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32.セドリックの心
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王宮の北にある塔の貴族専用の牢は入り口の鍵と窓の鉄格子を除けばかなり豪華な作りになっている。
柔らかいベッドとソファやコーヒーテーブル。壁際には書き物机と座り心地の良さそうな椅子が置かれ、床にはしっかりとした厚みのある絨毯が敷かれていた。
普段は最上階に前国王が、その下の階に前王妃とグレイソンの閉じ込められている牢があるが今日はセドリックの希望で前王妃を一時的に前国王の牢に移動させた。
セドリックが父と母へ伝えたい言葉を兄には聞かせたくないと言った為の配慮だった。
厳重な鍵が開きセドリックが護衛を従えて牢に入ると前国王と前王妃がソファに並んで座らされその周りを衛兵が取り囲んでいた。
「父上、母上。セドリックです。お久しぶりと言うべきでしょうか?」
「お前がセドリック?」
「はい、一歳の時からお会いしていないので初めましてと言うべきかもしれませんね」
「お前、その格好は・・まさか・・お前の仕業か! ここから出せ! こんなところに閉じ込めおって、許さんぞ!」
立ち上がりかけた前国王の肩を衛兵の一人が押さえこみ別の衛兵が腕を掴んだ。
「セドリックね、母を助けて頂戴! 帰って来れたのね。ああ、良かった。助けに来てくれたのでしょう!? 本当に酷い目にあったのよ!」
涙を浮かべた前王妃は両手を胸の前で合わせて身を乗り出した。
「私がここに来たのはお二人を助ける為ではありません」
「息子なら親を助けるべきだろうが! ナーガルザリアの奴等はその程度のことも教えなかったと申すか。とにかくここから出せ! これからは余が其方を導いてやろうぞ」
「そうよ、わたくしがお腹を痛めて産んであげたのだもの。本当は助けに来たのでしょう? 早く、もう我慢できないわ」
「父上、母上。兄上に謝ってください。私がここに来たのはそれをお願いする為です」
「グレイソン? 彼奴の事などどうでも良い! さっさとここから出すのじゃ!!」
「お願いよ、セドリックはわたくしの一番大切な子供よ。母を助けなさい!」
「私はナーガルザリアに送られて貴方達の影響を受けずに育った事を心から感謝しています。兄上は貴方達の行いを見ながら育たなければ別の生き方があったのではないかと思うのです。私は心正しき方達の元で育つことができた事を心から感謝しています。人質としてナーガルザリアに送られたのが兄上だったなら、私が兄上のようになっていたのだろうかと・・。
どうか最後に親として兄上に心からの謝罪をお願いします」
「馬鹿な事を申すな! アレは元々出来損ないじゃった。彼奴がウォルデンの娘を手駒にしておけばこのような事にはならなかった。全ては彼奴の責である!」
「そうよ、折角の縁をアレが自分で壊したのです。グレイソンがあれ程愚かでなければわたくしはこのような目にはあっておらなんだわ!」
目を吊り上げて見苦しく言い訳をする二人にはセドリックの言葉は伝わらない。
「貴方達がここにおられるのはご自身が多くの罪を重ねた故。兄上もご自身の行いの取らなければなりませんが、貴方達には親として子を導くべき責任があった。どうか兄上に間違った考えを教えてしまったと謝罪してあげてください」
「・・良かろう。其方が余を助けるならば彼奴に一言申してやるくらいはしてやっても良い」
セドリックは父の顔をまっすぐに見つめて首を横に振った。
「セドリック、余の言葉をよく聞くのじゃ。此度の事の真相はな、ウォルデンが金を出すのが嫌になっただけなのじゃ。どこの国にも問題はある。それを大袈裟に騒ぎ立て金をむしり取ろうとしておるのじゃ。国に仕える臣下として不敬・不遜極まりない行為だと余が皆に教えてやらねばならん」
「ウォルデンは娘可愛さのあまり気が触れてしまったのでしょう。臣下としてあまりにも情けない。ここにいるべきなのはウォルデンとあの小娘だわ」
これ以上は平行線を辿るばかりだとセドリックは話を切り上げることにした。
「父上、母上。失礼致します」
セドリックが二人に背を向けるとソファから立ち上がり暴れて暴言を吐きはじめた。
