も利いてもらえないからね」

「そうなの? その誰かさんも色々あるんじゃないかしら? 例えば妙な圧力をかけられて不快だとか」

 ソックスが床に座り込んだままのシャーロットの髪をこれ幸いとばかりに食べようと口を寄せてきた。

「ソックス、シャーロットはあげないからね。で、圧力って?」

 ソックスと押し合いながらジェロームがさりげないふりで聞いてきた。珍しくシャーロットが簡単にヒントをくれたのが怪しい。


「狐狩りには同行致しませんのでソックスと仲良く遊んできて下さいね」

(それかぁ、だろうとは思ってたけどこんなに素直に言うなんて珍しいな。素直なシャーロットなんて何か絶対に隠してるはずなんだけど)


「それは困ったな。シャーロットは目を離すと逃げ出す癖があるから、置いてはいけないんだよなぁ」

「ご心配には及びませんわ。アーサー様達がお帰りになられるまではここに滞在させていただく予定ですのよ」

「やっぱり、そいつを狙ってるんだな。父上達の帰国が決まったって誰に聞いた?」

「聞いてませんわ。そろそろかなとは思ってましたけど。で、いつですの?」

(くそ! カマをかけられた)



 アーサー達がソルダート王国に向けて出発して既に一ヶ月半経っている。屋敷からあまり出ないシャーロットにも噂の仕入れ先が出来た。情報源は商人ギルドが最も多いが最近交流しはじめた職人達から教えてもらうこともある。
仕立て屋・袋物師・カバン類製造業・ベルト細工師・絹刺繍工などで、いずれもモルガリウス侯爵家を通さずに交流している。

(いずれここを出た後の自立の為に⋯⋯)

 恐らくエカテリーナ達はその意図に気づいているが何も言わずに打ち合わせ用の部屋を貸してくれる。

 彼等はシャーロットの作った財布や腰に下げる鞄の製作に携わったことから縁ができた人や、刺繍やレース編みなどの作品繋がりで知り合った人。ジャケットの作成を頼んだ仕立て屋など。


 特に仕立て屋のテレサはシャーロットが商人ギルドが持っていた情報を使って王都内を探し回った女性。

『男性用のルダンゴトをベースに女性用のドレスを作るなんて!』

 話をした仕立て屋は皆難色を示し話にならなかった。

 そんな中で、王都の隅にあるスラム街の近くで一人暮らしをしながら仕立て物の下請けで糊口を凌いでいたテレサだけが話しを聞いてくれた。

『面白い事を考えなさるんですねぇ。デザイン画と材料を揃えていただけるならいくらでもお作りいたしますよ』


 亡くなった母親も仕立ての内職で生計を立てていたというテレサは、見よう見まねで覚えただけだというがとても丁寧な仕事をする人だった。

『とてもお世話になった方にプレゼントしたいの』


 継ぎを当てたエプロンドレスを着ていた仕立て屋の下請けの女性が、『王妃様お気に入りのジャケット』を作れる職人として王都でも指折りの仕立て屋の仲間入りをする事になるのはもう少し先の話。

 狐狩りに同行した女性達のお茶会で王妃・エカテリーナ・マリアンヌの3人がジャケットを着るのだから騒ぎにならないはずがない。

 王妃専属の仕立て屋とは知らずに打ち合わせをしたテレサは後から話を聞いてしばらくの間手が震えて針が持てなくなったと笑っていた。

『毎日黒パンが食べられたらラッキーって思いながら生きてきたんですよ。それが目の前にずいぶん立派な仕立て屋さんが座られたなあと思いながら打ち合わせを済ませたら、帰り際に王妃様が楽しみにしておられるからって⋯⋯腰が抜けるかと思いましたよ』

 ゲラゲラと笑うテレサには次のドレスの注文も出しているが、エカテリーナ用なので気合を入れてかからなければと思っている。



 貴族のドレスと言えば絹のドレスが当たり前の今、茶の平織綿に小花柄の捺染布を使う。ペティコートは綿ガーゼ全体に植物の模様をシャーロットが白糸で刺繍し、フィシューも綿モスリンを使い白糸で刺繍した。
 ガウンの裾は引きずるくらい長いローブ・ア・ラングレーズだが、ルトゥルーセ・ダン・レ・ポッシュと呼ばれる着装方法ができるように工夫した。
 これはガウンの裾を両サイドから引き出し後ろ腰にたっぷりと襞を寄せてからげる着方で、この国ではまだあまり知られていない。

(このルトゥルーセ・ダン・レ・ポッシュを知った時、絶対エカテリーナ様にピッタリだと思ったんだけど⋯⋯いざとなると不安だわ)


 あからさまに目立つ事や派手な事は嫌いだが、同じくらい新しい物に目がないエカテリーナの為に試行錯誤していた矢先、商人ギルドのギルド長が旅先で仕入れてきた。

『他国で流行りはじめているそうなんですが、この国ではどうでしょうか?』

『一着作って社交界の重鎮に差し上げてみましょう、その時の反応でこの国に浸透するかどうかわかると思います。それまであまり他言しないでいただけますか?』


 そのドレスが今日届いた。ジャケットを使ったドレスは細かいサイズ直しも終わって既に出番を待っている。それと同じくらい喜んでもらえたら嬉しいのだが。



 物思いに耽っていたシャーロットの顔を腰をかがめたジェロームが覗き込んでいた。

「で、誰に聞いた?」

「誰でもいいでしょう? 無事にお戻りになられるなら重畳ではありませんか」

「うん、知り合いが増えるのも噂話ができるくらい仲が良くなるのもすごくいい事だと思う。気になってるのは俺が仲間はずれにされてる気がする事」

「まあ、まるでやきもちを焼いているみたいに聞こえてしまいそう。揶揄わないでくださいな」

 髪を洗いたいからと馬場を離れるシャーロットの後ろをジェロームがついてきた。

「あまり近づかれたくないんですけど。乙女心に配慮する程度の騎士道精神はお持ちになられた方が将来のためになると思いますけど?」

「ソックスは俺の愛馬だからね。彼の悪戯には責任を感じるんだ」

「まあ、彼はもういい大人ですわ。自分のしたことの責任は自分で取れる年齢だと思いますの」

「今日はお仕置きに角砂糖はなしだな」

「好物を取り上げるなんて虐待かしら?」



 ぽんぽんと軽口を叩き合ううちに屋敷についた。ジェロームは屋敷の裏口で態とらしく丁寧なお辞儀をして去って行った。

(何をしにきたのかしら?)

「そうだ、夕食の後で話がある。逃げたら膝に乗せてお尻を叩くからな、絶対に逃げるなよ」

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