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02.驚きすぎて顎が外れそう
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「デレクが私を『妻売り』したいんですって」
「⋯⋯は?」
結婚して5年、現在21歳になったアイラ・クロムウェルは、書類に目を向けたままくすくすと笑い出した。
「もう一度言ってくれるか?」
聞き返してきたのはアイラの父である、クロムウェル伯爵。
「昨夜の夜会でデレクがレオンに言ってたの。妻を売りたいって」
『なあ、『妻売り』ってぇ知ってるか~? 離婚できない夫婦がぁ離婚を認められる方法なんだってさ~。ヒック⋯⋯事実婚ならぬ事実離婚ってやつで~、堂々と⋯⋯ ヒック ⋯⋯キャロと結婚できんだって。んで~、俺も『妻売り』しようと⋯⋯ ヒック ⋯⋯思ってなぁ、買ってくれる男を探してて⋯⋯ ヒック ⋯⋯後もう一人くらい競りに参加⋯⋯ ヒック ⋯⋯奴を探してて~。お前さぁ、参加してくんね? お前、昔っからぁアイ⋯⋯アイラに惚れっ⋯⋯惚れてたじゃん』
たまたま近くを通りかかった時耳に入ったのだが、酔っ払いの戯言だと思いつつ聞いていると、既に参加者は何人か集まっているらしい。
(本気って事? ふ~ん⋯⋯)
夫のデレク・クロムウェルは24歳。元シンプソン侯爵家の次男で、結婚前の評判は美貌と知能を兼ね備えていると言う話だった。
13歳から通ったパブリックスクールの成績が、中の上辺りだと知ったクロムウェル伯爵家では、知能はそこそこで十分だからと、盛り過ぎている評判は気にしていなかった。
大学へは行かず伯爵家の領地経営を勉強すると言っていた頃のデレクは、性格も穏やかで真面目なタイプだったから。
今では⋯⋯ と言うよりも、社交界へ足を踏み入れてからは⋯⋯類稀なる美貌の手入れと、愛人の世話を含む社交に全ての能力を全振りしている。
持ち物は⋯⋯複数の愛人と穴の開いた財布くらいか。
そのお陰で、この5年間の愛人の数は延べ17人。現在は実家が所有している家に愛人2人と同居し、3人目を物色中。
『私は婿なので、執務は任せます』
『クロムウェル伯爵家のタウンハウスは、立ち入り禁止だと義父殿に言われておりますので』
と言うわけで、ひたすら社交に⋯⋯社交だけに特化して頑張っている。
「えーっと、婿養子じゃなくて婿だって分かってるんだよな? それに『妻売り』って平民達の風習みたいなもんだし」
「う~ん、あの様子だと忘れてるんじゃないかな?」
婚約した時は『婿養子』と言う契約だったが、パブリックスクールを卒業後、社交界に出て数ヶ月でデレクが豹変した。
『俺、凄いモテるんだ』
『なんか⋯⋯綺麗な令嬢達っていい匂いで⋯⋯』
男子校で寄宿舎だった弊害か、群がる女豹達に籠絡され続けて現在に至る。
結婚式の半年前には既に愛人を囲っているのが判明して『婚約破棄しよう』と言う話になったが、シンプソン侯爵家から土下座された。
『二度とさせません! 少し舞い上がっていただけで、頭を冷やさせました!』
『しかし、現時点でこれですから、次にやらかさないとは思えませんね』
政略結婚が殆どの貴族で、離婚が不可能に近いとなると、後継者ができてから自由に恋愛をはじめる貴族は多いが、結婚前から愛人を作って囲うなど聞いたこともない。
『デレクのお陰で、アイラもクロムウェル伯爵家も、既に社交界の笑い者です。まあ、結婚前で良かったと思うしかないですな』
例えアイラが傷物令嬢だと言われても、離婚できずにデレクの不貞に悩まされ続けるよりはましなはず。
アイラの父リチャードが生きている間でさえこの不始末。リチャードが亡くなったら⋯⋯アイラを放り出すか、愛人と子供を連れ込むか。
