上 下
77 / 126

69.ミュウの後悔

しおりを挟む
 汚れた毛布を抱えて丸くなっている、5歳のロクサーナを一番初めに見つけたのはミュウだった。

 不揃いに切られたカサついた髪が頬にかかり少し口を開けて眠る少女は、時折ビクッと体を震わせては益々小さく丸まるのを繰り返している。

【泣く体力もなくなってるじゃん⋯⋯】

 土や草、古くなった野菜の汚れと臭いが染みついたチュニックは所々糸がほつれ、今にも破れそうな悲惨な状態。

 毛布から出ている手や足には新旧入り混じった打撲痕や火傷が、手当されないままのぞいている。

【ようやく見つけたって思ったら⋯⋯こんなに生命力を削られてるなんて。どうりで見つからなかったはずだよ】



 レオンが大怪我を負った馬車の事故で、図らずも治癒能力を発揮したロクサーナの気配を察知したミュウは、迎えに行く事を躊躇した。

【この感じだとまだ幼すぎるし、どうせ人間なんて⋯⋯】

 力を持てば驕り高ぶり、力がなければ策を巡らし足を引っ張る。力のある者をいかに利用するか、力のない者をどうやって使い潰すか⋯⋯。

【そんな奴ばかり見てたからさ、もううんざり⋯⋯僕はもうすぐ消えるんだ~】

 とうの昔に人間に見切りをつけていたミュウは、この時の決断を死ぬほど後悔することになる。



 力を失い光の球になったミュウは、最後に『あの少女』の事を思い出した。

【もう会えなくなるし、最後に顔だけでも見てみようかな】

 わずかな好奇心で少女を探しはじめたが、どこにも気配がないのに、どこかにいると訴えかけてくる何かもある。

【なんなんだよ! 気になって終わりにできないじゃん】



 聖王国の空を飛んで少女の気配を探し続け⋯⋯ようやく見つけた時には、ミュウの光はわずかに点滅するだけになっていた。

【ちょ、ちょっとこれマズいじゃん。僕より前にこの子が逝っちゃいそう】

 その日からミュウは⋯⋯日中は野山を駆け巡り僅かな精気をかき集め、疲れ果てた少女が倉庫に戻ってくるのをひたすら待ち続ける日々を送る。

 ロクサーナの僅かな睡眠時間に精気を分け与えながら、自身の力を取り戻し少女を守る為に。



 しばらくしてミュウの力が少しずつ戻りはじめると、ロクサーナにも光の球が見えるようになりはじめた。

『ちっちゃなひかり⋯⋯きれいねえ』

【ミュウ、ミュウ⋯⋯(くそっ! 喋れないじゃん)】

『ひかりが⋯⋯おはなししてくれた!』



 ミュウが力を取り戻すにつれ、少しずつロクサーナも力を使えるようになっていく。

 僅かな回復、ほんの少しの水⋯⋯。

 わずがな変化なのに目を輝かせて驚くロクサーナ。

『ミュウ、すごい!』

 ミュウがなんとか子猫の姿になれるようになった頃、少しずつ仲間が増えはじめた。

 消滅する事を受け入れ力を失った精霊達がより集い、ミュウのように精気を集めはじめ⋯⋯。

 寒い夜は少し暖かく、落ち葉が風に舞い集まり、水に僅かな回復の力が宿る。

 ロクサーナの生命を繋ぐ為に、消えかけていた精霊が心をひとつにした。

『みんな、いつもありがとう。きょうは、もらえたよ』

 ロクサーナは⋯⋯カビの生えた場所を擦り落として、精霊達に差し出した。




【教会はあの時も何もしなかった。治癒能力を欲しがって強引に引き取ったくせにね】

 引き取られた直後、ロクサーナは当然ながら治癒などできなかった。

『あれは偶然だってと言うことか。なら、可能性があったとしても、10歳までは役に立たんじゃないか。使い物になるまで、どこかの部屋に適当に放り込んでおけ。
はあ、俺様の昇進の役に立つと思ったのに。くそっ!』



