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71.ゲーム当日、午前0時55分
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土曜日、ゲーム当日。
朝刊の原稿を組版所へ渡す入稿は午前1時までと決められておりそれを過ぎてからの差し替えは禁止されている。
印刷所の陰で時計を睨みながら貧乏ゆすりしていたホッグスが両頬を叩いて『よし!』と気合を入れて走り出した。
「すまん一面の差し替えだ!」
時計を見上げた印刷会社の社長はホッグスが封筒を差し出したのが午前1時の5分前だと知って目を吊り上げた。
「こんなギリギリの時間に差し替えだと!? 何やってんだよ! 組版は終わってんだろうな」
「勿論だ、あっちの方から横槍が来て⋯⋯すまんな。このまま刷版して問題ねえ」
この国ではよくある教会や王家・議会からの横槍だと知った社長が『チッ! またかよ』と言いながら封筒を受け取った。
「確認する暇なんざねえから文句が出ても知らねえぞ」
「ああ、何かあったら俺が責任取る」
「は! テメエみたいなしょぼくれた記者にそんな力はねえよ!」
捨て台詞を吐きながら駆け出した社長の後ろ姿を見ながらホッグスは流れる冷や汗をシャツの袖で拭いた。
(頼む! 上手くいってくれよ)
震える足を叱咤して印刷所を離れたホッグスを待っていたのは執事のライル。
「お疲れ様でした、上手くいきますでしょうか?」
「上手くいってくれなけりゃ困る、なんせ生活どころか文字通り俺の命がかかってるからな」
「ご安心下さいませ、不調に終わった際の準備もできております。ホッグス様の安全が確認できるまでは僭越ながら私がお供させていただきます」
優雅に礼をしたライルがホッグスに向かって微笑みを浮かべた。
「安全って⋯⋯ライルさんは執事だよな?」
「はい、左様でございます。ただ⋯⋯若気の至りとでも申しますか、教会の狂信者程度でしたら問題ないかと存じます」
主人を守る為には武力も必要だと思い込んで剣術や銃器の扱いにのめり込んでいた時代の実力を買われてメリッサの執事を長年務めているライルは、ルーカスの配下の中でもトップクラスの腕前を持つ。
「⋯⋯ 狂信者程度って凄すぎだろ」
「誰ひとり傷つけないで終わらせると旦那様とお嬢様が仰られましたのでご安心下さい」
穏やかな笑みを浮かべたライルが小さく頭を下げた。
ホッグスがやったのは新聞社に無断で一面の差し替えを行う事。数年前までは敏腕の新聞記者だったホッグスは入稿された印刷直前の原稿の差し替えを持って印刷所に飛び込んだ経験がないわけではない。
(それでも今日みたいに上司の許可もなくやったことなんざねえからな⋯⋯ラインフェルト卿が言い出した時からまともに眠れもしねえ)
閉会したばかりの議会の話や変わり映えのしない教会の偉業を讃える記事が明日の朝刊一面を飾るはずだったが、メイルーン達が学生時代から現在に至るまでに行った悪行の数々が場所や時期も含めて詳細に記載された物に変わった。
真夜中の誰もいない道をガタゴトと走る馬車の中でホッグスが大きな溜め息をついた。
「続編ありって⋯⋯んなの誰が書くんだよ」
ケニスから聞いた話は全て今回の一面に書き手元にはその時の資料さえ残っていない。
(一切合切回収して行きやがって、明日吊し上げを喰らうのは俺なんだぜ)
「あまりにも事件が多すぎまして一面だけでは足りなかったようでございます。書けるのはホッグス様しかおられませんし、続編の資料はチャールズ・ドーソン弁護士が保管しておられます」
「ドーソン弁護士ってあの『拝辞のドーソン』か!? また、とんでもねえ奴の名前が出てきやがったぜ」
チャールズ・ドーソンは巷で『拝辞のドーソン』と呼ばれている。拝辞は辞退することをへりくだっていう語だが、ドーソンの場合はとある人物に向けて言った言葉からついた二つ名。
『せっかくの御指名でございますが拝辞いたします』
誰からも拒否されたことのなかったその人物に対し公の場⋯⋯議会で発言した事でついた名前だが、その前は『無敗のドーソン』と呼ばれていた。
依頼を受ける前には必ず依頼者の過去から現在までを徹底的に調査するドーソンは無類の潔癖主義者だと公言している。現在は特定の顧客以外の依頼は受けていないとも言われており、モートン商会の顧問弁護士をしている事はホッグスさえ知らなかった。
「今日の出社の際はお供すると張り切っておられました」
「へ? マジかよ~、弁護士様の同伴で出社する新聞記者とか聞いた事もねえ」
「それは良い経験になられますね。いずれ自叙伝でもお書きになられたらさぞ人気が出るのではありませんか?」
「その前に頭と身体が離れてなきゃ考えてみるか⋯⋯しかし、とうとうはじまったんだよな」
「はい、今日は皆様の正念場で⋯⋯その先駆けがホッグス様でございました。今日の昼までにモーニング・グローの新聞記者マシュー・ホッグスのお名前が王都中に広まるのは間違いございませんね」
