上 下
22 / 126

22.町中でクマを捕獲

しおりを挟む
「ねぇ、その中で船の扱いに長けてて海が大好きで、船が欲しくて欲しくてたまらない人っていないかな?」

 ロクサーナが屋台のヘリにパチンと音を立てて金貨を1枚置くと、屋台のオヤジの目が金貨とロクサーナの間を行き来しはじめた。

「いるにゃあいるが⋯⋯」

 2枚目の金貨をパチン⋯⋯。

「い、一番は⋯⋯ウルサだな。船を壊されてから飲んだくれてるけど、腕は錆びちゃいねえ。たまに人の船に乗ってるし」

「どこに行けば会える?」

「銀の梟亭、広場の北の道をまっすぐ行ったら、派手な看板が出てるが⋯⋯嬢ちゃんが行くような上品なとこじゃねえ。喧嘩とかしょっち⋯⋯」

「ありがとう! 後でイカ焼き買いにくるね。えーっと金貨1枚分⋯⋯20本! 熱々のをお願いね~」

 2枚の金貨の横にもう1枚並べて、手を振ったロクサーナが駆け出した。



「ここが銀の梟亭かぁ⋯⋯⋯⋯なんか汚くて臭いかも」

 大きく開いた店の入り口からは中の様子がみえる。テーブルに突っ伏してイビキをかいている者、真っ赤な顔で大きな木のコップを持って騒いでいる者、給仕の女の子のお尻を触って叩かれている者⋯⋯。

 大きく息を吸い込んでから息を止めたロクサーナは、テケテケと店に入り⋯⋯。

「すみませーん、ウルサさんはいますかぁ!? 船乗りで飲んだくれのウルサさーん」

 ガヤガヤと騒がしかった店が一瞬静まり返り、ドッと笑い声が上がった。

「うっひゃあ、ウルサの隠し子が出てきやがったぜ!」

「嬢ちゃんよお、母ちゃんはべっぴんか?」

「船が壊れて飲んだくれてるウルサさーん、いませんかあ」

(うう、息吸っちゃった。臭~い)

 ギャハハと笑う声の間にガタンと椅子が倒れる音がした。

「てめえ、喧嘩売ってんのか! ガキだからってタダじゃおかねえからな!」

「あっ、もしかしてウルサさん?」

「だったらどうした! 俺はテメエなんぞ知らねえからな!」

「早撃ちウルサは、母ちゃんのアソコしか見てねえもんな~」

「ウルサは、おっぱいフェチだからよお! ギャハハ」


「話があるんだ~、早撃ちウル⋯⋯」

「うるせえ、誰が早撃ちだ! ケツっぱたを引っ叩くぞ!」

 煙草の煙と照明のない薄暗い店の奥から文句を言いながら出てきたのは、髭もじゃの大男。全身が筋肉に覆われて、二の腕の太さはロクサーナの太ももくらいある。

(片手で魔物を捕まえてバリバリと噛み砕きそう。この間遊んだグラップラーベアみたいじゃん。うん、いいね)

 ロクサーナの首根っこを摘み上げたウルサが店の外に出た。

「ここはガキの来るとこじゃねえ。さっさと帰りやがれ」

「船、欲しくない?」

 プランプランと揺れるロクサーナが真顔でウルサを見上げた。

「⋯⋯巫山戯てんのか! ガキの遊⋯⋯」

「ガキだと思って舐めんなよ! 噂じゃ、腕は確かなんだよな。それがガセじゃないなら、真面目な商談をしようじゃないか。こっちには金と船があるが、あんたには金も船もない。あんたの欲しいもんを持ってるのはわたしで、そこに年は関係ないんだよ。
それとも、クソの役にも立たないプライドとやらにしがみついて、ジジイになるまで酒浸りで暮らす方がお気に入りか?」

