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28.はじまった夜会、口実が真実に変わってますの!

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 マーシャル夫人に従いガーラント公爵夫妻とカーマイン公爵に挨拶に来たセアラ。

「やあ、貴女が今話題のセアラ・レトビア公爵令嬢だね。マーシャル夫人がシャペロンを務めるとは噂以上に優秀な方のようだ」

「勿体無いお言葉痛み入ります」

「息子のグレイはセアラ嬢に会いたがっていたので、先に私達が会ったと知ったら怒り狂うかもしれんな。いつか夜会で会ったら声をかけてくれると私の首が繋がるよ」

「まあ、そんな言い方をしたらセアラ嬢が怯えてしまいますわ。あなたガーラント公爵はグレイの評判を落としたいのかしら。この人の言うことは話半分に聞いてくださいね。グレイが貴女に会いたがっていたのは本当だけどそれ以外はタチの悪いジョークなのよ」

 ガーラント公爵は肩幅の広い偉丈夫でかなりの愛妻家。シルス王太子の婚約者であるミリセントはガーラント公爵家の長女で、長男のグレイ・ガーラントは領民達との新年の祝いのために領地に戻っていると言う。

「勿論知っていますとも。グレイ殿はガーラント公爵よりも夫人に似たお優しい方ですからね」

 返事の仕方がわからないセアラの代わりにマーシャル夫人が話を続けてくれた。

「マーシャル夫人にお会いするのはいつぶりかしら? 時々で良いのでお茶会に参加して頂けたらと思っておりますのよ」

「この年になると家で呑気に猫と遊ぶのが一番になってしまって」

「あら、猫を飼ってらっしゃるの?」

「ええ、ですけれど気まぐれで直ぐにいなくなりますの」


「マーシャル夫人を夜会に引っ張り出せるなんて流石レトビア公爵ですね。お名前が読み上げられた時、腰を抜かすかと思いましたよ。
しかも一緒におられるのが今季アリエノール王女殿下の秘書を務めるセアラ嬢とは。やはりマーシャル夫人は常に話題の中心におられる」

 カーマイン公爵は元国王の弟で王位継承権第4位。広大な敷地で作られるワインは国内生産量第一位で最近は馬の調教と繁殖に力を注いでいる。

「まあ、なんて失礼な方でしょう。それではまるでわたくしが騒ぎを起こしているようではありませんか」

「あながち間違っていないかもしれませんよ。だってほら、マイラ王妃がさっきからソワソワして今にも壇上から降りて来そうです」

「まさか、王妃殿下がそのような事をなさるわけがございません。幼い頃お教えした礼儀作法はしっかりと身についておられるはずですからね」

 そう言いながらチラリと壇上に目をやると確かに王妃殿下がこっちを見ていて遠目にもソワソワしている様子が分かる。



「こんばんは、ご挨拶させて頂いてよろしいですかな?」
「お久しぶりです。マーシャル夫人」
「ご無沙汰しております」

 マーシャル夫人に声をかけてきた人達は皆セアラを紹介して欲しそうにしているが、マーシャル夫人がセアラを紹介しないので声をかけられず中々その場を動かない者もいた。

(見世物小屋の珍獣になった気分。【レトビアの荊姫】ってプレートがかかってるのが見えそう⋯⋯)

 彼らは判で押したように『レトビア公爵には色々お世話になっております』と意味深な顔をしてセアラをチラ見していく。レトビア公爵の派閥にいるとアピールしたいのか、自分は公爵の仲間なんだからセアラを紹介しろとでも言いたいのか。



「ご存命でおられたとは今日一番の僥倖です」

「まあ、素敵なご挨拶ですこと。マクルーガー辺境伯こそまだ五体満足でいらっしゃるようで安心いたしましたわ。そのご様子ではお口に苦いお薬を押し込める勇敢な者は未だに出てきていないようですわね」

