上 下
29 / 126

29. 期間限定銭ゲバ聖女、爆誕

しおりを挟む
「そう言えば何の借金なの? 何か壊したとか」

「ここに来る前に教会が私の親にお金をあげたから、それを返済しないといけないって。でも、私に親はいなかったと思うから、誰なのか分からない。ここにくる前はいつも、捨て子とか孤児の使用人って言われてたはず」

 ロクサーナは見習い扱いで毎月給料が支払われている。その額は成人の見習いと同額なので、年齢から言えば驚くほど高額。

 食事は3食無料で、制服のローブも無料で支給される。それ以外の物は各自給料から購入しなければならないが、ロクサーナは小さすぎるチュニック一枚で、着替えも持っていないと言う。

 もちろん、引き取った際に親にお金を払ったり貸したりすることはありえない。

 1日の活動は9時から16時まで、それ以降は自主練か休憩かは本人次第。週に1日の休みも決められている。

(何一つ守られていない上に、報告書にも本人にも嘘ばかり。担当者は何を考えてるんだ!)



 ジルベルト司祭は担当司祭が急病になり神託の儀を押し付けられたせいで、報告書に書かれている内容しか知らずにロクサーナに会った。

 クソ忙しいのに余分な仕事を追いつけやがってと、腹を立てていたジルベルト司祭だったが⋯⋯。

(奴がやっていたらどうなっていたのか。身体が小さいのもガリガリなのも、怯えて目を合わせないのも当然じゃないか!)



「着替えなしで洗濯とかはどうしていたのかな」

「寝る前に《服が綺麗になれ》って言えば草のシミとか臭いとか取れる」

「お風呂は?」

「《身体が綺麗になれ》って」

(無意識に魔法を覚えて⋯⋯考えるとそれが実現するなら、何でもありじゃないか)

「えーっと、他にはなにかそういうのってあるのかな」

「さ、最近は色々⋯⋯ズルしてごめんなさい」

「いや、それはズルじゃなくて無意識に魔法を使ってるんだ。悪い事じゃないから」

「⋯⋯落ち葉を集めたり⋯⋯抜いていい薬草の名前とか効果が分かったり⋯⋯水でちょびっと眠いのが治ったり⋯⋯洗濯物の皺をとったり⋯⋯他にも言った方がいいですか?」

「いや、十分教えてもらったから。そういうのって簡単にできるの?」

「ああなったらいいなとか、助かるんだけどとか思ってたら⋯⋯すぐじゃないけど」

(つまり、ロクサーナは仕事を押し付けられすぎて必死になってるうちに、何となく魔法を覚えてるって事か。
まさに 天佑神助てんゆうしんじょってやつだな。本人は神を信じてないが)

  天佑神助てんゆうしんじょは天と神から助けがきたかのように、思わぬ幸運が転がりこんできて助かること。 



「今日、ロクサーナは聖女だって神託がおりたから、部屋を移って修練をはじめないとね」

「聖女が何なのか知らないけど、仕事できないと困る。利息がつくから早く返さないと」

「聖女は人の怪我や病気を治癒したり結界を張ったり、聖水を作ったり⋯⋯他にも色々あるけど、一番は治癒魔法だね。
もしかして怪我とか治せる?」

 小さく頷いたロクサーナが謝った。

「黙っててごめんなさい」

「大丈夫だよ。聖女としての修練とか治療なんかの依頼を受けるのは、ちゃんとした仕事だから⋯⋯今までやっていた仕事はほとんどやらなくていいんだ。
それと、ロクサーナには借金なんてないし今までも給料が支払われてた。これからはその額も増える」

「⋯⋯給料ってなに? 借金はないの?」



 ジルベルト司祭に何度も何度も説明されて、ロクサーナはようやく自分が騙されていたことを知った。

「騙されてた? 痛いのも眠いのも、食べるものがないのも⋯⋯ずっと?」

「そう、なぜこんなことなっていたのか調べるよ。ロクサーナはこれから部屋を移動して、聖女になるんだよ」

「聖女⋯⋯魔法で治療して、教会に⋯⋯」

「そう」



「聖女にはならない。人は嫌いだから治療したくない。神様の言うことなんて聞きたくない。神様も嫌いだから言う事を聞きたくない。
借金がないなら教会にはいたくない。教会も嫌い、息ができなくなる」

