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82.不気味な大司教
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「それでは聖女様はきっと宝具を守ろうとなさったのですね。なんと御労しい⋯⋯。そこへ伺うのであればアリエノール様にお声をかけて参りますわ。ルーク、アリエノール様にお声をかけに参りましょう」
腕を引っ張ってルークとアリエノールの方へ向かうセアラ。
「さっきの妙な態度といい、どうしてそんなに急いでるんだ?」
「アリエノール様が困っておられるみたいだから救出に向かうの」
セアラがアリエノールに声をかけた時はジャクソン皇太子が丁度アリエノールに求婚しようとしていた時だった。
「アリエノール様、宜しいでしょうか? 聖女様の宝物庫に案内していただけるそうですの」
「まあ、それは素晴らしいわね。是非わたくしもご一緒させていただかなくては」
苦々しげなジャクソン皇太子に睨みつけられたセアラはルークから手を離しアリエノールに手を伸ばした。
「なんでも聖女様が最後を迎えられた場所だそうですの。少しばかり不安なのでお側にいさせて頂けませんか?」
「ええ、勿論構わなくてよ。セアラはわたくしの妹のような存在ですもの。ピッタリとくっついていらっしゃいな」
不安に駆られて側にいて欲しいと言っている割にスタスタと並んで歩いていくアリエノールとセアラ。
(セアラはマジで策士だな)
その後ろを笑いを噛み殺したルークがついて行った。
何が起きたのかジャクソン皇太子が気づいた時にはアリエノール達は宝物庫の入り口に立っていた。
旧神殿の見学が終わり部屋に戻ってきたセアラをイリスが待ち構えていた。
「どうだった? 何か出た?」
ワクワクが隠しきれていないイリスを連れて行かなくて正解だったと思いつつセアラはソファに腰を下ろした。
「午前中から亡霊が出るとは思えないけど、昨夜のお爺ちゃんの様子なら何か特別な見せものでもあったんじゃないの?」
大司教は聖女の宝物庫で奇跡が起きると信じていたらしい。
入り口でランプを渡されアリエノールと並んで宝物庫に足を踏み入れたが、暗く埃っぽい部屋に大理石のテーブルらしきものがあるだけ。
『ここに最後の聖女様の御御霊はおられるのです』
後ろから重々しい声が聞こえてきた時にはアリエノールと二人で飛び上がってしまった。
『大司教様でしたか。お声が部屋に反響して⋯⋯失礼致しました』
『セアラ様は何も感じられませんかな? 聖なるお役目を次の聖女に引き継ぐ事が叶わなかった哀れな聖女様の悲しみと慟哭が』
『ここで起きた事はとても悲しい事だとは思いますが、わたくしには何かを感じ取るような特別な力はございませんので』
『そうですか。もう少し時間が必要なのか⋯⋯あるいは』
入り口を塞ぐように立っていた大司教はブツブツと呟きながら背を翻しいなくなった。
『少し気持ち悪いわね。早くここを出ましょう』
窓のないその部屋に閉じ込められたら逃げ場がない。大司教の代わりに部屋を覗き込んできたルークの手を借りてさっさと部屋を後にした。
「セアラ、気をつけてね。絶対絶対一人になっちゃダメだよ。あの爺さん、何しでかすか分かんないじゃん」
「うん、気をつける。それと⋯⋯ウルリカ様が心配なのよね」
「なんで? 今のところ怪しい行動をする人はいないんでしょ?」
「そう⋯⋯だから怪しいの。帝国は3人の名前を名指しにした。アリエノール様を狙ったのは皇太子で、私の名前を出したのは多分大司教。だったらウルリカ様の名前は何故出たのか。
何もないとは思えないのよ」
ルークにこの話をしてもメアリーアンに聞いてみても、ウルリカはアリエノールと一緒に動く事が多かったからだろうと言われた。ウルリカの名前も一緒に上がっていれば警戒されにくくなるからと言うのが彼らの見立てだったが⋯⋯。
「それだけなら名前を出さなくても一緒に来るってことでしょ? 誰かの名前が出た時点で警戒していた訳だし、どうしても気になるの」
