上 下
16 / 37

16.穏やかな令嬢は怒ると怖い

しおりを挟む
(ほんの冗談のつもりだったのに)

 不快な態度を示されたデイビッドは幸せにケチをつけられたと思い、ブリトニーを抱きかかえたまま眉間に皺を寄せた。

『ブリトニーが妊娠したんだ。貸家で伯爵家の跡取りを育てるわけにはいかないからね、今日からブリトニーもここに住む事にした』

『でも、お約束が。お約束してくださいましたのに』

『リリスティーナはディーセルの跡取りの誕生を祝うこともできないのか? 全く、なんて冷たい人なんだ』

『デイビッド、少し休みたいわ』

『疲れたかい? ブリトニーの部屋は準備してあるから、すぐに連れてってあげるよ』

『広いお部屋がいいわ。赤ちゃんが産まれたら色々物が増えるもの』

『そうか、それは気付かなかった。リリスティーナの部屋が一番広いからそこにしよう。私の部屋とも続き部屋になってるから便利だしね。
セバス、すぐに荷物の移動をしてくれ。ブリトニーと私は居間で休憩してるから終わったら声をかけてくれるかい?』

『お部屋を移るなんて。そんな無茶をおっしゃらないで⋯⋯』

『リリスティーナには2階の奥の部屋で十分だろ?』

『少しお話しさせていただけませんか? お願いします』

『ったく、ブリトニーが妊娠してすごく喜んでたのにリリスティーナのせいで気分が台無しだ。
ブリトニーと私の子供なら社交界に醜聞を撒き散らすような子にはならないだろうし、の血の入った子供じゃなくて良かったよ』

 自分の指示に従わないリリスティーナにデイビッドは嘲るように言い放った。

『せめておめでとうくらい言えないのか!?』


 デイビッドの言葉を聞いたメイドがハタハタと小躍りするように階段を駆け上がっていった。


(リリスティーナは嫌がってた。それに一緒には住まないって約束したんだった)

 約束を破り女主人を部屋から追い出した上にと言い放った後リリスティーナに会いに行かなかったデイビッドは、リリスティーナがどんな気持ちでいたのか考えることもしなかった。

(サミュエル王子の婚約者になってからリリスティーナの渾名が魔女姫だったんだよな)



「一度だけ自分用の部屋を借りて欲しいと言われましたからはじめは喜んではいなかったかもしれません。でもそれ以降は言われてないので気持ちの折り合いをつけてくれたんだと思います」

『子供が生まれたら教育費とか物入りになるだろ? 無駄な出費は控えてもらわないと困るよ』

『ディーセル家にはご迷惑をおかけしませんから』

『そんな金があるならブリトニーにお祝いを買ってあげたらいいんじゃないか?』

(あの時はブリトニーとリリスティーナが親友だと思ってたから⋯⋯)


「折り合いをつけたのではなくて諦めたのではないかしら。あなたがリリスティーナを魔女と呼んだってディーセル伯爵のパートナーの方が仰っておられたそうよ」

 お茶会でブリトニーが面白おかしく話していた話は社交界で一時有名になった。下位貴族の集まりだったが話を聞いた令嬢が別のお茶会で話題にしたり醜聞好きのメイドが他家のメイドに話したりして瞬く間に広がった。

「あれはモノの弾みというか本気じゃないし悪意はなかったんです。ちょっとした冗談にリリスティーナが過激に反応するものですから」

 とうの昔にコレットの笑顔は消え侮蔑を含んだ冷ややかな目に変わっていた。


「先程もお聞きしましたけれど、何故リリスティーナと結婚されたのですか?」

「愛してるからだと言ったはずです」

「本気で仰っておられるのなら一度専門医を訪ねることをお勧めしますわ。
一緒に過ごす事もなく、屋敷に連れ込んだ愛人に女主人の部屋を使わせる。
社交を禁止して招待状を握りつぶすだけでなくリリスティーナの書いた手紙を処分しておられる。
馬車の使用を禁止し、商会にリリスティーナは現金取引しか出来ないよう通達をだしていらっしゃる。
リリスティーナの私物が盗まれている事も、メイドがいなくて掃除や洗濯をご自分でなされている事も全て存じておりますの。
まともなお食事もなく部屋から出る事もできないことも」