「ロクサーナ⋯⋯」

「鞭とかベルトで叩かれるのも、焼けた火かき棒とかそのまま飛んでくる火とか、頭を水に突っ込まれて息ができなくなるのも⋯⋯風が飛んできて手とか足とかに切り傷とか⋯⋯土やゴミを食べさせられる。
ここにいたら痛くて怖くて⋯⋯全部嫌だ。
人は怖いし、神様はいても私の事だけ見てないから大嫌い。教会にはいたくない。神様なんていない。聖女になんてならない」

(5年もの間これだけの思いをしてひとりで耐えてきたんだ。神も人も信用できなくても仕方ないか)

「じゃあ、1年か2年だけ試してみないか? で、もう一度考えてみる。ロクサーナはいっぱい間違いを教えられて、酷い扱いを受けてきた。
今度は間違いも嘘も体罰もない⋯⋯食事は3回必ず食べられるし、給料をもらえるから必要なものや欲しいものも買える。
例えばクッキーとかケーキとか」

「クッキーやケーキ⋯⋯それって何?」

(そこからか! なら、果実水とかも知らないよな)

「甘いお菓子のことだよ」

「あっ、『お菓子』なら見たことはないけど聞いたことがある。真面に仕事できる人が食べられる美味しいもの。甘いは⋯⋯分からない」


「着替えもあるし風呂にも入れる」

「着替えは嬉しいかも。1枚でいいからあったら⋯⋯破れた時に助かる」


「外が明るくなるまで寝られる」

「そ、それは凄い⋯⋯外で鳥が鳴きはじめた頃に横になっても、ちょびっと寝れる」


「パンは硬くないし幾つでも食べられる」

「硬くないパン? カビは?」


「スープには具が入ってるし、卵とかハムとかお肉や魚もある」

「どんな味? 匂いはなんとなく知ってるかも。お腹がぐうってなる匂い」


「ベッドもあるし部屋に窓がある」

「ベッドは知らないけど、窓は嬉しい。外の空気が入ってくる」


「じゃあ1日体験してみよう。で、もう少し体験してもいいと思ったら1週間続けてみる。もちろんその間は私が責任を持って約束を守るからね」





 こうして『期間限定の銭ゲバ聖女』が誕生した。

 修練等教会での全ては個室。
 担当はジルベルト司祭で変更なし。
 契約期間中は能率給で都度支払い。
 仕事は単独か身バレなしのものだけ。
 他者との交流に認識阻害をかけても良い。
 内容により拒否権あり。
 契約魔法なしでは仕事を受けない。

 ひとつでも違反した場合、即日で契約を破棄し聖女を引退し、誰からの干渉も受け付けない。





(今でも神なんて信じてないし大嫌い。もし神がいてそれを許さないって言うなら、魔法でも魔力でも⋯⋯生命だって勝手に奪えばいいって思ってる。
人は嫌いだし信用もしていないけど、全部拒否してた昔よりちょっとは変わったと思う。『来るものは拒まず去る者は追わず』って感じかな。
お金はいくらあってももっと欲しくなる。だって、お金があれば必ずパンが食べられるって知ったから。固くてカビの生えたパンさえ食べられなかった頃の夢を今でもみるからね。
のんびりしてると不安になるから、仕事があるとすごく助かるし。
いつか⋯⋯いつか、あの頃の夢を見なくなったら⋯⋯ミュウ達とのんびり暮らしたい。

その時、あの子達がそばにいてくれますようにって、いつも願ってる。

ミュウ達はしょっちゅう怒ったり叱ったりしてくるけど、大好きだよって伝えてくれるの。ずっとそばにいるよって⋯⋯初めて会ったあの頃から⋯⋯ずっと同じだから。ミュウ達がいてくれるから、家族とか仲間とか友達とかっていうのは『本当は素敵』なんだって知ったから。

