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5.やって来ました王立学園⋯⋯なんだけどさ

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 王宮を出発したロクサーナ達は、馬車で10分ほどの場所にある学園の前に立っていた。

「ふーん、思ったより悪くないわね。これなら我慢してあげるわ」

「うわぁ、金かかってそう⋯⋯」

「お父様の話では貴族専用の学園ですって」

 レベッカ、セシル、サブリナの順に個性のはっきりしたコメントが出た。

 学園の正門に停めた馬車4台の派手な行列と、窓から顔を出している不審者に興味津々の目が集まった。

 学園の入学式は3日後だが、大半の生徒は戻って来ているらしい。

(えーっと⋯⋯貧乏な国って言う前評判、どこ行った?)

 ダンゼリアム王国の王立学園は貴族の子息令嬢の為に建てられたが、優秀な平民は貴族の後見を受け、高額の学費を払って入学する。

 現在入学している平民は、王家御用達の看板を掲げたシレーナ商会の息子のみ。



 正門に最も近い建物から、地味なコートとズボン姿の男性が走り出して来るのが見えた。

「私は事務長のタイラス・メイトランドと申します。当学園にご用でしょうか?」

 背が高く痩せ型で神経質そうな表情、黒に近い茶髪と細すぎて色の分からない目。しきりに耳たぶを触っているのはイラついているからかも。

「今年度より留学する許可をいただき、聖王国より参りましたロクサーナ・バーラムと申します。馬車には同じく留学生が3名と専属メイドが2名乗っております」

 王宮を出る時に手渡された入学許可証を渡し、ジルベルト司祭から預かった身分証明書を見せると、メイトランドが小さく頷いてロクサーナに目を向けた⋯⋯多分。

(目が細すぎてどこ見てるのか分かんないし)

「お着きになられたと連絡が来ております。在学中に何かご不便などございましたら、私にお声がけ下さい。
馬車はこの道を真っ直ぐ進んでいただき、赤い屋根の建物が女子寮です。寮の受付に寮監が待機しておりますので、詳細はその者からお聞きください」

 

 校舎を左に見ながら塀に沿った道を進むと、木立の奥に一部4階建ての赤い屋根が見えて来た。寮の前は芝の植えられた広場になっていて、テーブルセットの設置されたガゼボや花壇。天使像の飾られた噴水まで設置されている。

「可愛い! あそこでお茶ができるわね」

 生粋のお嬢様のサブリナは嬉しそうに声を上げて、連れて来たメイドに何か指示をしている。

「木陰にはベンチもあるし、読書に良さそうじゃん」

 読書好きのセシルの目が『キラン』と光った。




「ようこそアザリア寮へ。留学生の方でしょうか?」

 20台半ばに見える女性は寮監のターニャ・コッツフィールド。少し癖のある赤毛を綺麗なシニヨンに纏め、袖や裾の膨らみを抑えたシルエットのドレスを着こなしている。

 正門でメイトランド事務長と話したのと同じやりとりをして部屋に案内されたが、ここで予想通りひと騒動。

「こんな狭い部屋では荷物が入りきらないわ! メイド専用の部屋は私の隣じゃないと役に立たないじゃない! ロクサーナ、あんたちゃんと指示してないの!?」

 レベッカの暴走にロクサーナの仮面が剥がれ落ちた。

「馬車2台分の荷物なんて学生には必要ないって、出発前から言っておいたでしょ!? 気に入らないなら学園の近くに家を借りたら?」

「私は侯爵家の令嬢なんだから、あんたと違って荷物が多いのは当たり前じゃん!」

 レベッカの剣幕に恐れをなした寮監が、オロオロしながら口を開いた。

「で、では。最上階のお部屋に案内します。いずれ入学される予定のキャロライン王女殿下の為のお部屋でして、寝室とリビングは別ですし、メイド専用の部屋とミニキッチンも付いております」

