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29.10歳のルーナと18歳のマシューの出会い

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 執務室でルーナが日報を確認しているとドアがノックされガストンの声がした。

「開いてるわ」

 不満げなガストンがまだ髪が濡れたままのマシューを連れて執務室に入って来た。

「綺麗になったみたいで良かったわ。あのままでは宿に入れなかったもの」

「・・(宿?)」

「お腹は空いてないかしら。良ければ食べながら話したいの」

 マシューの返事を待たずソファに座ったルーナは向かいの椅子をマシューに勧めてさっさとサンドイッチを食べはじめた。

(なんだ、コイツは。警戒心とか常識とかないのかよ。そんなだから学校にも行かず遊び惚けてるんだろうな)

「ルーナ様、コイツの尋問は俺達でやりますからね」

 ルーナの独断にイライラしたガストンが呑気にサンドイッチにパクつくルーナを見下ろしながら断言したが、ルーナはガストンの放つ威圧など気にも止めずマシューに話しかけた。

「名無しさんは何かお仕事はしてる?」

「・・」

「うちで働いて貰えないかしら?」

「「はあ?」」

 マシューとガストンが仲良く声を揃え、ルーナの後ろで紅茶を準備していたアリシアは呆れ顔で溜息をついた。

「ルーナ様、コイツは屋敷に忍び込んだコソ泥ですよ!」

「うーん、忍び込んだのは確かよね。ウォルデン侯爵家のみんなはとても優秀なのに、その目を掻い潜って忍び込んだ。
名無しさんはこそ泥するほどお金には困ってないわ」

「ルーナ様、なんでコイツのことをそう思われたんですか?」

「この人の靴ね、かなり使い込んで傷だらけだったけど新しい傷の方が多かったの。元々の材質は高価な物だし今日の為に準備したんじゃないかしら」

「・・(あんな暗いとこで靴の傷が見えたって? 絶対嘘だね)」

「それにラベンダーの石鹸に反応してたでしょう? 石鹸自体ある程度余裕のある人じゃないと買えないし、名無しさんはラベンダーの香りの石鹸がまだ市場には出回ってないって知ってたみたい。
ついでに言うとこの国の平民は麻のシャツを着るのが一般的。だから名無しさんは宿に泊まってると思ったの。今回の祝賀会で他国から来られた方だわ」

「・・(聞いてる話と違う。コイツが遊び呆けてる役立たず?)」

「ここには何かを調べに来たんでしょう? お仕事の都合もあるから無理にとは言わないけど、その気があるなら・・うーん、執事見習いはどうかしら?」

「嬢ちゃん! あんた何考えてんだ!? こんな素性の分からんやつを屋敷に入れるってのか!?」

「名無しさんは探したければ家探しすればいいし、ガストンは詮索されたくなければちゃんと監視すればいいわ。但し二人ともお仕事はちゃんとしてね」

「こんな馬鹿げた話、連絡されてもいいんですか?」

「良いわよ。ジョージなら『敷地内に入り込まれたなど訓練時間が足りなかったようですね』って言ってみんな訓練場行きじゃないかしら?」

(なんかコイツ・・面白い)


「えーっと、じゃあ3日後にまた来るんで働かせてもらえますか?」

「はあ、貴様ぁ!! 馬鹿も休み休み言え!」

 怒りで真っ赤な顔になったガストンがマシューに掴みかかった。

「ガストン! ジョージに頼む前に私が訓練計画立てるわよ。屋敷に忍び込まれた護衛は・・鍛えちゃう?」

「いや、あの。大丈夫です。但しコイツが少しでも怪しい素振りを見せたらボコボコにしていいですよね」

「良いんじゃないかしら? その程度の覚悟もなくうちに忍び込んだのなら速攻で簀巻きにして侯爵領の訓練所に送り込むわ」

「俺がどんな出自でも気にならないんですか?」

「うちはメイドや料理人も含めて戦闘集団なの。でもまだ伸び代があるからその人達の中で情報収集を頑張ってくれる人がいるなんて実戦での訓練より役に立ちそうだと思うの」

「脳筋かよ」

 マシューが思わず呟いた一言にルーナが嬉しそうに声を上げて笑った。

「ありがとう。久しぶりに笑ったわ。私が脳筋ならお父様譲りってことね。
お見送りはガストンにお願いするわ。夜も遅いし宿まで送った方がよければネイサンに頼んでくれるかしら? 私はもう休みます」

 ちょこんと膝を曲げ略式の挨拶をしたルーナはさっさと執務室を出て行った。

「あれが侯爵家の令嬢? 破天荒すぎないか?」

「いい気になるなよ。ウォルデン侯爵家を甘く見たら痛い目に遭うぞ」

「簡単に忍び込めたが?」

「くそっ! 覚えてろ」


 マシューの第一印象は【珍獣ルーナ】




 翌朝、マシューは王宮に滞在している父親の元を訪れた。

「ほう、随分面白い令嬢だな」

「面白いと言うよりあり得ない生き物を見てるみたいでした。頭が良くて判断力もあります。大人顔負けに口が立つし見た目も・・。そう言うと高評価に聞こえますが、未知の生物とか珍獣って感じです」

「だが、お前が帰らないとなるとライリーは二人分働き続けることになるぞ」

「セドリックの為だから頑張れと伝えて下さい」

「・・(ふーん、セドリックの為? 昨日の夜遅くルーナ様から既に手紙が届いていると知ったらマシューの奴なんて言うかな)」

 マシューが侯爵家に忍び込んだ夜、何も知らなかったウィルソンの元にルーナからの手紙が届いた。

『ご都合が宜しければ当家はいつでもお待ちしております。どうぞお気軽にお越しください』

(こんな夜遅くに非常識な・・。ナーガルザリア王家のご機嫌をとるどころか逆効果になると分からんのか。王子の婚約者になって調子に乗ってるのかパレードに参加できなくて焦っているのか。しかし、ウォルデン侯爵家は子供の躾も出来てないのか)

 と、呆れ果てていたウィルソンだったが、翌朝マシューから話を聞いて考えを改めた。

(マシューの素性を調べ速攻であの手紙を送ってきたとは。うーん、ルーナ様が何を考えておられるのか俄然興味が湧いてきた。
このまま潰してしまうのは惜しいし、陛下にはもう少しお時間を頂きたいと言ってみるか。
まさかとは思うがこちらの意図を理解している・・いや、それは流石にあり得んか。相手は10歳の子供だ)


 ウィルソンの予想が当たっていたと知るのはこれより数年後、この祝賀会の直後からセドリックに手紙が届きはじめたと聞いた時だった。

 ルーナはナーガルザリア王国が急遽祝賀会に参加する事になったと聞いた時、ナーガルザリア王国に動きがあると気付いた。漠然とした不安は他国の男が屋敷に侵入した事で確信に変わった。
 それなら一旦懐に入れてしまえばいい。ナーガルザリア以外の国の間諜なら適当な情報を与えてさっさとお引き取り願うつもりだったが間諜は運良くナーガルザリアの王子だった。

(ラッキーだったわ。とても役に立ってくれそうだから暫くお借りしちゃおう)



(ルーナ嬢か。敵にしたら恐ろしいが味方に出来れば。グレイソン王子はいずれ凋落するのは目に見えてるし、マシューの頑張り次第だな)



 その後ナーガルザリアに帰国した風を装ったマシューは言葉通り3日後に侯爵家の裏口に現れガストンの下で執事見習いとして働きはじめた。

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