今回の作戦で一番の要になる新聞記事の差し替えが成功したかどうかを知るために、王都で最も早く印刷済みの新聞が届けられる販売所に向けて馬車は走り続けた。
朝刊の原稿を組版所へ渡す入稿は午前1時までと決められておりそれを過ぎてからの差し替えは禁止されている。
印刷所の陰で時計を睨みながら貧乏ゆすりしていたホッグスが両頬を叩いて『よし!』と気合を入れて走り出した。
「すまん一面の差し替えだ!」
時計を見上げた印刷会社の社長はホッグスが封筒を差し出したのが午前1時の5分前だと知って目を吊り上げた。
「こんなギリギリの時間に差し替えだと!? 何やってんだよ! 組版は終わってんだろうな」
「勿論だ、あっちの方から横槍が来て⋯⋯すまんな。このまま刷版して問題ねえ」
この国ではよくある教会や王家・議会からの横槍だと知った社長が『チッ! またかよ』と言いながら封筒を受け取った。
「確認する暇なんざねえから文句が出ても知らねえぞ」
「ああ、何かあったら俺が責任取る」
「は! テメエみたいなしょぼくれた記者にそんな力はねえよ!」
捨て台詞を吐きながら駆け出した社長の後ろ姿を見ながらホッグスは流れる冷や汗をシャツの袖で拭いた。
(頼む! 上手くいってくれよ)
震える足を叱咤して印刷所を離れたホッグスを待っていたのは執事のライル。
「お疲れ様でした、上手くいきますでしょうか?」
「上手くいってくれなけりゃ困る、なんせ生活どころか文字通り俺の命がかかってるからな」
「ご安心下さいませ、不調に終わった際の準備もできております。ホッグス様の安全が確認できるまでは僭越ながら私がお供させていただきます」
優雅に礼をしたライルがホッグスに向かって微笑みを浮かべた。
「安全って⋯⋯ライルさんは執事だよな?」
「はい、左様でございます。ただ⋯⋯若気の至りとでも申しますか、教会の狂信者程度でしたら問題ないかと存じます」
主人を守る為には武力も必要だと思い込んで剣術や銃器の扱いにのめり込んでいた時代の実力を買われてメリッサの執事を長年務めているライルは、ルーカスの配下の中でもトップクラスの腕前を持つ。
「⋯⋯ 狂信者程度って凄すぎだろ」
「誰ひとり傷つけないで終わらせると旦那様とお嬢様が仰られましたのでご安心下さい」
穏やかな笑みを浮かべたライルが小さく頭を下げた。
ホッグスがやったのは新聞社に無断で一面の差し替えを行う事。数年前までは敏腕の新聞記者だったホッグスは入稿された印刷直前の原稿の差し替えを持って印刷所に飛び込んだ経験がないわけではない。
(それでも今日みたいに上司の許可もなくやったことなんざねえからな⋯⋯ラインフェルト卿が言い出した時からまともに眠れもしねえ)
閉会したばかりの議会の話や変わり映えのしない教会の偉業を讃える記事が明日の朝刊一面を飾るはずだったが、メイルーン達が学生時代から現在に至るまでに行った悪行の数々が場所や時期も含めて詳細に記載された物に変わった。
真夜中の誰もいない道をガタゴトと走る馬車の中でホッグスが大きな溜め息をついた。
「続編ありって⋯⋯んなの誰が書くんだよ」
ケニスから聞いた話は全て今回の一面に書き手元にはその時の資料さえ残っていない。
(一切合切回収して行きやがって、明日吊し上げを喰らうのは俺なんだぜ)
「あまりにも事件が多すぎまして一面だけでは足りなかったようでございます。書けるのはホッグス様しかおられませんし、続編の資料はチャールズ・ドーソン弁護士が保管しておられます」
「ドーソン弁護士ってあの『拝辞のドーソン』か!? また、とんでもねえ奴の名前が出てきやがったぜ」
チャールズ・ドーソンは巷で『拝辞のドーソン』と呼ばれている。拝辞は辞退することをへりくだっていう語だが、ドーソンの場合はとある人物に向けて言った言葉からついた二つ名。
『せっかくの御指名でございますが拝辞いたします』
誰からも拒否されたことのなかったその人物に対し公の場⋯⋯議会で発言した事でついた名前だが、その前は『無敗のドーソン』と呼ばれていた。
依頼を受ける前には必ず依頼者の過去から現在までを徹底的に調査するドーソンは無類の潔癖主義者だと公言している。現在は特定の顧客以外の依頼は受けていないとも言われており、モートン商会の顧問弁護士をしている事はホッグスさえ知らなかった。
「今日の出社の際はお供すると張り切っておられました」
「へ? マジかよ~、弁護士様の同伴で出社する新聞記者とか聞いた事もねえ」
「それは良い経験になられますね。いずれ自叙伝でもお書きになられたらさぞ人気が出るのではありませんか?」
「その前に頭と身体が離れてなきゃ考えてみるか⋯⋯しかし、とうとうはじまったんだよな」
「はい、今日は皆様の正念場で⋯⋯その先駆けがホッグス様でございました。今日の昼までにモーニング・グローの新聞記者マシュー・ホッグスのお名前が王都中に広まるのは間違いございませんね」
今回の作戦で一番の要になる新聞記事の差し替えが成功したかどうかを知るために、王都で最も早く印刷済みの新聞が届けられる販売所に向けて馬車は走り続けた。
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