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16.穏やかな令嬢は怒ると怖い
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(ほんの冗談のつもりだったのに)
不快な態度を示されたデイビッドは幸せにケチをつけられたと思い、ブリトニーを抱きかかえたまま眉間に皺を寄せた。
『ブリトニーが妊娠したんだ。貸家で伯爵家の跡取りを育てるわけにはいかないからね、今日からブリトニーもここに住む事にした』
『でも、お約束が。お約束してくださいましたのに』
『リリスティーナはディーセルの跡取りの誕生を祝うこともできないのか? 全く、なんて冷たい人なんだ』
『デイビッド、少し休みたいわ』
『疲れたかい? ブリトニーの部屋は準備してあるから、すぐに連れてってあげるよ』
『広いお部屋がいいわ。赤ちゃんが産まれたら色々物が増えるもの』
『そうか、それは気付かなかった。リリスティーナの部屋が一番広いからそこにしよう。私の部屋とも続き部屋になってるから便利だしね。
セバス、すぐに荷物の移動をしてくれ。ブリトニーと私は居間で休憩してるから終わったら声をかけてくれるかい?』
『お部屋を移るなんて。そんな無茶をおっしゃらないで⋯⋯』
『リリスティーナには2階の奥の部屋で十分だろ?』
『少しお話しさせていただけませんか? お願いします』
『ったく、ブリトニーが妊娠してすごく喜んでたのにリリスティーナのせいで気分が台無しだ。
ブリトニーと私の子供なら社交界に醜聞を撒き散らすような子にはならないだろうし、魔女の血の入った子供じゃなくて良かったよ』
自分の指示に従わないリリスティーナにデイビッドは嘲るように言い放った。
『せめておめでとうくらい言えないのか!?』
デイビッドの言葉を聞いたメイドがハタハタと小躍りするように階段を駆け上がっていった。
(リリスティーナは嫌がってた。それに一緒には住まないって約束したんだった)
約束を破り女主人を部屋から追い出した上に魔女の子供はいらないと言い放った後リリスティーナに会いに行かなかったデイビッドは、リリスティーナがどんな気持ちでいたのか考えることもしなかった。
(サミュエル王子の婚約者になってからリリスティーナの渾名が魔女姫だったんだよな)
「一度だけ自分用の部屋を借りて欲しいと言われましたからはじめは喜んではいなかったかもしれません。でもそれ以降は言われてないので気持ちの折り合いをつけてくれたんだと思います」
『子供が生まれたら教育費とか物入りになるだろ? 無駄な出費は控えてもらわないと困るよ』
『ディーセル家にはご迷惑をおかけしませんから』
『そんな金があるならブリトニーにお祝いを買ってあげたらいいんじゃないか?』
(あの時はブリトニーとリリスティーナが親友だと思ってたから⋯⋯)
「折り合いをつけたのではなくて諦めたのではないかしら。あなたがリリスティーナを魔女と呼んだってディーセル伯爵のパートナーの方が仰っておられたそうよ」
お茶会でブリトニーが面白おかしく話していた話は社交界で一時有名になった。下位貴族の集まりだったが話を聞いた令嬢が別のお茶会で話題にしたり醜聞好きのメイドが他家のメイドに話したりして瞬く間に広がった。
「あれはモノの弾みというか本気じゃないし悪意はなかったんです。ちょっとした冗談にリリスティーナが過激に反応するものですから」
とうの昔にコレットの笑顔は消え侮蔑を含んだ冷ややかな目に変わっていた。
「先程もお聞きしましたけれど、何故リリスティーナと結婚されたのですか?」
「愛してるからだと言ったはずです」
「本気で仰っておられるのなら一度専門医を訪ねることをお勧めしますわ。
一緒に過ごす事もなく、屋敷に連れ込んだ愛人に女主人の部屋を使わせる。
社交を禁止して招待状を握りつぶすだけでなくリリスティーナの書いた手紙を処分しておられる。
馬車の使用を禁止し、商会にリリスティーナは現金取引しか出来ないよう通達をだしていらっしゃる。
リリスティーナの私物が盗まれている事も、メイドがいなくて掃除や洗濯をご自分でなされている事も全て存じておりますの。
まともなお食事もなく部屋から出る事もできないことも」
「どうしてそれを!」
「お気に入りの愛人もディーセル伯爵家の使用人達も口が軽すぎるようですわね。随分前から社交界で噂になっておりますわ」
「使用人達が勝手にやった事なんです! あんな醜聞まみれな女性は受け入れられないからと言って」
「醜聞を受け入れて結婚をお決めになったのでしょう? 使用人に周知し女主人としてリリスティーナが正当な扱いをされるよう責任を持つのがディーセル伯爵の⋯⋯夫の役目ですわ。
陛下から賜った支度金も結納金も使い果たしてしまわれたようですわね。ポーレット伯爵家からの支援金とリリスティーナの個人資産が狙いとしか思えませんわ」
「そんなことはありません! 私はリリスティーナを愛しております」
「では、ポーレット伯爵家からの支援金を今後一切お断りしリリスティーナの個人資産には手をつけないとお約束してくださいますかしら?
