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90.お約束を守らない子はどうなるのかしら?

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「カーニスさん、領兵が私を探してるの?」

「ああ、ちびちゃんが潰したデニス達なんだが、ちょっと前に大陸の商船に雇われてたんだ。でも、ほら船に乗れそうな状態じゃなくなったろ? で、商船の持ち主が賠償金を払わせるって騒いでるらしい」

 せっせとロクサーナの髪に細い三つ編みを作り続けていたシーミアが、髪の先にカラフルなガラスビーズを付けながら溜め息を吐いた。

「あの商船ってめちゃめちゃ評判が悪いの。大陸にあるオルフェーヌ王国所属の大型船舶なんだけどね、商船の奴等はすっごい横柄で、毎回揉め事を起こしてばかりの鼻つまみ者なの。
密輸してるとか海賊とグルなんじゃないかとかって噂もあるし、関わるのは危険。絶対関わらないでね」

 完成したのかシーミアがロクサーナをヒョイっと立たせて、満足そうに頷いた。

「ドレッドヘアに見えるかな?」

「全然違うわ。あれは、髪の毛同士を複雑に絡ませて収縮させて束を作るんだもの。あれはちびちゃんには向いてないと思うわ」

「そっか⋯⋯ジルベルト司祭、オルフェーヌ王国について何か知ってる?」

「帝国の大陸版ってやつ。武力で周辺国を抑えて現在も拡大中らしい。主要な輸出品は魔鉱石と銀で、輸入品は宝石や絹織物だと言われているけど⋯⋯メインは略奪品の転売と奴隷の密輸。聖女・魔法士・魔導具。
だから、シーミアさん達が慌ててたんですよね」

 商船を使い貿易を行う商人は『冒険商人』という名の海賊。国に海外情報を提供して海外貿易の強化を叫び、貿易会社を設立した『冒険商人』は、ハイリスクを覚悟して、遠洋航海に出掛けていった貿易商人の総称だが、それは表向きの名前と言っても良いだろう。

 彼等の本業は『海賊』のまま。冒険商人は海賊稼業と並行して貿易商人をやる。メインの仕事は略奪品の転売で、その次は海賊とタイアップして奴隷の密輸するのが奴等の主な仕事。真面な海外貿易も行うが、それは『国の商船』としてのイメージアップの為。

 なぜなら、海外貿易は犯罪に頼らない真っ当な資金調達の方法だが、大儲けできるかどうかの確実性に欠け、収益を上げるのに時間がかかる。帆船の貿易船団を編成して遠方に出かければ、場所によっては往復に数年かかるのもザラで、遠洋航海のリスクも高かったため、勝算が低いと考えられていたから。



「そうか⋯⋯貿易って聞くとなんだかかっこいいって思ってたけど、本当は国公認の海賊や奴隷の密輸かあ⋯⋯最低だね」

 リューズベイでロクサーナが聖女だと知っているのはウルサ達4人だけ。クラーケンは秘密裏に討伐し、シーサーペントはウルサが魔導具で討伐した事になっている。

「領兵が探してるって事は領主が指示してるんだよね。て事は、レベッカ達がヤバいじゃん」

「レベッカ達は自己保身の為ならロクサーナの情報を売るし、金の為とか大陸での生活の保障なんて言う口約束でも喋るのは間違いないと思う」

「あー、それは確かに。でも、今はまだ喋ってなさそうだよね。って事は商船のお偉いさんが何してるのか、見に行ってこようかなあ」

 もし聖女のロクサーナを探しているのであれば、デニス達との喧嘩で賠償金を払えと騒ぐとは思えない。

「領兵を使って治安紊乱罪の犯人を探しているから、今はまだ情報漏れがない!」

「いや、それはどうかしら。ちびちゃんを誘き出すのに使えるネタとして利用してる可能性もあるから、下手に動かない方がいいわ」

「サーナは自分の身を疎かにする癖がある。ここは俺や教会に任せて、すぐに島に転移してくれないか?」

 シーミアやジルベルトが言う事にも一理あるとは思うが、敵に背を抜けて逃げ出すようで気に入らない。

(怯えて縮こまって生きるのはもう嫌なんだもん。私の人生を不当に邪魔する奴は許せない)