二人の罵声が響く中、牢の鍵がガチャリと閉まる音が小さく聞こえた。
セドリックは自室に戻り着替えを済ませてソファに座り込んだ。暗く澱んだ瞳でメイドが準備した紅茶を見つめた。
ドアをノックする音が響きメイドが『ライリー様がいらっしゃいました』と知らせてきた。
「いいよ、入っていただいて」
ライリーがセドリックの正面に腰掛けメイドが新しい紅茶を入れ直し退出するとライリーが口を開いた。
「予想通りの顔をしているね」
「はい。予想通りの結果だったので」
「それでも言いたかったんだろ?」
「必要な事でしたから」
「セドリックが罪悪感を持つ必要はカケラもないと私達は思うが・・気持ちはわからんでもない。わかってないのはオリバーくらいだな」
「オリバー様にはあのまま真っ直ぐでいて頂きたいです。お陰で今までどれほど心を救われたか。王弟殿下とライリー様達ご兄弟の皆様に私は心を救われました。私に人として少しでも正しいところがあるとしたら皆様のお陰です」
「同じ条件でも結果が同じとは限らない。父上はわざとセドリックを放置していたって知ってるか?」
「えっ? いえ、そうなのですか?」
「父上はエマーソンに、セドリックの好きにさせろと指示を出していたんだ。やりたいと言えばやらせれば良いし、あとはほっとけば良いって。寝食さえ与えれば後は放置で構わんってな」
「人質ですし、そんなものなのでは?」
「だがお前は自分から字を覚えたい。本が読めるようになりたいって言ったんだろ?」
「多分暇だったからだと」
「教えもしないのに挨拶をして感謝の言葉を言うようになった。普通の子供は親に教えられて『ありがとう』って言うようになるんだぞ。初めて会った頃のオリバーを思い出してみろ、子供と言うより野獣みたいだっただろ? あいつは末っ子で周りに甘やかされてたから気に入らないと物を投げるし暴れるし」
昔のオリバーを思い出したセドリックは漸くうっすらと笑顔を浮かべた。
「確かに、吃驚しました。でも、楽しかったです。ライリー様が仰りたい事が少しわかってきました」
「なら少し休憩するといい。晩餐会ではオリバーがまた周りを彷徨くはずだからな」
「はい、そうします。昨夜は緊張して眠れなかったので」
柔らかいベッドとソファやコーヒーテーブル。壁際には書き物机と座り心地の良さそうな椅子が置かれ、床にはしっかりとした厚みのある絨毯が敷かれていた。
普段は最上階に前国王が、その下の階に前王妃とグレイソンの閉じ込められている牢があるが今日はセドリックの希望で前王妃を一時的に前国王の牢に移動させた。
セドリックが父と母へ伝えたい言葉を兄には聞かせたくないと言った為の配慮だった。
厳重な鍵が開きセドリックが護衛を従えて牢に入ると前国王と前王妃がソファに並んで座らされその周りを衛兵が取り囲んでいた。
「父上、母上。セドリックです。お久しぶりと言うべきでしょうか?」
「お前がセドリック?」
「はい、一歳の時からお会いしていないので初めましてと言うべきかもしれませんね」
「お前、その格好は・・まさか・・お前の仕業か! ここから出せ! こんなところに閉じ込めおって、許さんぞ!」
立ち上がりかけた前国王の肩を衛兵の一人が押さえこみ別の衛兵が腕を掴んだ。
「セドリックね、母を助けて頂戴! 帰って来れたのね。ああ、良かった。助けに来てくれたのでしょう!? 本当に酷い目にあったのよ!」
涙を浮かべた前王妃は両手を胸の前で合わせて身を乗り出した。
「私がここに来たのはお二人を助ける為ではありません」
「息子なら親を助けるべきだろうが! ナーガルザリアの奴等はその程度のことも教えなかったと申すか。とにかくここから出せ! これからは余が其方を導いてやろうぞ」
「そうよ、わたくしがお腹を痛めて産んであげたのだもの。本当は助けに来たのでしょう? 早く、もう我慢できないわ」
「父上、母上。兄上に謝ってください。私がここに来たのはそれをお願いする為です」
「グレイソン? 彼奴の事などどうでも良い! さっさとここから出すのじゃ!!」
「お願いよ、セドリックはわたくしの一番大切な子供よ。母を助けなさい!」