それなら、わたくしから情報提供致しますわ」
「そっ、それは⋯⋯」
「お出来にならないでしょう? それがディーセル伯爵の本心ですわ」
「陛下にもポーレット伯爵にもお約束したのです。心から愛し生涯大切にすると」
「心から愛しているのは陛下から齎される名誉とポーレット伯爵家から齎される資金ではないのかしら」
「違う。私は本当にリリスティーナを愛しています!」
「では教会においでになられてはいかがかしら? ディーセル伯爵の主張を第三者である教会が認めてくださったなら離婚などせずに済みますもの。
それに、教会がディーセル伯爵の行いをお認めになれば社交界の噂など簡単に消えてしまいますわ」
「⋯⋯(白い結婚と言うだけで私の負けが確定しているのに教会になんて行けるもんか)」
「エアリアスとわたくしが社交界に注力しているのはいずれリリスティーナが戻って来た時のためですの。わたくし達が力を持っていればリリスティーナを次こそは守れますでしょう?」
デビュタントの日のような無力で役立たずな友ではなく権力に立ち向かえるだけの知識と人脈を手に入れる為に、社交界に顔を出し続けコレットとエアリアスはリリスティーナが帰ってくるのを待っている。
「わたくし個人の意見を言わせて頂くならば、何もかも人のせいにしてリリスティーナを取り戻そうなんて吐き気がしそう。2度とお会いしないで済むことを祈っておりますわ」
コレットがドレスの裾を翻して応接室を出て行き、代わりに入ってきた家令が無表情でデイビッドを馬車まで送り届けた。
(私はリリスティーナを愛してる。なんでこんな事に!)
不快な態度を示されたデイビッドは幸せにケチをつけられたと思い、ブリトニーを抱きかかえたまま眉間に皺を寄せた。
『ブリトニーが妊娠したんだ。貸家で伯爵家の跡取りを育てるわけにはいかないからね、今日からブリトニーもここに住む事にした』
『でも、お約束が。お約束してくださいましたのに』
『リリスティーナはディーセルの跡取りの誕生を祝うこともできないのか? 全く、なんて冷たい人なんだ』
『デイビッド、少し休みたいわ』
『疲れたかい? ブリトニーの部屋は準備してあるから、すぐに連れてってあげるよ』
『広いお部屋がいいわ。赤ちゃんが産まれたら色々物が増えるもの』
『そうか、それは気付かなかった。リリスティーナの部屋が一番広いからそこにしよう。私の部屋とも続き部屋になってるから便利だしね。
セバス、すぐに荷物の移動をしてくれ。ブリトニーと私は居間で休憩してるから終わったら声をかけてくれるかい?』
『お部屋を移るなんて。そんな無茶をおっしゃらないで⋯⋯』
『リリスティーナには2階の奥の部屋で十分だろ?』
『少しお話しさせていただけませんか? お願いします』
『ったく、ブリトニーが妊娠してすごく喜んでたのにリリスティーナのせいで気分が台無しだ。
ブリトニーと私の子供なら社交界に醜聞を撒き散らすような子にはならないだろうし、魔女の血の入った子供じゃなくて良かったよ』
自分の指示に従わないリリスティーナにデイビッドは嘲るように言い放った。
『せめておめでとうくらい言えないのか!?』
デイビッドの言葉を聞いたメイドがハタハタと小躍りするように階段を駆け上がっていった。
(リリスティーナは嫌がってた。それに一緒には住まないって約束したんだった)
約束を破り女主人を部屋から追い出した上に魔女の子供はいらないと言い放った後リリスティーナに会いに行かなかったデイビッドは、リリスティーナがどんな気持ちでいたのか考えることもしなかった。
(サミュエル王子の婚約者になってからリリスティーナの渾名が魔女姫だったんだよな)
「一度だけ自分用の部屋を借りて欲しいと言われましたからはじめは喜んではいなかったかもしれません。でもそれ以降は言われてないので気持ちの折り合いをつけてくれたんだと思います」
『子供が生まれたら教育費とか物入りになるだろ? 無駄な出費は控えてもらわないと困るよ』
『ディーセル家にはご迷惑をおかけしませんから』
『そんな金があるならブリトニーにお祝いを買ってあげたらいいんじゃないか?』
