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2.サラの過去、虐められてはないと思うけど
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「サラ、お婆様が身体を拭いて欲しいってー」
「サラ、喉が渇いたわ」
「サラ、ネックレス磨いてぇ」
「サラ、眠い⋯⋯抱っこ」
「サラ、この書類明日の朝までに頼む」
サラサラサラサラ⋯⋯モーガン侯爵家に終日『サラ』コールが響き渡るようになったのは父親が再婚してすぐの頃から。
サラが5歳の時亡くなった母アウローラは儚げな雰囲気を持つ美しい人だった。
『この国の水が合わないの』
身体が弱くしょっちゅう熱を出していたが、サラに遠い国の話を聞かせてくれた。
仕事の忙しい父親とはあまり関わることがなかったが、家政を切り回す祖母がサラを育ててくれた。
父親が長年の愛人ナターシャと7歳のビクトリアを連れてきたのはサラが8歳の時だった。
はじめは上手くいっていた。腰の低いナターシャは義母の指示に従い慣れない家政を覚えようと努力し、サラと歳の近いビクトリアはマナーや勉強を頑張る真面目な性格だった。
穏やかな一年が過ぎた頃祖母が体調を崩すことが増えてから少しずつ歯車が狂いはじめた。
『よく分からないからお願い』
『お姉様の方が得意だもの』
『お祖母様の好みはサラの方が詳しいから』
勉強の合間は2人からのお願い事に忙殺されるようになった。
『サラならこれも任せられる、助かるよ』
困窮しているわけではない侯爵家には十分な使用人がいるが、夫人の仕事や令嬢本人がするべき仕事がサラに回ってくる。その上父親まで参戦しはじめる始末。
使用人に指示を出して仕事を任せ少し時間ができると『お願い』『助けて』がやってくる。
悪意より迷惑な甘えは誰にも抗議できず、いつしか家政の切り盛りや父親の補佐の全てがサラ一人の肩に降りかかってくるようになった。
ビクトリアを連れて『ありがとう』と言いつつお茶会や買い物に出かけるナターシャを横目に帳簿をつけるサラ。
父親と3人で避暑に出かける家族から『ありがとう、あとはよろしく』の言葉を受け、見送った後は祖母の世話をするサラ。
弟のデレクが産まれた時『嫡男が誕生した』と喜ぶ家族の横で、仕事が増えると引き攣った笑みを浮かべた。
母方の祖母が亡くなったと連絡が来たのはサラが学園に入学したばかりの12歳の時。一度も会ったことがない祖母だったが遺言で幾許かの資産残してくれた。それを手に入れたサラは決心した。
『お祖母様ありがとう。これを元手に準備をして、この家を出るわ! そしたら必ず会いに⋯⋯お墓参りに行くからね』
ところが⋯⋯。
『これからビクトリアやデレクにお金がかかるでしょう? サラはお義母様のお陰で資産ができたのだし、これからはそれを使ってね』
『資産運用の勉強になるから頑張りなさい。サラなら安心だから』
『お姉様って凄いです!』
学園の授業料まで負担させられて資産は減る一方。ちまちまと儲けを狙っているのでは家を出るなど夢のまた夢だと気付いたサラは商売をはじめることにした。
店を借りるツテがないサラは目減りしていく資金から買った古着を夜なべして手を加え、毎週末に路上でそれらを売り捌いた。
固定客が増えてきた頃にカフェのオーナーから『店の一角に置いてあげる』と言われ、漸く軌道に乗りはじめたのが15歳の時。
それと同時に友人が参加し学園在学中にローゼン商会を立ち上げることになるとは思わなかったが、家族にはずっと秘密にしたままでいる。
学園を卒業後も家政の切り盛りと介護と仕事に明け暮れた。ビクトリアはとっくに伯爵家に嫁いでいたが『介護要員』『雑務担当要員』のサラには婚約話の噂もない。
『サラは良い子なのにお話がこないのが可哀想だわ。ずっとここでのんびりして良いからね』
『モテなくても僕が養ってあげるからね』
『領地経営を覚えたら生きていけるから大丈夫だぞ』
釣書が届いても断っているのを知っているサラからすれば『使い潰す気満々じゃん』である。
22歳で父方の祖母が亡くなり漸く家を出ることができた。
『家の事は誰に指示して貰えばいいの?』
『僕の宿題は誰に手伝って貰えばいいの?』
『仕事の補佐はお前が一番なのに』
にっこり笑ったサラは『知ったこっちゃない』と思いつつ、さっさと引っ越しを済ませた。
離籍できなかったのには不安が残ったが、それ以来ずっと平民街の外れにあるローゼン商会の寮に住んでいる。
モーガン侯爵家から手紙が届いたのは一週間前だった。屋敷に着くと満面の笑みを浮かべた父親が出迎え、ボクス公爵家のボンクラ⋯⋯イーサン・ボクスとの婚約が決まったと言われたサラは大きな溜息をついた。
