上 下
38 / 49

38.強制捜査と勅令書の謎

しおりを挟む
「酷いなぁ、こんな面白い案件を隠してるなんて」

 楽しげに文句を言っているのはもちろんターニャ副団長。並んで座る第二騎士団団長グレッグ・モートンはこれ以上ないほど深く眉間に皺を寄せて書類を改めていた。


「これは、輸出禁止の銃・火薬・硫黄・硝石。しかも密売先が敵対しているシャルセント王国だなんて」

 グレッグ団長は怒りで書類の端に皺がよりそうなほど手に力が入っている。

「貿易会社『Stare』が設立されて5年だっけ? プリンストンはそれより前に武器の密売をはじめてるのね」

 楽しげな様子で現れたターニャ王女だが、密売していた品が分かった途端冷ややかな目付きに変わった。

「ええ、帳簿で見た限りでは10年以上前からです」


「こっちのは奴隷売買。ダベナント王国のギニアリアで銃・火薬を売り奴隷を購入。サン・ダマングスで奴隷を売って貴金属・粗糖等を購入か。とんでもないな」

「まだ侯爵達のサインの入った書類が見つかってないのですが、強制捜査に入れるくらいの証拠として使えますか? あ、こっちのは脱税関係です」


「よくこれだけ調べましたね。プリンストンだけでなくターンブリーの帳簿まである」

「ハーヴィーが残してくれました。ハーヴィーが最初に気付いて、それから2人で調べてきたんです」


 淡々と説明するライラにグレッグ団長が心配そうな顔をした。

「ああ、これだけあれば十分だが。この後どうなるのか分かっていてこれを持ってこられたんですよね」

 連絡先が書かれたらしいメモや受領書と領収書の控え。別名奴隷手形とも呼ばれる為替手形の振出人は、第二騎士団の内部資料にもある奴隷ファクターと呼ばれる現地在住の販売代理人の名前が書かれていた。


「はい、貿易会社と侯爵両家⋯⋯覚悟の上です。ハーヴィーと私は会社役員に名を連ねていますしそれぞれの家に関わるものとしても看過できないと考えました。それ相応の処罰も覚悟の上です。
私達が役員報酬として受け取った物は一切手をつけず銀行に預けてあります。これがハーヴィーのもので、こっちが私のものです」

「分かりました。一応お預かり致します」


「それからこの鍵がターンブリー侯爵家の秘密金庫の鍵で、場所の説明はこれです。プリンストンのはこれが⋯⋯」

 ハーヴィーから預かったターンブリー侯爵家の隠し金庫の場所を書いた用紙と合鍵。プリンストン侯爵家の隠し金庫の場所を書いた用紙と合鍵を並べてテーブルの上においた。

「ここには侯爵達の隠している帳簿や証拠書類、現金などが全て入っています。侯爵家の裏帳簿も」



「ここまでお膳立てされた強制捜査って初めてじゃないかな?」

 グレッグ団長が感心したような呆れたような声を出した。

「学生のした事ですから足りない物は多いと思いますが、よろしくお願いします」

 頭を下げたライラにターニャが声をかけた。


「今日持ってきたのには意味があるの?」

「はい、あの。今日漸く婚約破棄に辿り着いたので」

「はい? あのバカと婚約破棄出来たの?」

「ビクトールが爵位簒奪の書類を紋章院に提出して受理されたと昨日連絡が来たので、彼がおかしな事をしてしまわないように、今日婚約破棄をして告発にきました」

 ライラがざっくりと説明するとターニャ王女が柳眉を逆立ててテーブルを叩いた。

「なんて事を!」

 積み上げられていた書類が崩れかけライラとグレッグ団長が慌てて支えた。

「あ、ごめん。アイツがここまでバカだとは思わなかった」

「書類を提出したのはモグリの弁護士でベン・モートンという名前で、私の雇っている調査員が後をつけています。
ビクトールが爵位簒奪をした事を知ったらターンブリー侯爵が書類を移動するかもしれませんし、ビクトールが貿易会社に乗り込んで金庫を荒らすかもしれないと思って」