住み慣れた家を理不尽な理由で離れる事も、愛人と同居する暮らしもアイラに経験させなくない。
『婿の愛人や庶子を連れ込む予定とかがありそうで⋯⋯伯爵家の乗っ取りでも考えておられるのかと勘ぐりたくなりますな』
『とんでもない! そんなことは考えておらん⋯⋯おりません。ほら、お前もなんとか言え!』
『申し訳ありません。あの、ほんの出来心で⋯⋯これからは真面目に⋯⋯(多分)』
婿の庶子はなんの権利もないが、婿養子の子供には相続権ができる。
『婿養子ではなく、婿であってもアイラに肩身の狭い思いをさせることになります。愛人に使う無駄金など、負担するつもりはありませんし⋯⋯デレク有責での婚約破『デ、デレクの生活費は、当面の間トンプソン侯爵家で持ちます。それに、婿養子ではなく婿で構いませんから! デレクが信用できるとクロムウェル卿に納得していただけるまで⋯⋯』』
ここまで粘るのは、トンプソン侯爵家の事業成績が右肩下がりで、クロムウェル伯爵家の支援を期待しているから。結婚してしまえはこっちのものだと、トンプソン卿は随分前から『取らぬ狸』になっている。
『失礼ですが、デレクの生活費の面倒を見る事ができるのですか?』
『もちろんです。デレクは改心したので、大丈夫ですから』
結婚はしたものの、契約書はしっかり作り込んだ。
デレクの全ての生活費はトンプソン侯爵家が負担し、その明細はクロムウェル伯爵家で精査する。不貞行為が発覚した場合は卓床離婚するが、その場合デレクはクロムウェル家所有の全ての家屋等に立ち入りを禁じる。
クロムウェル伯爵家の事業や、領地経営に関する仕事でデレクが行なったものについては、所定の給与を支払う。
婚姻が成立すると同時に婿入りはするが、言動に問題がないとクロムウェル伯爵家の全員が認めるまで、養子縁組及びトンプソン侯爵家への支援は保留。
(と、そんな感じなんですけどね~。『妻売り』する意味あるのかな?)
「⋯⋯は?」
結婚して5年、現在21歳になったアイラ・クロムウェルは、書類に目を向けたままくすくすと笑い出した。
「もう一度言ってくれるか?」
聞き返してきたのはアイラの父である、クロムウェル伯爵。
「昨夜の夜会でデレクがレオンに言ってたの。妻を売りたいって」
『なあ、『妻売り』ってぇ知ってるか~? 離婚できない夫婦がぁ離婚を認められる方法なんだってさ~。ヒック⋯⋯事実婚ならぬ事実離婚ってやつで~、堂々と⋯⋯ ヒック ⋯⋯キャロと結婚できんだって。んで~、俺も『妻売り』しようと⋯⋯ ヒック ⋯⋯思ってなぁ、買ってくれる男を探してて⋯⋯ ヒック ⋯⋯後もう一人くらい競りに参加⋯⋯ ヒック ⋯⋯奴を探してて~。お前さぁ、参加してくんね? お前、昔っからぁアイ⋯⋯アイラに惚れっ⋯⋯惚れてたじゃん』
たまたま近くを通りかかった時耳に入ったのだが、酔っ払いの戯言だと思いつつ聞いていると、既に参加者は何人か集まっているらしい。
(本気って事? ふ~ん⋯⋯)
夫のデレク・クロムウェルは24歳。元シンプソン侯爵家の次男で、結婚前の評判は美貌と知能を兼ね備えていると言う話だった。
13歳から通ったパブリックスクールの成績が、中の上辺りだと知ったクロムウェル伯爵家では、知能はそこそこで十分だからと、盛り過ぎている評判は気にしていなかった。
大学へは行かず伯爵家の領地経営を勉強すると言っていた頃のデレクは、性格も穏やかで真面目なタイプだったから。
今では⋯⋯ と言うよりも、社交界へ足を踏み入れてからは⋯⋯類稀なる美貌の手入れと、愛人の世話を含む社交に全ての能力を全振りしている。
持ち物は⋯⋯複数の愛人と穴の開いた財布くらいか。
