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73.鏡とバクルス

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 錫アマルガムをガラスの裏面に付着させて鏡を作る方法を発明が出来てから数百年経っているが、鏡の完成までに手間と時間がかかる為現在でもこれほど鮮明に見える鏡はなかなか入手できないだろう。

「年代から考えると随分と高価な品ということになりますね。その割には雑な扱いと言うか⋯⋯」

「さっきのバクルス司教杖も折れたままだったし瓶の中にも液体が残っていたし⋯⋯本当に雑な扱いよね」

 ミリセントが『呆れたわ』と言いながら肩をすくめた。




 当初使節団に参加を予定していたアリエノールやウルリカだったが、教会の所持品に危険な幻覚剤が入っていたことを踏まえ参加を見合わせることになった。使節団への参加を打診されていたセアラとルークも勿論不参加となり使節団のメンバーが確定した。

 使節団のリーダーはリチャード王子。サブリーダーは新しく外務大臣となったマーク・カリスト侯爵で、大臣補佐のタイラー・ディエルバとイーサン・バリューが同行する。
 事務次官や護衛・従者などをあわせ総勢五十名の大所帯で日程の最終調整が行われているようだが、参加する予定のなくなったセアラにはどのような話し合いがされているのか全くわからないまま使節団の出発予定日が近づいてきた。





 授業が終わりいつものようにルーク達と生徒会室に行くと珍しく登校していたらしいアリエノールがウルリカと顔を突き合わせて手元の資料を覗き込んでいた。

「アリエノール様、お久しぶりです」

 ここ暫く学園に顔を出していなかったアリエノールはセアラ達に気づいた途端目を逸らし大きく息を吸って両手を握りしめた。

「⋯⋯セアラとルークに少し大切な話があるの。向こうの部屋に集まってもらえるかしら?」

 少し緊張した様子のアリエノールの声はいつもより低く震えているように感じられた。ただならぬアリエノールの様子にセアラとルークは顔を見合わせて首を傾げ、チラリとウルリカを見遣ったがウルリカは俯いて机の上の資料を集めているので様子がわからない。

 セアラ達の返事を待たずに隣の部屋に入って行ったアリエノールに続いて隣の部屋に入って行くと、最後に入ってきたウルリカがガチャリと鍵を閉めた。


 四人が席に着くとアリエノールがセアラの顔を正面から見つめ口火を切った。

 今までに見たことがない程余裕のないアリエノールの強ばった顔と、書類を握りしめ肩に力が入ったウルリカ。

「急な話なのだけど⋯⋯帝国から友好の証として夜会を開きたいと言ってきたの。帝国の皇子達も参加するから彼等と近しい年齢の学生にも参加して欲しいって」

「後半月で使節団の出発だと言うのに本当に急な話ですね。以前仰っておられた将来的に交換留学生を考えて⋯⋯と言う話なら延期になったはずではありませんか?」

 ルークが目をすがめてアリエノールに詰問した。

「ええ、その通りよ。時期尚早と言う理由で断りを入れて帝国から了承してもらっていたのだけど、昨日帝国から名指しで夜会への招待状が届いたの」

「招待されたのはアリエノール様とセアラ様とウルリカの三名です」

「名指し? この話をするということは王家はセアラに招待を受けろと言う事ですか!?」

 危険回避のために不参加を決めたはずなのに今更打診してきた王家と強引な帝国に気色ばんだルークが立ち上がりテーブルを叩いた。

「ふざけるな!!」

「わたくし達も正直に言うと悩んでいるの。現時点での予定は顔合わせと宝物の確認や神殿跡の視察で、勿論晩餐会も行われる予定になっていたわ。参加予定者は皇族と帝国の大臣と教会幹部だったのだけど、聖女の宝物の返還と交流会を第一皇子がゴリ押ししてるみたいなの」

「第一皇子と言うと次の聖女の婚約者でいらっしゃったと記憶しておりますが?」

 24歳の第一皇子の婚約者はまだ14歳の侯爵令嬢で、現在は40代の聖女が全ての儀式を行っている。

「ええ、その通りよ。折角宝物が見つかったのだからそれを使って正統な聖女の儀式を行いたい。そして、それに併せて交流会をしたいと仰っておられるの」

「⋯⋯まさかとは思いますが、帝国やイーバリス教会は使節団の滞在中に儀式を行われる予定だと言うことでしょうか?」

(14歳の侯爵令嬢では儀式を行うには若すぎる。マーシャル夫人の資料では確か聖女は16歳以上だったはずだわ)

「ティアラとブレスレットの返還は何の問題もないのだけど⋯⋯」

 珍しく口籠もってしまったアリエノールの顔色は更に青褪め、ウルリカが手持ちの水筒から冷たいお茶を淹れてテーブルに置いた。

「俺は反対です! 幻覚剤なんかを隠し持ってる教会ですよ、何があるかわかったもんじゃない。セアラは行かせません! 王国の問題にどこまでセアラを巻き込んだら気が済むんだ!!」

 仁王立ちしたまま鼻息荒くアリエノールを睨みつけているルークにセアラが声をかけた。

「ルーク、わたくしは行けと命令されたわけじゃないんだから落ち着いて」

「王家の狙いは分かってる。どうせセアラが了承するのを狙ってるんでしょう? セアラは今回の問題の被害者ですよね。レトビア公爵家や仲間の貴族達が昔やらかして、王家がそれを見逃してきた! レトビア公爵達をつけあがらせたのだって王家だし、そのツケを一貴族令嬢のセアラが払う必要なんてないって分かってるんですか!? 甘えすぎるのも大概に「ルーク!!」」

 頭に血が上ったルークの言葉をセアラが遮った。このままではルークは何を言い出すかわからないし、既に王家に対する不敬罪だといわれても仕方がないことを口にしている。


「アリエノール様、彼等は聖女の儀式への参加を望んでおられるのですね?」

 敵意を抱えたままのルークがドスンと椅子に座ったのを横目で見ながらセアラが問いかけた。

「⋯⋯ええ、その通りよ。帝国や教会としては襲撃前に行われていた儀式を再現するつもりでいて、わたくし達に是非立ち会って欲しいと言ってるわ。文化交流の一環だと思って軽い気持ちで参加して欲しいって」

 宝物が失われたせいで神の声が聞こえなくなったと教会は言い続けている。ティアラを返還しても聖女に神の声が聞こえなかったら⋯⋯その責任を王国に押しつけるつもりだろう。

 神の声は聖女に聞こえないのだから『以前は聞こえていたのに!』と言われれば反論のしようがない。

(元々神の声が聞こえていたと言う話さえ信憑性がない話なのに)

「聖女の儀式で神の声が聞こえないとなったら⋯⋯聞こえないと言って責任追及する可能性があると言う事ですね」

 セアラの予想にアリエノールが頷いた。

「⋯⋯ええ、陛下やお兄様もそのように考えておられるわ」

「賠償金目当てですよね。神の声なんて聞こえるわけないじゃないですか」

「代表はリチャード王子殿下ですから、賠償金目当てだけなら使節団の方の立ち会いだけでも事足ります。態々三人を指名してきたのは⋯⋯いえ、まさか⋯⋯」

「セアラ?」

 次代の聖女様はまだ年若く第一皇子とは少し歳が離れている。

(確か聖女見習いの方は他にもいらっしゃるはずなのに何故その方が選ばれたのかしら? 次代の聖女が決まったのって⋯⋯)

 確か、マーシャル夫人の資料に⋯⋯。

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