「そうか、教えてくださって助かりました。直ぐに準備して強制捜査に入ります」


「あ、準備してる間にひとっ走り行ってくるわね。帰ってくるまでに準備よろしく~」

 パラパラと捲った資料の中から何枚かの書類を抜き出し、バタバタと出ていくターニャの後ろ姿を見送ったグレッグ団長が溜息をついた。

「本来の命令系統だの仕事の手順だのがあるって気づいてくれればなあ」


 ターニャが前回メイヨー公爵家で出した王印の押された勅令書の謎。

 勅令書には執行命令や委任命令のほか独立命令や緊急命令などがある。王印と共に国務大臣の印も必要となる為、本来なら発行にはかなりの時間がかかる。

「ところが、あの跳ねっ返りの王女様ときたら、取り敢えずの説明ができる資料さえあれば陛下が何をしておられる最中だろうと国務大臣がどんな状況だろうと気にせず印をもらってくるんだ。
メイヨー公爵家の時なんて『この後横領の証拠が届くから』の一言で勅令書をもぎ取ってきた」

「は?」


『だってライラが証拠書類を持ってくるって言ったなら持ってくる。あの子は有言実行の子だって知ってるから、さっさと印を押して!』


 信用されているのは嬉しいなどと言う問題を超えている。

「それで役に立つ書類がなかったら⋯⋯」

 青褪めたライラが呆然としている前でグレッグ団長は騎士に指示を出しはじめた。


「時間がないから急ぐぞ。強制捜査の箇所は3箇所、同時に行う。全員に招集をかけろ」

「はい!」

 走り出した騎士をぼんやりと見つめ、後ろを振り返った。

「ノア、ターニャ王女はやっぱり危険だわ」

「同感です」

 苦笑いを浮かべたノアはターニャのターゲットがデレクで良かったと胸を撫で下ろした。



 集められた騎士が3つのグループに分けられ、各グループの隊長が集められた。強制捜査の場所を聞いた時点で隊長達の顔が青褪めた。

「今回はターンブリーとプリンストン、両侯爵家の家人と全ての使用人を逮捕・勾留し屋敷の保全を行う。屋敷内の捜索・差押・検証については明日以降となるため立ち入り禁止。
貿易会社『Stare』も全役員逮捕・勾留の上、社屋は立ち入⋯⋯⋯⋯」




 雪崩れ込む第二騎士団員に慌てふためく貿易会社『Stare』とふたつの侯爵家。喚く侯爵や侯爵夫人、逃げ出そうとする使用人達。拘束された役員達は呆然とし社員達は明日からの生活を思い床に座り込んだと言う。

 王都中が騒然となった強制捜査は両侯爵家が所有する全ての屋敷、会社が所有する本社・商館・船等々。

 全ての家屋の捜査が終わるまでに2ヶ月近くかかったという。



 ターンブリー侯爵家は侯爵・夫人・ビクトールと同時にサルーン男爵令嬢も逮捕され、ビクトールの母親も任意同行された。

 プリンストン侯爵家は侯爵と夫人が逮捕され、領地の屋敷にいた庶子2人とその母親は任意同行された。

 犯罪に関与していた役員や社員も次々と摘発されていった。


 脱税・武器の密売・奴隷売買関与以外に違法薬物の密輸まで発覚し捜査対象は広がる一方で未だ収束の目処は立っていない。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】「俺は2番目に好きな女と結婚するんだ」と言っていた婚約者と婚約破棄したいだけだったのに、なぜか聖女になってしまいました

As-me.com
恋愛
完結しました。  とある日、偶然にも婚約者が「俺は2番目に好きな女と結婚するんだ」とお友達に楽しそうに宣言するのを聞いてしまいました。  例え2番目でもちゃんと愛しているから結婚にはなんの問題も無いとおっしゃっていますが……そんな婚約者様がとんでもない問題児だと発覚します。  なんてことでしょう。愛も無い、信頼も無い、領地にメリットも無い。そんな無い無い尽くしの婚約者様と結婚しても幸せになれる気がしません。  ねぇ、婚約者様。私はあなたと結婚なんてしたくありませんわ。絶対婚約破棄しますから!  あなたはあなたで、1番好きな人と結婚してくださいな。 ※この作品は『「俺は2番目に好きな女と結婚するんだ」と婚約者が言っていたので、1番好きな女性と結婚させてあげることにしました。 』を書き直しています。内容はほぼ一緒ですが、細かい設定や登場人物の性格などを書き直す予定です。

ふしだらな悪役令嬢として公開処刑される直前に聖女覚醒、婚約破棄の破棄?ご冗談でしょ(笑)

