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9.ろくでなしジェロームの都合

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 両親から結婚しろとしつこく言われ仕方なく結婚相手を探したジェロームだったが、仕事が忙しすぎてお茶会だのパーティーだのに連れ回されるのはごめんだと思った。結婚すれば買い物に付き合ったり一緒に食事をしろと強制されると考えただけでうんざりしていた時、仕事場で偶々シャーロットの話を聞いた。

(不貞を働いた公爵令嬢が数ヶ月後に出所する? 16歳で収容所送りになって18歳か⋯⋯この娘なら社交には出せないと言っても文句を言えないだろうし呼ばれることもないだろう。それに、屋敷に閉じ込めておけば)

 屋敷で楽しく暮らせるくらいの予算を渡して当面は外には出せないと言っておけば問題ない。長年屋敷に勤めているジョージなら元犯罪者が一人くらい増えても問題なく切り盛りをしてくれるし、礼儀作法のしっかりしたアマンダに任せておけばシャーロットの躾も出来るだろう。

 予想以上の支度金や結納金を吹っかけられたのは驚いたが、犯罪者の社会復帰に貢献するつもりで支払った。男性使用人とのトラブルに気をつけるようにと指示をしてシャーロットを領地の屋敷に住まわせる事にした。

(確かにシャーロットは屋敷から出てはいないが、ジョージやアマンダの話では結構使用人に迷惑をかけまくっているようだし。なんとかしないと使用人が可哀想だな)


 ジェロームの頭をさらに悩ませているのはシャーロットの家族だった。結婚したてのテレーザは義兄に挨拶に来たと言っては仕事場に出入りし、両親は何かと物をねだりにくる。

(シャーロットも問題だが、前科持ちの本人よりも親戚に悩まされるとはな。仕事場でもあれこれ言われるし⋯⋯)


 ふと気付くとシャーロットはほとんど食事を口にしていない。スープを一口、パンの端を一欠片。

「食が進んでいないようだが、どこか具合でも悪いのか?」

「いいえ、お腹が空いていないだけですの」

 ゴミの浮いたスープを見た日からこの屋敷の食事がどうしても口にできなくなっているシャーロットはあれこれ文句を言われる前に席を立つことにした。

「今日は少し疲れていて⋯⋯このまま失礼させていただきます」

「そうか⋯⋯ここには滅多に帰ってこれないから何もかもが使用人任せになっているのは気付いているだろう? あまり使用人に我儘を言わず屋敷の者達に馴染むよう努力してくれ」


 ジェロームの言葉に何も返事をせず席を立ったシャーロットがドアに向かうと、あからさまにホッとした様子のジョージがいそいそとドアを開けに来てくれた。

(ご当主様に何も言わなかったから感謝の代わりにドアを開けにきたのかしら?
いつまでも仲良しごっこしていれば良いわ)



 翌朝朝食の席に現れないシャーロットを気にしたジェロームはジョージに声をかけた。

「シャーロットはどうしたんだ?」

「朝食は⋯⋯召し上がられないので⋯⋯いえ、その、ま、まだ準備しておりません」

「はあ、決まった時間に食事をするよう伝えてくれ。好き嫌いして困るとも聞いているし、気まぐれに食堂に現れるのにも料理人が迷惑しているんだろう?」

 こんなに我儘だとは思わなかったと呟きながらジェロームは王都へ向けて出発した。



 レース編みや刺繍したクロスやショール。クッションカバーやテーブルセンターなど、小物がかなり揃った。

(脱出経路も確保できたのであとはいつ逃げ出すか⋯⋯)

 祖父のお屋敷にはまだ帰るつもりがないシャーロットは仕事を探すのと合わせて出来上がった作品を売って七ヶ月をなんとか過ごすつもりでいる。

(白い結婚が認められると同時に離籍しなくてはお父様達が何かしてくるかもしれない。それまでは誰にも知られないところに行かなくちゃ)



