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26.マーシャル夫人曰く、王宮は魔窟

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 王宮に向かう馬車の中ではマーシャル夫人の話が続いていた。

「セアラがどんなに頑張って壁の花になろうとしても無駄かもしれませんね。正直シャペロンとなったのを後悔するほど大変な夜会になりそうです」

「あの、それは何故でしょうか?」

「まず一つ目はセアラが【レトビアの荊姫】だから。少し前から噂を煽っている人がいるようで、目新しい話題を探し求める下衆な輩が騒ぎ立てています。興味津々で近寄ってきた者から不快で明け透けな視線や無礼な質問攻めに合う可能性があります。
二つ目は婚約者を探している令息とその家族、秘密のお相手を探す不快な男性がセアラの周りに張り付きそうです。
絶対にわたくしの側から離れない事。サイラスからダンスは禁止だと言われているので誘われたら少し足を痛めていると言ってわたくしが断ります」

「はい」

 煌びやかな夜会でのダンスを内心楽しみにしていたセアラは少しがっかりしたが、レトビア公爵の指示であれば諦めるしかない。それにダンス中にあれこれ興味本位で詮索されたら逃げ場がないのでダンスできないのはラッキーだと自身を納得させた。

 自分で選んだドレスを着て無事に夜会に参加できるだけでも良しとしなければとセアラは気持ちを切り替えた。

(ダンスはあまり得意ではないからお相手の足を踏むだけで終わりそうだしね)



 速度を落とした馬車がとまり扉が開いた。ステップを降りたセアラが前を向くと煌々と明かりの灯った王宮が白く輝き、大広間へ向かう広い階段を着飾った紳士にエスコートされた淑女がゆっくりと登っていくのが見えた。

「ここが少女達が夢見る魔窟への入り口。嘲笑と裏切りを纏った魔物達の殿堂とも言えるかしら。彼らを喜ばせたくなければ最後まで背を伸ばし笑みを忘れないことね。覚悟はいいかしら?」

 マーシャル夫人の恐ろしい言葉にしっかりと頷いたセアラはゆっくりと階段を登りはじめた。



 セアラがマーシャル夫人と共に受付を済ませた頃には既に爵位が下の者から会場入りしはじめていた。

「サイラスとアメリアは別室で待機しているはずだけど、夜会前から揉め事には関わりたくないのでわたくし達はここで待ちましょう。それほど時間はかからないはず」

 受付から離れた場所にあるベンチに腰掛けた二人は周りの注目を集めていたが夜会前なので誰も声をかけてこなかった。


 貴族の名前が読み上げられ扉が開くと意匠を凝らしたアビ・ア・ラ・フランセーズを身につけた紳士と華やかなローブ・ア・ラ・フランセーズの淑女が一組づつ大広間に吸い込まれていく。

 公爵家のセアラは終わりの方なので順番が来た頃には緊張で顔がこわばっていた。



 名前が読み上げられ扉が大きく開いた。騒ついていたはずの大広間が静まり返りセアラ達を凝視している。

「さあ、淑女のマナーレッスンのはじまりよ。口角を上げて胸を張りなさい」

 一歩進みゆっくりと優雅にカーテシー。

 少し間を置いて顔を上げマーシャル夫人と歩きはじめると『ほおっ』と広間から溜息が聞こえてきた。この後すぐに王家への挨拶になる為セアラ達が壇上の方に向かうと目の前に道が広がり、居並ぶ紳士淑女が肌を刺すほど強烈な視線をセアラに向けているのが感じられた。


 その後ガーラント公爵夫妻とカーマイン公爵が入場し、レトビア公爵とアメリアが最後に入場した。
 威風堂々とした佇まいのレトビア公爵の横で、華やかなドレスのアメリアは会場一輝いていた。

 アメリアの苛立ちに気付いていないのか気にする余裕がないのか、セアラは人と目を合わせないようにしながら会場内を見回していた。
 チラチラと横目で伺う婦人は口元を扇子で隠しながら隣の令嬢に話しかけ、セアラの全身を舐めるように凝視する紳士はお腹の辺りがはち切れそう。
 マーシャル夫人が教えてくれた通り予想より多くの子息や令嬢の姿が見受けられた。

「思った通りね。リチャード王子殿下とアリエノール王女殿下を狙ったハイエナが沢山。巻き込まれないよう気を付けなさい」


 小さく聞こえていた演奏が止まり、宰相の声かけで全員が壇上に向けて最敬礼した。女性達の美しいカーテシーと男性陣のボウ・アンド・スクレープが並ぶ様は壮観だったが、緊張して頭を下げるセアラには周りの様子を窺う余裕はなくプルプルしそうな腿に力を入れてひたすら時間が過ぎるのを待っていた。

(こっ、ここ数日の運動不足が!!)



 壇横のドアが開き国王陛下と王妃殿下が漸く壇上に姿を現した。少し間を開けてシルス王太子殿下と婚約者のミリセント・カーマイン公爵令嬢が続き、その後ろにリチャード第二王子殿下とアリエノール第一王女が揃って会場入りした。

「皆の者、楽にしてくれ。新しい年をまた皆と共に祝える事を心より喜びに思う。今宵は存分に楽しんで欲しい」


 演奏がはじまり先陣を切ってレトビア公爵とアメリアが陛下の前に立ち穏やかに挨拶を交わしはじめた。アメリアが陛下と王妃を無視したままリチャード王子に向けて可愛らしく微笑み、小声で何か囁くと少し困ったような笑顔のリチャードが返事を返した。

 王侯貴族の作法はまだ勉強中のセアラだが入場から挨拶迄の流れに違和感を覚えた。

(王太子殿下の婚約者様のご両親よりレトビア公爵の方が上になるの? 入場や挨拶の順番って⋯⋯後でマーシャル夫人に教えて頂かなくちゃ)



 公爵家の最後にセアラはマーシャル夫人と共に国王陛下の前でカーテシーをした。

「其方が噂のレトビア公爵家の養女となったセアラか」

「セアラ・レトビアと申します。国王陛下におかれましては「良い良い、其方はアリエノールのお気に入りと聞いておる。堅苦しい挨拶は抜きじゃ」」

「陛下、それでは皆に示しがつきません」

「マーシャル夫人は相変わらず堅苦しいのう。息災であったか?」

「はい、この通り。老体に鞭打ち年若き迷い子の世話に駆り出されてしまいました」

レジーナマーシャル夫人叔母様にお会いできてとても嬉しいわ」

「王妃殿下もお変わりなく。3人の子持ちには見えません」

「ええ、レジーナ叔母様には敵いませんけれど頑張っていますわ。後で声をかけてくださいね、そのまま帰ってしまうのは禁止ですよ」

 王妃の言葉には返事をせず『後がつかえております故』とマーシャル夫人がセアラに合図して壇を降りた。



「マーシャル夫人が王妃殿下のご親戚とは存じませんでした」

「王妃殿下がお小さい頃にお世話させて頂いた時期があるのです。そのせいでいつまで経ってもあのように仰られるのですが、親戚などと言えるほどの繋がりではないのですよ」


 貴族達の挨拶が終わり王太子殿下達が壇上から降りてきた。王子達4人の華麗なダンスで夜会がはじまった。





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