上 下
19 / 34

19.絶対迷子になる!

しおりを挟む
「は! 平民の分際でわしを逮捕するだと!? わしが取り立ててやらなければ今でも地を這いずっておった平民ごときがわしに楯突くと言うのか! 騎士団団長であり伯爵家当主のわしに手をかけたら王家が黙っておらんぞ。即効その首を刎ねてやる!」

「試してみましょう。私は平民上がりの役立たずかもしれませんが騎士団への忠誠心は貴方よりは強いようです。前回の遠征で資材不足で苦しんだ団員達は尊敬する団長の所業を知ったら悲しむでしょうな」

「ふん、無能がどうなろうとわしには何の関係もないわ」

 この期に及んで悪びれる様子もなく毒突く団長に周りの者達の目はますます冷たくなっていった。


「副団長に一つお願いがございます。騎士団の牢では団長の味方が近くにいるのではないかと思います。折角団長から真実を知る事ができましたのに逃げ出されては困るのです。そこで・・」

 ここまで部屋の隅に静かに立ち気配を殺していたジョージが声だけは穏やかに話しはじめた。団長に殺された前ウォルデン侯爵の頃から執事として仕えていたジョージは漸く見つけた犯人を決して逃さない為に最善を尽くすつもりで準備していた。

 騎士団の牢に入れられるならいくらでも逃げ出せると踏んでいたディスペンサー騎士団長の顔が引き攣り、キョロキョロと部屋を見回し逃げ道を探しだしたが目の前にはマッケナが立ち塞がり副団長が連れてきた騎士は既に団長の左右を固めていた。

 団長は拘束されそうになった途端必死に懇願しはじめた。

「頼む、見逃してくれ。見逃してくれたら何でも望みを叶えてやろう。わしの罪を暴けば王家が黙っておらんぞ。ウォルデン、な、落ち着いて考えてくれ。助けてくれたらどんな事でもする。
副団長! 助けてくれたら幾らでも好きなだけ金をやろう。貴族になりたいだろう? わしがお前を男爵にしてやろう。お前達もだ」

「団長、ご安心下さい。彼等は二人とも私と同じ平民上がりですが、平民である事に満足していますから」

 入り口の前に立ち塞がっている副団長は悪辣な顔で笑っていた。


 手足を拘束され猿轡をかまされた後も暴れる団長に『往生際が悪いですね』と言いながら副団長は眠くなる鼻薬を効かせた。

「この薬は騎士団が暴れる犯罪者の逮捕時に使用する物です。後遺症はありませんし半日は起きないはずです」

 満面の笑みでサクッと睡眠薬を使ったあたり、副団長の団長への仕返しかもしれないと周りにいた全員が笑いを堪えた。

 傲慢な貴族至上主義者の団長は騎士達を身分で差別し副団長と常に対立していた。掃除・洗濯は平民騎士の仕事、訓練内容や食事の時間まで貴族の令息達を優遇し平民騎士にはろくに休暇も与えなかった。

 団長の口癖は、

『平民の事は貴様に任せる。平民らしくわしら貴族のために働け』



 馬車に乗せられた団長はマッケナが連れて来たウォルデン侯爵家の兵が連れて行ったが、時期を見てフラウド男爵と共に王宮に連れて行く予定でいる。副団長室に集まったマッケナ達は見習い騎士が淹れたお茶で漸く人心地つくことができた。

「団長は敵前逃亡による任務の放棄・殺人・横領・賄賂罪は間違いありませんね」

「横領等についての証拠は揃っている。殺人と指揮を放り出して敵前逃亡した事については証言をとった念書があるので言い逃れは出来ない」

「ウォルデン侯爵。私達はディスペンサー団長自身が自らの罪を暴露するのをハッキリと聞きました。いつでも証人になります」

 副団長の言葉に2人の騎士と見習い騎士が大きく頷いた。

「私も証人になります。団長のした事は許せません」

「お役に立たせて下さい」

「私も皆さんと一緒の気持ちです」


「もう分かっていると思うが、今回の件は王家が深く関わっているんだ。団長の罪が確定し君達の安全が保証されるまで、身柄をウォルデン侯爵家で預からせてもらえないだろうか? 必要であれば手伝ってもらうかもしれないがそれは最後の手段にしたい」

 ディスペンサー団長の罪が公になれば王家にも法の手が伸びる事になる。彼等は自分達の保身のためなら副団長達を闇に葬るくらいは簡単にやってのけるだろう。

「これから先も騎士団に所属するなら上司の告発に関わるのは君達にとって得策とは言えないだろう。団長の心酔しているものもいるだろうし団長と同じような考えの奴もいるだろう。そう言う奴らが『仲間を売った』と言い出す可能性があるから、出来れば君達のことは秘密にしておきたい。
とは言っても、出来るだけ穏便にここから団長を連れ出す為とはいえ意図的に君達を巻き込んでしまったのは俺だ。謝って済むとは思えんが何か問題が起きた時は必ず侯爵家が責任を持つ」

「団長と副団長が二人揃って突然いなくなったら騎士団が混乱するだろうから私はここに残るが、3人はウォルデン侯爵様の指示に従いなさい。騎士団では長期休暇扱いにでもしておこう」

