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17.支援者の存在

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「別の支援者がいるという事ですね」

「人が何を考え何を言うか⋯⋯それは法で認められた自由の一つに当てはまるでしょうが、言葉には責任がついてくる事をお忘れなく。特にわたくしのような仕事をしている者の前で不用意な発言をなさるのは控えられた方がよろしいかと」

「実際のところはどうなんですか? 公爵令嬢として育った女性が誰からの支援もなく生活できるとは思えない」

「確かに、コーネリア卿のご意見にも一理ありますな」

「あなた方のお話は曖昧で何一つ質問の答えになっていない。態々私を苛立たせに来たのだとしたら大成功です」


「ご不快な思いをさせてしまい大変申し訳ありません。ある意味では対立している立場とも言えますのでご理解いただきたいと存じます」

「当人との面会を希望します。いつ屋敷に帰ってくるのか1週間以内にハッキリさせろと伝えて下さい。いつまでもこの状況を続けるなら法的手段も辞さないつもりで動いています」

「畏まりました。それではわたくし共はこれにて失礼致します」

 既に弁護士に離婚についての問い合わせをしているジェロームは強気で言い放ったが、相手の方が上手だった。飄々とした態度を変えないまま帰って行った。


「くそっ!」

 腹立ちまぎれにテーブルを蹴飛ばしたジェロームは脛をぶつけて蹲った。

「ボルトレーン卿の遺産だと!? それがなんだ、ふざけるな」



 その日の夜、ムカつく気分のまま母親からの呼び出しで侯爵家に向かったジェロームは苛ついているのに気付かれてしまい来るんじゃなかったと溜息をついた。

 目の前の料理が途端に色褪せてきた。


「あら、ジェロームは亡くなられたボルトレーン卿の事を知らないの?」

「知りませんね、そんな名前」

「希代の錬金術師キングストンなら知ってるでしょう? 彼の本名と言うか最後の名前がディーン・ボルトレーンよ。無一文で飛び出して平民になった後、何度も名前を変えてたからキングストンと呼ぶ人の方が多いけど」

 侯爵家を着の身着のままで飛び出したディーンは山師としてあちこちの鉱山を渡り歩いた。彼が歩くところには宝石が成ると言われるほどの成功を収めたがその分敵も多く何度も名前を変え屋敷の場所も秘匿された。

「社交嫌いだけどたまにやって来ると大騒ぎになってたわ。資産家なだけじゃなく、話し上手の盛り上げ上手でね。手品だのイカサマだの⋯⋯兎に角話題に事欠かない方で本当に愉快な方だったわ。
成功したのを知った家族が籍を戻すって騒いだけど結局最後まで顔も合わさなかったそうだから、余程のことがあったんでしょうね」

(そのボルトレーン卿は執事に看取られ一人寂しく亡くなったんですよ⋯⋯俺のせいで)


「ボルトレーン卿の元家族はダブリン伯爵家でアルフォンス公爵夫人の実家になるわね。ご実家とは縁を切っておられてもシャーロットとは仲が良かったって事なら、双子の妹に何も残さなかったのは何故かしら」

「見た目も性格も何もかも違うからじゃないですか?」

「そうねえ、確かに⋯⋯シャーロットには会ったことがないし良いイメージもないけど、テレーザ様と似てないならお友達になれそうかもって思うわ」

 いつになったら義妹に会わせてくれるのかと文句を言う義姉のマリアンヌは最近になって度々屋敷に押しかけて来る。ジェロームに用があるわけではないらしいが街の商店街に行って一泊して帰って行くとジョージが不思議がっていた。


「で、シャーロットにはいつ会わせてくれるのかしら。マリアンヌが遊びに行ってもいつも出かけてると言うし、そろそろ連れてきてくれてもいいと思うのよ」

「⋯⋯いや、それはやめた方が」

 モゴモゴと話を誤魔化そうとしたジェロームだが今回は父親が参戦してきた。

「過去を気にしてるのはわかるが、人は隠せば隠すほど騒ぎたくなるものだ。堂々とパーティーに連れて行って『だからどうした』と言ってやれば噂なんてすぐに消えるものだ」

「ええ、わたくし達が噂を消してみせるわ。問題行動があれば叩き直しますから連れていらっしゃい」

 社交界の御意見番のモルガリウス侯爵夫人が胸を叩いた。


「はぁ、居ないんですよ」

「⋯⋯どう言う事?」

 ジェロームのやけくそ気味の言葉に全員が内心キョトンと首を傾げた。

「2ヶ月以上前に家出してどこにいるのかサッパリ。で、今日代理人の弁護士がやって来ました」


「ここ最近は真面目に屋敷に帰るようになったと安心していたのは⋯⋯」

「調査報告の確認くらいですね。まともな報告は上がってきませんけど⋯⋯以前シャーロットの作品を買ったって言うマーサは頑として口を割らないし。昔、俺が暴力亭主から助けたってのに」

「マーサ? ねえ、作品って何?」


「刺繍とかレース編みだそうですよ。アマンダは結構な腕前なはずだって言ってましたし、実際上手だったと思います。そいつを売って逃走資金を使ったらしいです」

「その作品、私持ってるかも」

「「「え?」」」

「サルバートルの商店街のマーサの店でしょ? 新作が入らないかしょっちゅう見に行ってるもの。
可愛い銀髪の女の子が身に付けていたストールが凄かったのよ。遠くから見てる時は地味だなぁって思ったのに、近くで見た時の刺繍の美し⋯⋯」

 ガターン!! カチャカチャ、ガチャガチャン⋯⋯。

 椅子を倒して食器を薙ぎ払いながらジェロームが立ち上がった。


「どこで見たんですか?」

「ストールを?」

「いや、うん、そう。そのストールを持った女性にどこで会ったんですか?」

「オーランドのお祭りで偶々見かけたの」

「くそ、隣町じゃないか! で、何か話しましたか? その女性はな⋯⋯」

「ジェローム、落ち着け!」


「それが逃げ出した妻ですよ! 隣町⋯⋯なんてこった、マーサの妹夫婦の宿屋だ! 名前は確か⋯⋯」

「銀の仔馬亭だったわよ、その女性と話したのは。確かに可愛い人だったけどテレーザ様とは全然似てなかったわ」

「そう、ぜんっぜん似てませんね。銀髪と濃い紫眼は同じだけど、後はどこが双子なのか疑問に思うほど似てません。
あれで子供の頃は親でさえ見分けがつかなかったって言うんですから、女は不思議ですよ。俺はこれで失礼させてもらいます。
今から屋敷に帰るんで、明日は⋯⋯明日から数日は体調不良になるんで仕事は休ませてもらいますから!」



 ジェローム、妻を発見。

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