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67.いっぱいポンコツ言ってごめん。私の方が上だった

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「さて、これで書類は全てだ。そこで、ロクサーナに俺から質問。何か欲しい物を考えておいてって頼んだんだけど、思いついた?」

「そ、それはその⋯⋯」

「じゃあ、食事に行ってその間に相談するのはどうかな?」

「は、はいぃぃ! ジ、ジ、ジルベルト司祭としょ、食、食事⋯⋯無理無理。それは反則⋯⋯反則技だから! スフィンクスと睨めっことか、マンティコアの前で昼寝とか、ヒュドラの寝床で歌って踊るとか⋯⋯その方が⋯⋯か、か、簡単だと」

 ガバッと立ち上がったロクサーナがパッと転移して消えた。

 口をぽかんと開けたまま呆然と、誰も座っていないソファを見つめていたジルベルト司祭が呟いた。

「えーっと、俺と食事って、そんなにハードだったっけ?」

(上司と部下じゃなくなって、ようやく距離を縮められると思ったんだけど⋯⋯)



 あれから1週間経ち、長閑な島にまた爆発音が鳴り響いた。

「また壊しよるんじゃね」

【ストレス⋯⋯モグッ】

「この調子じゃったらすぐにできるんじゃないんかね」

【ヘタレだからな~、当分はあのままかな】

 ドワーフと精霊の呑気な呟きの間にも『ドゴーン』『ドガーン』と爆裂魔法の音が聞こえてくる。

「ロクサーナの魔法は、ほんまに派手じゃけん、見とって飽きんし面白いねえ」



 ジルベルト司祭の前から逃げ出したロクサーナは、地下室に閉じこもって薬草をせっせとすりおろしたり、使い方が分からなくて放っておいた素材を錬金釜に放り込んでみたりして、怪しげなマッドサイエンティストになっていた。

 ところが、2日前に突然地下室から飛び出してきて、ミュウ達に向けて大声で叫んだ。その内容が⋯⋯。

『浜を作るぞお! それが無理なら海のプールじゃあ! 子供達、待ってろよおぉぉ』



 崖が一番低いのは島の南側。ロクサーナは崖に向かって魔法をぶっ放し、見事な坂道を作っていく。

【あの状態でも、完成度は高いね】

【滑り台みたいにするのかな~。ピッピ、楽しみ~】

【フェニックスなのに、海に飛び込んだらヤバくないの?】

【ピッピは、平気なの! 池だって、今度チャレンジするんだもん】



 ジルベルト司祭の前から逃げ出してから現実逃避を続けていたロクサーナに、少し⋯⋯ほんの少しだけ現実を見つめる勇気が戻ってきつつあった。

「いや、あれは失礼だったよね。ほんと、マジで最低。ちょ~っとキャパオーバー過ぎ? みたいな感じだったわけなんだけど⋯⋯ スフィンクスやマンティコアやヒュドラの寝床の方がマシとか、もう最悪だよ。
ジルベルト司祭も前振りとか、そういうのをしてくれたりとかさぁ。我儘言ってるってわかってるけど⋯⋯びっくりし過ぎて」

【パニックになっちゃったんだよね】

「そう、パニッ⋯⋯ギギギ⋯⋯ミュ、ミュウ。い、いたなら声かけてくだされ。もしかして聞いた⋯⋯よね?」

【おっきな独り言だったからね~】

 ミュウから目を逸らしていたロクサーナが、大きな溜め息を吐いて壊したばかりでジャリジャリいう地面に座り込んだ。

「普通はどうするもの? ほら、ドワーフのおじさんが言ってる『仕事終わりだしな、ちょっと一杯やるか?』っていうアレの返事って。でね、仕事が関係ない食事ってどうすればいいのか想像もつかなくて」

