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3.婚約破棄

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「な、何を仰っておられるのですか!?」

 サミュエルの言葉が理解できず呆然としているリリスティーナを強引に抱き寄せたマックスがサミュエルに食ってかかった。

「王子殿下のお言葉とは思えません。殿下とリリスティーナは今日初めてあったと言うのに、しかも本人の気持ちを無視して婚約破棄だなんて!」

「わ、私はマックスと婚約破棄するつもりはありません。タチの悪いご冗談はおやめ下さい」

「冗談ではない。リリスティーナは俺の運命だ」

「つい先程初めてお会いしたばかりで運命だなんて! それに、私には大切な婚約者がおります」

 3人の声は会場に響き渡り全員が固唾を飲んで成り行きを見守っていたが、出席者の中で一番高い爵位を持つグレーニア公爵夫人が前に進み出た。

「殿下、折角のパーティーです。お話は別室でなされた方がよろしいかと存じます。デビュタントの令嬢達が怯えておりますわ」

 サミュエルが周りを見回すと新しいスキャンダルに目をぎらつかせる者や不快そうに目を眇める者たちが目に入った。

「そうだな。オーエン伯爵家はこれ以上の口出しは無用。王家に楯突くと言うならそれなりの覚悟を「リリスティーナ!」」

 別室で仲間達と集まって葉巻を楽しんでいた父親や久しぶりに会った友人達とお喋りをしていた夫人が会場に駆け込んできた。

「マックス!?」

「これは⋯⋯一体、何があったのですか?」





 ザワザワとした騒ぎがおさまらないパーティーはそのままお開きになり両家はそのままポーレット邸に集まった。

「せめて私たちがその場にいれば⋯⋯」

 頭を抱えたリリスティーナの父親が悔しげに呟く横で母親が『ごめんなさい』と言い続け泣き崩れていた。

「まさか王子殿下があのような馬鹿げた騒ぎを起こすとは。最初から詳しく教えてくれないか?」

「友達数人と話をしていた時、突然サミュエル殿下が声をかけて来られました。そして⋯⋯」

 特に女性関係で悪評高い王子殿下だが最新の恋人がパーティーに参加していた事もあり両家の親達は安心しきっていた。

「婚約破棄と運命? 殿下は最近流行りの小説に毒されておられるようだな」

「私はリリスティーナを諦めるつもりはありません!」

「勿論だとも。このような理不尽な事を陛下がお許しになられるわけがないからな、多分。明日になれば王子殿下も冷静になられるはず」

 大丈夫だと口にするオーエン伯爵だが皆の顔は暗い。その理由は、評判の良い国王と王妃の最大の欠点が身内に甘い⋯⋯甘すぎる事。一人息子のサミュエル王子を溺愛し数々の醜聞を揉み消してきた。姪のイライザも同様で王妃の寵愛は留まるところを知らない。

『まだ若いから、もう少ししたら落ち着くから』


 エアリアスがショックで泣くこともできず俯いてハンカチを握りしめていたリリスティーナの肩を抱いた。

「リリスは悪くないわ。みんな見てたもの。明日には笑い話になるから元気を出して」


(どうしてこんなことに? デビュタント楽しみにしてたのに⋯⋯。みんなの記念の日が滅茶苦茶になっちゃったわ)

 マックス達が帰路に着きリリスティーナは自室に戻ったが目が冴えて眠れそうにない。リリスティーナはテラスの椅子に腰掛けてぼーっと空を見上げた。
 テラスから身を乗り出すと両親の部屋に灯りがついているのが見えた。

(ごめんなさい。どうすれば良かったのかしら? もっと上手な断り方があったのかしら)

 リリスティーナが一番心配しているのはサミュエル王子の最後の言葉。

『そうだな。オーエン伯爵家はこれ以上の口出しは無用。王家に楯突くと言うならそれなりの覚悟を』

 言葉通りであれば王子はオーエン伯爵家になんらかの制裁をしてくるかもしれない。自分のせいでそんなことになるのだけは阻止しなくては。

 王子の言葉が悪質な冗談で話が無かったことになるか、陛下が王子殿下を諌めて下さるかを祈る以外の方法が見つからなかった。学園で笑い者になっても構わない、大切なデビュタントを台無しにしたと非難されてもいいから冗談であって欲しいと願うリリスティーナだった。

 東の空が薄らと明るくなりはじめ鳥の鳴き声が聞こえてきた。普段は気付かない使用人の起き出した微かな音に今日がはじまった恐怖でリリスティーナは騒動からはじめて声を殺して泣きはじめた。



 青褪めた両親と虚な目をしているリリスティーナが食堂に集まり朝食の皿を突き回していると執事が血相を変えて駆け込んできた。

「旦那様、王家から書状が! お返事を頂きたいと使者の方がお待ちになっておられます」

 急いで中を確認すると今日の昼にリリスティーナを伴い参内するようにという指示が書かれていた。瞬きを忘れて手紙を見つめる父親に母が恐る恐る声をかけた。

「旦那様、どのような⋯⋯」

 手紙を読む父親を見る勇気がなかったリリスティーナは恐怖に震え俯いたまま硬直していた。

(お願い! 神様、どうかお願いします)


「婚約者として参内せよと。不都合があるなら⋯⋯オーエン伯爵家に責任を取らせると」


 母が気を失い椅子から滑り落ちかけたのをメイドが支えたのを目の端に捉えたのを最後にリリスティーナも気を失った。

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