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41.見せつけられる現実

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「えーっと、ああ、そうか! 売りつけられると思ったの? まあ、確かに珍しい魔糸使ってるから売れば高いけど、売る気もないし『買え』とも言わない。まあ、レオンなら余裕で買えそうだけどね」

「色々ツッコミどころがあるけど⋯⋯ジルのそのローブは間違いなくアラクネだよね。それも、値段を想像したくないくらい凄いローブな気がする」

「そう、今一番のお気に入り。変異種のアラクネの魔糸とロシアンセーブル、刺繍糸も縫い糸も秘密の特別製で⋯⋯ガッチガチに付与がかけてあるのだよ」

 両手を広げてくるっと回ったロクサーナは、ドヤ顔で怪しげなポーズを決めた。

「ジル⋯⋯ニーナって物欲ないのかと思ってたのに、なんか意外」

「物欲の塊だよ? 欲しい物は少ないけど、欲しいな~って思うものを見つけたら、超絶頑張って⋯⋯なんとしてでもゲットするもん」



 いつもよりゆったりとした歩き方で宿に向かうロクサーナとローブの豪華さに慣れないでいるレオン。

「使用人がこのローブっておかしくない?」

「レオンが着れそうなのって、それしかないんだもん。流石に普段から着てるアレじゃあ冒険者にしか見えないじゃん。帝国では冒険者はすぐに目をつけられるからマズいんだよね」

 一緒に行動するようになってすぐ、レオンは着替えを持って行動しなくなった。

 理由は⋯⋯ロクサーナの《クリーン》や《リペア》があるので、汚れても破れても問題ないからだそう。



「じゃあ、宿に行く前にそれっぽいのを買って行こうか。必要経費だから、自腹で払ってもらうからね」

 無理やり付いてきたのだから文句は言わせない。

「確かお店は⋯⋯えーっと⋯⋯あ、あそこだったはず」

 ドアを開けるとチリンチリンと可愛らしい音がして、店の奥から店員が出てきた。

 愛想の良い笑顔を浮かべていた店員は、チラッとレオンを見て目を輝かせ、着ているローブを見て頬を赤らめた。

(ローブを見て顔が赤くなった? 帝国にはローブフェチとかいるのかな。それなら私の着てるローブの方がすごいけど、魔糸の種類の違い⋯⋯そんなに分かりにくいかなあ)

「いらっしゃいませ、何かお探しでしょうか? 男性用はあちらにございますので、ご案内いたしますわ。わたくしはノーラと申します」

 確実にレオンをマークした店員が必要以上に瞬きしながら問いかけた。



「従者の服を探しているのだけど、取り扱っておられるかしら?」

「は? えーっと、従者の方はどちらに⋯⋯ええっ、うそぉ! で、で、でも、従者の方とは思えないローブをお召しになられてますし⋯⋯」

 ロクサーナの目線を追った店員が目を丸くし、レオンの全身を舐めるように上から下まで⋯⋯。

「旅の途中でひどく汚れてしまったって言うから、私の持っていたローブを貸しているの。着替えも必要だけど⋯⋯とりあえず上下3枚ずつお願いできるかしら」

 シャツとトラウザーズを3枚ずつ、防寒用のコートを1枚と靴も購入し、その場で着替えるよう声をかけたが⋯⋯。

「アトラクのローブなんだけど⋯⋯もう少しだけ借りててもいいかな? こんなの滅多に着られないしさ、絶対に汚さないって約束するから。もしもの時は弁償する! 値段を言ってくれたら必ず払うから」

 買った品を手に持ったまま、レオンが頼み込んできた。

「⋯⋯売らないよ?」

「もちろんだよ! ローブなんて冒険者してたらいらないからさ⋯⋯あ、でも⋯⋯アトラクの魔糸で作ったローブなんて自慢できそうだからな~、時々貸してってお願いするかも。そん時はよろしく」

