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68.5月のお出かけ
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「わたくしがですか?」
「まだはっきりした事は決まってないのだけど、帝国から交換留学について話があったの」
帝国や教会との話し合いが難航している中で偶々出た話の一つなのでまだ本決まりではないとアリエノールは話した。学生の交流や短期の留学などが長い間で培われた不信感を払拭するきっかけ作りになるのではないかと帝国側の使者がチラッと口にしたらしい。
「時期は夏の長期休暇中でそれ以上に長引く場合は先に帰国して構わないわ。危険のないように護衛は充分につけるつもりだしお兄様もいるしウルリカも参加すると思うの」
今回の使節団の目的は神殿の宝物を返還するだけではなく、建国以来冷戦状態が続いている王国と帝国に和平条約を結ぶための前準備のような意味合いがあると言う。通常であれば和平条約が結ばれた後に学生の交流の場を持つのが一般的だが、不満ばかりを口にして交渉を長引かせてばかりいる帝国に対して王国の立場上あまり強く言えないでいる。
「⋯⋯帝国やイーバリス教会に興味がないとは申しませんが、使節団のような大切なお役目にわたくしのような者がお役に立てるとは思えません。お声をかけていただいたのはありがたいことではありますがお断りさせて頂きたいと存じます」
「役に立つのは間違いないし、セアラと一緒に帝国を回ってみたい気持ちもあるの」
アリエノールは状況によっては帝国の学園に一年程度の留学も考えていると言い、その時は勿論ウルリカも一緒に留学する事になっている。
「ルークにも参加して欲しいと思ってるんだが、ヴァイマル王国から帰国したばかりだし難しいかな?」
「兄上はどう思われますか?」
リチャード王子がセアラと一緒に行くなら自分も行きたいが、内容が内容だけに下心で決めるわけにもいかない。辺境伯の指示に従った方がいいだろうと判断したルークだが、冷静に無表情を貫いているつもりの肩には力が入り口は固く結ばれていた。
「うーん、見聞を広めるには良いと思うがタイミングがなぁ。リチャード王子の仰る通りルークは帰国したばかりでこの国のことさえ怪しい状況だ。⋯⋯まあ、ルークが行きたいなら止めはしないが本音を言えば賛成とは言えん」
「まだ時間はあるから二人ともゆっくり考えてみてね。一緒に行けたらとても嬉しいわ」
アリエノールの言葉を合図に新しく紅茶が淹れ直された。
笑顔のアリエノールとは対照的なライルの苦虫を噛み潰したような顔、デレたままのリチャード王子と腕を組んで眉間に皺を寄せるルーク。
妙に意気投合してしまったらしい王妃とイリスにせっせとお菓子を勧める国王、それを横目に見ながらワインを所望する辺境伯。
(カオス⋯⋯混沌? 混迷?)
学園内は少しずつ落ち着きを取り戻し小テストに悲鳴を上げたり課題を忘れたと青褪める生徒達。アリエノールも学園に戻ってきたので生徒会での昼食会も再開した。
未だに周りが騒がしいと溜息を吐くルークと毎週ライルから届く手紙に一喜一憂するイリスを揶揄うのがセアラの1番の楽しみになっていた。
『ルーク様、お菓子を作って参りましたの』
『あの、今度お茶会が⋯⋯』
『我が家の夜会に是非』
『セアラ~、聞いて聞いて~。ライルの手紙に書いてあったんだけどね⋯⋯』
『お父様ったらまだ駄々こねてるんですって。でね、ライルったら⋯⋯』
5月の暖かい日差しの中、学園の休みに合わせて迎えに来た馬車に乗りマーシャル夫人の屋敷に向かうセアラ。揺れの少ない馬車は二頭立てのキャリッジで紋章はないもののかなり豪華な作り、立派なお仕着せの御者は礼儀正しく艶やかな糟毛の馬は断尾され短い頸と太くてたくましい胴をしていた。
マナー講師としてどの位の収入があるのか想像出来ないがマーシャル夫人の夫は無役の子爵でそれ程資産はなかったと聞いている。
(マーシャル夫人は本当に不思議な方だわ。あのブルトン二頭もそうだし、この馬車も相当な資産価値があるはずだわ。
あの夜会の時にいただいたものも⋯⋯)
王都の外れにある屋敷は白壁に大きな窓のある二階建ての瀟洒な佇まいだった。
屋敷の正面には一段高くなったスクエアの刈り込みの上にシュバシコウの像が置かれ中央から外へ向かって二重目には白い花と緑が、三重目は地面の同じ高さの芝が丸く植えられている。その周りをぐるりと取り囲む石畳を馬車がゆっくりと進んでいった。
玄関を入ると外装と同じ白壁に金の縁取りが施され、落ち着いた色目の家具は繊細な透かし彫りのデザインが美しいマホガニーで統一されている。
(この装飾はロカイユ?)
