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15.やらかしたジュードと会社の危機

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「ソフィー、忙しいところ済まん。急ぎで話があるんだがいいか?」

「ええ、いいわよ」

 怒りで顔を赤らめたルイスの横では俯いたジュードが手揉みしながらチラチラとソフィーを見遣っていた。

「おい、自分から話すか俺に話して欲しいかどっちだ?」

 ルイスが俯いたままのジュードを小突くと小さな声で返事が返ってきた。

「おっ、俺が話します。今設計してる・・してた男爵のタウンハウスなんですが、その・・キャンセルになりまして」

「そう、理由は?」

 ソフィーは仕事机に座り腕を組んだままルイスとジュードにソファを勧めることもなく静かに問いかけた。ソフィーの横ではスツールに腰掛けたハンナが足を組んでジュードを冷たい目で見つめている。

「えーっと、男爵の娘のデイジーと仲良くなったと言うか。誘われて」

「・・」

「それでその、男爵がタウンハウスはキャンセルだしうちを訴えるとか騒いでて」

「たしかジュードはルイスの部下として設計に参加してたのよね」

 ソフィーはジュードから目を外しルイスを見つめて問いかけた。

「ああ、済まん。こんな事になってるとは気づかなかった。まさかコイツがこれ程の大馬鹿野郎だったなんて思ってもいなかった。俺の責任だ」

 ルイスはソフィーの会社の中で最古参の一人。ソフィーが初めて買ったボロ屋の修繕の時からの付き合いで、それまでは個人で仕事を請け負っていたがソフィーが会社を立ち上げる時、いの一番で名乗りをあげ入社してくれた。設計と共に後輩の育成にも定評があったのだが・・。


「どこで知り合ったとかもっと詳しく教えてくれる?」

 ルイスのお供で男爵との打ち合わせに参加した時デイジー男爵令嬢が毎回同席していたと言う。何度目かの打ち合わせの時たまたま一人になったデイジーにジュードはお茶にでも行かないかと軽い気持ちで声をかけた。

「それから何度か食事に行ったり買い物に出かけたりしてて、昨日デイジーの帰りが深夜近くになって・・そしたらその、男爵から抗議の手紙が届いたんです」

「グレイ男爵はうちの会社の奴としか聞いていないそうで俺んとこに今朝抗議の手紙が届いたんだ」

 ルイスは男爵から届いた手紙をソフィーに差し出してジュードを睨みつけた。

「お前のせいで下手したら会社がなくなるんだぞ。そうなったら社員達の生活はどうするつもりだ!」

 今はまだジュードのしでかした事を他の社員に知られる訳にはいかないと、この部屋に入るまで怒りを堪えていたルイスがジュードに低い声で詰め寄った。背は高いが細身のジュードに比べてルイスは一回り大きい。今でこそルイスの評価は温厚で紳士的と言われているが、ソフィーと出会った頃はしょっちゅう切れて手が出る男だった。

『組織の一員として働くなら、俺の行動で組織の評判を落とすわけにはいかねえからな』


「でっ、でもたかがお茶とか食事とかですよ。手だって繋いでないのに・・その程度で騒ぎすぎなんすよ」

 ジュードは問題の大きさがまだわかっていないらしくルイスに言い訳をしてソフィーとハンナに『ですよね?』と助けを求めた。

「遅くなったのはデイジーが帰りたくないって駄々を捏ねたのが悪いんだし。最初に声をかけたのは俺だけど2回目からは向こうから誘って来たんすよ。
大体いい年した大人がちょっと出かけたくらいで騒ぎすぎだと思いませんか?」



「思わないわ」

 読み終えた手紙をハンナに手渡したソフィーがキッパリと断言した。

「貴族の女性は基本的に男性と二人きりで会ってはいけないの。メイドが一緒にいても親族以外の男性と何度も出かけていたらそれだけで問題になる。
手紙によるとジュード達が何度も会っていたのはバレてるし、夜遅く帰ってきたのを別の貴族に見られてる。
こうなると貴族女性は身持ちを疑われて傷物扱いされるの。で、普通の結婚はできないような評判の悪い人と結婚させられるか修道院に入れられるか」

「・・」

「貴族のルールは女性に対してとても厳格なの。平民がそれに対してとやかく言うことは出来ないし裁判に訴えても無駄。ちょっと遊びに行っただけですなんて通用しない」

 ジュードは漸く現実が見えてきたのか顔を青褪めさせ震え出した。

「もうわかったかしら。大事な娘の評判を傷つけたジュードを男爵は決して許さないわ。貴族のプライドを傷つけた平民がどうなるか知ってるわよね・・しかも、最初に誘ったのはジュードよね」

「たす、助けて下さい! 俺が悪かったです。可愛い子だったしちょっと笑いかけてみたら誘って欲しそうな顔して・・だからいつもの癖でちょっと声をかけてみただけなんです。そしたらすんなりオーケーしてくるし2回目からは向こうから会いたいって言ってくるしで、こんな大事になるなんて思わなかったんだ」

 見た目の良さを鼻にかけたところのあるジュードは手当たり次第可愛い女の子に声をかけては食い散らかす。仕事は出来るがだらしない私生活のせいでいつかやらかすのではないかと気にして必ず誰かと組ませるようにしていたのだが。

(まさかルイスの目を盗んでやらかすとは)



 それまで黙って話の成り行きを見ていたハンナが口を出した。

「アンタねえ、貴族には手を出すなって事くらい平民なら誰だって知ってるわ。それをこっちから声かけるなんて命知らずもいいところよ。
この案件に入る前に会議で何度も貴族への対応は説明したわよね、忘れたの?」

 ハンナは机に手紙を叩きつけた。

「覚えてます。さっ細心の注意を払えって。貴族と平民のルールは違うし対等な人間だと思ってない事を忘れるな。ほんの些細な事でも揚げ足を取りたがる貴族に捕まったら全部失うって」

「で、アンタはほんのちょっとばかりのお楽しみの為に会社の仲間全員を道連れにしたのね」

「・・そんなつもりは」

「仕事中に声をかけたって事はそう言う事でしょ?」


 思案に暮れたソフィーはもう一度男爵の手紙を読み直しはじめた。

 顔を覆ってボロボロと泣き出したジュードの嗚咽が響き3人の溜息が同時に聞こえた。

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