上 下
80 / 97

78.ヤバいヤバい〜、大失敗なのは誰

しおりを挟む
 ご機嫌のステファンと無表情のメイルーンが浜辺に戻る頃には銃声も罵声もほとんど聞こえなくなっていた。

「あれ? 思ったより早えじゃん。まあ、ここは暑いしちょうどいいかあ。な~んかすっかり酔いが覚めたぜ、ワイン持ってこい⋯⋯えーっと、一番高いやつな」

(親父とメリッサを何とかしないといけねえのに、ゲームがこんなに早く終わるとかヤバいじゃん)

 メイルーンとの話し合いが予想以上に上手くいきご機嫌だったステファンはソワソワと焦りはじめた。

 ケニスが運んできた赤ワインを一気に飲み干したステファンがチラチラとメリッサの後ろ姿を見ながらおかわりを入れろとグラスを突き出した。

「メイルーン司教様はいかがされますか?」

 エリオットが声をかけると煩さそうに手を振って追い払ったメイルーンは足を組んで親指の爪を噛みはじめた。

(コークの野郎にあんな物を握られてたなんて! 俺が家探しする前に見つけたって事か⋯⋯部屋が荒れてたと報告があったのがそのせいだったとは)

 苛立ちが収まらないメイルーンはワッツを弄んで憂さ晴らししようと思いつき、さりげない風を装って声をかけた。

「そう言えばワッツはゲームに参加しなかったんだな」

「⋯⋯ああ、まあな」

「おいメリッサ、話があるからちょっとこい」

 イライラと立ち上がったステファンが大きな声でメリッサを呼びつけた。

「今ですか? 少し待って下さいね~」

 返事を待たずに歩きはじめていたステファンの背中に向けて返事をしたメリッサはさっさと空の皿を持って木箱の陰に逃げ込んだ。

(ヤバいヤバい! 絶対なんか仕掛けてくるつもりだよね)

 立ち止まって悪態をつくステファンと忙しそうなメリッサを見るともなく見ていたメイルーンが思い出したように話を続けた。

「こういうの好きそうだと思ったんだが、今からでも参加してきたらどうだ~? 別に本人が戦闘要員でも構わないんじゃないかなぁ」

「遠慮しとく」

 メイルーンがしつこくワッツに絡んで楽しそうに笑いはじめ、ソファに戻り酒をあおりはじめたステファンがグルーヴのニヤニヤ笑いに気づいて鼻を鳴らした。

「そう言えば俺がサマネス枢機卿から権利を譲り受けたランクル子爵領だが、あれは元々ワッツ公爵家の自領だったんだよなぁ」

「⋯⋯昔話なんか興味ない」

 警戒しはじめたワッツがグラスをテーブルに置いてソファのアームレストにもたれかかった。

「そう? あの領地には結構面白い話があっ⋯⋯」

 砂まみれになったひとりの男が宝箱を抱えて姿を現しメイルーンが言葉を途切れさせた。



(ん? 誰が連れてきたやつだっけ⋯⋯それより早くメリッサを呼び出さね⋯⋯)

「やった! マジかよぉ、その服は俺の雇った奴の⋯⋯勝った、モートン商会は俺のもんだぁぁぁ!」

 興奮して飛び上がったのは事務弁護士をしているジャック・マートンで、お腹の肉がプルプルと跳ねてシャツがはみ出した。

「ブブゥゥゥ!」

 ステファンが飲みかけていたワインを吹き出した。

「マートン、黙れぇぇ!」

「ほ~、モートン商会がなんだって!?」

 ルーカスの低い声の問いかけに答えようとしたのは満面の笑みを浮かべたマートン。

「このゲームの賞⋯⋯」

「黙れ黙れ黙れ! この賭けは無しだ! 保留だ!」

「損失が⋯⋯」

 青い顔で怒鳴り散らすステファンの胸ぐらを小太りのマトン⋯⋯マートンが掴んで怒鳴り返した。

「モートン商会は俺のもんだ、賭けは成立したんだからな!」

「ステファン、どういう事か説明してもらおうか」

 ルーカスが人をかき分けマートンを突き飛ばしてステファンの胸ぐらを掴み上げると『ぎひゅ!』とおかしな音を立てた。

「モートン商会は俺のもんだ、テメェのもんじゃねえ。なんでゲームの賞品にできるのか言ってみろ!? ああ?」

(父さんったら予想外の展開で喜んでる)

(おじさん⋯⋯予想外の展開で喜びすぎ)

「経費をどうやって⋯⋯」



 ルーカスに突き飛ばされて尻餅をついたステファンが『はっ!』と何かを思いついたようにメイルーンの方に向かって身を乗り出した。

「⋯⋯メイルーン、お前の信者はどうしたんだ!? まさか全員殺られたとか言わねえよな?」

「帰ってこないとこをみると殺られたのかもね~。エリオット、シャンパンを持ってきてくれるかなぁ」

 にこやかに微笑んだメイルーンがテーブルにあったキャビアの乗ったカナッペを美味しそうに口に放り込んだ。

「で、さっさと説明してもらおうか~?」

(くそ! あれほど言っといたのにクソマートンの野郎)

