上 下
29 / 93

29.アリエノールVSレトビア公爵&アメリア

しおりを挟む
 人波をかき分けてやってきたのはレトビア公爵。アメリアは夜会開始直後からずっとリチャード王子の側にいたが今は公爵と共に笑顔を浮かべている。

「セアラお姉様、楽しんでいらっしゃるかしら?」

「はい、皆様とても親切な方ばかりですわ」

「そのドレスとてもお似合いですわ。初めてセアラお姉様のドレスを選んだので少し不安でしたのよ」

 セアラを貶める作戦に失敗したアメリアはセアラの手柄を取り上げることにしたらしい。

「流石アメリア様の見立てですね。セアラ様の美しさがこれ以上ない程引き立って」
「可憐なセアラ様にとてもよくお似合いです」

 一部の単純な男達はアメリアの言葉を信じて首を大きく振っているが、女性達はアメリアの言葉に首を傾げたり不快そうに扇子で口元を隠し目を逸らせている。

 アメリアが着ている豪奢なドレスとセアラのドレスを見比べれば同じ人が選んだと思う方がおかしいのだがレトビア公爵に追従する者や審美眼のないものにはわからないらしい。


「最初セアラお姉様が選んだドレスは品が⋯⋯いえ、この夜会には相応しくなかったのでそのドレスを選んで差し上げましたの。少し強引だったかしらと不安に思っておりました。

 ここでセアラが『YES』と言えばアメリアの台詞は全て真実になるが『NO』と言えばアメリアに恥をかかせることになる。


「このドレスには一目惚れしましたの。似合っていると言って頂けたならとても嬉しいですわ」

 アメリアが『ちっ!』と舌打ちをしたように見えたが周りの視線はセアラに集中しているのでマーシャル夫人以外誰も気付かなかった。



「セアラ、漸くお話にこれたわ。皆さん少し宜しいかしら?」

 涼やかなアリエノールの声が聞こえてきて、振り向くとアリエノールとミリセント公爵令嬢が並んで立っていた。王女と次期王妃に一斉に頭を下げ最敬礼をする貴族達。

「どうか頭を上げて下さいな、折角の夜会ですものね。
セアラ、そのドレスとっても素敵ね! 上品で華麗⋯⋯正にセアラの為のドレスだわ。成績優秀なだけでなくドレス選びまで優秀だなんて! 生徒会の秘書役をセアラにお願いしたのは正解だったわ」

「過分のお言葉をありがとうございます」

「アリエノール王女殿下、その件につきましては陛下よりお話があったと伺っておりますが? 公爵家と致しましても養い子になったばかりのセアラに重責を任せるのは負担になるのではないかと心配しておりますし、アリエノール王女殿下のご迷惑になるのではないかとも」

「ええ、陛下は遠方から来たばかりで知り合いの少ないセアラには荷が重いなんて仰っておられたわ。
でもセアラなら大丈夫。これでも試験の結果や普段の生活態度などわたくしの手の者を使い詳しく調べてから決めましたのよ。
学園内での事とは言え生徒会秘書の重要性はよくわかっておりますもの。
⋯⋯陛下は心配性というか少しわたくしに甘すぎるのですわ」

 アリエノールは王族らしい気品と否を言わせない強さでレトビア公爵に秘書の変更はないと言い切った。公の場でならばアリエノールに言い聞かせられるだろうと高を括っていたレトビア公爵の狙いは外れ、臍を噛む公爵とアリエノールを睨みつけるアメリアをレトビア公爵派の面々が心配気な顔で見ていた。


「セアラ様が首につけているリボンかしら? 初めて見たのだけれどとても可愛らしいですわ」

 セアラの首元に注目していたミリセントが貴族達の思惑になどまるで気付いていないかのようにセアラに話しかけた。

「ホプキンス領での古くからの伝統の一つでございます。春に行われるお祭りでこのような飾りをつけるのですが、わたくし達は昔からチョーカーと呼んでおります」

「チョーカー⋯⋯名前も素敵。あちらで詳しく教えてくださるかしら。マーシャル夫人、レトビア公爵。セアラをお借りしても宜しくて?」

「⋯⋯ええ、勿論でございます。セアラ、わたくしはこの近くにいますから後でまた会いましょう」

「あっ、ではわたくしもご一緒に参ります。田舎暮らしの長いセアラお姉様のフォローはわたくしの仕事ですから」

「あら、アメリア様のドレスのお話を是非お聞きしたかったのですが⋯⋯残念ですわ。
お使いの絹ブロケードはもしかしてヴェネツィア産ではないかと思いましたの。もしかしてレースもヴェネツィア産なのかしら?」

