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105.熊が益々熊化してる

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 夏の暑い日、困り果てた顔のガンツが頭を掻きながらロクサーナを訪ねてきた。

 ロクサーナの家は漸く一階の床を張ったところで、相変わらずジルベルトの家に半居候している。

「ガンツ、どうしたの? 暑さで使い物にならなくなった?」

「いや~、それがなあ⋯⋯って、違えわ! なあ、ウルサって名前の熊を知ってるか?」

 ガンツが材木や果実などを卸すためにドワーフ達と倉庫で作業をしていると、熊のような大男が訪ねてきたと言う。

「その熊が温厚そうな奴とえらい別嬪と、大人しそうなのを引き連れててよお。島に移住したいから、ロクサーナに連絡をとって欲しいって言いやがるんだ。
最初に来たのは2週間前だったんだが、俺が倉庫に行くと必ず倉庫の前にいやがるし、だんだん薄汚れてきてるから⋯⋯多分ずっと倉庫の前にいるんだと思うんだよ。
毎日見てると、なんかほっとくのも可哀想な気がしてきてなぁ」

 ジルベルトの話では⋯⋯ダンザリアム王国が公国に吸収された後、リューズベイは新しい領主の元でなんとか町を建て直す事ができたはず。

 公国はリューズベイを外国との交易の窓口にしたいらしく、港町はかなりテコ入れされてしまった。漁業ギルドは縮小されてリューズベイはかつての面影など消え失せ、大型船舶が乗り入れられるように港の工事がはじまっている。

「公国ってのは元々観光で栄えてきた国だからよお、宿を潰してでっけえホテルを建てたり、観光客用の食事処とか歓楽街っての? そんなのができたんだと」



 新しく参入してきた商会が、リューズベイの海の景観とウルサのキャラベル船に目をつけた。

 商会から売却を迫られているなら断れば良いだけの話だが、船長のウルサに断りもなく『初期のキャラベル船で遊覧』する企画を国に提出し、国の認可証を持ってリューズベイに乗り込んできたと言う。

 既にチラシを配り客集めをはじめており、遊覧船の乗組員として船ごと雇ってやると言いだした。

「商会の奴等に何度も断ったんだそうだが、全然話を聞かないらしくてな、リューズベイを出るなら島に行きたいって前々から思ってたから、ロクサーナに頼んでみたいって言ってる」

 どこから仕入れてるか分からないが、質のいい材木を売ってる『謎のガンツ』はかなり有名で、ロクサーナの話に頻繁に出てきた『ガンツ』と言う名前と、仕入れ先が不明だと言う怪しさで、ロクサーナと繋がっているはずだと確信したそう。

「怪しいから私だって思ったのはおかしいけど、旧ロクサーナコレクションを狙われるのは許せん!」

 キャラック船のように巨大で重装備を誇る大型船と違い、キャラベル船は小回りを重視したラテン帆を備えているため、浅瀬での活動が迅速で操舵性が優れている。

 経済性・速度・操舵性・汎用性を兼ね備え、歴史をも感じさせる初期のキャラベル船が、観光客を引き寄せるのは間違いない。

「熊が遊覧船への転向を望んでいるのなら問題ないけど、ゴリ押しするのは間違ってる。
初期のキャラベル・ラティーナは、あんまり残ってないって言うから、欲しがる奴がいるのは分かるけど、権力で強制するとかクソじゃん」

(後から登場したスクウェアセイルを使っているタイプのキャラベル・レドンダも持ってるもんね~。2艘並べたらすっごい素敵なんだから)

「旧ロクサーナコレクションを救うぞぉぉ!」

「ウルサ達を救うんじゃないのかよ⋯⋯流石、ロクサーナの人嫌いは徹底しとる」

 ふんっと鼻息荒く立ち上がったロクサーナが握り拳を築き上げた。



 思い立ったが吉日のロクサーナは、ジルベルトとガンツの手をむんずと掴んで公国の倉庫に転移。

 突然の転移でキラキラを吐き出しかけているガンツをその場に残して、倉庫のドアを開いた。

(て、転移扉と何が違うんだ!? ぎ、ぎぼぢわるい)

「熊~! 益々熊化してるね~」

「熊化ってなんだそりゃ。ちびこそ益々縮んだんじゃねえか?」

「⋯⋯殺す! 熊、覚悟しやがれ!」


 グボォ! ガラガラ、ガシャーン!