 手揉みする勢いの寮監は『他にお部屋がないので静かですわ』と、レベッカのご機嫌取りに必死になっている。

「なんだ、あるんなら早く言いなさいよ。聖王国の聖女に不敬を働いたこと、覚えておくからね。ほら、荷物を運んでちょうだい。部屋の状態を確認しなくちゃ」

 半目になったロクサーナ達は、ずんずんと階段を上がって行くレベッカの後ろ姿を見ながら大きな溜め息を吐いた。

「「「初日から⋯⋯」」」



 大きく深呼吸して仮面を被り直し、気の弱い寮監に笑顔を⋯⋯引き攣った笑顔を向けた。

「王女殿下用の部屋を使っても大丈夫なんですか?」

「聖女様のご希望は最優先だと言われておりますので⋯⋯多分、大丈夫⋯⋯かな」

(レベッカは聖女じゃなくて『魔法士見習い』なんだけどなぁ。ジルベルト司祭に報告しとこう)

 聖王国に登録されているランクでは『聖女』はロクサーナで、セシルはまだ『聖女見習い』。サブリナは『魔法士』で、レベッカが『魔法士見習い』

(レベッカ本人は『私は聖女なのよ!』とは言ってないから、ギリセーフ? 寮監が勝手に勘違いしただけって言い逃れできる? はぁ、国に帰るまでに胃に穴が空きそうだよ)

「こちらでも国に確認しておきますが、コッツフィールド寮監も確認しておいて下さいますか? もし問題があればすぐに退出させますので」

「そんな事が出来るんですか? 先程の方は侯爵家令嬢だと⋯⋯」

「このグループのリーダーは私です。それに聖王国では親の身分は関係ないので」

 レベッカと同じくサブリナもメイドを連れて来ているが、これはこの国のルールに従っただけの事。

『入学の際、高位貴族はメイド又は従者を一人付ける事』



 聖王国でのレベッカは自宅から教会に通い、修練の間も常にメイドを身近に置いて、あれこれと世話を焼かせている。メイドがいなければ着替えも荷物の準備もできないだろう。

(聖王国の問題のひとつだよね。メイドがいないと何もできない魔法士なんて、クビにしちゃえばいいんだよ。
甘やかされすぎてるから魔法の腕は上がらないし、他国からの依頼には対応できないし⋯⋯魔法士として登録してる意味ないじゃん)

 他国へ魔法士を移住させない為に、聖王国のルールがどんどん緩くなっているのに気付いている魔法士は多い。

『こんな事なら移住した方がいいかも』

『結構いい条件を提示されたんですよね~』

『移住したからって、魔力が下がると決まったわけじゃないしなあ』



 ロクサーナ達は教会に住んでいるので、全て自分の事は自分で出来る。一人部屋だと嬉しいが、部屋が狭ければ掃除が楽だと思うくらい。

(問題があれば荷物ごと聖王国に転移させればいいか。気の弱そうな寮監だから、レベッカに振り回されそうだよね。これ以上騒ぎを起こされる前に送り返せるなら⋯⋯結果オーライだよ)

「お部屋に落ち着かれましたら、寮長を紹介致しますね。今年度は3学年で公爵家令嬢のイライザ・ネイトリッジ様です。グレイソン王太子の婚約者候補でいらっしゃいまして⋯⋯候補と申しましても、ほぼ確定のようなものですの」

 グレイソン王太子が遊学から帰り次第婚約発表があるらしい。イライザは王妃のお気に入りで、既に王太子妃教育も進んでいる。

 寮監は生活面の指導をする管理者で、寮長は学生がなり学生たちの取りまとめを行う。

(寮監が気の弱い人なら、立場が強そうな寮長は助かるね。あの王妃様に気に入られてるならかなりの『狸』だと思うし)

「王国の事も学園の事も殆ど分かっていないので、とても助かります」



 そろそろ聖女の仮面に入った罅の修復が間に合わなくなってきたロクサーナは、さっさと階段をおりて、割り当てられた部屋に入って行った。

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