 ディアナマクルーガー辺境伯夫人がとても残念そうに言うと気を良くしたアメリアが滔々とドレスの説明をはじめた。
 

 
 マーシャル夫人がセアラの背中に手を当て耳元で囁いた。

「手当てをしてゆっくり足を休めていらっしゃい。まだ先は長いですからね。
⋯⋯先程の対応は見事でしたよ」

 笑顔を保っていたつもりだったがマーシャル夫人にはバレていたらしい。初めてマーシャル夫人からお褒めの言葉をもらったセアラは思わず笑みを浮かべた。

 それを見た周りの者達が息を呑み呆然と立ち尽くした。




 大広間から出たセアラ達3人は王家専用の控室に向かった。控室とは思えないほど広い部屋にはソファとテーブル以外に書き物机やドレッサーもあり客室という方があっている。隣の部屋にはベッドもあると聞き、つい最近まで庭の草むしりまでやっていたセアラには想像もつかない世界だと及び腰になってしまった。

(公爵邸の客間でさえ豪華すぎて慣れるのに時間がかかったのに⋯⋯上には上があるのね)


 アリエノールとミリセントが並んで座り正面にセアラが座ると侍女が紅茶を運んできた。

「夜会では甘い果実水ばかりだから紅茶にしたのだけど、良かったかしら?」

「はい、ありがとうございます」

「少し休んだら足の手当てもしましょうね」

「えっ、あの⋯⋯お気付きだったのですか?」

 おかしな歩き方をしていたのかと青褪めたが、アリエノールはコロコロと可愛らしく笑って首を振った。

「ただの勘だから心配しないでね。初めて履いた靴だと絶対靴擦れに悩んでると思ったの」

「普通は夜会前に何度か履いて靴を慣らしておくものだけど、今回は準備の時間があまりなかったでしょう? だから固くて大変だろうとアリエノールと話していたの」

「マーシャル夫人の侍女が石鹸を塗ってくれたので初めは良かったのですが段々と。
他の方々は全然平気そうにしておられたので恥ずかしくて」


「あら、アリエノールなんて以前靴が痛いって裸足で逃げ出したのよ」

「もう! それ、4歳の時の話ですわ。ミリセントだって座っている時にこっそり靴を脱いで立ち上がった時は片足だけ裸足だったわ」

「ふふ、あの時は大変だったわ。王妃様のお叱りの後礼儀作法の時間を増やされてしまったもの。それでなくても大変な王太子妃教育なのに」

「そのくせ王妃様ったら後になって『わたくしにも覚えがあります』ってにっこり笑って仰るんだもの」

 アリエノールとミリセントの昔話を聞きながら足の手当てをしてもらったセアラはホッと幸せを感じていた。



「そうだわ、今夜お兄様とセアラを引き合わせようと思ってたのだけどやめにしたの。お兄様は当分セアラの側には近づけないつもりだから!」


 突然豹変したアリエノールの様子にミリセントが顔を赤くしながらお腹を抑えて笑いはじめた。

しおりを挟む
感想 60

あなたにおすすめの小説

婚約破棄をしてくれた王太子殿下、ありがとうございました

hikari
恋愛
オイフィア王国の王太子グラニオン4世に婚約破棄された公爵令嬢アーデルヘイトは王国の聖女の任務も解かれる。 家に戻るも、父であり、オルウェン公爵家当主のカリオンに勘当され家から追い出される。行き場の無い中、豪商に助けられ、聖女として平民の生活を送る。 ざまぁ要素あり。

島流しされた悪役令嬢は、ゆるい監視の元で自由を満喫します♪

鼻血の親分
恋愛
罪を着せられ島流しされたアニエスは、幼馴染で初恋の相手である島の領主、ジェラール王子とすれ違いの日々を過ごす。しかし思ったよりも緩い監視と特別待遇、そしてあたたかい島民に囲まれて、囚人島でも自由気ままに生きていく。 王都よりよっぽどいいっ! アニエスはそう感じていた。…が、やがて運命が動き出す。