「では念の為ウルリカ様の警護を厳しくするよう伝えておきます」
「うん、お願いします」
メアリーアンの言葉に少しだけホッとしたセアラはこの時大きなミスをしたことに気づいていなかった。
昼食会とその後の会議に参加しないセアラは午後はフリーになる。ノックの後入ってきたメイドが部屋に態々食事を届けると言ってくれた。
「外出が可能なら午後は王都を見学してみようかと思うの。だから食事は不要だと伝えてもらえるかしら?」
「畏まりました。お出かけでしたら馬車の手配を致しますので少々お待ち下さいませ」
「セアラ、出かけるなら私も行く!」
「そう言うと思ってた。王都の名物は何か知ってる?」
「ううん、前に来た時はそれどころじゃなかったから⋯⋯でも、羊の料理が有名だって聞いたような気がするわ」
「じゃあ、決まりね。メアリーアンはどうする?」
「私は王都はちょっと⋯⋯セアラ様の許可が頂けるならアリエノール様のお手伝いをさせて頂きたいと思います」
「構わないわよ。ルーク達が一緒に来てくれるから大丈夫だと思うの」
要塞のような赤い煉瓦作りの宮殿の前には険しい顔をした警備兵が帯刀し銃を構えて並んでいた。
セアラ達は気付かないふりをして停められた馬車に乗り込んだが、今まで経験したことのない厳重な警備体制に『開戦準備完了』の文字が浮かんだ。
リチャード殿下達はお互いの準備した資料を元に午後一杯をかけて宝物の有無や状態などの確認と擦り合わせを行うと言う。
マーシャル夫人から見せてもらった資料で大凡の見当をつけリチャード殿下やアリエノールとは話し合ってはいるが、教会がありもしない宝物やあるはずのない瑕疵を言い出せば会議は紛糾するだろう。
政務を執り行う為の部屋のある中城を見上げながら『話がスムーズに進みますように』と思わず祈ってしまった。
馬小屋などのある下城を出て深い堀に架けられた跳ね橋を通り過ぎると肩の力が抜けるのがわかった。
後ろを振り返ると王城を取り囲む高い城壁の上部には狭間胸壁が設置され、壁面には矢を射掛けるための矢狭間、弓矢の攻撃を避け石落としの役割を果たす為の櫓も見えた。
「ここまで強固な警備体制とは思わなかったな」
腕を引っ張ってルークとアリエノールの方へ向かうセアラ。
「さっきの妙な態度といい、どうしてそんなに急いでるんだ?」
「アリエノール様が困っておられるみたいだから救出に向かうの」
セアラがアリエノールに声をかけた時はジャクソン皇太子が丁度アリエノールに求婚しようとしていた時だった。
「アリエノール様、宜しいでしょうか? 聖女様の宝物庫に案内していただけるそうですの」
「まあ、それは素晴らしいわね。是非わたくしもご一緒させていただかなくては」
苦々しげなジャクソン皇太子に睨みつけられたセアラはルークから手を離しアリエノールに手を伸ばした。
「なんでも聖女様が最後を迎えられた場所だそうですの。少しばかり不安なのでお側にいさせて頂けませんか?」
「ええ、勿論構わなくてよ。セアラはわたくしの妹のような存在ですもの。ピッタリとくっついていらっしゃいな」
不安に駆られて側にいて欲しいと言っている割にスタスタと並んで歩いていくアリエノールとセアラ。
(セアラはマジで策士だな)
その後ろを笑いを噛み殺したルークがついて行った。
何が起きたのかジャクソン皇太子が気づいた時にはアリエノール達は宝物庫の入り口に立っていた。
旧神殿の見学が終わり部屋に戻ってきたセアラをイリスが待ち構えていた。
「どうだった? 何か出た?」
ワクワクが隠しきれていないイリスを連れて行かなくて正解だったと思いつつセアラはソファに腰を下ろした。
「午前中から亡霊が出るとは思えないけど、昨夜のお爺ちゃんの様子なら何か特別な見せものでもあったんじゃないの?」
大司教は聖女の宝物庫で奇跡が起きると信じていたらしい。
入り口でランプを渡されアリエノールと並んで宝物庫に足を踏み入れたが、暗く埃っぽい部屋に大理石のテーブルらしきものがあるだけ。
『ここに最後の聖女様の御御霊はおられるのです』