ここだけの話だけど、神がいるとしたらミュウ達だと思うの。あの状態で5年も生きてこれたのはミュウ達が助けてくれたからだって知ってるから)

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

瞬殺された婚約破棄のその後の物語

ハチ助
恋愛
★アルファポリス様主催の『第17回恋愛小説大賞』にて奨励賞を頂きました!★ 【あらすじ】第三王子フィオルドの婚約者である伯爵令嬢のローゼリアは、留学中に功績を上げ5年ぶりに帰国した第二王子の祝賀パーティーで婚約破棄を告げられ始めた。近い将来、その未来がやって来るとある程度覚悟していたローゼリアは、それを受け入れようとしたのだが……そのフィオルドの婚約破棄は最後まで達成される事はなかった。 ※ざまぁは微量。一瞬(二話目)で終了な上に制裁激甘なのでスッキリ爽快感は期待しないでください。 尚、本作品はざまぁ描写よりも恋愛展開重視で作者は書いたつもりです。 全28話で完結済。

【完結】恋人との子を我が家の跡取りにする? 冗談も大概にして下さいませ

水月 潮
恋愛
侯爵家令嬢アイリーン・エヴァンスは遠縁の伯爵家令息のシリル・マイソンと婚約している。 ある日、シリルの恋人と名乗る女性・エイダ・バーク男爵家令嬢がエヴァンス侯爵邸を訪れた。 なんでも彼の子供が出来たから、シリルと別れてくれとのこと。 アイリーンはそれを承諾し、二人を追い返そうとするが、シリルとエイダはこの子を侯爵家の跡取りにして、アイリーンは侯爵家から出て行けというとんでもないことを主張する。 ※設定は緩いので物語としてお楽しみ頂けたらと思います ☆HOTランキング20位(2021.6.21) 感謝です*.* HOTランキング5位(2021.6.22)

〖完結〗私が死ねばいいのですね。

藍川みいな
恋愛
侯爵令嬢に生まれた、クレア・コール。 両親が亡くなり、叔父の養子になった。叔父のカーターは、クレアを使用人のように使い、気に入らないと殴りつける。 それでも懸命に生きていたが、ある日濡れ衣を着せられ連行される。 冤罪で地下牢に入れられたクレアを、この国を影で牛耳るデリード公爵が訪ねて来て愛人になれと言って来た。 クレアは愛するホルス王子をずっと待っていた。彼以外のものになる気はない。愛人にはならないと断ったが、デリード公爵は諦めるつもりはなかった。処刑される前日にまた来ると言い残し、デリード公爵は去って行く。 そのことを知ったカーターは、クレアに毒を渡し、死んでくれと頼んで来た。 設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 全21話で完結になります。

運命の番?棄てたのは貴方です

ひよこ1号
恋愛
竜人族の侯爵令嬢エデュラには愛する番が居た。二人は幼い頃に出会い、婚約していたが、番である第一王子エリンギルは、新たに番と名乗り出たリリアーデと婚約する。邪魔になったエデュラとの婚約を解消し、番を引き裂いた大罪人として追放するが……。一方で幼い頃に出会った侯爵令嬢を忘れられない帝国の皇子は、男爵令息と身分を偽り竜人国へと留学していた。 番との運命の出会いと別離の物語。番でない人々の貫く愛。 ※自己設定満載ですので気を付けてください。 ※性描写はないですが、一線を越える個所もあります ※多少の残酷表現あります。 以上2点からセルフレイティング

聖女解任ですか?畏まりました(はい、喜んでっ!)

ゆきりん(安室 雪)
恋愛
私はマリア、職業は大聖女。ダグラス王国の聖女のトップだ。そんな私にある日災難(婚約者)が災難(難癖を付け)を呼び、聖女を解任された。やった〜っ!悩み事が全て無くなったから、2度と聖女の職には戻らないわよっ!? 元聖女がやっと手に入れた自由を満喫するお話しです。

幸せなのでお構いなく!

