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74.ジルベルト司祭の秘密

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「ププッ! よし、可愛~く『噛んだ』のを誤魔化したロクサーナに、面白い話を教えてあげよう。教会も気付いていない、俺の秘密」

「秘密⋯⋯契約魔法する」

 膝に座っているのをすっかり忘れているのか、モゾモゾとお尻を動かして居住まいを正したロクサーナが、真剣な顔でジルベルト司祭を見上げた。

(うっ! そ、そこはヤバい⋯⋯状況を説明すると逃げ出しそうだし。もう1回やられたら⋯⋯あうっ、いや、耐える、耐えられるはず)



「ゴホッ、えっと⋯⋯そう、俺の名前なんだけど、教会では今『ルイス・ジルベルト』と呼ばれてるよね」

 こっくりと頷いたロクサーナはその名前しか知らない。

 因みに他の神官たちの名前は、オーク神官、キュクレウス神官、ナイトリッチ神官等々。見た目と雰囲気で判別しているのみで、本当の名前など覚えていない。



「でも、昔はルイス・ジルベルト・ガルシアで、ガルシア公爵家の三男だったんだ⋯⋯18歳の時除籍されてからはガルシア家とは関係のない、ただのルイスだけどね」

(やっぱり高位貴族の出なんだ。そんな感じがするもんね)

「10歳の時、教会に提出された書類には『ルイーズ・ガルシア』と記載されていて、職業は『聖女見習い』だったんだ」

「ん? ルイーズって⋯⋯しかも聖女見習い」

「まあそこは色々訳ありだから、いつか話すよ⋯⋯で、18歳で魔法士ルイス・ガルシアになった。ただ、聖女見習いの女が突然魔法士の男ってのは教会としてはマズいってなってさ、書類仕事専門の神官になる時からルイス・ジルベルトと名乗ることにした」

 ジルベルト司祭が神官なのに、魔法士が下賜される杖を持っているのは知っていた。

 教会の仕組みに興味がないロクサーナが、気にしたのは『ジルベルト司祭は教会の所属から逃げられない』ということだけ。

「⋯⋯うぐっ、ややこしい」

「確かに。とりあえず名前が色々変わっていった事と除籍の事だけ、分かってくれていれば良いかな。
で、例の所有者登録の問題が出るんだ。10歳でガルシア公爵家から教会へ提出された名前と魔法士として杖を下賜された名前が違うだろ?」

「うん、そうだね。えーっと、それで?」

「あの当時、何も知らなかった俺は『形式だけ』と言う言葉を信じて『ルイス・ガルシア』として登録したんだけど⋯⋯。教会の記録には今現在も『魔法士ルイス・ガルシア』なんていないんだ」

「ん~? 意味が分かんない⋯⋯なんで?」



 白金貨を積めば、性別だろうが神託の結果だろうが平気で改竄するほど、金に汚い教会は色々なところに歪みや不正が出ている。

 そのひとつである杜撰な事務処理のお陰で、ジルベルト司祭は今も⋯⋯書類上は『ルイーズ・ガルシア』のまま。

「教会がこっそり仕込んだ杖の設定は『ルイーズ・ガルシア』だけど、所有者登録する時に使った名前は『ルイス・ガルシア』だったから、契約は完了していないんだ」

 書類を準備する事務職の神官は、ルイーズの綴りLouiseがルイスの綴りLouisに変わっている事を、気に留めたのかどうかさえわからない。

「eが最後につくかつかないかだけの違いだからね」

 杖に細工をした魔導具士は回ってきた書類の名前の通りに設定するだけ。

 魔導具士が書き込んだ名前と魔法士が口にした名前が一致して、初めて契約が完了する仕組みになっている。

 登録前に盗難や紛失した時の予防策らしいが⋯⋯。

「聖女のブローチと違って魔法士の杖は任務の時以外は持ち出さないから、まだバレてないんだ。なにしろ俺は神官として働いてるからね」

「じゃ、じゃあ⋯⋯ジルベルト司祭も教会を辞めたければ辞められるって事?」

 しっかりと頷いたジルベルト司祭がロクサーナの頭を撫でた。

「暫くは教会の動向を見る為に残るつもりだけど、いつでも辞められるから」



 ブローチの危険を教えてもらえた自分とは違い、ジルベルト司祭は教会と終身契約をしていると思っていた。

(あんな教会に縛りつけられてるなんて大変すぎるって思ってたけど、違うんだ!)

