上 下
26 / 34

26.無二の親友

しおりを挟む
「はじめまして。セドリック・レミリアスと申します。長年の文通相手と漸くお会いできて嬉しく思います。ルーナ様とウォルデン侯爵家の方々には長い間私の家族がご迷惑をお掛けして大変申し訳ありません」

 リック・・セドリック第二王子が深く頭を下げた。

「どうか頭をおあげ下さい。ここまでくるのに予想より時間がかかってしまいましたが、そのお陰で当初の予定よりも多くの準備ができました」

「そうですね。ウォルデン侯爵家の方々には大変申し訳ないが、ルーナ様の仰る通りかもしれません」


 セドリック第二王子はルーナより一つ年下の16歳。敗戦時1歳だった王子は隣国のナーガルザリア王国へ人質として送られた後、離宮に軟禁されていた。
 使用人と教育係以外とは会うこともなく静かに離宮で暮らしていた王子は、6歳の時に初めて会ったナーガルザリア王国王弟のウィリアム殿下から自分がレミリアス王国の第二王子であり敗戦時人質としてナーガルザリア王国へ連れてこられたと知った。

「ぼくは人質ですか?」

「そうだ。セドリック様はこの屋敷からは出られない」

「教えてくださってありがとうございます」

「・・随分と落ち着いてるね。寂しいとか悲しいとか思わないのかい?」

「はいせん国の人質と言ってもここで何不自由なくくらさせていただいてますし、勉強もいっぱいおしえていだたいていますから」

 レミリアス国王達を嫌悪しているナーガルザリア王家の者はセドリックを離宮に放り込んだ後、建前上王弟の保護下とした後は全く興味を示していなかった。傲慢で顕示欲の塊のレミリアス国王と最低限のマナーさえ出来ていない尻軽の王妃。既にその二人とそっくりだと噂されている我儘で癇癪持ちの第一王子。
 その血を受け継いでいるセドリックなど飼い殺しにするしかないと思っていた。

 ところがここ最近セドリックにつけている執事から意外な報告が上がってくるようになった。

「まだ6歳だが、セドリックが2カ国語を覚えたと?」

「はい。セドリック様はとても勤勉でいらして、使用人達にもとても可愛がられておられます。やはり、生まれより育ちが肝心という事なのでしょう」


 この事で初めてセドリックに興味を引かれたウィリアム殿下は政務の合間に離宮へやって来た。大きなソファに背筋を伸ばしてちょこんと座ったセドリックは初めての来客の前で緊張しながらも礼儀正しく笑顔を浮かべていた。

(ふむ、私の息子達よりしっかりしているかもしれん)

エマーソン執事から語学の家庭教師を増やした方が良いと聞いたが、語学に興味があるのかい?」

「としょかんで見つけた本で読めないものがあって、エマーソンに聞くとラテン語だとおしえてくれました。もしラテン語をおぼえることができたらうれしいです」

「分かった、ラテン語の教師をつけよう。(大人ばかりでは寂しかろう)私の息子と一緒に学んでみるか?」

「良いのですか!?」

 初めてセドリックが子供らしく目を輝かせて身を乗り出した。

「末の息子はセドリック殿より年上だがラテン語が大嫌いでね。あのままでは学園に通いはじめたら大恥をかいてしまう。小さな子供の前で逃げ出すわけにはいかんだろうからな」

「すごくうれしいです。だれかといっしょに勉強できるなんてゆめみたいです」

「では教師と一緒にここへ来させる」


 3日後、ラテン語教師に引きずられるようにしてやって来たのは9歳のオリバー殿下。教師に腕を掴まれ不貞腐れた様子のオリバー殿下は、途中逃げ出しでもしたのか髪に葉っぱをつけ高価な衣装は泥まみれだった。