「旅費だって⋯⋯」

「誰でもいい、このオッサンを殺った奴に商会をくれてやるから! 商会が欲しけ⋯⋯」

「そんなに騒ぐならコークが殺ればいいだろ?」

 シャンパンのおかわりをエリオットに注がせながらメイルーンが笑った。

「メイルーン⋯⋯んなこと言っていいと思ってんのかよ!」

「ああ、構わんとも。パーティーは終わったし俺は帰らせてもらうとするかな。そうだ、商会長⋯⋯エリオットを俺の従者に貰い受ける、構わないよね」

「こういう時にあれを言うんだろ? 『謹んで拝辞致します』ってな」

 ゲラゲラと笑いながらメリッサを振り返ったルーカスがサムズアップした。

「しっかし、俺を殺してもメリッサがいるのに商会を手に入れられると思ってるとか馬鹿じゃねえの?」

 ルーカスが挑発すると分かりやすくステファンがボロを出しはじめた。

「⋯⋯りょ、両方いなくなりゃそれで問題ねえ、俺にはあの書類があるんだからテメエさえくたばりゃ全部丸く収まるんだよ!」

「あの書類ねえ、何のことかわからんがステファンには商会の羊皮紙一枚ゴミ屑ひとつ手に入れる権利なんかねえって忘れたのか?」

「武器の支払いが⋯⋯」

「くっそぉ! メイルーン、何とかしろよ。この親父を始末してくれたら屋敷は諦めてやる。アレも全部お前んとこに持っていってやるから」

「う~ん、俺は指示する側にしかなったことがないんだよね。実際に誰かに手をかけるのは俺の仕事じゃないって知ってるだろ? それにさあ、コークがマルティン枢機卿と友人なら俺も父上のサマネス枢機卿も終わりだから、そのオッサンがどうなろうと関係ないって事だね」

(ええっ!? ステファンがマルティン枢機卿と知り合い⋯⋯意外だ~、全然イメージがつかない)

 騒ぎが起こってから様子を覗きに木箱の陰から出てきていたメリッサはチラッとケニスと目を合わせてからそっと後ろに下がり木箱の陰に忍びこむと、ロジャーがブンブンと首が折れそうなほど横に振って無実を訴えた。

「嘘だから! 奴の事なんてぜんっぜん知らないからね」

「ほんとに~? 無理しなくてい⋯⋯」

「マジで知らないからぁぁぁ!」

 ロジャーがメリッサの両腕を掴んで大声で叫んだ。



「今の声は誰だ?」

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈 
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

無理やり『陰険侯爵』に嫁がされた私は、侯爵家で幸せな日々を送っています

朝露ココア
恋愛
「私は妹の幸福を願っているの。あなたには侯爵夫人になって幸せに生きてほしい。侯爵様の婚姻相手には、すごくお似合いだと思うわ」 わがままな姉のドリカに命じられ、侯爵家に嫁がされることになったディアナ。 派手で綺麗な姉とは異なり、ディアナは園芸と読書が趣味の陰気な子爵令嬢。 そんな彼女は傲慢な母と姉に逆らえず言いなりになっていた。 縁談の相手は『陰険侯爵』とも言われる悪評高い侯爵。 ディアナの意思はまったく尊重されずに嫁がされた侯爵家。 最初は挙動不審で自信のない『陰険侯爵』も、ディアナと接するうちに変化が現れて……次第に成長していく。 「ディアナ。君は俺が守る」 内気な夫婦が支え合い、そして心を育む物語。

【完結】烏公爵の後妻〜旦那様は亡き前妻を想い、一生喪に服すらしい〜

七瀬菜々
恋愛
------ウィンターソン公爵の元に嫁ぎなさい。 ある日突然、兄がそう言った。 魔力がなく魔術師にもなれなければ、女というだけで父と同じ医者にもなれないシャロンは『自分にできることは家のためになる結婚をすること』と、日々婚活を頑張っていた。 しかし、表情を作ることが苦手な彼女の婚活はそううまくいくはずも無く…。 そろそろ諦めて修道院にで入ろうかと思っていた矢先、突然にウィンターソン公爵との縁談が持ち上がる。 ウィンターソン公爵といえば、亡き妻エミリアのことが忘れられず、5年間ずっと喪に服したままで有名な男だ。 前妻を今でも愛している公爵は、シャロンに対して予め『自分に愛されないことを受け入れろ』という誓約書を書かせるほどに徹底していた。 これはそんなウィンターソン公爵の後妻シャロンの愛されないはずの結婚の物語である。 ※基本的にちょっと残念な夫婦のお話です

国王陛下、私のことは忘れて幸せになって下さい。

ひかり芽衣
恋愛
同じ年で幼馴染のシュイルツとアンウェイは、小さい頃から将来は国王・王妃となり国を治め、国民の幸せを守り続ける誓いを立て教育を受けて来た。 即位後、穏やかな生活を送っていた2人だったが、婚姻5年が経っても子宝に恵まれなかった。 そこで、跡継ぎを作る為に側室を迎え入れることとなるが、この側室ができた人間だったのだ。 国の未来と皆の幸せを願い、王妃は身を引くことを決意する。 ⭐︎2人の恋の行く末をどうぞ一緒に見守って下さいませ⭐︎ ※初執筆&投稿で拙い点があるとは思いますが頑張ります!

