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78.色々お引越ししたりする

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 秋の気配が近付き海風が少し涼しく感じられるようになると、山も僅かに色付きはじめ、動物達と競って拾い集めた栗は、おばさん達の手で美味しい料理とスイーツに変身した。

 広場の中央には各家から持ち出されたテーブルが並べられ、ドワーフのおばさん達が大量の料理を現在進行形で運んでいる。

「これは火のそばに置いとく方がええね」

「こらぁ、つまみ食いしたら栗のお菓子はなしじゃけんね」



 ドワーフのおじさん達は石を積んで炭火を起こして仔豚の丸焼きの準備をはじめ、シャツとトラウザーズ姿のジルベルト司祭は海から引き上げてきた仔豚を焼き架台にセットしていた。

「尻と頭の方は、もうちっと炭を増やさにゃ焼けんで」

「おじちゃん、僕らもぐるぐるするけんね!」

「おう、し~っかり働いてもらうけえ、頑張れよ」



 お酒の入った樽は驚くほどの数が積み上げられ、顔の大きさくらいあるジョッキが子供達の手で並べられている最中。

「サーナちゃん、上手にできたね~」

「サーナちゃ~ん、それはまだだよ~」

 ロクサーナは長すぎるから『サーナちゃんね~』と言い出したのはドワーフの子供達。

 ロクサーナは子守りを頼まれたはずだが、子供の方がしっかりしている気もする。

(子供パワー、恐るべし。はじまる前に体力使い果たしそう。にしても⋯⋯なぜ、こうなった?)



 ロクサーナの盛大な疑問は⋯⋯なぜ、ジルベルト司祭の家がしたのか。

【気付いてなかったのロクサーナだけだし】


『ここにもう一軒の家? 人が増えるとか想像した事なかったからなあ。でも、だよね⋯⋯だとしたら⋯⋯あそこのオークの木の近くとかかなぁ』

(例え話じゃなかったんだね~。もうびっくりすぎてさ、何も言えないよ)



 ある日突然、オークの木の近くに大きな布で幕が張られて、ドワーフが何人も出たり入ったり、トンカンと大工仕事の音が鳴り響いたりしはじめた時に、ちょっぴり首を傾げはしたが⋯⋯。

(隠して作るとか初めてだから何ができるのか、ちょっと楽しみかも。そう言えば、ゼフィンおじさん達とコソコソ話してるから、ジルベルト司祭は知ってるのかなあ)

『ゼフィンおじさ~ん、今回は何を作ってるの?』

『ふっふっふ⋯⋯秘密じゃけん、楽しみにしときんさいよ。乞うご期待言うやつじゃね』


『ジルベルト司祭、なんの話してたのか聞いてもいい?』

『(家の仕様とか)ちょっとした質問。気にしないで、大したことじゃなかったから』

 そう言われては覗くのも、しつこく聞くのも申し訳なく⋯⋯見て見ないふりをしている間にアラクネの引っ越が終わった。



 以前ほどには窶れていないが、アラクネが喜ぶ程度には疲れた様子のジルベルト司祭は、教会の仕事の合間を縫ってほぼ毎日お茶会と夕食にやって来る。

『はうっ! やっぱ司祭ちゃんはガンガン妄想が沸るぁぅぅ! 知ってる? アラクネってさ、寝ないのよ⋯⋯だから、夜のオカズ? これからもっとも~っと長くなる夜のお供に最っ適の逸材なのよね~。
陰のあるイケメンとか、心が病みそうなギリギリを攻めてる感じとかさ、そう言うのって良いよね~。ほら、そう言う男が冷たい目で『キッ!』って一瞬だけ睨んできたり、ふっと切なそうな目で考え込んだり⋯⋯目の前でやられたら絶対萌える! もう、それだけでお腹膨れちゃう~』

『ごめん、ちょっと何言ってるのかわかんない』

『面窶れして、今にも落ちそうで落ちないギリギリの感じとか、似合いそうな気がするんだよ。絶対いけると思うんだ~。
あ、でもでも⋯⋯初めて会った時より幸福感が増えた気がするからさ、ほんわり幸せそうな顔から一転して、ギラギラした野獣みたいな目で見つめるとか、ねっとりと絡みつくような目つきで狙う瞬間とか⋯⋯う~ん、そっちの方が萌えそうじゃん!
そういうの見たらさあ、一晩中楽しめちゃうかも、きゃあ』