 ウルサの目の前で開いたロクサーナの掌に乗っていたのは白金貨の山。

「話を聞く気があるなら、下ろして欲しいんだけど?」

 吊り下げられたロクサーナの足がプラプラと揺れている。

「こんな大金⋯⋯パパの金庫から盗んできたのか?」

「パパもママも会った覚えなんかないね。これは私が稼いだ金で、証明もできる」

「⋯⋯話を聞くだけは聞いてやるが、騙そうとしたら海に放り込んで、シーサーペントの餌にしてやるからな!」

 ロクサーナをポイっと放ったウルサが広場に向かって歩きはじめた。




 ギシッ⋯⋯メリメリ⋯⋯。

 広場の端、人気が一番少なそうなベンチを選んでウルサが座ると、怪しげな音が聞こえる。

 ギシッ、ギシッ、ギー。

「壊れねえから座れ」

 こっそりとベンチに強化魔法をかけてから腰掛け、ウルサを見上げた。

「んで、ちっこ~いガキが大金ちらつかせて、何考えてんだ?」

 髭もじゃでボサボサの髪、膝に置いた大きな手はロクサーナの顔くらいありそう。見た目は熊の魔獣だが、よく見ると少し垂れ目で優しそうな顔をしている⋯⋯気がする。

「船はあるんだけど、操縦ができないんだよね~。んで、イカ焼きのおじちゃんに聞いたらさ、ウルサさんの名前が出たの」

「⋯⋯」

「海獣に船を壊されても時々乗ってるから、腕は落ちてないって聞いた」

「⋯⋯」

「多分2回か3回くらいで終わると思うけど、用事が終わったら船はあげる。それが報酬⋯⋯もちろん壊れてないやつね」

「⋯⋯」

「ちょっとした怪我はあるかもだけど必ず治すし、生命の保証もする」

「海獣じゃねえ」

「へ? ええっと⋯⋯船を壊したのが海獣じゃない?」

「俺らはこの町の領主に嵌められたんだよ。他にもそんな奴が何人かいる」

 イベント化している海獣退治を盛り上げるには被害があった方がいいが、港を壊されると修復にお金がかかる。そこで何年かに一度だけ、船が攻撃されるように手配すると言う。

「気に入らねえ奴の船を選んで壊させるんだよ」

 船主を拘束し何台かの船を港に係留したままにしておけば、港に向かってきた海獣が破壊した船が観光客の目の前で沈没していく。

「迫力満点! 俺らの飯の種でショーアップすりゃ、領地に金が落ちて店も繁盛、税収が上がって領主ウハウハってやつだ。そこの高台から見てりゃ危険もねえしよ」

「ふ~ん、海獣と一緒に領主もプチっとするべきだね」

「できるわけねえだろ!? 聖王国の魔法士だってシーサーペントは追っ払うのが精一杯だって言うのによお」

「⋯⋯シーサペントを追い払う。ねえ、契約する? しない?」

「さっきの話じゃメリットは俺ばっかり。んな、胡散臭え話を真に受ける奴なんかいねえよ」

「契約後じゃないと言えないけど、そうでもないんだよね~。どっちかって言うと私の方のメリットが大きい。
もしウルサさんが派手な冒険したければ契約するといいし、地味に生きてたければやめといたらいい」

(船の代金はジルベルト司祭に払わせるし、海獣と遊んで食糧ゲットだし。クラーケンって踊り食い以外にも美味しいから高値で売れるし、シーサーペントの鱗もね⋯⋯白金貨がチャリンチャリン言う音がするじゃん)

 因みに、契約にない素材は全てロクサーナの物になる。

【銭ゲバ】

【守銭奴って言うんだよぉ~】

(拝金主義者とも言うよね~)

【なんかぁ、カッコ良さそうに言ってるぅ】



「派手な冒険かあ」

「酔っ払ってぐだぐだしながら女のケツを追っかけて年寄りになるのも、ヒリヒリする勝負にチャレンジして派手な人生を送るのも自由。まあ、私的には腰抜けに用はないな」

「⋯⋯女のケツって。ちびっこいガキのセリフじゃねえな」

「ふふん、見た目は子供中身は大人。経験値がものを言う世界で生きてるからね~」

 腕を組んで悩んでいたウルサがパンっと膝を叩いた。

「よっしゃ、乗った。胡散臭えけど、お前面白い奴だしな。ヒリヒリする冒険ってのをやってやろうじゃねえか」

「キャラベル船なんだけど、何人集められる? 何人いればいいか先に見てみたいなら港に行く?」

「船を持ってるって、どうやってここに運んできたんだ?」

「ふっふっふ、ひ・み・ちゅ」

「やっぱお前、胡散臭え」

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】婚姻無効になったので新しい人生始めます~前世の記憶を思い出して家を出たら、愛も仕事も手に入れて幸せになりました~