「どうしてそれを!」

「お気に入りの愛人もディーセル伯爵家の使用人達も口が軽すぎるようですわね。随分前から社交界で噂になっておりますわ」

「使用人達が勝手にやった事なんです! あんな醜聞まみれな女性は受け入れられないからと言って」

「醜聞を受け入れて結婚をお決めになったのでしょう? 使用人に周知し女主人としてリリスティーナが正当な扱いをされるよう責任を持つのがディーセル伯爵の⋯⋯夫の役目ですわ。
陛下から賜った支度金も結納金も使い果たしてしまわれたようですわね。ポーレット伯爵家からの支援金とリリスティーナの個人資産が狙いとしか思えませんわ」

「そんなことはありません! 私はリリスティーナを愛しております」

「では、ポーレット伯爵家からの支援金を今後一切お断りしリリスティーナの個人資産には手をつけないとお約束してくださいますかしら?
それなら、わたくしから情報提供致しますわ」

「そっ、それは⋯⋯」

「お出来にならないでしょう? それがディーセル伯爵の本心ですわ」

「陛下にもポーレット伯爵にもお約束したのです。心から愛し生涯大切にすると」

「心から愛しているのは陛下から齎される名誉とポーレット伯爵家から齎される資金ではないのかしら」

「違う。私は本当にリリスティーナを愛しています!」


「では教会においでになられてはいかがかしら? ディーセル伯爵の主張を第三者である教会が認めてくださったなら離婚などせずに済みますもの。
それに、教会がディーセル伯爵の行いをお認めになれば社交界の噂など簡単に消えてしまいますわ」

「⋯⋯(白い結婚と言うだけで私の負けが確定しているのに教会になんて行けるもんか)」

「エアリアスとわたくしが社交界に注力しているのはいずれリリスティーナが戻って来た時のためですの。わたくし達が力を持っていればリリスティーナを次こそは守れますでしょう?」

 デビュタントの日のような無力で役立たずな友ではなく権力に立ち向かえるだけの知識と人脈を手に入れる為に、社交界に顔を出し続けコレットとエアリアスはリリスティーナが帰ってくるのを待っている。


「わたくし個人の意見を言わせて頂くならば、何もかも人のせいにしてリリスティーナを取り戻そうなんて吐き気がしそう。2度とお会いしないで済むことを祈っておりますわ」

 コレットがドレスの裾を翻して応接室を出て行き、代わりに入ってきた家令が無表情でデイビッドを馬車まで送り届けた。

(私はリリスティーナを愛してる。なんでこんな事に!)

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

今日も旦那は愛人に尽くしている~なら私もいいわよね?~

コトミ
恋愛
 結婚した夫には愛人がいた。辺境伯の令嬢であったビオラには男兄弟がおらず、子爵家のカールを婿として屋敷に向かい入れた。半年の間は良かったが、それから事態は急速に悪化していく。伯爵であり、領地も統治している夫に平民の愛人がいて、屋敷の隣にその愛人のための別棟まで作って愛人に尽くす。こんなことを我慢できる夫人は私以外に何人いるのかしら。そんな考えを巡らせながら、ビオラは毎日夫の代わりに領地の仕事をこなしていた。毎晩夫のカールは愛人の元へ通っている。その間ビオラは休む暇なく仕事をこなした。ビオラがカールに反論してもカールは「君も愛人を作ればいいじゃないか」の一点張り。我慢の限界になったビオラはずっと大切にしてきた屋敷を飛び出した。  そしてその飛び出した先で出会った人とは? (できる限り毎日投稿を頑張ります。誤字脱字、世界観、ストーリー構成、などなどはゆるゆるです) hotランキング1位入りしました。ありがとうございます

私を運命の相手とプロポーズしておきながら、可哀そうな幼馴染の方が大切なのですね! 幼馴染と幸せにお過ごしください

迷い人
恋愛
王国の特殊爵位『フラワーズ』を頂いたその日。 アシャール王国でも美貌と名高いディディエ・オラール様から婚姻の申し込みを受けた。 断るに断れない状況での婚姻の申し込み。 仕事の邪魔はしないと言う約束のもと、私はその婚姻の申し出を承諾する。 優しい人。 貞節と名高い人。 一目惚れだと、運命の相手だと、彼は言った。 細やかな気遣いと、距離を保った愛情表現。 私も愛しております。 そう告げようとした日、彼は私にこうつげたのです。 「子を事故で亡くした幼馴染が、心をすり減らして戻ってきたんだ。 私はしばらく彼女についていてあげたい」 そう言って私の物を、つぎつぎ幼馴染に与えていく。 優しかったアナタは幻ですか? どうぞ、幼馴染とお幸せに、請求書はそちらに回しておきます。