『どうしよう⋯⋯ますます分かんなくなってきたよお』

 アラクネの趣味嗜好は特殊性癖に入り込んでいるのか高度すぎるのか、今のところロクサーナには理解できた事がない。



 と言う、濃い日々を過ごして⋯⋯。

 その結果、幕が取り払われた時には既に2階建ての家が建っていた。

(誰の家だろう、凄く可愛い感じだね~)

 地面より少し高くなった床の上に建つログハウスで、煉瓦でできた煙突のある三角屋根。テラスに出入りするための掃き出し窓は両開きで、広いリビングと大きな暖炉が広場からはっきりと見えている。

 まだカーテンがかけられていない大きめの窓から見えるのは、何も置かれていないキッチン。

(多分だけど、2階が寝室とかかな。あっ、もしかしてドワーフの中に結婚する人がいるとか? 引っ越してきた時に全員の家は建築済みだから、新しく家を建てるとしたらそう言う時だよね!)

 ロクサーナはワクワクドキドキしながら、カジャおばさんに声をかけた。

『カジャおばさん、もしかしてだけどぉ誰か結婚したりとかする?』

『いや⋯⋯あっ、えーっと。もうちょっとしたら分かるけん、楽しみにしときんちゃいね』 

 なんとなく寂しい気分になりはしたが、それはそれ。教えてもらえるまで待つしかないと気持ちを切り替えて⋯⋯。



 で、お祝いの日がやってきた。

(持ち主を聞いて初めて、色々思い当たる節があるって気が付いたとか、なんか間抜けすぎ?⋯⋯う~ん、人との会話は難しい)

【なんでジルベルトに上手く転がされたと気付かないの? ねえ、単純すぎない?】

【ジルベルト司祭ならオールオッケーってなるように、すっかり仕様変更されてるからな~】

【つまり、予想以上に調教済みって事】

 ミュウの疑問と不満に、カイちゃん&クロちゃんが笑いながら答えた。

【ウルウル~、これが愛ってやつなのぉ?】

【ちょっぴり弄ぶ系の、変化球の入った愛だね】

【戸惑ってるのを見て、こっそり楽しむ鬼畜】

【愛の度合いを測って、こっそり楽しむ鬼畜】

【変態は、相手を翻弄するのを喜ぶんだモグッ】

【う~ん⋯⋯ピッピにはよくわかんない】

 恋愛指数がロクサーナに近いピッピが首を傾げた。




「うちらにとってオークは神聖な木なんよ。あの木の下で婚礼をかわしたら幸せになれる言うしね。何しろ『生命力の象徴』じゃけん、子宝に恵まれるんよ」

「司祭さんの家ならちょうどええじゃろ?」

「そ、そうなのかな?」

 満面の笑みを浮かべたドワーフと、まだ困惑中のロクサーナの温度差が大きすぎる。

「これって、ジルベルト司祭も島に住むって事⋯⋯だよね。そんなに気に入ってくれたんだ⋯⋯嬉しいけど⋯⋯嬉しいけど、出かけるのとか大変だよ?」

 

 ロクサーナが担当していたのは、疫病の治療・災害の復旧・魔物の討伐が主な仕事だったが、前後の事務処理は担当神官の仕事なので、ロクサーナはほぼ直行直帰。

【だから、対人戦に弱いって事だよね。ジルベルトめ、狙ってやがったな】

【他の聖女や魔法士もそんな感じだったじゃん】

 聖女や魔法士を他国に狙われない為と、無理難題を押し付けてくる依頼主から守る為の措置だが、ロクサーナは特に見た目がお子様なので、ジルベルト司祭は絶対に依頼主達をそばに寄せ付けないよう手配していた。

 最後の仕事以外は⋯⋯。

【そのせいで、簡単に囲い込めた⋯⋯腹黒司祭の作戦勝ちだな】

【ムキィィィ!】

 クロノスはミュウを揶揄うのが楽しすぎて、腹を抱えて笑っていた。





「ロクサーナ~、乾杯するぞ~」

「は~い」

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