「私はナーガルザリアに送られて貴方達の影響を受けずに育った事を心から感謝しています。兄上は貴方達の行いを見ながら育たなければ別の生き方があったのではないかと思うのです。私は心正しき方達の元で育つことができた事を心から感謝しています。人質としてナーガルザリアに送られたのが兄上だったなら、私が兄上のようになっていたのだろうかと・・。
どうか最後に親として兄上に心からの謝罪をお願いします」
「馬鹿な事を申すな! アレは元々出来損ないじゃった。彼奴がウォルデンの娘を手駒にしておけばこのような事にはならなかった。全ては彼奴の責である!」
「そうよ、折角の縁をアレが自分で壊したのです。グレイソンがあれ程愚かでなければわたくしはこのような目にはあっておらなんだわ!」
目を吊り上げて見苦しく言い訳をする二人にはセドリックの言葉は伝わらない。
「貴方達がここにおられるのはご自身が多くの罪を重ねた故。兄上もご自身の行いの取らなければなりませんが、貴方達には親として子を導くべき責任があった。どうか兄上に間違った考えを教えてしまったと謝罪してあげてください」
「・・良かろう。其方が余を助けるならば彼奴に一言申してやるくらいはしてやっても良い」
セドリックは父の顔をまっすぐに見つめて首を横に振った。
「セドリック、余の言葉をよく聞くのじゃ。此度の事の真相はな、ウォルデンが金を出すのが嫌になっただけなのじゃ。どこの国にも問題はある。それを大袈裟に騒ぎ立て金をむしり取ろうとしておるのじゃ。国に仕える臣下として不敬・不遜極まりない行為だと余が皆に教えてやらねばならん」
「ウォルデンは娘可愛さのあまり気が触れてしまったのでしょう。臣下としてあまりにも情けない。ここにいるべきなのはウォルデンとあの小娘だわ」
これ以上は平行線を辿るばかりだとセドリックは話を切り上げることにした。
「父上、母上。失礼致します」
セドリックが二人に背を向けるとソファから立ち上がり暴れて暴言を吐きはじめた。
二人の罵声が響く中、牢の鍵がガチャリと閉まる音が小さく聞こえた。
セドリックは自室に戻り着替えを済ませてソファに座り込んだ。暗く澱んだ瞳でメイドが準備した紅茶を見つめた。
ドアをノックする音が響きメイドが『ライリー様がいらっしゃいました』と知らせてきた。
「いいよ、入っていただいて」
ライリーがセドリックの正面に腰掛けメイドが新しい紅茶を入れ直し退出するとライリーが口を開いた。
「予想通りの顔をしているね」
「はい。予想通りの結果だったので」
「それでも言いたかったんだろ?」
「必要な事でしたから」
「セドリックが罪悪感を持つ必要はカケラもないと私達は思うが・・気持ちはわからんでもない。わかってないのはオリバーくらいだな」
「オリバー様にはあのまま真っ直ぐでいて頂きたいです。お陰で今までどれほど心を救われたか。王弟殿下とライリー様達ご兄弟の皆様に私は心を救われました。私に人として少しでも正しいところがあるとしたら皆様のお陰です」
「同じ条件でも結果が同じとは限らない。父上はわざとセドリックを放置していたって知ってるか?」
「えっ? いえ、そうなのですか?」
「父上はエマーソンに、セドリックの好きにさせろと指示を出していたんだ。やりたいと言えばやらせれば良いし、あとはほっとけば良いって。寝食さえ与えれば後は放置で構わんってな」
「人質ですし、そんなものなのでは?」
「だがお前は自分から字を覚えたい。本が読めるようになりたいって言ったんだろ?」
「多分暇だったからだと」
「教えもしないのに挨拶をして感謝の言葉を言うようになった。普通の子供は親に教えられて『ありがとう』って言うようになるんだぞ。初めて会った頃のオリバーを思い出してみろ、子供と言うより野獣みたいだっただろ? あいつは末っ子で周りに甘やかされてたから気に入らないと物を投げるし暴れるし」
昔のオリバーを思い出したセドリックは漸くうっすらと笑顔を浮かべた。
「確かに、吃驚しました。でも、楽しかったです。ライリー様が仰りたい事が少しわかってきました」
「なら少し休憩するといい。晩餐会ではオリバーがまた周りを彷徨くはずだからな」
「はい、そうします。昨夜は緊張して眠れなかったので」
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