 聖女を辞めても、教会の仕事を続けるのは変わらない。ジルベルト司祭が教会にいるのだから続ける⋯⋯と決めていた枷がパキンと音を立てて割れた気がした。

「なら、ジルベルト司祭が『いるから』じゃなくて『いる間だけ』仕事を受ける」

「それはちょっと助かる。でも、教会での俺の立場とか仕事とかの事は、あまり気にしなくていいからね」






 夜明けが近付き早起きの鳥の鳴き声が聞こえてくる頃になっても、話し足りない⋯⋯話をやめたくない2人は、ハーブティーを手にベッドを背もたれにして、並んで座っていた。

「家、パパッと建てたんだと思ってた。キッチンのテーブルは大きい方が良いとか、人が入れるくらい大きな暖炉とかの話をしてたろ?」

「ゆっくりが良いかなぁって。夢が叶っちゃうと、次にどうしたら良いのか分かんなくなりそうだから」

 自分の居場所が欲しいと願い、長年『目指せ、スローライフ』を掲げてきた。

 衝動買いに近い勢いで島を手に入れたが、ここにはロクサーナの願っていた全てが揃っている。

 誰にも邪魔されない、人間が入り込みにくい場所で、家や畑と薬草園を作っても走り回る余裕がある広場。

 山と森、動物と魔物が暮らす自然がいっぱいの場所。

 大声で叫んでも、魔法をぶっ放しても⋯⋯誰にも咎められないし、悪意も向けられない。



「ドワーフって鍛治のスペシャリストだけど、それぞれ個性があって⋯⋯大工仕事も好きだったり、家畜の世話が上手だったり」

 仕事とは別に全員が何かしらの趣味や特技を持っていて、村全体に貢献していたり助け合ったり。

 ロクサーナは森の手入れや大工仕事を教えてもらいながら、少しずつ家を作っている。

「そういうのって素敵だなぁって。で、魔法じゃなきゃ私には無理なとこは魔法を使うけど、自力でできる事は楽しんでゆっくりやってる。自分にもできる事とか、趣味みたいなものができたら良いなあと思って」

 一本ずつ木を選び、自力で枝を落としたり、ノコギリやナタを使うのが楽しくて仕方ない。

「そうか、それもスローライフの醍醐味だね。夜はどうしてる?」

「ソ⋯⋯ソ? そーですねえ、空を見て決めてる感じとか?」

 ジルベルト司祭の顳顬がピキリと音を立てた。

(やっぱりだ、ほんとにこの子は⋯⋯ソはソファの略だよねえ)



 地下室の転移門から出てきた時、一番に目についたのは⋯⋯丁寧に畳まれてソファの上に置かれた毛布。

 生成色で縁が淡い緑のそれは、ジルベルトがロクサーナに初めてプレゼントした物に違いない。

 聖女見習いは4人または2人部屋だが、聖女は居間と寝室の2部屋ある個室が決まり。

 居間にはソファとコーヒーテーブルにチェストなどが置かれ、寝室にはベッドとドレッサーなど⋯⋯基本的な物は全て設置されているが、好みに合わないと言って自費で入れ替えする聖女も多い。

 聖女のランクが上がれば部屋はどんどん広くなり、全てが豪華になっていく。

 初めて見た部屋で落ち着かなげに立ちつくし、家具を目に入れないように俯いた聖女はロクサーナが教会初だろう。

 いつまで経ってもソファやベッドを使えるようにならず、部屋の隅で丸まって寝ているらしいと知ってプレゼントしたのが目の前にある毛布。

『ベッドでこの毛布を使ってくれたら嬉しいと思って』

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