Na20
恋愛
セレーナは嫁いで三年が経ってもいまだに旦那様と使用人達に受け入れられないでいた。 そんな時頭をぶつけたことで前世の記憶を思い出し、家を出ていくことを決意する。 「…そうだ、この結婚はなかったことにしよう」 ※ご都合主義、ふんわり設定です ※小説家になろう様にも掲載しています

だから聖女はいなくなった

澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
「聖女ラティアーナよ。君との婚約を破棄することをここに宣言する」 レオンクル王国の王太子であるキンバリーが婚約破棄を告げた相手は聖女ラティアーナである。 彼女はその婚約破棄を黙って受け入れた。さらに彼女は、新たにキンバリーと婚約したアイニスに聖女の証である首飾りを手渡すと姿を消した。 だが、ラティアーナがいなくなってから彼女のありがたみに気づいたキンバリーだが、すでにその姿はどこにもない。 キンバリーの弟であるサディアスが、兄のためにもラティアーナを探し始める。だが、彼女を探していくうちに、なぜ彼女がキンバリーとの婚約破棄を受け入れ、聖女という地位を退いたのかの理由を知る――。 ※7万字程度の中編です。

自業自得って言葉、知ってますか? 私をいじめていたのはあなたですよね?

長岡更紗
恋愛
庶民聖女の私をいじめてくる、貴族聖女のニコレット。 王子の婚約者を決める舞踏会に出ると、 「卑しい庶民聖女ね。王子妃になりたいがためにそのドレスも盗んできたそうじゃないの」 あることないこと言われて、我慢の限界! 絶対にあなたなんかに王子様は渡さない! これは一生懸命生きる人が報われ、悪さをする人は報いを受ける、勧善懲悪のシンデレラストーリー! *旧タイトルは『灰かぶり聖女は冷徹王子のお気に入り 〜自業自得って言葉、知ってますか? 私をいじめていたのは公爵令嬢、あなたですよ〜』です。 *小説家になろうでも掲載しています。

【完結】お前なんていらない。と言われましたので

高瀬船
恋愛
子爵令嬢であるアイーシャは、義母と義父、そして義妹によって子爵家で肩身の狭い毎日を送っていた。 辛い日々も、学園に入学するまで、婚約者のベルトルトと結婚するまで、と自分に言い聞かせていたある日。 義妹であるエリシャの部屋から楽しげに笑う自分の婚約者、ベルトルトの声が聞こえてきた。 【誤字報告を頂きありがとうございます!💦この場を借りてお礼申し上げます】

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

記憶がないので離縁します。今更謝られても困りますからね。

せいめ
恋愛
 メイドにいじめられ、頭をぶつけた私は、前世の記憶を思い出す。前世では兄2人と取っ組み合いの喧嘩をするくらい気の強かった私が、メイドにいじめられているなんて…。どれ、やり返してやるか!まずは邸の使用人を教育しよう。その後は、顔も知らない旦那様と離婚して、平民として自由に生きていこう。  頭をぶつけて現世記憶を失ったけど、前世の記憶で逞しく生きて行く、侯爵夫人のお話。   ご都合主義です。誤字脱字お許しください。

妹に婚約者を奪われ、屋敷から追放されました。でもそれが、私を虐げていた人たちの破滅の始まりでした

水上
恋愛
「ソフィア、悪いがお前との婚約は破棄させてもらう」 子爵令嬢である私、ソフィア・ベルモントは、婚約者である子爵令息のジェイソン・フロストに婚約破棄を言い渡された。 彼の隣には、私の妹であるシルビアがいる。 彼女はジェイソンの腕に体を寄せ、勝ち誇ったような表情でこちらを見ている。 こんなこと、許されることではない。 そう思ったけれど、すでに両親は了承していた。 完全に、シルビアの味方なのだ。 しかも……。 「お前はもう用済みだ。この屋敷から出て行け」 私はお父様から追放を宣言された。 必死に食い下がるも、お父様のビンタによって、私の言葉はかき消された。 「いつまで床に這いつくばっているのよ、見苦しい」 お母様は冷たい言葉を私にかけてきた。 その目は、娘を見る目ではなかった。 「惨めね、お姉さま……」 シルビアは歪んだ笑みを浮かべて、私の方を見ていた。 そうして私は、妹に婚約者を奪われ、屋敷から追放された。 途方もなく歩いていたが、そんな私に、ある人物が声を掛けてきた。 一方、私を虐げてきた人たちは、破滅へのカウントダウンがすでに始まっていることに、まだ気づいてはいなかった……。

処理中です...