 物欲盛り盛りのレオンが満面の笑顔で、パチンと手を合わせて頭を下げた。

「⋯⋯貸し出ししてないから」




「お帰りなさいませ。お連れ様でしょうか?」

「ええ、遅れていた従者がやっと着いたの。お部屋が空いていればお願いできるかしら?」

「申し訳ございません。つい先ほど満室になってしまいまして。普段でしたらこのようなことはないのですが⋯⋯」

(今週末、帝国の建国祭があるんだっけ。相部屋かあ⋯⋯仕方ない、野宿と一緒だと思えばいいか)

「確か、建国852年目だったかしら」

「はい、左様でございます」

 2年前の建国祭は前夜祭と後夜祭、帝王のパレードや闘技大会も行われる盛大なものだった。

「今年はパレードはございませんが、闘技大会の参加者と旅行客がおみえになっておられまして」

 毎年行われる帝国の闘技大会は、他国からも多数参加して行われる盛大なもの。優勝者や実力を発揮した者のスカウトの場だと言う噂もあり、厳重な警備の目を潜り抜けた各国のヘッドハンターが集結しているらしい。

(その前に帝国に捕まるけどね~、くわばらくわばら)

「それでは仕方ないわね。きっと参加者や見物客で他の宿も空いてないでしょうから、従者にはソファを使わせますわ。構わないかしら?」

「はい、私どもは構いませんが⋯⋯宜しいのですか?」

「ふふっ、構わないわ。昔から兄妹みたいに育ったんですもの。ね、そうでしょう」

 貴族然とした態度でロクサーナが振り向くと、レオンがポカンと口を開けて固まっていて使い物にならなそう。

「あら、緊張してるのかしら。困ったわね。帝都に着く前に魔物に遭遇したのが、そんなに怖かったのかしら。レイは私と同じ部屋にしますわ。もし、お部屋が空いたら教えてくださるかしら」

「畏まりました。後程毛布や枕をお持ちいたします」

「ありがとう。今日も寒いから、少し多めにお願いね」

 適当な中身を詰めたトランクを持ったレオンを引き摺って、部屋に入ったロクサーナはローブのままでベッドに飛び込んだ。



「はぁ、疲れた~。貴族とかの話し方って超めんどくさい」

 入り口のドアを閉めた状態で硬直していたレオンがハッと我に返り、ロクサーナの寝ているベッドへ近づいてきた。

「さっきの⋯⋯手慣れてたよね。貴族らしい話し方、ぜんっぜん普通にできてたよね!
魔物を倒して『わっはっは』と豪快に笑うとか『デカいの発見!』とか叫んで凶悪な顔をするとか、血だらけで『どりゃあ』って叫んで大型の魔物の首を一閃するのが俺の知ってるジルなのにさ⋯⋯ジルって何者なの?」

「⋯⋯ジルでいいじゃん。レオンとジルは冒険者で、時々一緒に依頼を受ける。今回はちょっとイレギュラーなだけ」

 ベッドに寝転んだまま天井を睨みつけていたロクサーが横を向いた。


(レオンはセシルに似てる気がする)


 何かを知れば無意識にそれを自分に都合よく利用したがり、それを間違っているとは思わない。悪意があるわけではないが、利己的な考えが自然とできる人だと思う。

 目の前にあるもの全てに目を輝かせるような純粋さと、世界が自分を中心に回ることしか知らないような傲慢さが調和している。

(自分の願いが最優先になってると気付いてない。悪意がないなら許される?)

 

 ロクサーナが使えると知ってからは当たり前のように、毎回頼んでくるのは《クリーン》《浄化》《リペア》《ヒール》《アクア》

 アイテムバックがあると知ってレオンの荷物は少しずつ減っていき、共有する物は準備から後始末まで全てを当たり前のように頼んでくる。

『ついでにアレも買っておいてくれるかな』

『今度はアレも持って行ってね』

『アレ、持ってきてるよね?』

『コレもギルドまで持って帰れるよね』

 重い手荷物はなく戦ったあとは汚れも怪我もない。レオンは気付いていないようだが、一緒に行動するたびに頼まれる種類が増えている。

(レオンは私と一緒に依頼をしたいんじゃなくて、前準備や雑用もこなして戦えるポーター&便利な魔法士と討伐に出かける、美味しいとこどりの冒険者がしたいんじゃないかな)

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