【完結】私なりのヒロイン頑張ってみます。ヒロインが儚げって大きな勘違いですわね

との

文字の大きさ
上 下
71 / 93

71.イーバリス教会とサルドニア帝国

しおりを挟む
「一冊はイーバリス教会の本当の歴史と宝物に関する詳細な資料の写しでもう一冊は帝国に関する物です。
帝国やイーバリス教会と話す時までに暗記しておくと良いと思います」

 マーシャル夫人がサラリと暗記すると良いと言った本はそれぞれが手のひらに近いほどの厚みがある。

「もし宝物の不足があったり襲撃の詳細に齟齬があれば彼らはそこをついてくるでしょう。レトビアの屋敷で見つかった宝物の種類と数や王家の知識が帝国と教会のそれと違っていた時、帝国や教会はとても陰湿な攻撃をしてくる可能性があります。
彼らは些細な事を騒ぎ立てるのが大層お好きですから」

 メアリーアンは普段と変わらない穏やかな顔でセアラの前に本を置いた。年代物の皮の表紙は色褪せ角が少し痛んでいる。

「イーバリス教会も帝国も一筋縄ではいかない相手です。彼等の歴史・思考・思惑⋯⋯上部だけの知識では簡単に丸め込まれてしまうでしょう」

「そのような大切な情報を教えて頂いて宜しいのでしょうか? この事でご迷惑をおかけする事になるのであればこのご本は見なかった事にしたいと思いますが?」

「わたくし達の使命はほぼ果たされました。ティアラとブレスレットが教会に戻れば残りの任務も終わります。それ以上はわたくし達の預かり知らぬ事、というよりも関わるつもりはありませんの。
本の存在を公にされるのは困りますが、たまたま手にした本を読んでみた⋯⋯だけなら何の問題もありません。
王家には興味も関心もありませんがセアラ様の交渉事のお手伝いができればと思いましたの」

 使節団の同行を保留にしている事もバレており、その上でセアラが行くだろうと想定しているのだろう。

(マーシャル夫人の一族と教会の関係を教えてくれたのは警告だったのかも。教会が宝物に対して持つ執着は予想をはるかに超えているし、人の人生を歪め命さえ軽んじているなんて)

 マーシャル夫人の話はセアラが持つのイメージとはかけ離れていたが、ローリーという生き証人を前に疑う気持ちにはなれなかった。


「使節団の随行員の選定の様子からしても王家の方は良く言えば性善説を信じておられる、考えが甘いところがおありのようなので少しばかりお節介を焼いておこうかと思いましたの。
他の方とはお話しするつもりはございませんのでご内聞にしていただければ助かります」

 マーシャル夫人が口にしない何かがまだあるようでこのままでは何かしらの危険があると言う事だろうか。王家の考えや使節団のメンバーなどの詳細を知らされる前にこの本を渡された事はとても重要だと感じたセアラはマーシャル夫人に頭を下げた。

「使節団に同行するかどうかはまだ決めておりませんが、それとは関係なく読ませて頂きます。勿論この本の存在も内容も誰にも話さないとお約束致します」

「もし使節団に参加されるなら充分にご注意下さい。代表が王子や大臣であっても単なる随行員であるとかまだ学生だからなどと思い気を緩めることのないようになさいませ。王国の弱みにつけ込んでゴリ押ししてくるか、友好的で耳触りの良い言葉を連ねてくるか⋯⋯何があってもおかしくないのだと細心の注意をしておかれる事をお勧めしますわ。
セアラ様が滑舌の良い弁論で問題を解決してこられた実績で交渉の場に立たされる可能性もありますし、それ以外にも⋯⋯」




 マーシャル夫人が貸してくれた本を翌週から寮で読みはじめたが、とても優れた書き手が認めたようで簡潔で理路整然としてとてもわかりやすく纏められていた。

(できることならセアラ様には使節団に参加していただきたくないのですが⋯⋯)

 暗い表情のメアリーアンが『その本をわかりやすいと言う方はセアラ様くらいだ』と思いつつセアラの背中を見つめていた。




 本に書かれていたイーバリス教会と帝国の歴史はセアラの知識とは所々違いがあった。

 現在の帝国の領土でいくつもの部族が勢力を争っていた頃には複数の土着信仰や宗派があったが、初代聖女となった修道女が神の啓示を受けたと同時にイーバリス教会が設立された。

 イーバリス教会はそれまであった宗派を飲み込んで一気に広がり、それと時期を同じくしてサルドニア帝国が建国された。

 帝国はイーバリス教会以外の宗派を認めずイーバリス教を国教と定めた後は王家から適齢期の皇女を神殿に送り聖女とするか聖女と認定された修道女を皇子の婚約者としてきた。

(帝国が他国を侵略する時の情報や物資の補給まで教会が関わってる⋯⋯。帝国の勢力拡大にイーバリス教会が大きく関わってきたと言うより、教会が帝国を牛耳ってる?)