見捨てられた逆行令嬢は幸せを掴みたい

水空 葵
恋愛
 一生大切にすると、次期伯爵のオズワルド様に誓われたはずだった。  それなのに、私が懐妊してからの彼は愛人のリリア様だけを守っている。  リリア様にプレゼントをする余裕はあっても、私は食事さえ満足に食べられない。  そんな状況で弱っていた私は、出産に耐えられなくて死んだ……みたい。  でも、次に目を覚ました時。  どういうわけか結婚する前に巻き戻っていた。    二度目の人生。  今度は苦しんで死にたくないから、オズワルド様との婚約は解消することに決めた。それと、彼には私の苦しみをプレゼントすることにしました。  一度婚約破棄したら良縁なんて望めないから、一人で生きていくことに決めているから、醜聞なんて気にしない。  そう決めて行動したせいで良くない噂が流れたのに、どうして次期侯爵様からの縁談が届いたのでしょうか? ※カクヨム様と小説家になろう様でも連載中・連載予定です。  7/23 女性向けHOTランキング1位になりました。ありがとうございますm(__)m

全てを諦めた令嬢の幸福

セン
恋愛
公爵令嬢シルヴィア・クロヴァンスはその奇異な外見のせいで、家族からも幼い頃からの婚約者からも嫌われていた。そして学園卒業間近、彼女は突然婚約破棄を言い渡された。 諦めてばかりいたシルヴィアが周りに支えられ成長していく物語。 ※途中シリアスな話もあります。

婚約破棄でかまいません!だから私に自由を下さい!

桗梛葉 (たなは)
恋愛
第一皇太子のセヴラン殿下の誕生パーティーの真っ最中に、突然ノエリア令嬢に対する嫌がらせの濡れ衣を着せられたシリル。 シリルの話をろくに聞かないまま、婚約者だった第二皇太子ガイラスは婚約破棄を言い渡す。 その横にはたったいまシリルを陥れようとしているノエリア令嬢が並んでいた。 そんな2人の姿が思わず溢れた涙でどんどんぼやけていく……。 ざまぁ展開のハピエンです。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

【完結】婚約者の好みにはなれなかったので身を引きます〜私の周囲がそれを許さないようです〜

葉桜鹿乃
恋愛
第二王子のアンドリュー・メルト殿下の婚約者であるリーン・ネルコム侯爵令嬢は、3年間の期間を己に課して努力した。 しかし、アンドリュー殿下の浮気性は直らない。これは、もうだめだ。結婚してもお互い幸せになれない。 婚約破棄を申し入れたところ、「やっとか」という言葉と共にアンドリュー殿下はニヤリと笑った。私からの婚約破棄の申し入れを待っていたらしい。そうすれば、申し入れた方が慰謝料を支払わなければならないからだ。 この先の人生をこの男に捧げるくらいなら安いものだと思ったが、果たしてそれは、周囲が許すはずもなく……? 調子に乗りすぎた婚約者は、どうやら私の周囲には嫌われていたようです。皆さまお手柔らかにお願いします……ね……? ※幾つか同じ感想を頂いていますが、リーンは『話を聞いてすら貰えないので』努力したのであって、リーンが無理に進言をして彼女に手をあげたら(リーンは自分に自信はなくとも実家に力があるのを知っているので)アンドリュー殿下が一発で廃嫡ルートとなります。リーンはそれは避けるべきだと向き合う為に3年間頑張っています。リーンなりの忠誠心ですので、その点ご理解の程よろしくお願いします。 ※HOT1位ありがとうございます!(01/10 21:00) ※感想の取り扱いは近況ボードを参照してください。 ※小説家になろう様でも別名義で掲載予定です。

【完結】「君を愛することはない」と言われた公爵令嬢は思い出の夜を繰り返す

おのまとぺ
恋愛
「君を愛することはない!」 鳴り響く鐘の音の中で、三年の婚約期間の末に結ばれるはずだったマルクス様は高らかに宣言しました。隣には彼の義理の妹シシーがピッタリとくっついています。私は笑顔で「承知いたしました」と答え、ガラスの靴を脱ぎ捨てて、一目散に式場の扉へと走り出しました。 え?悲しくないのかですって? そんなこと思うわけないじゃないですか。だって、私はこの三年間、一度たりとも彼を愛したことなどなかったのですから。私が本当に愛していたのはーーー ◇よくある婚約破棄 ◇元サヤはないです ◇タグは増えたりします ◇薬物などの危険物が少し登場します

処理中です...