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2.現実主義者

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「何それ。セアラを人身御供にするって事? おじ様、とうとう頭がおかしくなったの?」

「借金で頭がいっぱいで娘の事なんてどうでもいい⋯⋯ううん、お父様は超現実主義者だから呪いを信じておられないだけだと思う」

「まあ、現実主義者になられたお気持ちはわかるけど。それにしたってレトビア公爵家に娘を差し出すなんて縁起が悪いとは⋯⋯あー、現実主義者に縁起は関係ないのか」

「そう言う事。お祖父様が縁起の良い美術品って言う触れ込みに騙され続けておられたから拍車がかかったんだわ」

「でも呪いはレトビアの血に降り掛かるんじゃないの?」

 イリスが眉間に皺を寄せて首を傾げた。

「先々代のお祖母様はレトビア侯爵家から嫁いでこられたの」

「そっか、レトビア公爵家にとっては薄くても血は繋がってるってことね」

「そう言うことだと思う」

「うーん、だったらおじ様にレトビアの呪いを信じてもらう方法を考えるしかないわ。だってこのままじゃ⋯⋯ねえ、ライルセアラの兄に手紙を書いてみたら?」

 学園の最終学年のライルはセアラより3歳上。現在は学園の寮に入っているが来年度セアラの入学と入れ替わりに卒業する事になり、卒業後は領地に戻ってきて父の仕事を手伝う事になっている。

「お兄様には止められないと思う。だって学園に手紙が届くまでに1週間はかかるでしょう? それを読んでここまで帰ってくるとしたら2週間以上⋯⋯3週間はかかるかも」

 余裕のない我が家が王都から帰ってくる時は郵便馬車に乗るしかないので真っ直ぐ領地に向かえるわけではなく乗り換えのたびに待ち時間ができる。真っ直ぐ王都から帰ってこれたとしてもホプキンス領までは片道一週間かかるのだ。

「ライルに手紙だけは書いたほうがいいと思うわ。何か情報が入るかもしれないでしょ?」

「そうね、養女の話はなしで⋯⋯【レトビアの荊姫】の事だけ聞いてみようかしら。今朝も図書室で探してたの。でもほら、うちにはあんまり本がなくて」

 借金返済の為屋敷にある金目の物は殆ど売り払ってしまったのでホプキンス家の図書室には碌なものが残っていない。

「私も探してみる! お母様にもお願いしてみるわね」



 ライルに手紙を出しイリスと手分けして歴史書を探しはじめたが出発の日は想像以上に早く来た。

「えっ? 1週間後ですか?」

「ああ、丁度王都に向かう商団が見つかったんだ。うちは馬車を仕立てる余裕がないだろ? 商団に参加するリドリーが便乗させてくれるって言ってくれたんだ。それに護衛もいるから娘の一人旅でも安心だしね」

 リドリーの家は代々ガーダル商会の商会長をやっておりホプキンス家とは遠い親戚にあたる。イーサンとリドリーは同い年の幼馴染で月に何度か酒を酌み交わす仲なのでホプキンス家に来るたびに旅行先で見つけた珍しいお菓子や小物などのお土産に持ってきてくれていた。

「リドリーと一緒ならなんの心配もないだろうが念の為に王都に着くまではガーダル商会の使用人として行く事になった。荷物は身の回りの品があれば十分だから準備をしておくように」

「お父様、本当に私をレトビア公爵家に行かせるおつもりなんですね」

「心配しなくても大丈夫だってこの間も言っただろ? ああ、それから途中野宿する場合もあるから極力身動きしやすい服でと言っていたな。レトビア公爵と会う時の一張羅はガーダル商会の荷物と一緒に運んでくれるそうだ」



 それからと言うものイーサンと顔を合わせることもなく出発の日がやってきた。

(少しは罪悪感があったのかしら。興味がなかったわけじゃないと思いたいけど⋯⋯)

 僅かな使用人に見送られながら商隊の馬車に乗り込んだセアラは小さくなっていく我が家を見ながら溜息をついた。

(見送りにも出てきてくださらないなんて)


 前後を護衛が騎馬で守りながら進む5台の荷馬車に小さくなって座るセアラは意気消沈していた。初めての長旅は一日中砂埃が舞い凸凹の道で揺れる荷馬車の中は目一杯詰め込んだ荷物と人で身動きが取れない。旅の2日目から筋肉痛に悩まされお尻の痛さが半端ない。

「セアラさんはこの辺は初めてかい?」

「ええ、ホプキンス領からでたことがなかったの」

「だったらもう少ししたらすごい景色が見れるから楽しみにしとくといいよ」

 今セアラに話しかけているのはガーダル商会とは別の商会の夫人でジニー。旅好きの彼女は買い付けに行く夫にちょくちょくついて行くらしくその横でこくこくと頷いているのはジニーのメイドのサラ。
 商団に参加している女性はセアラを含み3人だけ。旅のはじめは平民らしくないセアラを警戒していたジニーとサラだったが休憩の度に真面目に働くセアラを見て親しく声をかけてくれるようになった。


「凄い?」

「見てのお楽しみだよ。いつもと一緒ならその近くで休憩するはずだからゆっくり見られるはずなんだ」

 ジニーやサラのお陰で周りの景色を楽しむことができるようになったセアラにジニーが声をかけた。

 ジニーの話にワクワクしていると乾いた空気の中に爽やかな香りが混じりはじめ大きな花畑が見えてきた。そろそろ昼食の時間が近いからか馬車が速度を緩め花畑を通り過ぎたところにある広場で停まり男達の騒つく声が聞こえてきた。

 長旅で少し疲れた様子だが馬の世話をする者や馬車の点検をする者と食事の準備を始める者に分かれて直ぐに作業に取り掛かる。セアラはジニー達と一緒に食事を作る担当なので荷馬車から降りると直ぐに鍋に野菜を放り込んで川に向かって歩きかけた。

「セアラ、料理はいいからちょっと花畑を見に行っといで。見えないとこにいっちゃダメだよ。それとご飯ができるまでには帰って来るんだよ」

 荷馬車から降りて腰を伸ばしていたジニーがセアラに声をかけた。

「えっ、いいんですか?」

「見たことないんだろ? あたし達は見慣れてるからさ」

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