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9.最弱王者決定戦

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 意気揚々とキャンストル伯爵邸に帰ってきたデイビッドは階段を駆け降りてきたキャサリンのハグ付きの出迎えを受けて鼻の下を伸ばした。

「お帰りなさい、大丈夫だった?」

 ハーフアップにしたピンクブロンドにはデイビッドがプレゼントした髪飾りが輝き、白地に花模様の捺染布で作られた夏らしいドレスの胸元には学生には不釣り合いなほど大きな宝石がついたネックレスが輝いていた。

(どれもこれもキャサリンのためにあるみたいだよ、アーシェみたいな地味女には絶対に似合わないよな~)

 期末試験が終了した祝いという不思議な理由でデイビッドがプレゼントした品々に身を包んだキャサリンは花の妖精と見紛うばかりに美しく輝いていた。

(ローゼンタールに早く払ってもらわないと⋯⋯こっちに請求がきたらヤバいことに⋯⋯いや、もう大丈夫)

 一瞬不安になったが今日の面会でリリベルを味方につけたと信じ込んでいるデイビッドは満面の笑みを浮かべて不安げな顔で見上げるキャサリンの頬にキスを落とした。

「勿論だよ。アーシェが言い訳しようと慌ててたけどおばさんが出てきたら黙り込んでさぁ、みっともなくて笑いを堪えるのが大変だったんだ。
んで、おばさんは今度正式にキャサリンを招待したいって言ってた⋯⋯キャンストル伯爵家の義妹になるキャサリンを大切にできないならおばさんもアーシェも捨てられるって今度こそ理解できたんじゃないかな」

 話をしながら階段を登りデイビッドの自室に向かうふたりは時折立ち止まってはキスを交わしている。

「ローゼンタールのお屋敷に正式に招かれるなら新しいドレスが必要だわ!」

 パタンと自室のドアが閉まると当たり前のようにベッドに倒れ込み、デイビッドの手がキャサリンの身体を彷徨いはじめた。

「このネックレスも素敵だけどセットのブレスレットをつけて行ったらまた何かあるかもだし⋯⋯次はネックレスを狙われちゃうのかな」

 デイビッドの腕の中にいるキャサリンが少し照れ臭そうにモジモジとしてから胸に額を押し当てた。

(ドレスとアクセサリーの両方かぁ⋯⋯それまでに今までの支払いをしてもらわないと⋯⋯アーシェに急ぐように言えば⋯⋯)

「進級祝いを贈るためって言えばローゼンタールは払わざるを得ないよね?」

 誰に送るのか⋯⋯名前は言わないでデイビッドの思考を上手く誘導していくキャサリンのテクニックは母親仕込み。

「あ、そうか! それなら、この間キャサリンが欲しいって言ってたドレスを後で見に行こう⋯⋯今はほら、いいだろ?」

 デイビッドの部屋から漏れはじめた淫猥な音と気配に執事のセドリックが溜息をついた。

「旦那様は何を考えておられるんだろう」





 隣国に出かける前にライルはアンジー・ケレイブを数回屋敷に招待していた。

 ソワソワと落ち着きなくアンジーが来るのを待ち、人払いをしてアンジーとふたりだけで食事を楽しむライルは思春期の青年のように耳を赤くして⋯⋯生き生きと輝いていた。

 アンジーの家が『ソルダート貿易会社』を営んでいると知った時もセドリックはあまり不安を感じていなかった。

(旦那様はとても真面目で慎重な方だから何かお考えがあるんだろう。とても良い雰囲気だし再婚して向こうの会社をテコ入れするとか⋯⋯悪い噂のある会社だが旦那様のような方が経営に参加されたら大きく変わるはずだし、ローゼンタール伯爵家がついているんだから心配はない)

 今から4ヶ月前にライルがアンジーと共に旅行に出かけると言い出した時にセドリックは初めて不安を覚えた。

『ローゼンタール伯爵家に秘密で行かれるのですか?』

『ケインやリリベルはあの通りの堅物だからアンジーと一緒だと知られたら痛くもない腹を探られるからね。今はまだ秘密にしておきたいんだ』

 ライルは『わかるだろう』と言いながら照れ臭そうに笑った。

『それとアンジーの娘のキャサリンの事も頼む。長い間母親が不在だと不安になると思うから、出かける前にデイビッドに合わせておこうと思っているんだ。セドリックとデイビッドがいれば困ることはないだろう』

『ザッカリー様にお声をかけられてはいかがですか?』

『⋯⋯いや、やめておくよ。アイツは私の言うことなど聞く耳を持たないから。デイビッドがアーシェと結婚したら変わるだろうがそれまでは放っておいた方がいい』

 デイビッドとアーシェの婚約話が出た頃からライルとザッカリーの不和は続き、妻子と共に王宮近くのアパートに住みはじめてからは年に一度顔を合わせればマシな方だという状態になっていた。

(その理由をはっきりと聞いたわけではないが当時アーシェ様と仲が良かったのはデイビッド様よりもザッカリー様の方だった。多分ザッカリー様はご自身がアーシェ様の婚約者になりたいと思われたのだろうな。
でも、もうザッカリー様はカーラ様とご結婚されて子供もおありなのだから和解してもいいと⋯⋯)

『デイビッドはもう直ぐ準成人だからね、私が出かけている間くらいはしっかりと家を管理するよう伝えておく。セドリックがいるんだからデイビッドでもなんとかなるだろう』



 ライルが旅に出てからデイビッドの我儘に拍車がかかっていったが『父上から当主代理に任命された』と言われるとあまり強く言えない。

(何度問い合わせのお手紙を出してもライル様のお返事は滞ったままだし、ローゼンタール伯爵家からの問い合わせについての返事もこない⋯⋯デイビッド様はアーシェ様を放置してキャサリン様とあのような関係になってしまわれて。せめて先代様にご相談できれば良いのだけれど、それも旦那様から禁止されているから⋯⋯八方塞がりとはこの事だな)

 キャンストル伯爵邸は終わるのではないかという不安でげっそりと窶れたセドリックの耳に元気いっぱいのデイビッドの声とキャサリンの少し甲高い嬌声が聞こえてきた。

『買い物に出かけるから直ぐに馬車の準備をしろ!』

『ありがとう! デイビッド、だ~い好き』





 早馬を飛ばして駆け戻った老人ふたりがローゼンタールの屋敷に着いたのはまだ薄暗く朝靄が消えていない時間だった。

「どうするかの? この時間に突撃したらケツを蹴り上げられる自信がある」

 エマーソンがローゼンタールの屋敷を見上げて呟いた。

「なら、キャンストルの屋敷で時間を潰せば良かろう」

 そう言いながら既に移動をはじめていたランドルフの腕をエマーソンが捕まえた。

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