(ボクス家じゃあ⋯⋯しょうがないか)
「サラ、喉が渇いたわ」
「サラ、ネックレス磨いてぇ」
「サラ、眠い⋯⋯抱っこ」
「サラ、この書類明日の朝までに頼む」
サラサラサラサラ⋯⋯モーガン侯爵家に終日『サラ』コールが響き渡るようになったのは父親が再婚してすぐの頃から。
サラが5歳の時亡くなった母アウローラは儚げな雰囲気を持つ美しい人だった。
『この国の水が合わないの』
身体が弱くしょっちゅう熱を出していたが、サラに遠い国の話を聞かせてくれた。
仕事の忙しい父親とはあまり関わることがなかったが、家政を切り回す祖母がサラを育ててくれた。
父親が長年の愛人ナターシャと7歳のビクトリアを連れてきたのはサラが8歳の時だった。
はじめは上手くいっていた。腰の低いナターシャは義母の指示に従い慣れない家政を覚えようと努力し、サラと歳の近いビクトリアはマナーや勉強を頑張る真面目な性格だった。
穏やかな一年が過ぎた頃祖母が体調を崩すことが増えてから少しずつ歯車が狂いはじめた。
『よく分からないからお願い』
『お姉様の方が得意だもの』
『お祖母様の好みはサラの方が詳しいから』
勉強の合間は2人からのお願い事に忙殺されるようになった。
『サラならこれも任せられる、助かるよ』
困窮しているわけではない侯爵家には十分な使用人がいるが、夫人の仕事や令嬢本人がするべき仕事がサラに回ってくる。その上父親まで参戦しはじめる始末。
使用人に指示を出して仕事を任せ少し時間ができると『お願い』『助けて』がやってくる。
悪意より迷惑な甘えは誰にも抗議できず、いつしか家政の切り盛りや父親の補佐の全てがサラ一人の肩に降りかかってくるようになった。
ビクトリアを連れて『ありがとう』と言いつつお茶会や買い物に出かけるナターシャを横目に帳簿をつけるサラ。
父親と3人で避暑に出かける家族から『ありがとう、あとはよろしく』の言葉を受け、見送った後は祖母の世話をするサラ。
弟のデレクが産まれた時『嫡男が誕生した』と喜ぶ家族の横で、仕事が増えると引き攣った笑みを浮かべた。
母方の祖母が亡くなったと連絡が来たのはサラが学園に入学したばかりの12歳の時。一度も会ったことがない祖母だったが遺言で幾許かの資産残してくれた。それを手に入れたサラは決心した。
『お祖母様ありがとう。これを元手に準備をして、この家を出るわ! そしたら必ず会いに⋯⋯お墓参りに行くからね』
ところが⋯⋯。
『これからビクトリアやデレクにお金がかかるでしょう? サラはお義母様のお陰で資産ができたのだし、これからはそれを使ってね』
『資産運用の勉強になるから頑張りなさい。サラなら安心だから』
『お姉様って凄いです!』
学園の授業料まで負担させられて資産は減る一方。ちまちまと儲けを狙っているのでは家を出るなど夢のまた夢だと気付いたサラは商売をはじめることにした。
店を借りるツテがないサラは目減りしていく資金から買った古着を夜なべして手を加え、毎週末に路上でそれらを売り捌いた。
固定客が増えてきた頃にカフェのオーナーから『店の一角に置いてあげる』と言われ、漸く軌道に乗りはじめたのが15歳の時。
それと同時に友人が参加し学園在学中にローゼン商会を立ち上げることになるとは思わなかったが、家族にはずっと秘密にしたままでいる。
学園を卒業後も家政の切り盛りと介護と仕事に明け暮れた。ビクトリアはとっくに伯爵家に嫁いでいたが『介護要員』『雑務担当要員』のサラには婚約話の噂もない。
『サラは良い子なのにお話がこないのが可哀想だわ。ずっとここでのんびりして良いからね』
『モテなくても僕が養ってあげるからね』
『領地経営を覚えたら生きていけるから大丈夫だぞ』
釣書が届いても断っているのを知っているサラからすれば『使い潰す気満々じゃん』である。
22歳で父方の祖母が亡くなり漸く家を出ることができた。
『家の事は誰に指示して貰えばいいの?』
『僕の宿題は誰に手伝って貰えばいいの?』
『仕事の補佐はお前が一番なのに』
にっこり笑ったサラは『知ったこっちゃない』と思いつつ、さっさと引っ越しを済ませた。
離籍できなかったのには不安が残ったが、それ以来ずっと平民街の外れにあるローゼン商会の寮に住んでいる。
モーガン侯爵家から手紙が届いたのは一週間前だった。屋敷に着くと満面の笑みを浮かべた父親が出迎え、ボクス公爵家のボンクラ⋯⋯イーサン・ボクスとの婚約が決まったと言われたサラは大きな溜息をついた。
(ボクス家じゃあ⋯⋯しょうがないか)
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