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84.逃げ足だけは早い奴に溜め息が出そう

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「で? なんで~、あの港を~、攻撃させてたわけ?」

【シーサーペントにしたのは⋯⋯ほら、人的被害ってやつを出さない為かもなぁって思うんですけどね~。どうせやるなら派手にぶっ壊して『さあ来い!』ってやった方がいいと思うんですよ。だって、人間なんてゴロゴロいるし~、港のひとつくらい⋯⋯】

「巫山戯んな、これでも喰らいやがれぇぇ! こんのボケナスエロガッパァァ!!」

【ぎゃあ! ごめ、ごめんなさい~! もう言いませんからぁ⋯⋯人間大事、山も大切ぅぅ⋯⋯痛いよお、人間怖いよお】

 懲りずに失言を繰り返したグラウコスは、ロクサーナの氷の槍で全身串刺しになっているが、『不死』のお陰で元気いっぱいなのが妙にムカつく。

「ううっ! その青い顔みてたら殺りたくなってきた! 女の敵、人類への災厄、いっぺん死んで漁師からやり直してみる?」

【ご、ごめんなさい。ほんと、マジでごめんなさい! これからは良い子になります。海神になれてちょっと⋯⋯すっごーく勘違いしてましたでございます。適当に予言したら色々もらえるし~、なんかモテモテだし~。いい女を選び放題やり放題みたいな?
こ、これからは心入れ替えて、目指せ一夫一婦制! あっちこっちでガキ作りまくってる神の真似はやめるっす!】

 正座したまま両手を合わせて拝み倒すグラウコスを見ていると⋯⋯。

「なんか、間抜け顔を見過ぎて気が抜けた。私達には関わらない、人は襲わない、港も壊さない、調子に乗らない、周りの誰にも迷惑かけない。魔法契約するなら風の皮袋返す」

【は、はい! もちろんでございます。人間が思うところの海神に相応しい生き物になって、早寝早起き・規則正しい食生活・掃除洗濯・9時5時勤務を目指します~! 嘘の予言はやめますし、人の女も二度と寝取りません】

 最後の辺りに過去の新たな犯罪が浮上したが、今後しないなら聞かなかったことにしよう⋯⋯ロクサーナとジルベルトが目を合わせて小さく頷いた。

(コイツなら他にも余罪、山盛りありそうなんだもん。『見ざる・聞かざる・言わざる』じゃないと、いつまでも話が終わらない気がする)



「なんであの港を攻撃させてたのか知らないの?」

【そ、そ、それはですね! あ、あの港で騒ぐとですね、逃げ出したキルケーが出てくる可能性があるとかでして、はい】

 2度目の電撃を恐れスカリの中で正座したグラウコスが、怯えた目つきでロクサーナを見上げた。

【あとは⋯⋯う~ん⋯⋯あ、キルケーのお気に入りの啄木鳥がどうのとか、山のどこかに誰かがいるとか言ってたような気も⋯⋯】

 あちこちから恨みを買っているキルケーは、お気に入りの啄木鳥を連れて異次元に島ごと逃げ出したまま、この世界には顔を出さなくなった。

【えーっと、スキュラもセイレーンも岩になってるから、あんま遠くには行けなくて⋯⋯それでここにも出張できなかったっすけどね⋯⋯ キルケーが次元の狭間から出てくるのを待ってるらしいっす。
シーサーペントを連れてきて、港を襲えって言うんすけど、シーサーペントじゃ大したことはできねえし⋯⋯何をするつもりなのか、さっぱりわからねえ⋯⋯で、ございますです】