恋愛
侯爵令嬢ロリーナ=カラーには愛する婚約者グレン=シュタインがいる。だが、彼が愛しているのは天使と呼ばれる儚く美しい王女。 初対面の時からグレンに嫌われているロリーナは、このまま愛の無い結婚をして不幸な生活を送るよりも、最後に思い出を貰って婚約解消をすることにした。 ※なろうさんにも公開中

【完結】王子妃教育1日無料体験実施中!

杜野秋人
恋愛
「このような事件が明るみになった以上は私の婚約者のままにしておくことはできぬ!そなたと私の婚約は破棄されると思え!」 ルテティア国立学園の卒業記念パーティーで、第二王子シャルルから唐突に飛び出したその一言で、シャルルの婚約者である公爵家令嬢ブランディーヌは一気に窮地に立たされることになる。 シャルルによれば、学園で下級生に対する陰湿ないじめが繰り返され、その首謀者がブランディーヌだというのだ。 ブランディーヌは周囲を見渡す。その視線を避けて顔を背ける姿が何人もある。 シャルルの隣にはいじめられているとされる下級生の男爵家令嬢コリンヌの姿が。そのコリンヌが、ブランディーヌと目が合った瞬間、確かに勝ち誇った笑みを浮かべたのが分かった。 ああ、さすがに下位貴族までは盲点でしたわね。 ブランディーヌは敗けを認めるしかない。 だが彼女は、シャルルの次の言葉にさらなる衝撃を受けることになる。 「そして私の婚約は、新たにこのコリンヌと結ぶことになる!」 正式な場でもなく、おそらく父王の承諾さえも得ていないであろう段階で、独断で勝手なことを言い出すシャルル。それも大概だが、本当に男爵家の、下位貴族の娘に王子妃が務まると思っているのか。 これでもブランディーヌは彼の婚約者として10年費やしてきた。その彼の信頼を得られなかったのならば甘んじて婚約破棄も受け入れよう。 だがしかし、シャルルの王子としての立場は守らねばならない。男爵家の娘が立派に務めを果たせるならばいいが、もしも果たせなければ、回り回って婚約者の地位を守れなかったブランディーヌの責任さえも問われかねないのだ。 だから彼女はコリンヌに問うた。 「貴女、王子妃となる覚悟はお有りなのよね? では、一度お試しで受けてみられますか?“王子妃教育”を」 そしてコリンヌは、なぜそう問われたのか、その真意を思い知ることになる⸺! ◆拙作『熊男爵の押しかけ幼妻』と同じ国の同じ時代の物語です。直接の繋がりはありませんが登場人物の一部が被ります。 ◆全15話+番外編が前後編、続編(公爵家侍女編)が全25話+エピローグ、それに設定資料2編とおまけの閑話まで含めて6/2に無事完結! アルファ版は断罪シーンでセリフがひとつ追加されてます。大筋は変わりません。 小説家になろうでも公開しています。あちらは全6話+1話、続編が全13話+エピローグ。なろう版は続編含めて5/16に完結。 ◆小説家になろう4/26日間[異世界恋愛]ランキング1位!同[総合]ランキングも1位!5/22累計100万PV突破! アルファポリスHOTランキングはどうやら41位止まりのようです。(現在圏外)

【完結】妹にあげるわ。

たろ
恋愛
なんでも欲しがる妹。だったら要らないからあげるわ。 婚約者だったケリーと妹のキャサリンが我が家で逢瀬をしていた時、妹の紅茶の味がおかしかった。 それだけでわたしが殺そうとしたと両親に責められた。 いやいやわたし出かけていたから!知らないわ。 それに婚約は半年前に解消しているのよ!書類すら見ていないのね?お父様。 なんでも欲しがる妹。可愛い妹が大切な両親。 浮気症のケリーなんて喜んで妹にあげるわ。ついでにわたしのドレスも宝石もどうぞ。 家を追い出されて意気揚々と一人で暮らし始めたアリスティア。 もともと家を出る計画を立てていたので、ここから幸せに………と思ったらまた妹がやってきて、今度はアリスティアの今の生活を欲しがった。 だったら、この生活もあげるわ。 だけどね、キャサリン……わたしの本当に愛する人たちだけはあげられないの。 キャサリン達に痛い目に遭わせて……アリスティアは幸せになります!

処理中です...