 歴代の教会の大司教にも皇族出身者が複数おり、彼等が聖女の選定を行なっているのは間違いない。現在のナーシング大司教も先代皇帝の甥で母は元聖女だった。

 聖女の宝物が盗まれた後も聖女は選ばれ神から下賜されたと言われている宝物の代わりに神殿内の泉で清められた宝具を使い祈りが続けられている。


(神の啓示がない事に怒り?)

 本を読み進めていたセアラにとっては不可思議な文言を見つけ首を傾げた。宝物が奪われてからはいくら聖女が祈っても神の声が聞こえず祈りが届いていないという。

 レトビア公爵達が奪った宝物は新聖女誕生の儀式以外でも帝国からの依頼があった時や教会で必要となった時に使われておりその時には必ず神の声が聞こえていたという。
 帝国の議会が紛糾した時や戦の前、大司教の選定や信者からの依頼⋯⋯。

 両膝をついて祈る聖女の手元が金色に輝いた後聖女の耳に神の言葉が聞こえていたがこの300年は何も起こらない。

(毎回そんな事が起こっていたなんてあり得るのかしら?)

 イーバリス教ではないが王国にも教会がありセアラも幼い頃から通っている。熱心な信者とは言えないがそれなりに真摯に手を合わせ教義を学び喜捨をする程度には信じているが⋯⋯。

(神が人の質問に必ず答えてくれるというのは眉唾物にしか聞こえないわ。政治・宗教・個人の質問⋯⋯何でもお答えしますって?)

 神は全てを見ておられるが人の世には直接関わらない存在だとセアラは思っている。特定の国や特定の宗派の者にだけは答える神と言うのは聞いたことがない。

 しかしながら、イーバリス教会が一気に勢力を広げる事ができたのは『いつでも神のお言葉を聞ける』せいだった為、神の声が聞こえなくなった怒りは全て王国に向けられている。

(教会、帝国、聖女⋯⋯。宝物があればまた神の啓示は戻ってくるのかしら? もし何も変わらなかったらどうなるの?)

 宝物が奪われる前は必ず神の啓示があったと断言している教会と帝国。資料に載っている宝物は揃っていたように思うがもし神の声が聞こえないと言われたらどうなるのだろうか。神が下賜したティアラやブレスレットだと言う言い伝えも聖女の祈りで神の声が聞こえると言う話も信じられないセアラは不鮮明な話に包まれた帝国行きに心を痛めた。

しおりを挟む
感想 60

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢はモブ化した

F.conoe
ファンタジー
乙女ゲーム? なにそれ食べ物? な悪役令嬢、普通にシナリオ負けして退場しました。 しかし貴族令嬢としてダメの烙印をおされた卒業パーティーで、彼女は本当の自分を取り戻す! 領地改革にいそしむ充実した日々のその裏で、乙女ゲームは着々と進行していくのである。 「……なんなのこれは。意味がわからないわ」 乙女ゲームのシナリオはこわい。 *注*誰にも前世の記憶はありません。 ざまぁが地味だと思っていましたが、オーバーキルだという意見もあるので、優しい結末を期待してる人は読まない方が良さげ。 性格悪いけど自覚がなくて自分を優しいと思っている乙女ゲームヒロインの心理描写と因果応報がメインテーマ(番外編で登場)なので、叩かれようがざまぁ改変して救う気はない。 作者の趣味100%でダンジョンが出ました。

悪役令嬢エリザベート物語

kirara
ファンタジー
私の名前はエリザベート・ノイズ 公爵令嬢である。 前世の名前は横川禮子。大学を卒業して入った企業でOLをしていたが、ある日の帰宅時に赤信号を無視してスクランブル交差点に飛び込んできた大型トラックとぶつかりそうになって。それからどうなったのだろう。気が付いた時には私は別の世界に転生していた。 ここは乙女ゲームの世界だ。そして私は悪役令嬢に生まれかわった。そのことを5歳の誕生パーティーの夜に知るのだった。 父はアフレイド・ノイズ公爵。 ノイズ公爵家の家長であり王国の重鎮。 魔法騎士団の総団長でもある。 母はマーガレット。 隣国アミルダ王国の第2王女。隣国の聖女の娘でもある。 兄の名前はリアム。  前世の記憶にある「乙女ゲーム」の中のエリザベート・ノイズは、王都学園の卒業パーティで、ウィリアム王太子殿下に真実の愛を見つけたと婚約を破棄され、身に覚えのない罪をきせられて国外に追放される。 そして、国境の手前で何者かに事故にみせかけて殺害されてしまうのだ。 王太子と婚約なんてするものか。 国外追放になどなるものか。 乙女ゲームの中では一人ぼっちだったエリザベート。 私は人生をあきらめない。 エリザベート・ノイズの二回目の人生が始まった。 ⭐️第16回 ファンタジー小説大賞参加中です。応援してくれると嬉しいです

【完結】男爵令嬢は冒険者生活を満喫する

影清
ファンタジー
英雄の両親を持つ男爵令嬢のサラは、十歳の頃から冒険者として活動している。優秀な両親、優秀な兄に恥じない娘であろうと努力するサラの前に、たくさんのメイドや護衛に囲まれた侯爵令嬢が現れた。「卒業イベントまでに、立派な冒険者になっておきたいの」。一人でも生きていけるようにだとか、追放なんてごめんだわなど、意味の分からぬことを言う令嬢と関わりたくないサラだが、同じ学園に入学することになって――。 ※残酷な描写は予告なく出てきます。 ※小説家になろう、アルファポリス、カクヨムに掲載中です。 ※106話完結。