ロカイユはロココの語源とも言われる貝殻模様の装飾で、部屋全体を優しげな女性らしい雰囲気に仕上げていた。
案内された部屋はやや小振りでそれもロココ建築の特徴の一つ。テラスから見える庭には綺麗に刈り込まれたノットガーデンがあり、その中央には白いタイルに囲まれた彫像が立っていた。
ソファに座り部屋を見回していると待つほどもなくマーシャル夫人が現れた。藤色のデイドレスに白い絹のラウンドガウンを重ねたスタイルは上品なマーシャル夫人にとてもよく似合っていた。
マーシャル夫人の侍女のマチルダが紅茶を運んできた時に夜会の準備について講義をしてくれた礼を言うとにっこりと微笑んでくれた。
「お久しぶりね」
「今日はお声をかけていただきありがとうございました。お会いできるのを楽しみにしておりました」
レトビア公爵家にまつわる騒動の話は避け学園での話や家族の事などを和やかに話していたが、ソファにゆったりと腰掛けていたマーシャル夫人がふと居住まいを正した。
「⋯⋯もっと早くにお呼びするつもりだったのだけど、セアラ様が予想以上に優秀だったので観客になりきってしまいましたのよ」
意味がわからず首を傾げたセアラを見てくすりと笑ったマーシャル夫人の口から驚くような話が飛び出した。
「深夜行われた襲撃では大司教・司教・司祭・助祭、神殿にいた全ての人が殺され、修道女達は皆辱めを受けた後に殺されていたそうです。聖女も神殿の祭壇前で同じ道を辿っていたと。
神殿が襲撃された時レトビア達に殺された聖女には妹が二人いたのだけど、下の妹は神殿の襲撃のあと身分と名を捨てて宝物を追ってこの国にやってきたの。
戦時中の混乱で情報が交錯していて⋯⋯宝物は全て後の国王となった大公に献上されて戦いの資金にする為に売り払われたと公表されたのは襲撃から随分経ってからの事でした。
彼女の一族はそれ以来、売り払われた宝物を探して国を渡り情報を集めて参りましたの」
一気に話し言葉を切ったマーシャル夫人は白地に淡い花模様のカップを持ち少し寂しそうに笑った。
「まだはっきりした事は決まってないのだけど、帝国から交換留学について話があったの」
帝国や教会との話し合いが難航している中で偶々出た話の一つなのでまだ本決まりではないとアリエノールは話した。学生の交流や短期の留学などが長い間で培われた不信感を払拭するきっかけ作りになるのではないかと帝国側の使者がチラッと口にしたらしい。
「時期は夏の長期休暇中でそれ以上に長引く場合は先に帰国して構わないわ。危険のないように護衛は充分につけるつもりだしお兄様もいるしウルリカも参加すると思うの」
今回の使節団の目的は神殿の宝物を返還するだけではなく、建国以来冷戦状態が続いている王国と帝国に和平条約を結ぶための前準備のような意味合いがあると言う。通常であれば和平条約が結ばれた後に学生の交流の場を持つのが一般的だが、不満ばかりを口にして交渉を長引かせてばかりいる帝国に対して王国の立場上あまり強く言えないでいる。
「⋯⋯帝国やイーバリス教会に興味がないとは申しませんが、使節団のような大切なお役目にわたくしのような者がお役に立てるとは思えません。お声をかけていただいたのはありがたいことではありますがお断りさせて頂きたいと存じます」
「役に立つのは間違いないし、セアラと一緒に帝国を回ってみたい気持ちもあるの」
アリエノールは状況によっては帝国の学園に一年程度の留学も考えていると言い、その時は勿論ウルリカも一緒に留学する事になっている。
「ルークにも参加して欲しいと思ってるんだが、ヴァイマル王国から帰国したばかりだし難しいかな?」
「兄上はどう思われますか?」
リチャード王子がセアラと一緒に行くなら自分も行きたいが、内容が内容だけに下心で決めるわけにもいかない。辺境伯の指示に従った方がいいだろうと判断したルークだが、冷静に無表情を貫いているつもりの肩には力が入り口は固く結ばれていた。
「うーん、見聞を広めるには良いと思うがタイミングがなぁ。リチャード王子の仰る通りルークは帰国したばかりでこの国のことさえ怪しい状況だ。⋯⋯まあ、ルークが行きたいなら止めはしないが本音を言えば賛成とは言えん」
「まだ時間はあるから二人ともゆっくり考えてみてね。一緒に行けたらとても嬉しいわ」
アリエノールの言葉を合図に新しく紅茶が淹れ直された。
笑顔のアリエノールとは対照的なライルの苦虫を噛み潰したような顔、デレたままのリチャード王子と腕を組んで眉間に皺を寄せるルーク。
妙に意気投合してしまったらしい王妃とイリスにせっせとお菓子を勧める国王、それを横目に見ながらワインを所望する辺境伯。
(カオス⋯⋯混沌? 混迷?)