虐げられた人生に疲れたので本物の悪女に私はなります

結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
恋愛
伯爵家である私の家には両親を亡くして一緒に暮らす同い年の従妹のカサンドラがいる。当主である父はカサンドラばかりを溺愛し、何故か実の娘である私を虐げる。その為に母も、使用人も、屋敷に出入りする人達までもが皆私を馬鹿にし、時には罠を這って陥れ、その度に私は叱責される。どんなに自分の仕業では無いと訴えても、謝罪しても許されないなら、いっそ本当の悪女になることにした。その矢先に私の婚約者候補を名乗る人物が現れて、話は思わぬ方向へ・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

私を選ばなかったせいで破滅とかざまぁ、おかげで悪役令嬢だった私は改心して、素敵な恋人できちゃった

高岩唯丑
恋愛
ナナは同級生のエリィをいびり倒していた。自分は貴族、エリィは平民。なのに魔法学園の成績はエリィの方が上。こんなの許せない。だからイジメてたら、婚約者のマージルに見つかって、ついでにマージルまで叩いたら、婚約破棄されて、国外追放されてしまう。 ナナは追放されたのち、自分の行いを改心したら、素敵な人と出会っちゃった?! 地獄の追放サバイバルかと思いきや毎日、甘々の生活?! 改心してよかった!

【完結】許婚の子爵令息から婚約破棄を宣言されましたが、それを知った公爵家の幼馴染から溺愛されるようになりました

八重
恋愛
「ソフィ・ルヴェリエ! 貴様とは婚約破棄する!」 子爵令息エミール・エストレが言うには、侯爵令嬢から好意を抱かれており、男としてそれに応えねばならないというのだ。 失意のどん底に突き落とされたソフィ。 しかし、婚約破棄をきっかけに幼馴染の公爵令息ジル・ルノアールから溺愛されることに! 一方、エミールの両親はソフィとの婚約破棄を知って大激怒。 エミールの両親の命令で『好意の証拠』を探すが、侯爵令嬢からの好意は彼の勘違いだった。 なんとかして侯爵令嬢を口説くが、婚約者のいる彼女がなびくはずもなく……。 焦ったエミールはソフィに復縁を求めるが、時すでに遅し──

婚約破棄ですか。お好きにどうぞ

神崎葵
恋愛
シェリル・アンダーソンは侯爵家の一人娘として育った。だが十歳のある日、病弱だった母が息を引き取り――その一年後、父親が新しい妻と、そしてシェリルと一歳しか違わない娘を家に連れてきた。 これまで苦労させたから、と継母と妹を甘やかす父。これまで贅沢してきたのでしょう、とシェリルのものを妹に与える継母。あれが欲しいこれが欲しい、と我侭ばかりの妹。 シェリルが十六を迎える頃には、自分の訴えが通らないことに慣れ切ってしまっていた。 そうしたある日、婚約者である公爵令息サイラスが婚約を破棄したいとシェリルに訴えた。 シェリルの頭に浮かんだのは、数日前に見た――二人で歩く妹とサイラスの姿。 またか、と思ったシェリルはサイラスの訴えに応じることにした。 ――はずなのに、何故かそれ以来サイラスがよく絡んでくるようになった。

第一王子は私(醜女姫)と婚姻解消したいらしい

麻竹
恋愛
第一王子は病に倒れた父王の命令で、隣国の第一王女と結婚させられることになっていた。 しかし第一王子には、幼馴染で将来を誓い合った恋人である侯爵令嬢がいた。 しかし父親である国王は、王子に「侯爵令嬢と、どうしても結婚したければ側妃にしろ」と突っぱねられてしまう。 第一王子は渋々この婚姻を承諾するのだが……しかし隣国から来た王女は、そんな王子の決断を後悔させるほどの人物だった。

婚約破棄ですか? ならば国王に溺愛されている私が断罪致します。

久方
恋愛
「エミア・ローラン! お前との婚約を破棄する!」  煌びやかな舞踏会の真っ最中に突然、婚約破棄を言い渡されたエミア・ローラン。  その理由とやらが、とてつもなくしょうもない。  だったら良いでしょう。  私が綺麗に断罪して魅せますわ!  令嬢エミア・ローランの考えた秘策とは!?

処理中です...