「シーミア~、熊がいじめるの~」

 お決まりの挨拶を済ませたロクサーナは、シーミアに飛びついた。

「あれはただの動物。成長しないからね~」

「シーミアさんは窶れてる。クソ商会とやらの話聞かせて! ボッコボコにしにきたから」

 倉庫の中に入りソファに座ってお茶とお菓子で詳しい話を聞く事にした。

「⋯⋯って感じなのよ」

 追加で聞いた話は⋯⋯最近では、一番取り込みやすそうなアンセルに付き纏い、妻のキコーニアとパーヴォは家から出られなくなっているあたり。

(ぐぬぬ! あのプリティ・パーヴォ君に悲しい思いをさせるなんて、断じて許せん!)



「シーミアさん達は、遊覧船は嫌なんだよね」

「当たり前じゃない。観光客を乗せた遊覧船が悪いとは言わないけど、あたし達に客の世話とかできるわけないじゃない。おかしなことを言う奴がいたら、3秒で海に叩き込む自信があるわ。あたし達は人の機嫌を取るとか、そういうのには向いてないの」

 ここにきている間は、カーニスの妻フェーリスと数人の冒険者に船を守ってもらっているそう。

「Bランク冒険者のフェーリス達なら大丈夫だと思うけど、やっぱり心配なのよ⋯⋯船が」

 人より船を心配する辺り、シーミアもかなりロクサーナよりかもしれない。

「フェーリスは冒険者だからどこに住んでも変わらねえって言ってるんだ」

(島だと冒険者できないと思う、お出かけできないもん)

「キ、キコーニアとパーヴォも⋯⋯こ、公国は嫌だって」

(島には人間の子供がいないんだけど、良いのかなぁ)

「当面は島に住むって事で、その先はゆっくり考えたら良いかもだね。んで、派手な出航で度肝を抜いちゃおう!」



「私はキコーニアさんとパーヴォ君の救出だね! 家から出られないってどんだけ! って感じだもん。その後でシーミアの家を持ってくる。
ルイスはクロちゃん&カイちゃんと一緒にカーニスの家をよろしく。その後で、仕方ないから熊の家も持ってきてあげて。
さあ、夜の間に一気に準備を終わらせようじゃん」



 夜を待ち、ロクサーナはアンセルだけを連れて家に転移した。

 家の周囲に隠蔽魔法をかけてから、眠っているパーヴォを抱えたアンセルとキコーニアが家から出たのを確認して、家ごと異空間収納へお片付け。

「えっ? 家が消えたわ! な、なんで!?」

「あ、後で説明するからね」

 ポカンと口を開けたままのキコーニアと、アンセルを連れて倉庫に転移した。

「第一弾終了!」

「こっちもカーニスの家が終わった」

「んじゃシーミア、行こうか」

 シーミアと一緒に転移したロクサーナの後から、ジルベルトも熊と嫌々ながら手を繋いで転移した。

 無事に全ての家を回収し終え、その日は倉庫に泊まる事に⋯⋯その理由は初めての転移でキコーニアがダウンしたから。

(寝ていたパーヴォ君は問題なしで一安心)

 必要な数のベッドと布団を出すと、全員の白い目がロクサーナに集中した。

「どんだけ入れてんの?」

「いや~、覚えてないかも。あ、どれも綺麗だから心配しないでね! 熊は床で寝る? 巣を作るなら向こうの隅っこでね~」

「てめえ、マジで縮めるぞ!」

「そこは普通、海にじゃないのかよ?」

 海ならすぐに浮かんできそうだからな⋯⋯堂々と言い切ったウルサは、何気ないふりをしながら⋯⋯寝ているパーヴォの横を何度も行ったり来たりしている。

(可愛いとこあるんだよね~、熊だけど)



 翌朝、陽が登りはじめたばかりの倉庫に、ガンツ・キコーニア・パーヴォを残して、全員で船に転移した。

「うわ~、すっごい変化! 話を聞いてなかったら、知らない場所に転移したのかと思ってたかも」

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