【あの頃のことは⋯⋯すぐに動かなかった僕のせいでもあるけどね。
今回だって結果には必ず原因があるのに、中途半端な指示なんか出してさあ。邪魔をされた奴は邪魔をした奴に仕返ししてくる。それさえ考えずに⋯⋯いい加減だよね】

 精霊には『人間の決定に関与してはならない』と言う不文律がある。

 精霊には危険だとわかっていたとしても、それを選ぶか選ばないかを決めるのは人間。

【ジルベルトは教会側の立場で選択したんだよね】

 教会の任務はダンゼリアム王国の不正を根本から叩き潰すこと。

 その為にスタンピードの原因を突き止め、証拠を集め実行犯を捕縛したが、不正を告発できるだけの十分な証拠等は揃ったのであれば、リューズベイについては海獣を討伐するだけで良いと判断した。

【教会としては⋯⋯海獣さえいなくなれば、依頼は来なくなるもんね。他にも、ドワーフの事だって放置プレイだし?】

 教会または聖王国は、帝国の最終目標がドワーフだと判明しただけで、その後はお得意の『政治不介入』

 教会の報告でドワーフの住処は各国に知れ渡り、今後は帝国以外の国からも狙われる可能性が出てきたが、ドワーフに移住先を準備し提案したのはロクサーナだけだった。

 それが公になったら今度はこの島がターゲットになるかもしれない。

【教会の機密は漏れまくりだし、権力欲の塊の奴ばっかだし。
もしかしてさぁ、各国から狙われたロクサーナが困るのを待つつもり? 聖王国に助けを求めるまで放置するとか、昔やったアレの二番煎じだよ?】

「それは、もしかして⋯⋯」



 かつて、多くの精霊に慕われ早い段階で実力を発揮しはじめた青年魔法士がいた。

 生命を救われたり、魔物達から守られたり⋯⋯感謝していたはずなのに時間が経つにつれ、悪意を持つ者達ばかりが集まりはじめた。

 精霊魔法を教えろ、精霊の加護を与えてくれるように言え、精霊をよこせ、もっと役に立てるはず、俺だけのために力を使え⋯⋯。

 耐えきれず聖王国から逃げ出したが、どこに行っても結局は同じ⋯⋯名を変え姿を隠し、各地を転々とせざるを得なくなった。

『精霊の力を独占しているのは不当』

『奴さえいなければ、精霊が手に入るはず』

『奴が逃げ出した? なら、困るまで待つのじゃ。それから手を差し伸べて⋯⋯奴を隷属させてしまえば精霊も手に入る。聖王国こそが精霊に相応しい』



【聖王国が 手薬煉てぐすね引いて待ってる間に彼は殺られちゃったんだ。だから教会が崩壊するだけで済んで、ラッキーだったんだよ~。お陰でほら、今の所他の国より魔法士達が減りにくいし? 間抜けが得したって感じだね。
あれ以来、精霊達は人間なんて助けないって決めてたんだ。今だって僕達はロクサーナしか助けるつもりはないしね】

「あ、あの。魔法が使える子供が産まれないのとか、精霊や妖精がいなくなったのは⋯⋯」

【あの時からだよ。精霊界に帰る子が増えて、どんどん加護は消え失せてるし、新しく授かる子もいないわけ(あの子が本当は最後の精霊魔法士だったはずなんだ。なのに、ロクサーナが生まれた⋯⋯不思議だよなぁ)】

 何が影響したのかはミュウにも分からないが、ロクサーナがいる間だけはこの世界に留まると決めている。

【⋯⋯(ロクサーナの隣は楽しいからね~)】



【ジルベルトの過去は知ってるけどさ、なんで教会に留まってるのか知らないし興味もない。僕達が気にするのは、ロクサーナに害があるのかないのか。それだけだからね。
今回の件で、ジルベルトはロクサーナを駒として利用してきた、教会側の人間と判断したから】

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

冤罪で婚約破棄され、隣国に嫁がされそうです。そのまま冷遇されるお飾り王妃になるはずでしたが、初恋の王子様に攫われました。

櫻井みこと
恋愛
公爵令嬢のノエリアは、冤罪によって王太子から婚約破棄を告げられる。 どうやらこの婚約破棄には、国王陛下も関わっているらしい。 ノエリアを、隣国に嫁がせることが目的のようだ。 だが夫になる予定の国王にはもう妻がいて、ノエリアは血筋だけを求められるお飾りの王妃になる予定だった。 けれど結婚式直前に、ノエリアは忍び込んできたある男に攫われてしまう。 彼らの隠れ家に囚われているうちに、ノエリアは事件の真実を知る。