毒を盛られて生死を彷徨い前世の記憶を取り戻しました。小説の悪役令嬢などやってられません。

克全
ファンタジー
公爵令嬢エマは、アバコーン王国の王太子チャーリーの婚約者だった。だがステュワート教団の孤児院で性技を仕込まれたイザベラに籠絡されていた。王太子達に無実の罪をなすりつけられエマは、修道院に送られた。王太子達は執拗で、本来なら侯爵一族とは認められない妾腹の叔父を操り、父親と母嫌を殺させ公爵家を乗っ取ってしまった。母の父親であるブラウン侯爵が最後まで護ろうとしてくれるも、王国とステュワート教団が協力し、イザベラが直接新種の空気感染する毒薬まで使った事で、毒殺されそうになった。だがこれをきっかけに、異世界で暴漢に腹を刺された女性、美咲の魂が憑依同居する事になった。その女性の話しでは、自分の住んでいる世界の話が、異世界では小説になって多くの人が知っているという。エマと美咲は協力して王国と教団に復讐する事にした。

すり替えられた公爵令嬢

鈴蘭
恋愛
帝国から嫁いで来た正妻キャサリンと離縁したあと、キャサリンとの間に出来た娘を捨てて、元婚約者アマンダとの間に出来た娘を嫡子として第一王子の婚約者に差し出したオルターナ公爵。 しかし王家は帝国との繋がりを求め、キャサリンの血を引く娘を欲していた。 妹が入れ替わった事に気付いた兄のルーカスは、事実を親友でもある第一王子のアルフレッドに告げるが、幼い二人にはどうする事も出来ず時間だけが流れて行く。 本来なら庶子として育つ筈だったマルゲリーターは公爵と後妻に溺愛されており、自身の中に高貴な血が流れていると信じて疑いもしていない、我儘で自分勝手な公女として育っていた。 完璧だと思われていた娘の入れ替えは、捨てた娘が学園に入学して来た事で、綻びを見せて行く。 視点がコロコロかわるので、ナレーション形式にしてみました。 お話が長いので、主要な登場人物を紹介します。 ロイズ王国 エレイン・フルール男爵令嬢 15歳 ルーカス・オルターナ公爵令息 17歳 アルフレッド・ロイズ第一王子 17歳 マルゲリーター・オルターナ公爵令嬢 15歳 マルゲリーターの母 アマンダ パトリシア・アンバタサー エレインのクラスメイト アルフレッドの側近 カシュー・イーシヤ 18歳 ダニエル・ウイロー 16歳 マシュー・イーシヤ 15歳 帝国 エレインとルーカスの母 キャサリン帝国の侯爵令嬢(皇帝の姪) キャサリンの再婚相手 アンドレイ(キャサリンの従兄妹) 隣国ルタオー王国 バーバラ王女

転生ヒロインは不倫が嫌いなので地道な道を選らぶ

karon
ファンタジー
デビュタントドレスを見た瞬間アメリアはかつて好きだった乙女ゲーム「薔薇の言の葉」の世界に転生したことを悟った。 しかし、攻略対象に張り付いた自分より身分の高い悪役令嬢と戦う危険性を考え、攻略対象完全無視でモブとくっつくことを決心、しかし、アメリアの思惑は思わぬ方向に横滑りし。

母と妹が出来て婚約者が義理の家族になった伯爵令嬢は・・

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
全てを失った伯爵令嬢の再生と逆転劇の物語 母を早くに亡くした19歳の美しく、心優しい伯爵令嬢スカーレットには2歳年上の婚約者がいた。2人は間もなく結婚するはずだったが、ある日突然単身赴任中だった父から再婚の知らせが届いた。やがて屋敷にやって来たのは義理の母と2歳年下の義理の妹。肝心の父は旅の途中で不慮の死を遂げていた。そして始まるスカーレットの受難の日々。持っているものを全て奪われ、ついには婚約者と屋敷まで奪われ、住む場所を失ったスカーレットの行く末は・・・? ※ カクヨム、小説家になろうにも投稿しています

森に捨てられた令嬢、本当の幸せを見つけました。

玖保ひかる
恋愛
[完結] 北の大国ナバランドの貴族、ヴァンダーウォール伯爵家の令嬢アリステルは、継母に冷遇され一人別棟で生活していた。 ある日、継母から仲直りをしたいとお茶会に誘われ、勧められたお茶を口にしたところ意識を失ってしまう。 アリステルが目を覚ましたのは、魔の森と人々が恐れる深い森の中。 森に捨てられてしまったのだ。 南の隣国を目指して歩き出したアリステル。腕利きの冒険者レオンと出会い、新天地での新しい人生を始めるのだが…。 苦難を乗り越えて、愛する人と本当の幸せを見つける物語。 ※小説家になろうで公開した作品を改編した物です。 ※完結しました。

処理中です...