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72.神殿の宝物

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 神殿から奪った宝物の種類や数は確認が取れ運良く不足はなかったと聞いたがセアラは言い知れぬ不安で胸騒ぎが治らずにいた。

(イーバリス教会から届いた手紙に書いてあった物で全部なのかしら? 襲撃で受けた損害や亡くなられた方の情報もマーシャル夫人からお借りした資料と同じではあったけれど⋯⋯)




 レトビア公爵派が瓦解し大臣以下の人事の見直しが行われたり対抗派閥から貴族達の不正が告発されたりする中で、イーバリス教会や帝国との連絡や打ち合わせに殆どの人手を割かれていた。

 人手不足を補うために宝物の詳細確認を依頼されたウルリカとセアラが王宮に行くとアリエノールとミリセントが押しかけてきた。

 レトビア公爵家の隠し金庫に納められていた木箱は美しい彫りで装飾され古めかしい鍵が取り付けられていた。襲撃後300年も経っているとは思えない木箱の表面は艶やかで僅かな傷や汚れもなく、花畑を飛び回る天使と精霊らしき精巧な彫刻が刻まれていた。

 木箱の中には夜会でも見たティアラとブレスレットの他にも沢山の宝石やアクセサリーが納められていた。


「ねえ、これは何かしら?」

 液体の入ったガラス瓶を見つけ手を伸ばしかけたアリエノールの手をウルリカが遮った。

「アリエノール様、中身がわからない物に手を出すのは危険です」

 確認作業がはじまってからというもの興味津々であれこれと手を出そうとするアリエノールとウルリカの攻防が繰り返されている。

「何度も申し上げておりますが、本来であれば王女殿下自らこのような作業に参加されるべきではないのです。危険物がないとは言い切れないので離れていて下さいと口を酸っぱくして申し上げたのをお忘れでしょうか?」

 宝物の確認作業をはじめてからアリエノール達が心配でハラハラし続けのウルリカがめくじらを立ててアリエノールを睨みつけた。

「アリエノール~、わたくし達は無理やり押しかけたのだからウルリカの言う事を聞かないと追い出されちゃうわよ。
あっ、それって聖水の入った瓶かしら。年代物の聖水って黄色くなっちゃうのね~。聖水って腐っちゃうって事?」

 リストを見ていたミリセントがのんびり口調でセアラに向けてリストを差し出した。


「瓶の形状からして間違いなさそうですね。そもそも聖水をどうやって作るのかわかりませんが変色しているのでしょうか? 危険かもしれないので用心した方が良いですね」

「聖水用の瓶は同じサイズで⋯⋯全部で5本⋯⋯えーっと、あ、これかしら?
でも4本は空なのね」

 ミリセントが見つけた瓶をテーブルに並べた。

「元々4本は空だったのかもしれませんね」

 空の瓶に伸ばしかけたアリエノールの手をはたき落としたウルリカが「何でそう思うのですか?」とセアラに問いかけた。

「4本は瓶の中が綺麗なんです。古くなって黄色く変色する液体が入っていたなら底に何か粉のようなものが残っているとか瓶の中が燻んでいるとかしているのではないかと」

 ウルリカがまだ手に持っていた液体入りの瓶をしげしげと見て「確かに」と頷いた。瓶の中は燻んでいて少し揺らしてみると底にも何かが沈殿している。

「中身をどうするかは陛下にご指示をいただきましょう」

 ミリセントの一声で皆が頷いてガラス瓶は一纏めにして確認済みの物と一緒に隣のテーブルに並べられた。

「ネックレスは糸が切れてるわね。石の数を数えるのが大変そうね」

「この指輪は⋯⋯少し磨いた方が良いですか?」

「こっちの指輪は石が取れかけてる」

 バラバラになっている宝石を集め壊れているアクセサリーの一覧を作っていく。


「これはバクルス司教杖? リストにある通り折れてるけど凄い大きさのダイヤモンドね」

 アリエノールがそっと持ち上げたのはバクルスの頭の部分。金でできた杖の先端に飾られたダイヤモンドは陽の光に鈍く光っている。

「これは聖女の神器の一つじゃないって事よね?」

 ミリセントが『イーバリス教会って本当にお金持ちだわ』と感心しているが曰くを知っているセアラは少し顔が引き攣ってしまった。

「司教の持つ物ですから聖女の宝物ではないのでしょうが、折れたまま保管してあるというのはどうも腑に落ちません」

「ここまで大きなダイヤモンドだと直ぐに足がつきそうだから、売りたくても売れなかったでしょうねぇ」

(これがマーシャル夫人の資料にあったマドナーヤク・ダイヤモンドね)

 世界最大のダイヤモンドと呼ばれ王侯貴族達がその所有を争い幾多の血が流れたと言う曰く付きのこのダイヤモンド。世界を手に入れることができると言われている。

(神と女性しか身に着けることができないと言われているのに態々バクルスに付けたせいで亡くなった大司教の話が載っていたわね。亡くなった大司教が皇帝の弟だったせいで葬儀の際に皇帝が叩き折ったんだったわ)


「これは何かしら?」

 木箱の隅にあったのは掌くらいの大きさの壺で本体と蓋には細かな絵が描かれていた。

「中身については記載がないわね。そっと持ち上げて」

 ミリセントの言葉にウルリカが頷き壺に手を伸ばした。


「何が入っているかわかりませんので、ミリセント様とアリエノール様は少し後ろにお下がり下さいませ」

 セアラの言葉でアリエノール達が一歩後ろに下がりウルリカが壺の蓋をそっと持ち上げた。

「中は⋯⋯黒い粒みたいな⋯⋯種か何かに見えますね」

 ウルリカは蓋を閉め壺をテーブルの上に出した。

「植物の種のように見えました。可能であれば壺の中にあるのが何なのか調べさせて頂くことができればと思うのですが如何でしょうか?
出来ればガラス瓶の中身も知りたいと思います」

 ミリセントとアリエノールが顔を見合わせて小さく頷いた。

「ええ、念のため調べさせた方が良さそうね。帰り次第陛下にお伺いを立てましょう」



 陛下の許可がおりて植物学者と医師が調べた所、黒い粒は西洋アサガオの種で黄色い液体からはシロシベ・メキシカーナの成分が検出された。

「シロシベ・メキシカーナはマジックマッシュルームの一種で幻覚作用を引き起こすのだそうよ。西洋アサガオの種も同じ効果があって両方ともとても危険だと言われたわ」

(教会の宝箱の中に幻覚剤!? 聖女に使う? でも⋯⋯それは少し不自然よね)

 歴代の聖女は皇族出身者か皇族へ嫁いだ者ばかり。教会の大司教や司教にも皇族が多い事を考えると聖女は身内のようなもの⋯⋯身内に悪質な幻覚剤を使うとは思えない。

(聖女の儀式は確か神殿奥の祭壇で行われて、立ち会うのは大司教と神に教えを請いたいと願い出た人だけ。神の声が聞こえるのは聖女だけだと言うし⋯⋯うーん、何に使うのか見当もつかないわ)


 最後に木箱から出てきたのは手のひらの半分位のとても小さい鏡だった。高価な貴金属や宝具の中にポツンと仕舞われた何の変哲もない鏡は窓から差し込む日差しを受けてキラキラと輝いていた。

「何というか⋯⋯異質? 装飾もありませんし⋯⋯300年前のものにしては鏡面がとても鮮やかに映りますね」

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