「はっはっは、やはりマーシャル夫人には敵いません。俺の口にアレをつっこめるのはマーシャル夫人と妻だけです」

 青白い貴族の中で唯一真っ黒に日焼けしたマクルーガー辺境伯は笑い皺を濃くしながら豪快に頭をかいた。

「お久しぶりでございます」

「いつもお手紙をいただきありがとうございます。それから、お嬢様のご誕生おめでとうございます」

「ありがとうございます。おねだりは聞いて頂けませんでしたが一度お屋敷にお伺いしても宜しいでしょうか? アーノルドもマーシャル夫人にお会いしたいと駄々を捏ねておりますの」

「名付け親など恐れ多い、わたくしには荷が重すぎます。アーノルドぼっちゃまは相変わらずで?」

「ええ、益々父親に似てきて困っておりますの。マーシャル夫人にご相談できればきっと解決策が見つかるのではないかと思いまして」

 悪戯好きでやんちゃなアーノルドは5歳になったが勉強が大嫌いでいつも逃げ出してばかりいる。

「秘策をお教えしましょうか?」

「ええ、是非!!」

「辺境伯様の前に学園時代にやり残した課題を置いてアーノルドぼっちゃまと部屋に閉じ込めます。課題が終わるまでおやつ抜きにすれば⋯⋯」

「それは!! ええ、帰りましたら早速」

 喜色満面の辺境伯夫人とヒクヒクと顔を引き攣らせる辺境伯の対比があまりにも可笑しくセアラは扇子で口元を隠した。


「マクルーガー辺境伯夫人、こちらはセアラ・レトビアですの」

「はじめまして。ディアナ・マクルーガーと申します。ディアナと呼んでいただけると光栄ですわ」

「初めてお目にかかります。どうかセアラとお呼び下さいませ」

「なんて素敵なお嬢様なのでしょう。セアラ様が広間にお入りなられた時からみんな大騒ぎですのよ」

 漸くマーシャル夫人がセアラを紹介したので周りにいる者達が背を伸ばし期待に目を輝かせた。



「マーシャル夫人、私にも是非紹介して頂けませんか!?」

 周りを彷徨いていた貴族の中から勢い込んだ男が声をかけた。

「それはいかがなものでしょう。遠目に見て愛でるのは一向に構いませんが、邪な期待を抱いておられる方との交流はあまり感心いたしませんの。
まだそういった市場に参加させる予定はございませんので」



 大勢の貴族が挨拶に来たがあまりの人数にセアラはほとんど顔を覚えることができなかった。かろうじてわかったのは同級生とその親のみ。

 シャーロット・メイヨー侯爵令嬢と婚約者ヘンリー・スールベニー侯爵令息は両親と共に挨拶に来た。
 メイヨー侯爵は最高裁判官でスールベニー侯爵は切れ者で有名な宰相。

 グレイスも両親のルーカン伯爵夫妻と、婚約者のローランド・アーカンソー伯爵子息と並んで現れた。
 ルーカン伯爵は第一騎士団の団長でアーカンソー伯爵は財務大臣を務めている。


 シャーロットの愉快な仲間達とその親や婚約者も何人かいた。

 ユリス・デンロー伯爵令嬢とその家族。ジーニア・アルセント伯爵令嬢とその家族。

(見事にリストの中にある名前がいっぱいいらっしゃるわ)


 普段学園では不躾な態度をとっている彼らも社交の場では大人しくしているようで、両親や婚約者の横からチラチラとセアラの方を見ているものの声をかけてくることはなかった。

 大人しく壁の花になる予定は霧散しセアラとマーシャル夫人の周りにできた人だかりは一向に減る気配がない。

(私のせいでなくてマーシャル夫人の顔の広さが原因だと思う。社交界から離れていた弊害が出てるだけじゃないかしら)


 セアラの顔は微笑んだ顔の形に固まって、カーテシーのし過ぎによる筋肉痛と慣れない靴による靴擦れでダンスどころか一歩も動けそうにない。

(マーシャル夫人、足を痛めていると言う口実は真実に切り替わってます)




「セアラ、夜会を楽しんでいるようで安心したよ」

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