 女子収容所から真っ直ぐ馬車で伯爵邸にやって来たシャーロットはこの辺りの地理に疎かったが図書室の地図である程度逃亡先の目安をつけた。

 少し坂の上に立っている屋敷を下ると商店街がある。そこで作品を買ってくれる店を見つけられればラッキーだが、見つからなければ商人ギルドに行くしかない。
 
(商人ギルドでは身元確認されるらしいからできれば行きたくないんだけど)

 移動できるくらいのお金を稼げたら直ぐに隣町へ行く予定でいる。隣町へ行ければ四方に向かう広い街道がある宿場町なので、どの方向に逃げたのかわからなくなるはず。


 今日の為にシャーロットは平民が着るチュニックを作っておいた。腰に作品の入った鞄を巻きその上からドレスを羽織る。少し膨らんだスカートはペチコートを重ねているように見えるはず。

 準備を整えたシャーロットは一日置きの恒例にしている午前中の散歩に出かけるふりで裏庭にやってきた。この屋敷では朝夕しか食事は出ないと言われているが使用人達は交代しながら昼食も食べている。

(だからお昼になると少し人が減るのよね)

 シャーロットが裏庭を散歩しはじめるとスコップを持って花壇の端にかがみ込んでいた庭師がそそくさといなくなった。初めの頃は感じが悪いなあと不愉快だったが、今日は『ありがとう!』と思ってしまった。

 裏庭の奥にある使われていない木戸の閂を開けて外へ出た。その場でドレスを脱いで腰に巻き付けていた鞄を外して肩から襷掛けにして坂を駆け降りていく。

 屋敷を大きく迂回した分時間はかかったが、商店街の近くまでやって来れたので一度休憩することにした。

(今朝掃除に来たから私がいないことに気付くのは三日後? それとも毎朝食料を受け取りに門まで出て来てたのに出てこなければ気になって部屋まで見にくるかな? うーん、心配するとかはなさそうだから⋯⋯やっぱり三日後かな?)



 初めて来た商店街は活気あふれる店と大勢の買い物客でごった返していた。きちんと整備された石畳と街路樹。一階が店舗になっている煉瓦造りの建物はどれも三階建てで、二階と三階の窓から見える綺麗な柄のカーテンや色とりどりの花が美しい。

(とても凄い人出ね。こんなの初めて見るわ)


 シャーロットにとってはろくでなしのジェロームやジョージだが領地経営は順調のようで、道ゆく人々の表情は明るく目移りするほど豊富な商品が並んでいる。

 16歳までは引っ込み思案の公爵令嬢で、屋敷を出る時はいつも馬車で移動していた。極まれに参加させられるお茶会と学園しか行ったことがなく買い物に行ったこともない。
 その次は女子収容所。屋敷の周りは高い塀で囲まれており外の様子は見えなかった。収容所を出入りした時に見た景色で覚えているのは手入れのされていない雑木林だけだった。

 その後は軟禁されていた伯爵邸。



 色々経験をしたつもりだったが引っ込み思案な性格はあまり変わっていないらしく、店の呼び込みから声をかけられるたびにシャーロットの顔が引き攣っていく。

 人混みに押され大通りの一本裏に入り込んでしまい物を売るなんて無理かもと諦めかけた時、シャーロットが探していた小物を売っている店を見つけた。

 店の中には細々した商品が山のように並び奥に少し年嵩の女性がどっかりと腰掛けていた。

「あの、ここで商品を買ってもらうことはできませんか?」

「アンタが作ったのかい?」

「はい、見てもらうだけでも良いんですけど」

「なら、出してごらんよ」

 鞄の中から恐る恐る刺繍したショールやハンカチを出した。

「おや、中々良いじゃないか。他にもあるんだろ?」

 持っていたほとんどの作品を買い取ってくれるというが、値段はわからないから任せると言うと女性が途端に不機嫌になった。

「アンタ訳ありだろ? そんなんでやってけんのかい?」

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