【完結】魔力なしの役立たずだとパーティを追放されたんだけど、実は次の約束があんだよね〜〜なので今更戻って来いとか言われても知らんがな

杜野秋人
ファンタジー
「ただでさえ“魔力なし”の役立たずのくせに、パーティの資金まで横領していたお前をリーダーとして許すことはできない!よってレイク、お前を“雷竜の咆哮”から追放する!」 探索者として“雷竜の咆哮”に所属するレイクは、“魔力なし”であることを理由に冤罪までかけられて、リーダーの戦士ソティンの宣言によりパーティを追われることになってしまった。 森羅万象の全てが構成元素としての“魔力”で成り立つ世界、ラティアース。当然そこに生まれる人類も、必ずその身に魔力を宿して生まれてくる。 だがエルフ、ドワーフや人間といった“人類”の中で、唯一人間にだけは、その身を構成する最低限の魔力しか持たず、魔術を行使する魔力的な余力のない者が一定数存在する。それを“魔力なし”と俗に称するが、探索者のレイクはそうした魔力なしのひとりだった。 魔力なしは十人にひとり程度いるもので、特に差別や迫害の対象にはならない。それでもソティンのように、高い魔力を鼻にかけ魔力なしを蔑むような連中はどこにでもいるものだ。 「ああ、そうかよ」 ニヤつくソティンの顔を見て、もうこれは何を言っても無駄だと悟ったレイク。 だったらもう、言われたとおりに出ていってやろう。 「じゃ、今まで世話になった。あとは達者で頑張れよ。じゃあな!」 そうしてレイクはソティンが何か言う前にあらかじめまとめてあった荷物を手に、とっととパーティの根城を後にしたのだった。 そしてこれをきっかけに、レイクとソティンの運命は正反対の結末を辿ることになる⸺! ◆たまにはなろう風の説明調長文タイトルを……とか思ってつけたけど、70字超えてたので削りました(笑)。 ◆テンプレのパーティ追放物。世界観は作者のいつものアリウステラ/ラティアースです。初見の人もおられるかと思って、ちょっと色々説明文多めですゴメンナサイ。 ◆執筆完了しました。全13話、約3万5千字の短め中編です。 最終話に若干の性的表現があるのでR15で。 ◆同一作者の連載中ハイファンタジー長編『落第冒険者“薬草殺し”は人の縁で成り上がる』のサイドストーリーというか、微妙に伏線を含んだ繋がりのある内容です。どちらも単体でお楽しみ頂けますが、両方読めばそれはそれでニマニマできます。多分。 ◆この作品はアルファポリスのほか、小説家になろうとカクヨムでも同時公開します。3サイト同時は多分初。 ◆急に読まれ出したと思ったらHOTランキング初登場27位!?ビックリですありがとうございます! ……おいNEWが付いたまま12位まで上がってるよどういう事だよ(汗)。 8/29:HOTランキング5位……だと!?(((゚д゚;))) 8/31:5〜6位から落ちてこねえ……だと!?(((゚∀゚;))) 9/3:お気に入り初の1000件超え!ありがとうございます!

自称ヒロインに「あなたはモブよ!」と言われましたが、私はモブで構いません!!