「こんな子供と一緒に勉強なんて冗談だろ!」

「セドリック様は既にナーガルザリアの公用語とザンビリア語を覚えておられるそうですよ」

「ザンビリア語って東北の? なんでそんなの覚えたんだ?」

「としょしつで見つけたしんわがザンビリア語でかかれていたので」

「あー、確かにあそこは女神伝説だの龍神がどうのとか昔話があるよな。でも、あんなの翻訳されたのがあっただろ? そっち読めばいいじゃん」

「はい、はじめはこうよう語にほんやくされたのをよみました。とてもおもしろかったのでと言う方でもよんでみたいと思いました。すごくおもしろかったです」

「ラテン語も同様ですね。確かに翻訳版は色々出版されていますが、翻訳者の解釈によって違いが出ますから」

「ぐっ!」

「1ヶ月に試験をするよう申し付けられておりますのでそれ迄は一緒に勉強して頂きます」


 1ヶ月後に行われた試験でセドリックに惨敗したオリバーが猛勉強をはじめ、ウィリアム殿下がほくそ笑むのはもう少し後の話・・。


 オリバーは勉強会の時以外にもセドリックにこっそり会いにくるようになった。オリバーは剣術の稽古を禁止されているセドリックに木剣を持たせ庭を追いかけ回したり、離宮の周りの山に入っては悪戯を仕掛けたりしてセドリックの無二の友達になっていった。

「オリバー様のお陰でセドリック様が子供らしい笑顔をお見せになるようになられました。ライリー様達オリバーの兄弟がオリバー様と一緒にいらっしゃる事もあり、その日は中庭で走り回っておられます」

 小柄で食の細かったセドリックはオリバー達のおかげでよく食べよく眠る健康優良児になっていった。
 調子に乗ったオリバーの悪戯がどんどん酷くなっているのでメイド達のオリバーを見る目は日に日に冷たくなっていたが、エマーソンはセドリックの変化を喜んでいた。


 セドリックが10歳になる頃初めてルーナから手紙が届き、それ以来定期的に文を送り合うようになったセドリックは今まで以上に勉学に励み身体を鍛えるようになった。

(今のままじゃ駄目だ、僕にできる事を考えなくちゃ)









しおりを挟む
感想 68

あなたにおすすめの小説

[完結]宝石姫の秘密

シマ
恋愛
国一番の宝石の産地、ミレーニア。山に囲まれたその土地で宝石の採掘を一手に引き受けているのは領主一家のアイビン家。 そこには王家と一家しか知らない秘密があった。

【完結】公爵家のメイドたる者、炊事、洗濯、剣に魔法に結界術も完璧でなくてどうします?〜聖女様、あなたに追放されたおかげで私は幸せになれました

冬月光輝
恋愛
ボルメルン王国の聖女、クラリス・マーティラスは王家の血を引く大貴族の令嬢であり、才能と美貌を兼ね備えた完璧な聖女だと国民から絶大な支持を受けていた。 代々聖女の家系であるマーティラス家に仕えているネルシュタイン家に生まれたエミリアは、大聖女お付きのメイドに相応しい人間になるために英才教育を施されており、クラリスの側近になる。 クラリスは能力はあるが、傍若無人の上にサボり癖のあり、すぐに癇癪を起こす手の付けられない性格だった。 それでも、エミリアは家を守るために懸命に彼女に尽くし努力する。クラリスがサボった時のフォローとして聖女しか使えないはずの結界術を独学でマスターするほどに。 そんな扱いを受けていたエミリアは偶然、落馬して大怪我を負っていたこの国の第四王子であるニックを助けたことがきっかけで、彼と婚約することとなる。 幸せを掴んだ彼女だが、理不尽の化身であるクラリスは身勝手な理由でエミリアをクビにした。 さらに彼女はクラリスによって第四王子を助けたのは自作自演だとあらぬ罪をでっち上げられ、家を潰されるかそれを飲み込むかの二択を迫られ、冤罪を被り国家追放に処される。 絶望して隣国に流れた彼女はまだ気付いていなかった、いつの間にかクラリスを遥かに超えるほどハイスペックになっていた自分に。 そして、彼女こそ国を守る要になっていたことに……。 エミリアが隣国で力を認められ巫女になった頃、ボルメルン王国はわがまま放題しているクラリスに反発する動きが見られるようになっていた――。