後ろから重々しい声が聞こえてきた時にはアリエノールと二人で飛び上がってしまった。
『大司教様でしたか。お声が部屋に反響して⋯⋯失礼致しました』
『セアラ様は何も感じられませんかな? 聖なるお役目を次の聖女に引き継ぐ事が叶わなかった哀れな聖女様の悲しみと慟哭が』
『ここで起きた事はとても悲しい事だとは思いますが、わたくしには何かを感じ取るような特別な力はございませんので』
『そうですか。もう少し時間が必要なのか⋯⋯あるいは』
入り口を塞ぐように立っていた大司教はブツブツと呟きながら背を翻しいなくなった。
『少し気持ち悪いわね。早くここを出ましょう』
窓のないその部屋に閉じ込められたら逃げ場がない。大司教の代わりに部屋を覗き込んできたルークの手を借りてさっさと部屋を後にした。
「セアラ、気をつけてね。絶対絶対一人になっちゃダメだよ。あの爺さん、何しでかすか分かんないじゃん」
「うん、気をつける。それと⋯⋯ウルリカ様が心配なのよね」
「なんで? 今のところ怪しい行動をする人はいないんでしょ?」
「そう⋯⋯だから怪しいの。帝国は3人の名前を名指しにした。アリエノール様を狙ったのは皇太子で、私の名前を出したのは多分大司教。だったらウルリカ様の名前は何故出たのか。
何もないとは思えないのよ」
ルークにこの話をしてもメアリーアンに聞いてみても、ウルリカはアリエノールと一緒に動く事が多かったからだろうと言われた。ウルリカの名前も一緒に上がっていれば警戒されにくくなるからと言うのが彼らの見立てだったが⋯⋯。
「それだけなら名前を出さなくても一緒に来るってことでしょ? 誰かの名前が出た時点で警戒していた訳だし、どうしても気になるの」
「では念の為ウルリカ様の警護を厳しくするよう伝えておきます」
「うん、お願いします」
メアリーアンの言葉に少しだけホッとしたセアラはこの時大きなミスをしたことに気づいていなかった。
昼食会とその後の会議に参加しないセアラは午後はフリーになる。ノックの後入ってきたメイドが部屋に態々食事を届けると言ってくれた。
「外出が可能なら午後は王都を見学してみようかと思うの。だから食事は不要だと伝えてもらえるかしら?」
「畏まりました。お出かけでしたら馬車の手配を致しますので少々お待ち下さいませ」
「セアラ、出かけるなら私も行く!」
「そう言うと思ってた。王都の名物は何か知ってる?」
「ううん、前に来た時はそれどころじゃなかったから⋯⋯でも、羊の料理が有名だって聞いたような気がするわ」
「じゃあ、決まりね。メアリーアンはどうする?」
「私は王都はちょっと⋯⋯セアラ様の許可が頂けるならアリエノール様のお手伝いをさせて頂きたいと思います」
「構わないわよ。ルーク達が一緒に来てくれるから大丈夫だと思うの」
要塞のような赤い煉瓦作りの宮殿の前には険しい顔をした警備兵が帯刀し銃を構えて並んでいた。
セアラ達は気付かないふりをして停められた馬車に乗り込んだが、今まで経験したことのない厳重な警備体制に『開戦準備完了』の文字が浮かんだ。
リチャード殿下達はお互いの準備した資料を元に午後一杯をかけて宝物の有無や状態などの確認と擦り合わせを行うと言う。
マーシャル夫人から見せてもらった資料で大凡の見当をつけリチャード殿下やアリエノールとは話し合ってはいるが、教会がありもしない宝物やあるはずのない瑕疵を言い出せば会議は紛糾するだろう。
政務を執り行う為の部屋のある中城を見上げながら『話がスムーズに進みますように』と思わず祈ってしまった。
馬小屋などのある下城を出て深い堀に架けられた跳ね橋を通り過ぎると肩の力が抜けるのがわかった。
後ろを振り返ると王城を取り囲む高い城壁の上部には狭間胸壁が設置され、壁面には矢を射掛けるための矢狭間、弓矢の攻撃を避け石落としの役割を果たす為の櫓も見えた。
「ここまで強固な警備体制とは思わなかったな」
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