青の雀
恋愛
病弱な公爵令嬢ビクトリアは、卒業式の日にロバート王太子殿下から婚約破棄されてしまう。病弱なためあまり学園に行っていなかったことを男と浮気していたせいだ。おまけに王太子の浮気相手の令嬢を虐めていたとさえも、と勝手に冤罪を吹っかけられ、断罪されてしまいます。 父のストロベリー公爵は、王家に冤罪だと掛け合うものの、公開処刑の日時が決まる。 断頭台に引きずり出されたビクトリアは、最後に神に祈りを捧げます。 ビクトリアの身体から突然、黄金色の光が放たれ、苛立っていた観衆は穏やかな気持ちに変わっていく。 慌てた王家は、処刑を取りやめにするが……という話にする予定です。 お気づきになられている方もいらっしゃるかと存じますが この小説は、同じ世界観で 1.みなしごだからと婚約破棄された聖女は実は女神の化身だった件について 2.婚約破棄された悪役令嬢は女神様!? 開国の祖を追放した国は滅びの道まっしぐら 3.転生者のヒロインを虐めた悪役令嬢は聖女様!? 国外追放の罪を許してやるからと言っても後の祭りです。 全部、話として続いています。ひとつずつ読んでいただいても、わかるようにはしています。 続編というのか?スピンオフというのかは、わかりません。 本来は、章として区切るべきだったとは、思います。 コンテンツを分けずに章として連載することにしました。

記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話

甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。 王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。 その時、王子の元に一通の手紙が届いた。 そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。 王子は絶望感に苛まれ後悔をする。 王子が主人公のお話です。 番外編『使える主をみつけた男の話』の更新はじめました。 本編を読まなくてもわかるお話です。

妹に全てを奪われた伯爵令嬢は遠い国で愛を知る

星名柚花
恋愛
魔法が使えない伯爵令嬢セレスティアには美しい双子の妹・イノーラがいる。 国一番の魔力を持つイノーラは我儘な暴君で、セレスティアから婚約者まで奪った。 「もう無理、もう耐えられない!!」 イノーラの結婚式に無理やり参列させられたセレスティアは逃亡を決意。 「セラ」という偽名を使い、遠く離れたロドリー王国で侍女として働き始めた。 そこでセラには唯一無二のとんでもない魔法が使えることが判明する。 猫になる魔法をかけられた女性不信のユリウス。 表情筋が死んでいるユリウスの弟ノエル。 溺愛してくる魔法使いのリュオン。 彼らと共に暮らしながら、幸せに満ちたセラの新しい日々が始まる―― ※他サイトにも投稿しています。

記憶がないので離縁します。今更謝られても困りますからね。

せいめ
恋愛
 メイドにいじめられ、頭をぶつけた私は、前世の記憶を思い出す。前世では兄2人と取っ組み合いの喧嘩をするくらい気の強かった私が、メイドにいじめられているなんて…。どれ、やり返してやるか!まずは邸の使用人を教育しよう。その後は、顔も知らない旦那様と離婚して、平民として自由に生きていこう。  頭をぶつけて現世記憶を失ったけど、前世の記憶で逞しく生きて行く、侯爵夫人のお話。   ご都合主義です。誤字脱字お許しください。

溺愛されている妹の高慢な態度を注意したら、冷血と評判な辺境伯の元に嫁がされることになりました。

木山楽斗
恋愛
侯爵令嬢であるラナフィリアは、妹であるレフーナに辟易としていた。 両親に溺愛されて育ってきた彼女は、他者を見下すわがままな娘に育っており、その相手にラナフィリアは疲れ果てていたのだ。 ある時、レフーナは晩餐会にてとある令嬢のことを罵倒した。 そんな妹の高慢なる態度に限界を感じたラナフィリアは、レフーナを諫めることにした。 だが、レフーナはそれに激昂した。 彼女にとって、自分に従うだけだった姉からの反抗は許せないことだったのだ。 その結果、ラナフィリアは冷血と評判な辺境伯の元に嫁がされることになった。 姉が不幸になるように、レフーナが両親に提言したからである。 しかし、ラナフィリアが嫁ぐことになった辺境伯ガルラントは、噂とは異なる人物だった。 戦士であるため、敵に対して冷血ではあるが、それ以外の人物に対して紳士的で誠実な人物だったのだ。 こうして、レフーナの目論見は外れ、ラナフェリアは辺境で穏やかな生活を送るのだった。