そのお陰で、この5年間の愛人の数は延べ17人。現在は実家が所有している家に愛人2人と同居し、3人目を物色中。
『私は婿なので、執務は任せます』
『クロムウェル伯爵家のタウンハウスは、立ち入り禁止だと義父殿に言われておりますので』
と言うわけで、ひたすら社交に⋯⋯社交だけに特化して頑張っている。
「えーっと、婿養子じゃなくて婿だって分かってるんだよな? それに『妻売り』って平民達の風習みたいなもんだし」
「う~ん、あの様子だと忘れてるんじゃないかな?」
婚約した時は『婿養子』と言う契約だったが、パブリックスクールを卒業後、社交界に出て数ヶ月でデレクが豹変した。
『俺、凄いモテるんだ』
『なんか⋯⋯綺麗な令嬢達っていい匂いで⋯⋯』
男子校で寄宿舎だった弊害か、群がる女豹達に籠絡され続けて現在に至る。
結婚式の半年前には既に愛人を囲っているのが判明して『婚約破棄しよう』と言う話になったが、シンプソン侯爵家から土下座された。
『二度とさせません! 少し舞い上がっていただけで、頭を冷やさせました!』
『しかし、現時点でこれですから、次にやらかさないとは思えませんね』
政略結婚が殆どの貴族で、離婚が不可能に近いとなると、後継者ができてから自由に恋愛をはじめる貴族は多いが、結婚前から愛人を作って囲うなど聞いたこともない。
『デレクのお陰で、アイラもクロムウェル伯爵家も、既に社交界の笑い者です。まあ、結婚前で良かったと思うしかないですな』
例えアイラが傷物令嬢だと言われても、離婚できずにデレクの不貞に悩まされ続けるよりはましなはず。
アイラの父リチャードが生きている間でさえこの不始末。リチャードが亡くなったら⋯⋯アイラを放り出すか、愛人と子供を連れ込むか。
住み慣れた家を理不尽な理由で離れる事も、愛人と同居する暮らしもアイラに経験させなくない。
『婿の愛人や庶子を連れ込む予定とかがありそうで⋯⋯伯爵家の乗っ取りでも考えておられるのかと勘ぐりたくなりますな』
『とんでもない! そんなことは考えておらん⋯⋯おりません。ほら、お前もなんとか言え!』
『申し訳ありません。あの、ほんの出来心で⋯⋯これからは真面目に⋯⋯(多分)』
婿の庶子はなんの権利もないが、婿養子の子供には相続権ができる。
『婿養子ではなく、婿であってもアイラに肩身の狭い思いをさせることになります。愛人に使う無駄金など、負担するつもりはありませんし⋯⋯デレク有責での婚約破『デ、デレクの生活費は、当面の間トンプソン侯爵家で持ちます。それに、婿養子ではなく婿で構いませんから! デレクが信用できるとクロムウェル卿に納得していただけるまで⋯⋯』』
ここまで粘るのは、トンプソン侯爵家の事業成績が右肩下がりで、クロムウェル伯爵家の支援を期待しているから。結婚してしまえはこっちのものだと、トンプソン卿は随分前から『取らぬ狸』になっている。
『失礼ですが、デレクの生活費の面倒を見る事ができるのですか?』
『もちろんです。デレクは改心したので、大丈夫ですから』
結婚はしたものの、契約書はしっかり作り込んだ。
デレクの全ての生活費はトンプソン侯爵家が負担し、その明細はクロムウェル伯爵家で精査する。不貞行為が発覚した場合は卓床離婚するが、その場合デレクはクロムウェル家所有の全ての家屋等に立ち入りを禁じる。
クロムウェル伯爵家の事業や、領地経営に関する仕事でデレクが行なったものについては、所定の給与を支払う。
婚姻が成立すると同時に婿入りはするが、言動に問題がないとクロムウェル伯爵家の全員が認めるまで、養子縁組及びトンプソン侯爵家への支援は保留。
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