学園内は少しずつ落ち着きを取り戻し小テストに悲鳴を上げたり課題を忘れたと青褪める生徒達。アリエノールも学園に戻ってきたので生徒会での昼食会も再開した。
未だに周りが騒がしいと溜息を吐くルークと毎週ライルから届く手紙に一喜一憂するイリスを揶揄うのがセアラの1番の楽しみになっていた。
『ルーク様、お菓子を作って参りましたの』
『あの、今度お茶会が⋯⋯』
『我が家の夜会に是非』
『セアラ~、聞いて聞いて~。ライルの手紙に書いてあったんだけどね⋯⋯』
『お父様ったらまだ駄々こねてるんですって。でね、ライルったら⋯⋯』
5月の暖かい日差しの中、学園の休みに合わせて迎えに来た馬車に乗りマーシャル夫人の屋敷に向かうセアラ。揺れの少ない馬車は二頭立てのキャリッジで紋章はないもののかなり豪華な作り、立派なお仕着せの御者は礼儀正しく艶やかな糟毛の馬は断尾され短い頸と太くてたくましい胴をしていた。
マナー講師としてどの位の収入があるのか想像出来ないがマーシャル夫人の夫は無役の子爵でそれ程資産はなかったと聞いている。
(マーシャル夫人は本当に不思議な方だわ。あのブルトン二頭もそうだし、この馬車も相当な資産価値があるはずだわ。
あの夜会の時にいただいたものも⋯⋯)
王都の外れにある屋敷は白壁に大きな窓のある二階建ての瀟洒な佇まいだった。
屋敷の正面には一段高くなったスクエアの刈り込みの上にシュバシコウの像が置かれ中央から外へ向かって二重目には白い花と緑が、三重目は地面の同じ高さの芝が丸く植えられている。その周りをぐるりと取り囲む石畳を馬車がゆっくりと進んでいった。
玄関を入ると外装と同じ白壁に金の縁取りが施され、落ち着いた色目の家具は繊細な透かし彫りのデザインが美しいマホガニーで統一されている。
(この装飾はロカイユ?)
ロカイユはロココの語源とも言われる貝殻模様の装飾で、部屋全体を優しげな女性らしい雰囲気に仕上げていた。
案内された部屋はやや小振りでそれもロココ建築の特徴の一つ。テラスから見える庭には綺麗に刈り込まれたノットガーデンがあり、その中央には白いタイルに囲まれた彫像が立っていた。
ソファに座り部屋を見回していると待つほどもなくマーシャル夫人が現れた。藤色のデイドレスに白い絹のラウンドガウンを重ねたスタイルは上品なマーシャル夫人にとてもよく似合っていた。
マーシャル夫人の侍女のマチルダが紅茶を運んできた時に夜会の準備について講義をしてくれた礼を言うとにっこりと微笑んでくれた。
「お久しぶりね」
「今日はお声をかけていただきありがとうございました。お会いできるのを楽しみにしておりました」
レトビア公爵家にまつわる騒動の話は避け学園での話や家族の事などを和やかに話していたが、ソファにゆったりと腰掛けていたマーシャル夫人がふと居住まいを正した。
「⋯⋯もっと早くにお呼びするつもりだったのだけど、セアラ様が予想以上に優秀だったので観客になりきってしまいましたのよ」
意味がわからず首を傾げたセアラを見てくすりと笑ったマーシャル夫人の口から驚くような話が飛び出した。
「深夜行われた襲撃では大司教・司教・司祭・助祭、神殿にいた全ての人が殺され、修道女達は皆辱めを受けた後に殺されていたそうです。聖女も神殿の祭壇前で同じ道を辿っていたと。
神殿が襲撃された時レトビア達に殺された聖女には妹が二人いたのだけど、下の妹は神殿の襲撃のあと身分と名を捨てて宝物を追ってこの国にやってきたの。
戦時中の混乱で情報が交錯していて⋯⋯宝物は全て後の国王となった大公に献上されて戦いの資金にする為に売り払われたと公表されたのは襲撃から随分経ってからの事でした。
彼女の一族はそれ以来、売り払われた宝物を探して国を渡り情報を集めて参りましたの」
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