婚約者様にお子様ができてから、私は……

希猫 ゆうみ
恋愛
アスガルド王国の姫君のダンス教師である私には婚約者がいる。 王室騎士団に所属する伯爵令息ヴィクターだ。しかしある日、突然、ヴィクターは子持ちになった。 神官と女奴隷の間に生まれた〝罪の子〟である私が姫君の教師に抜擢されたのは奇跡であり、貴族に求婚されたのはあり得ない程の幸運だった。 だから、我儘は言えない…… 結婚し、養母となることを受け入れるべき…… 自分にそう言い聞かせた時、代わりに怒ってくれる人がいた。 姫君の語学教師である伯爵令嬢スカーレイだった。 「勝手です。この子の、女としての幸せはどうなるのです?」 〝罪の子〟の象徴である深紅の瞳。 〝罪の子〟を片時も忘れさせない〝ルビー〟という名前。 冷遇される私をスカーレイは〝スノウ〟と呼び、いつも庇護してくれた。 私は子持ちの婚約者と結婚し、ダンス教師スノウの人生を生きる。 スカーレイの傍で生きていく人生ならば〝スノウ〟は幸せだった。 併し、これが恐ろしい復讐劇の始まりだった。 そしてアスガルド王国を勝利へと導いた国軍から若き中尉ジェイドが送り込まれる。 ジェイドが〝スノウ〟と出会ったその時、全ての歯車が狂い始め───…… (※R15の残酷描写を含む回には話数の後に「※」を付けます。タグにも適用しました。苦手な方は自衛の程よろしくお願いいたします) (※『王女様、それは酷すぎませんか?』関連作ですが、時系列と国が異なる為それぞれ単品としてお読み頂けます)

【完結】死にたくないので婚約破棄したのですが、直後に辺境の軍人に嫁がされてしまいました 〜剣王と転生令嬢〜

I.Y
恋愛
「ラダベル・ラグナ・デ・ティオーレ。お前との婚約を破棄する」  ティオーレ公爵家の令嬢であるラダベルは、婚約者である第二皇子アデルより婚約破棄を突きつけられる。アデルに恋をしていたラダベルには、残酷な現実だと予想されたが――。 「婚約破棄いたしましょう、第二皇子殿下」  ラダベルは大人しく婚約破棄を受け入れた。  実は彼女の中に居座る魂はつい最近、まったく別の異世界から転生した女性のものであった。しかもラダベルという公爵令嬢は、女性が転生した元いた世界で世界的な人気を博した物語の脇役、悪女だったのだ。悪女の末路は、アデルと結婚したが故の、死。その末路を回避するため、女性こと現ラダベルは、一度婚約破棄を持ちかけられる場で、なんとしてでも婚約破棄をする必要があった。そして彼女は、アデルと見事に婚約破棄をして、死の恐怖から逃れることができたのだ。  そんな安堵の矢先。ラダベルの毒親であるティオーレ公爵により、人情を忘れた非道な命令を投げかけられる。 「優良物件だ。嫁げ」  なんと、ラダベルは半強制的に別の男性に嫁ぐこととなったのだ。相手は、レイティーン帝国軍極東部司令官、“剣王”の異名を持ち、生ける伝説とまで言われる軍人。 「お会いできて光栄だ。ラダベル・ラグナ・デ・ティオーレ公爵令嬢」  ジークルド・レオ・イルミニア・ルドルガーであった――。  これは、数々の伝説を残す軍人とお騒がせ悪女の恋物語である。 ☪︎┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈☪︎ 〜必読(ネタバレ含む)〜 ・当作品はフィクションです。現実の人物、団体などとは関係ありません。 ・当作品は恋愛小説です。 ・R15指定とします。 不快に思われる方もいらっしゃると思いますので、何卒自衛をよろしくお願いいたします。 作者並びに作品(登場人物等)に対する“度の過ぎた”ご指摘、“明らかな誹謗中傷”は受け付けません。 ☪︎現在、感想欄を閉鎖中です。 ☪︎コミカライズ(WEBTOON)作品『愛した夫に殺されたので今度こそは愛しません 〜公爵令嬢と最強の軍人の恋戦記〜』URL外部作品として登録中です。 ☪︎Twitter▶︎@I_Y____02 ☪︎作品の転載、明らかな盗作等に関しては、一切禁止しております。 ☪︎表紙画像は編集可能のフリー素材を利用させていただいています。 ☪︎ムーンライトノベルズ様・カクヨム様にも掲載中です。

処理中です...