 ロクサーナの心の声が聞こえたのか、ジルベルトが溜め息を吐いた。

「サーナ⋯⋯勝手に行動するのだけはやめて。それから、絶対に私から離れない事。絶対に死なない事、約束できるかしら?」

 相当焦っているらしく久しぶりにジルベルトがオネエ言葉になると、ウルサ達の目が丸くなった。

「おい、シーミアが増殖したぞ。これって綺麗系のイケメンの特性か?」

 シーミアの蹴りとジルベルトのパンチで吹っ飛んだウルサが、海に沈んでいった。

「絶対に死なないって約束する! まだやりたい事がいっぱいあるし、成長期の先も楽しみだからね」



 妖艶なセクシー美人は諦めたが、成長の余地は残っていると思いたい。

 万能な毒消草のコントライェルバの株分けが出来たばかりなので、環境に適合させる研究がはじめられそう。

 解熱作用・鎮痛・咳の緩和・消化不良の改善のシルフィウムを一般に普及させる方法も考え中で、避妊堕胎薬の効果も一部の人には必要不可欠なはず。

(ガンツとチェンバー先生に相談したら面白そうなんだよね)


 帆立の貝殻を使用した土壌改良の結果を纏め終えたら、商業ギルドに登録する予定。安価で簡単な方法で農地の改良が出来れば、各国の農家の助けになるのは間違いない。

 木炭の高い吸収性も研究したい。畑に撒けば水はけが良くなり、肥料を節約する効果もあると言う。

 水の浄化⋯⋯木・竹・胡桃殻などで作る活性炭は原材料を800℃から950℃に加熱し、水蒸気や空気などの気体中で炭化させる方法がある。

(鍛治で高温を扱うドワーフの知識に期待してるんだよね)

 ドワーフの経済自立問題も残っている。帝国への輸出を取りやめたドワーフ作の武器や生活用品は、今のところ各国の商業ギルドに少しづつ持ち込んでいるが、転移ができるロクサーナ以外ではこの方法が使えない。

(安全な販売ルートの確立は、最重要課題だよね)


 その他にも王国の騎士団で、資料作成で心が病みかけてた人も気になっているし、ドラ美ちゃんとゴン太君の赤ちゃんも楽しみにしている⋯⋯。

「ジルベルト司祭、安心して! 考えれば考えるほどやりたい事がいっぱいで、死んでる暇はなさそう」

 ニヘラッと笑ったロクサーナの周りでジルベルトやウルサ達が一斉に溜め息を吐いた。

(間違いない! この子からは絶対に目を離しちゃダメだ)
 



「今夜の宿を決めようと思ってたんだけど、その前に夕⋯⋯」

「ああぁぁ! 大変だぁ、ちょっと行ってくるぅぅ」

 ジルベルトの言葉を遮りながらガバッと立ち上がったロクサーナが、真っ青な顔でどこかに転移した。

「「「「⋯⋯ロクサーナァァ!」」」」

「どこに行ったんだ!? ジルベルト、あんたならなんか知ってんじゃねえのか!?」

「⋯⋯⋯⋯夕食! タコ焼きの屋台だわ! あとで買いに行くって約束してたもの」

「マジかよ! 広場の真ん中じゃねえか」

 一斉に立ち上がった4人。ジルベルトは船から飛び降りながら全員に、身体強化と隠蔽魔法と気配遮断をかけ、脱兎の如く広場に向けて走り出し、その後をウルサ達も続いて走り出した。



 その頃⋯⋯屋台の横にチマッと座ったロクサーナが、熱々のタコ焼きを頬張っていた。

「遅くなってごめんね~。でもやっぱり、おじさんの串焼きが最高だね」

「だろだろ! タレが自慢なんだよな~、おじさん独自のレシピってやつだからな。ガッハッハ」

「あ、お迎えが来そう! おじさん、タコ焼きを4本追加できる?」

「おお、いいぜ。今日は儲けさせてもらったからサービスにしといてやる」

「ダメだよ。さっきもサービスって言ってコレをくれたんだから、儲けられる時に儲けて⋯⋯目指せ楽隠居だよ!」



「はぁ、はぁ⋯⋯ロ、ロクサーナ! 勝手に飛び出しちゃダメじゃない! お約束が守れない子にはお膝でプニプニとなでなでトントンのお仕置き決定だからね!」

 隠蔽と気配遮断をかけているのを忘れているジルベルトが大声で叫んだ。



「⋯⋯ゆ、幽霊か!? 人がおらんのに声が聞こえた」

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