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39.アリシアは演技派

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「親が縁談を決めてしまったら子供はそれに従うしか。それが貴族のしきたりですもの」

 諦めきって肩を落としたエリーを見ながらアリシアは溜息を漏らした。

「エリーはもっと気概のある娘だと思ってたのに、簡単に諦めてしまうなんてとても残念ね。子爵令息は元々ミリーとの婚約を望んでいたの。でもミリーは高位貴族としか結婚したくないからって、エリーの振りをして恋人だった子爵令息に会ってあなたとの婚約を決めさせたそうよ」

「そんなの詐欺だわ」

「ミリーやサイラスがどんな人間かわかっているでしょう? 諦めるならこの先も覚悟しなくてはね」

 教え諭すように話すアリシアにマイラが首を横に振った。

「嫌、やっぱり・・嫌です。何か、何か方法を考えます。レバントの宿を出る時もう二度とあの人達に振り回されないって決めたんです」

「ではどうするの?」

「子爵様には・・私は一度もお会いした事はないとお手紙を書いてその後平民になって働きます」

「皇太子様の事は?」

「平民になる事をお手紙に書いて指輪をお送りします。今でさえ力不足な私ですから平民になってしまったらもうお会いできません。いつか帝国に行って少しでもお役に立てるように頑張ります」


「ねえお母様、もういいでしょう?」

 いつまでもエリーを追い詰めるアリシアの態度に我慢しきれなくなったマイラが口を挟んだ。

「大切な事ですからね。人の助けを待つだけの人なら途中で逃げ出してしまうでしょう。エリーの覚悟を知らなくてはいけなかったのだからそんなに怒らないでちょうだい」

 話の意味がわからないエリーはハンカチで涙を拭きながら俯いていた。

「エリー、あなたの親権は私が持っているの」

 弾かれたように顔を上げたポカンと口を開けたエリーの前ではさっきまで厳しい顔をしていたアリシアが一転していつもの優しい顔をしていた。

「?」

「2年前に正式に手続きを済ませたのだけどサイラス達はすっかり忘れて婚約の話を進めてしまったの」

 茶目っ気たっぷりにウインクしたアリシアを見ながらマイラは態とらしく大きな溜息をついた。

「つまりね、お馬鹿サイラスが決めた婚約は無効って事」

 エリーはポカンと口を開けマイラを見つめた。

「お母様が先手を打っておいたのだけど、たった2年で忘れるなんて呆れて物が言えなかったわ」

 エリーがアリシアを見るとにっこり笑って頷いた。

「だったら私はもうお父様やお母様の言う事聞かなくてもよくてお兄様やミリーに振り回されなくていいんですね?」

「そういう事ね」

 頷き笑う2人を前にエリーは一度止まっていた涙がまた流れはじめた。

「あら、泣くのはまだ早くてよ。もう一つ報告があるの。クラティア王国の事は知ってるかしら?」

「はい、確か帝国の東に位置する国で同盟国の一つです。帝国とは貿易が盛んで質の良い毛織物と絹の生産が盛んな国です」

「よくお勉強しているようね。その国のリズバード公爵夫人とわたくしは昔からの知り合いで、この度エリーを養女として迎えていただく事になったの」

「?」

 エリーはキョトンと首を傾げた。リズバード公爵はクラティア前国王の年の離れた弟で外務大臣として長年政務に携わっている。アリシアは絹織物の貿易を拡大しようとしていたリズバード公爵と知り合い、その後夫人と友好を深めていた。

「他にも何人か候補はいらしたのだけど、帝国との関係を考えるとリズバード公爵家が一番なんじゃないかと思ったの。それに公爵様と夫人は恋愛結婚でとても仲睦まじくていらっしゃるし」

 切れ者として有名な公爵とおっとりした夫人の間には三男一女の子供がおり、近々嫡男に家督を譲り引退後は政務も離れ楽隠居する予定だと豪語しているが、まだ年若い国王から引き止められているので隠居生活は当分先になるのではないかと噂されている。

「エリーが勉強をはじめてからお母様はあちこち調べ回っておられたのよ。エリーに必要な身分を準備しなくちゃって」

 オーモンド公爵やモブレー公爵と同等かそれ以上の力を持つ王侯貴族で、帝国と友好関係にありベルトラム侯爵家とその派閥に迎合する意見を持っていないか批判的な考えを持っている事が条件。人探しは困難を極めアリシアの広い人脈を持ってしても2年以上の月日を要した。

 随分長い間殆どアリシアと会えなかった理由を知ったエリーはアリシアに飛びついた。

「お祖母様ありがとう。なんて言って感謝の気持ちを伝えたらいいのか」

「途中でほんの少しでも成績が落ちたり泣き言を言ったら放っておくつもりでした。でも本当に良く頑張っていたからわたくしも少しお手伝いしたくなったのよ」

 アリシアが各国の情報と有力貴族の内情や思想を調べて飛び回っている間、マイラは帝国の妃教育に必要な情報と資料を集め家庭教師として最適な人材を探し回った。
 そのお陰でエリーは以前帝国で妃候補の家庭教師を務めた教師から最低ラインはクリアしたと言うお墨付きを貰っている。

「さて、準備が整ったところで皇太子殿下を含め勝手放題していた人達に反撃しましょう」

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