ある日突然、醜いと有名な次期公爵様と結婚させられることになりました

八代奏多
恋愛
 クライシス伯爵令嬢のアレシアはアルバラン公爵令息のクラウスに嫁ぐことが決まった。  両家の友好のための婚姻と言えば聞こえはいいが、実際は義母や義妹そして実の父から追い出されただけだった。  おまけに、クラウスは性格までもが醜いと噂されている。  でもいいんです。義母や義妹たちからいじめられる地獄のような日々から解放されるのだから!  そう思っていたけれど、噂は事実ではなくて……

【完結】「第一王子に婚約破棄されましたが平気です。私を大切にしてくださる男爵様に一途に愛されて幸せに暮らしますので」

まほりろ
恋愛
学園の食堂で第一王子に冤罪をかけられ、婚約破棄と国外追放を命じられた。 食堂にはクラスメイトも生徒会の仲間も先生もいた。 だが面倒なことに関わりたくないのか、皆見てみぬふりをしている。 誰か……誰か一人でもいい、私の味方になってくれたら……。 そんなとき颯爽?と私の前に現れたのは、ボサボサ頭に瓶底眼鏡のひょろひょろの男爵だった。 彼が私を守ってくれるの? ※ヒーローは最初弱くてかっこ悪いですが、回を重ねるごとに強くかっこよくなっていきます。 ※ざまぁ有り、死ネタ有り ※他サイトにも投稿予定。 「Copyright(C)2021-九頭竜坂まほろん」

冤罪により婚約破棄されて国外追放された王女は、隣国の王子に結婚を申し込まれました。

香取鞠里
恋愛
「マーガレット、お前は恥だ。この城から、いやこの王国から出ていけ!」 姉の吹き込んだ嘘により、婚約パーティーの日に婚約破棄と勘当、国外追放を受けたマーガレット。 「では、こうしましょう。マーガレット、きみを僕のものにしよう」 けれど、追放された先で隣国の王子に拾われて!?

乳だけ立派なバカ女に婚約者の王太子を奪われました。別にそんなバカ男はいらないから復讐するつもりは無かったけど……

三葉 空
恋愛
「ごめん、シアラ。婚約破棄ってことで良いかな?」  ヘラヘラと情けない顔で言われる私は、公爵令嬢のシアラ・マークレイと申します。そして、私に婚約破棄を言い渡すのはこの国の王太子、ホリミック・ストラティス様です。  何でも話を聞く所によると、伯爵令嬢のマミ・ミューズレイに首ったけになってしまったそうな。お気持ちは分かります。あの女の乳のデカさは有名ですから。  えっ? もう既に男女の事を終えて、子供も出来てしまったと? 本当は後で国王と王妃が直々に詫びに来てくれるのだけど、手っ取り早く自分の口から伝えてしまいたかったですって? 本当に、自分勝手、ワガママなお方ですね。  正直、そちらから頼んで来ておいて、そんな一方的に婚約破棄を言い渡されたこと自体は腹が立ちますが、あなたという男に一切の未練はありません。なぜなら、あまりにもバカだから。  どうぞ、バカ同士でせいぜい幸せになって下さい。私は特に復讐するつもりはありませんから……と思っていたら、元王太子で、そのバカ王太子よりも有能なお兄様がご帰還されて、私を気に入って下さって……何だか、復讐できちゃいそうなんですけど?

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

婚約者に「愛することはない」と言われたその日にたまたま出会った隣国の皇帝から溺愛されることになります。~捨てる王あれば拾う王ありですわ。

松ノ木るな
恋愛
 純真無垢な心の侯爵令嬢レヴィーナは、国の次期王であるフィリベールと固い絆で結ばれる未来を夢みていた。しかし王太子はそのような意思を持つ彼女を生意気と見なして疎み、気まぐれに婚約破棄を言い渡す。  伴侶と寄り添う心穏やかな人生を諦めた彼女は悲観し、井戸に身を投げたのだった。  あの世だと思って辿りついた先は、小さな貴族の家の、こじんまりとした食堂。そこには呑めもしないのに酒を舐め、身分社会に恨み節を唱える美しい青年がいた。  どこの家の出の、どの立場とも知らぬふたりが、一目で恋に落ちたなら。  たまたま出会って離れていてもその存在を支えとする、そんなふたりが再会して結ばれる初恋ストーリーです。

処理中です...