幼馴染みに婚約者を奪われ、妹や両親は私の財産を奪うつもりのようです。皆さん、報いを受ける覚悟をしておいてくださいね?

水上
恋愛
「僕は幼馴染みのベラと結婚して、幸せになるつもりだ」 結婚して幸せになる……、結構なことである。 祝福の言葉をかける場面なのだろうけれど、そんなことは不可能だった。 なぜなら、彼は幼馴染み以外の人物と婚約していて、その婚約者というのが、この私だからである。 伯爵令嬢である私、キャサリン・クローフォドは、婚約者であるジャック・ブリガムの言葉を、受け入れられなかった。 しかし、彼は勝手に話を進め、私は婚約破棄を言い渡された。 幼馴染みに婚約者を奪われ、私はショックを受けた。 そして、私の悲劇はそれだけではなかった。 なんと、私の妹であるジーナと両親が、私の財産を奪おうと動き始めたのである。 私の周りには、身勝手な人物が多すぎる。 しかし、私にも一人だけ味方がいた。 彼は、不適な笑みを浮かべる。 私から何もかも奪うなんて、あなたたちは少々やり過ぎました。 私は、やられたままで終わるつもりはないので、皆さん、報いを受ける覚悟をしておいてくださいね?

【完結】不誠実な旦那様、目が覚めたのでさよならです。

完菜
恋愛
 王都の端にある森の中に、ひっそりと誰かから隠れるようにしてログハウスが建っていた。 そこには素朴な雰囲気を持つ女性リリーと、金髪で天使のように愛らしい子供、そして中年の女性の三人が暮らしている。この三人どうやら訳ありだ。  ある日リリーは、ケガをした男性を森で見つける。本当は困るのだが、見捨てることもできずに手当をするために自分の家に連れて行くことに……。  その日を境に、何も変わらない日常に少しの変化が生まれる。その森で暮らしていたリリーには、大好きな人から言われる「愛している」という言葉が全てだった。  しかし、あることがきっかけで一瞬にしてその言葉が恐ろしいものに変わってしまう。人を愛するって何なのか? 愛されるって何なのか? リリーが紆余曲折を経て辿り着く愛の形。(全50話)

生まれたときから今日まで無かったことにしてください。

はゆりか
恋愛
産まれた時からこの国の王太子の婚約者でした。 物心がついた頃から毎日自宅での王妃教育。 週に一回王城にいき社交を学び人脈作り。 当たり前のように生活してしていき気づいた時には私は1人だった。 家族からも婚約者である王太子からも愛されていないわけではない。 でも、わたしがいなくてもなんら変わりのない。 家族の中心は姉だから。 決して虐げられているわけではないけどパーティーに着て行くドレスがなくても誰も気づかれないそんな境遇のわたしが本当の愛を知り溺愛されて行くストーリー。 ………… 処女作品の為、色々問題があるかとおもいますが、温かく見守っていただけたらとおもいます。 本編完結。 番外編数話続きます。 続編(2章) 『婚約破棄されましたが、婚約解消された隣国王太子に恋しました』連載スタートしました。 そちらもよろしくお願いします。

選ばれたのは私以外でした 白い結婚、上等です!

凛蓮月
恋愛
【第16回恋愛小説大賞特別賞を頂き、書籍化されました。  紙、電子にて好評発売中です。よろしくお願いします(*ᴗ͈ˬᴗ͈)⁾⁾⁾】 婚約者だった王太子は、聖女を選んだ。 王命で結婚した相手には、愛する人がいた。 お飾りの妻としている間に出会った人は、そもそも女を否定した。 ──私は選ばれない。 って思っていたら。 「改めてきみに求婚するよ」 そう言ってきたのは騎士団長。 きみの力が必要だ? 王都が不穏だから守らせてくれ? でもしばらくは白い結婚? ……分かりました、白い結婚、上等です! 【恋愛大賞(最終日確認)大賞pt別二位で終了できました。投票頂いた皆様、ありがとうございます(*ᴗ͈ˬᴗ͈)⁾⁾⁾応援ありがとうございました!  ホトラン入り、エール、投票もありがとうございました!】 ※なんてあらすじですが、作者の脳内の魔法のある異世界のお話です。 ※ヒーローとの本格的な恋愛は、中盤くらいからです。 ※恋愛大賞参加作品なので、感想欄を開きます。 よろしければお寄せ下さい。当作品への感想は全て承認します。 ※登場人物への口撃は可ですが、他の読者様への口撃は作者からの吹き矢が飛んできます。ご注意下さい。 ※鋭い感想ありがとうございます。返信はネタバレしないよう気を付けます。すぐネタバレペロリーナが発動しそうになります(汗)

処理中です...