 キルケーに恨みを晴らしたいスキュラとセイレーンには、同じ海峡にいるカリュブディスが共感して協力を申し出ているが、彼女も遠くへは行けない。

【キルケーはもう結構な年ですからね~。3人が待ち構えてるとこに出てく勇気はないのか、両者睨み合って⋯⋯みたいな感じが何年も続いてるんすよ。面倒ですよね~】

 女の恨みはしつこいと言ってグラウコスはジルベルト司祭に同意を求めたが、返事はオールの柄でのひと殴り。

【うぎゃ! に、にいちゃんは聖職者でしょ? 暴力反対、迷える子羊にお慈悲をくれても⋯⋯あわわ、ごべんなじゃい】



 魔法契約を終わらせて風の皮袋を返すと、グラウコスはあっという間に海底に向けて逃げていった。

「はぁ、こんなに疲れた敵は初めて⋯⋯意外にグラウコスは最強かも」

「最悪最恐って感じだな。図々しさが突き抜けてるし、罪悪感もないし。多分説明を理解できてない気がする」

「はぁ、せっかくのお天気なのに変な話だらけで⋯⋯あぁ、お腹空いた~!(啄木鳥かぁ⋯⋯後は、山にいる誰か。誰だろう、山、山? なんか聞いた事があったような⋯⋯今回の成果はそれくらいかな。疲れた割にショボすぎる)」





 家に戻ったロクサーナとジルベルトはいつもの如く並んで朝食をとりながら、お互いの知識を比べあった。

「啄木鳥と山って何かあった気がするんだけど、思い出せなくて⋯⋯ジルべ⋯⋯ルイスは何か知ってる?」

 キルケーに会いたいロクサーナは、教会に所属している間に過去の文献を調べまくった。魔女キルケーの使える技や知識はしっかりと記憶しているが、悪行の数々はあまり覚えていない。

(過去のドロドロなんて興味なかったからなぁ)

「ロクサーナはさ、可哀想なピークス王の話を知ってる?」

 ロクサーナがグラウコスに眠らされた後、ピッピが漏らした一言からキルケーについて調べていたジルベルトが口を開いた。

(ピッピが『ロクサーナはぁ、キルケーに会いたいんだって~』って教えてくれなければ、今頃慌ててただろうな)



 狩りをするピークス王に一目惚れしたキルケーは、策をめぐらせて王と2人きりになり熱烈に気持ちを伝えたが、既婚者のピークス王に拒まれ魔法で啄木鳥に変えてしまった。

 それを知ったピークス王の従者のひとりは、行方の分からなくなったピークス王を探し、6日6晩野山を駆け巡った末に空気に溶けて消えてしまったと言う。

 啄木鳥に変身させられたピークス王はアイアイエー島にあるキルケーの館の中、人間だった頃の自分をかたどった彫像の上に今も留まっている。



「ピークス? ピークス⋯⋯ピ、ピークス⋯⋯あっ! 確かそんな話を読んだ覚えがあります。男を取っ替え引っ替えしてるキルケーが、わざわざ島に連れてくなんてよっぽど気に入ったんだなぁって、チラッと思ったような気がします」

「山で消えた従者なんだけど⋯⋯探しに行ったのは、ピークス王の妻カネーンスだったって言う説の方が有力なんだ」

 ピークス王の最愛の妻は優れた歌い手であったニュンペー精霊の一種のカネーンス。

「その説では⋯⋯彼女は今も山を彷徨いながら愛するピークス王を探していて、ピークス王を探し求めるカネーンスの歌声が、時折山から聞こえてくるとも言われてる」

「うわぁ! もしそうだったら切なすぎますね。となるとカネーンスが彷徨ってる山が、リューズベイの港の近くにある山だったりするって事ですね」

「グラウコスは『山のどこかに誰かがいる』と言ってたから、従者か妻のどちらかが今もいるのは間違いないだろうね。
取り敢えず今は妻って事で話を進めるとして、ロクサーナはリューズベイにいた時に、何か気になることはなかった?」

「うーん、山ですよね⋯⋯山、山かあ」

 港に近い山は山裾に漁業ギルドがあり、中腹に派手な領主館が建っていたくらいしか憶えておらず、自分の関心は海と食べ物にしか向いていなかったと気付いたロクサーナが、ちっこい身体を益々小さくして頭をテーブルに押し当てた。

「うぐぐっ! 何も気にしてなかったかも⋯⋯無念」

「キルケーの幻術の可能性があるから、かなり精密なものじゃないかと思うんだ」

 落ち込んだロクサーナの頭を撫でたジルベルトが、『相手が悪すぎただけだから、気にしなくて良いよ』と優しく慰めた。

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