ゆずこしょう
恋愛
ティアナ・ノヴァ(15)には1人の変わった友人がいる。 ニーナ・ルルー同じ年で小さい頃からわたしの後ろばかり追ってくる、少しめんどくさい赤毛の少女だ。 そしていつも去り際に一言。 「私はヒロインなの!あなたはモブよ!」 ティアナは思う。 別に物語じゃないのだし、モブでいいのではないだろうか… そんな一言を言われるのにも飽きてきたので私は学院生活の3年間ニーナから隠れ切ることに決めた。

【R-18】踊り狂えその身朽ちるまで

あっきコタロウ
恋愛
投稿小説&漫画「そしてふたりでワルツを(http://www.alphapolis.co.jp/content/cover/630048599/)」のR-18外伝集。 連作のつもりだけどエロだから好きな所だけおつまみしてってください。 ニッチなものが含まれるのでまえがきにてシチュ明記。苦手な回は避けてどうぞ。 IF(7話)は本編からの派生。

【R18】らぶえっち短編集

おうぎまちこ(あきたこまち)
恋愛
調べたら残り2作品ありました、本日投稿しますので、お待ちくださいませ(3/31)  R18執筆1年目の時に書いた短編完結作品23本のうち商業作品をのぞく約20作品を短編集としてまとめることにしました。 ※R18に※ ※毎日投稿21時~24時頃、1作品ずつ。 ※R18短編3作品目「追放されし奴隷の聖女は、王位簒奪者に溺愛される」からの投稿になります。 ※処女作「清廉なる巫女は、竜の欲望の贄となる」2作品目「堕ちていく竜の聖女は、年下皇太子に奪われる」は商業化したため、読みたい場合はムーンライトノベルズにどうぞよろしくお願いいたします。 ※これまでに投稿してきた短編は非公開になりますので、どうぞご了承くださいませ。

(完)浮気ぐらいで騒ぐな?ーーそれを貴方が言うのですか?

青空一夏
恋愛
「浮気ぐらいで騒ぐな!」私を突き飛ばし罵倒した貴方。 「貴族なんて皆、愛人がいるじゃないかっ! 俺は当然の権利を行使しただけだ!」  なおも、言い募る貴方、忘れてませんか? 貴方は、婿養子ですよね?  私に、「身の程をわきまえろ!」という夫をどうしたら良いでしょうね? イシド伯爵家は貴族でありながら、この世界から病気をなくそうと考え、代々病院経営を生業としてきた。私はその病院経営のために、医者になった男爵家の次男を婿養子に迎えた。 父が亡くなると夫は図に乗りはじめ、看護部長の女もやたらと態度がでかいのだった。 さぁ、どうしましょうか? 地獄に突き落としていいかしら?

前世で処刑された聖女、今は黒薬師と呼ばれています

矢野りと
恋愛
旧題:前世で処刑された聖女はひっそりと生きていくと決めました〜今世では黒き薬師と呼ばれています〜 ――『偽聖女を処刑しろっ!』 民衆がそう叫ぶなか、私の目の前で大切な人達の命が奪われていく。必死で神に祈ったけれど奇跡は起きなかった。……聖女ではない私は無力だった。 何がいけなかったのだろうか。ただ困っている人達を救いたい一心だっただけなのに……。 人々の歓声に包まれながら私は処刑された。 そして、私は前世の記憶を持ったまま、親の顔も知らない孤児として生まれ変わった。周囲から見れば恵まれているとは言い難いその境遇に私はほっとした。大切なものを持つことがなによりも怖かったから。 ――持たなければ、失うこともない。 だから森の奥深くでひっそりと暮らしていたのに、ある日二人の騎士が訪ねてきて……。 『黒き薬師と呼ばれている薬師はあなたでしょうか?』 基本はほのぼのですが、シリアスと切なさありのお話です。 ※この作品の設定は架空のものです。 ※一話目だけ残酷な描写がありますので苦手な方はご自衛くださいませ。 ※感想欄のネタバレ配慮はありません(._.)

終焉の世界でゾンビを見ないままハーレムを作らされることになったわけで

@midorimame
SF
ゾンビだらけになった終末の世界のはずなのに、まったくゾンビにあったことがない男がいた。名前は遠藤近頼22歳。彼女いない歴も22年。まもなく世界が滅びようとしているのにもかかわらず童貞だった。遠藤近頼は大量に食料を買いだめしてマンションに立てこもっていた。ある日隣の住人の女子大生、長尾栞と生き残りのため業務用食品スーパーにいくことになる。必死の思いで大量の食品を入手するが床には血が!終焉の世界だというのにまったくゾンビに会わない男の意外な結末とは?彼と彼をとりまく女たちのホラーファンタジーラブコメ。アルファポリス版

処理中です...