(あの時はブリトニーとリリスティーナが親友だと思ってたから⋯⋯)
「折り合いをつけたのではなくて諦めたのではないかしら。あなたがリリスティーナを魔女と呼んだってディーセル伯爵のパートナーの方が仰っておられたそうよ」
お茶会でブリトニーが面白おかしく話していた話は社交界で一時有名になった。下位貴族の集まりだったが話を聞いた令嬢が別のお茶会で話題にしたり醜聞好きのメイドが他家のメイドに話したりして瞬く間に広がった。
「あれはモノの弾みというか本気じゃないし悪意はなかったんです。ちょっとした冗談にリリスティーナが過激に反応するものですから」
とうの昔にコレットの笑顔は消え侮蔑を含んだ冷ややかな目に変わっていた。
「先程もお聞きしましたけれど、何故リリスティーナと結婚されたのですか?」
「愛してるからだと言ったはずです」
「本気で仰っておられるのなら一度専門医を訪ねることをお勧めしますわ。
一緒に過ごす事もなく、屋敷に連れ込んだ愛人に女主人の部屋を使わせる。
社交を禁止して招待状を握りつぶすだけでなくリリスティーナの書いた手紙を処分しておられる。
馬車の使用を禁止し、商会にリリスティーナは現金取引しか出来ないよう通達をだしていらっしゃる。
リリスティーナの私物が盗まれている事も、メイドがいなくて掃除や洗濯をご自分でなされている事も全て存じておりますの。
まともなお食事もなく部屋から出る事もできないことも」
「どうしてそれを!」
「お気に入りの愛人もディーセル伯爵家の使用人達も口が軽すぎるようですわね。随分前から社交界で噂になっておりますわ」
「使用人達が勝手にやった事なんです! あんな醜聞まみれな女性は受け入れられないからと言って」
「醜聞を受け入れて結婚をお決めになったのでしょう? 使用人に周知し女主人としてリリスティーナが正当な扱いをされるよう責任を持つのがディーセル伯爵の⋯⋯夫の役目ですわ。
陛下から賜った支度金も結納金も使い果たしてしまわれたようですわね。ポーレット伯爵家からの支援金とリリスティーナの個人資産が狙いとしか思えませんわ」
「そんなことはありません! 私はリリスティーナを愛しております」
「では、ポーレット伯爵家からの支援金を今後一切お断りしリリスティーナの個人資産には手をつけないとお約束してくださいますかしら?
それなら、わたくしから情報提供致しますわ」
「そっ、それは⋯⋯」
「お出来にならないでしょう? それがディーセル伯爵の本心ですわ」
「陛下にもポーレット伯爵にもお約束したのです。心から愛し生涯大切にすると」
「心から愛しているのは陛下から齎される名誉とポーレット伯爵家から齎される資金ではないのかしら」
「違う。私は本当にリリスティーナを愛しています!」
「では教会においでになられてはいかがかしら? ディーセル伯爵の主張を第三者である教会が認めてくださったなら離婚などせずに済みますもの。
それに、教会がディーセル伯爵の行いをお認めになれば社交界の噂など簡単に消えてしまいますわ」
「⋯⋯(白い結婚と言うだけで私の負けが確定しているのに教会になんて行けるもんか)」
「エアリアスとわたくしが社交界に注力しているのはいずれリリスティーナが戻って来た時のためですの。わたくし達が力を持っていればリリスティーナを次こそは守れますでしょう?」
デビュタントの日のような無力で役立たずな友ではなく権力に立ち向かえるだけの知識と人脈を手に入れる為に、社交界に顔を出し続けコレットとエアリアスはリリスティーナが帰ってくるのを待っている。
「わたくし個人の意見を言わせて頂くならば、何もかも人のせいにしてリリスティーナを取り戻そうなんて吐き気がしそう。2度とお会いしないで済むことを祈っておりますわ」
コレットがドレスの裾を翻して応接室を出て行き、代わりに入ってきた家令が無表情でデイビッドを馬車まで送り届けた。
(私はリリスティーナを愛してる。なんでこんな事に!)
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