 小石を拾っては投げ、拾っては投げする姿に哀愁が漂う。

【食べる。簡単な事じゃん】

「か、簡単じゃないよぉ。だってさ、もう一緒に仕事しないんだよ? なんの話をしたらいいのかとか、分かんないもん」

【ピッピなら~、お話ししてって言うよ~】

「そ、それはハードルが高すぎるなぁ。上級者レベル⋯⋯ガンツがユニコーンを手懐けるくらいのハードモード」

 有言実行エロ満載のガンツが、初物の乙女限定の狭い好みを公表しているユニコーンを追いかける姿を想像して頭を抱えた。

「うん、そのくらい無理」



【でも、もうすぐアラクネを迎えに行くんだろ?】

「うん、約束したからね⋯⋯んでね⋯⋯アレ、良いなぁって思ってさ。ちょっぴり⋯⋯ほんのちょ~っぴり、真似してみようとか思ってたら⋯⋯」

 引越しの条件にジルベルト司祭とのお茶会を言ってきたアラクネ。

 あの時は何も考えず勢いに任せて(本人の許可も取らず)勝手にオーケーしてしまったが、『毎日ジルベルト司祭とお茶』はちょっと羨ましいと思ってしまった。

「で、ジルベルト司祭が『何か欲しい物』って言ってくれてたから⋯⋯毎週は無理だと思うけど、月一とか半年に一度くらいなら食事⋯⋯いや、それもね我儘すぎだってわかってる、わかってるんだけど」

 10歳からほぼ毎日会っていたが、仕事で離れることが多くなり慌てて通信鏡を作った。

 教会にいてもいなくても、顔が見たい、声が聞きたいと思えばいつでも会える⋯⋯という、ロクサーナの欲望がダダ漏れの魔導具を、ロクサーナ以外で常時持っているのはジルベルト司祭のみ。

 ジルベルト司祭と会えなくなる日が近付き⋯⋯。

『もう会えないのかぁ、寂しいなぁ』

 何度も悩んだが、やっぱり聖女は続けられないと諦めた時、ふとアラクネの『お茶会』を思い出した。

(ごくごくたまになら⋯⋯ちょっぴり時間ができたりしないかな)

 聖女はしたくない、人と一緒の仕事は嫌だ、打ち合わせでは顔を出したくない、追加報酬なしならやらない⋯⋯等々、我儘を言い続けてきた自覚はある。

 今日も長時間無駄話に付き合わせたが、執務机の上には山のような書類が溜まっていた。

「ジルベルト司祭は仕事が早くて優秀だって言われてて、みんなが持ってくるから終わらないんだよ。そこに、我儘放題で聖女を辞めといて⋯⋯どの口が言うんだって」

【なら、ジルベルトはやめて別の奴を誘えば?】

【熊かなぁ?】

【僕はシーミアが良いと思うよ】

【うん、シーミアは良いかも。ジルベルトみたいにオネエ言葉使うし】

【ちょうど逆モグッ】

 ジルベルト司祭は感情が昂るとオネエ言葉を連発するが、シーミアは普段がオネエ言葉。

「シーミアさんは大好き。でも⋯⋯ジルベルト司祭じゃないから⋯⋯」

 刷り込みだと言われるかもしれないが、気がつくとロクサーナの全てはジルベルト司祭を中心に回ってきた。嬉しい事があれば報告し、腹が立てば報告する。

 新しい発見をすれば、報告するのが待ち遠しい。



「ジルベルト司祭があんなに親切にしてくれたのは上司だったから。円滑に仕事ができるようにフォローしてくれた。なのに私は仕事を辞めたんだから、縁が切れたのは当然で自業自得で、身から出た錆で。
言うだけならタダだし、玉砕するって覚悟を決めてれば言えるって思ってたのになぁ⋯⋯言えなかったけど」

 ぐしゃぐしゃっと地面の小石を掻き回し大きな溜め息をついたロクサーナの後ろから、あり得ない声が聞こえてきた。

「なら、言ってみたらどうかな?」


 グギギ⋯⋯


「⋯⋯」

「海に向けてじゃなくてさ⋯⋯言うだけならタダだしね」

 ポカンと口を開けて見上げていたロクサーナの前に、ジルベルト司祭がしゃがみ込んだ。

「ほらほら、言ってみよう。ねっ」

「て⋯⋯」

「て?」




















「転移魔法が使えない⋯⋯なんでぇぇぇ!?」

【俺達の魔法は休止中だな】

【そう、休止中⋯⋯ここは自力で乗り切れよ】

「カッ、カイちゃんのばかぁぁぁ!」

 両手をついて立ち上がったロクサーナが海に向かってダッシュした。

(なんで、ジルベルト司祭が島に来てんのよぉ!)

【だって⋯⋯ロクサーナが設定したじゃん】

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