「では副団長には護衛をつけさせてくれ。それ程長くはかからないと約束する」

「わかりました。宜しくお願いします」

「うちの精鋭を残していくから遠慮なく使ってやってくれ」

「侯爵家の精鋭ですか? それなら騎士達の指導をお願いしても構いませんか?」

「ああ、勿論だとも。うちの奴らは騎士団の戦い方とは随分違うから役に立つだろう」

「えーっ、侯爵家の方の指導ですか!? 俺もそっちに参加したいです」

「俺も! この国一番のウォルデン侯爵家の精鋭なんて・・是非参加させて下さい!」

 2人の騎士が興奮して立ち上がり鼻息を荒くしてマッケナを見つめた。

「僕、私も見学したいです!」

 苦笑いする副団長とジョージを余所に、マッケナは侯爵邸で稽古をつける約束をしてなんとか騎士2人を納得させることができた。


 騎士2人と見習い騎士はその日の夜遅くウォルデン侯爵家にやって来たが、豪華な侯爵邸の佇まいと高価な調度品に度肝を抜かれ玄関ホールで天井のシャンデリアを見上げたまま口をぽかんとあけて立ち尽くしてしまった。
 その後3人はそれぞれに与えられた広々とした客室を断り一部屋にまとまって宿泊する事を希望した。

(場違いすぎて無理だって)

(使用人部屋とか・・そういうとこの方が安眠できそうだよ)

(こんなの、部屋から出たら絶対迷子になるぅ!)

しおりを挟む
感想 68

あなたにおすすめの小説

妻の遺産をあてにするなんて論外です!

四季
恋愛
私には三つ年下の妹がいる。 彼女は昔から父親に可愛がられていた。 その結果心なしか損な役回りだった私は、ある時、父親と妹の本心を知ってしまって……。

泣き虫令嬢は自称商人(本当は公爵)に愛される

琴葉悠
恋愛
 エステル・アッシュベリーは泣き虫令嬢と一部から呼ばれていた。  そんな彼女に婚約者がいた。  彼女は婚約者が熱を出して寝込んでいると聞き、彼の屋敷に見舞いにいった時、彼と幼なじみの令嬢との不貞行為を目撃してしまう。  エステルは見舞い品を投げつけて、馬車にも乗らずに泣きながら夜道を走った。  冷静になった途端、ごろつきに囲まれるが謎の商人に助けられ──

【完結】時戻り令嬢は復讐する

やまぐちこはる
恋愛
ソイスト侯爵令嬢ユートリーと想いあう婚約者ナイジェルス王子との結婚を楽しみにしていた。 しかしナイジェルスが長期の視察に出た数日後、ナイジェルス一行が襲撃された事を知って倒れたユートリーにも魔の手が。 自分の身に何が起きたかユートリーが理解した直後、ユートリーの命もその灯火を消した・・・と思ったが、まるで悪夢を見ていたように目が覚める。 夢だったのか、それともまさか時を遡ったのか? 迷いながらもユートリーは動き出す。 サスペンス要素ありの作品です。 設定は緩いです。 6時と18時の一日2回更新予定で、全80話です、よろしくお願い致します。

【完結】あなたは知らなくていいのです

楽歩
恋愛
無知は不幸なのか、全てを知っていたら幸せなのか  セレナ・ホフマン伯爵令嬢は3人いた王太子の婚約者候補の一人だった。しかし王太子が選んだのは、ミレーナ・アヴリル伯爵令嬢。婚約者候補ではなくなったセレナは、王太子の従弟である公爵令息の婚約者になる。誰にも関心を持たないこの令息はある日階段から落ち… え?転生者?私を非難している者たちに『ざまぁ』をする?この目がキラキラの人はいったい… でも、婚約者様。ふふ、少し『ざまぁ』とやらが、甘いのではなくて?きっと私の方が上手ですわ。 知らないからー幸せか、不幸かーそれは、セレナ・ホフマン伯爵令嬢のみぞ知る ※誤字脱字、勉強不足、名前間違いなどなど、どうか温かい目でm(_ _"m)

【完結】処刑後転生した悪女は、狼男と山奥でスローライフを満喫するようです。〜皇帝陛下、今更愛に気づいてももう遅い〜

二位関りをん
恋愛
ナターシャは皇太子の妃だったが、数々の悪逆な行為が皇帝と皇太子にバレて火あぶりの刑となった。 処刑後、農民の娘に転生した彼女は山の中をさまよっていると、狼男のリークと出会う。 口数は少ないが親切なリークとのほのぼのスローライフを満喫するナターシャだったが、ナターシャへかつての皇太子で今は皇帝に即位したキムの魔の手が迫り来る… ※表紙はaiartで生成したものを使用しています。

前世軍医だった傷物令嬢は、幸せな花嫁を夢見る

花雨宮琵
恋愛
侯爵令嬢のローズは、10歳のある日、背中に刀傷を負い生死の境をさまよう。 その時に見た夢で、軍医として生き、結婚式の直前に婚約者を亡くした前世が蘇る。 何とか一命を取り留めたものの、ローズの背中には大きな傷が残った。 “傷物令嬢”として揶揄される中、ローズは早々に貴族女性として生きることを諦め、隣国の帝国医学校へ入学する。 背中の傷を理由に六回も婚約を破棄されるも、18歳で隣国の医師資格を取得。自立しようとした矢先に王命による7回目の婚約が結ばれ、帰国を余儀なくされる。 7人目となる婚約者は、弱冠25歳で東の将軍となった、ヴァンドゥール公爵家次男のフェルディナンだった。 長年行方不明の想い人がいるフェルディナンと、義務ではなく愛ある結婚を夢見るローズ。そんな二人は、期間限定の条件付き婚約関係を結ぶことに同意する。 守られるだけの存在でいたくない! と思うローズは、一人の医師として自立し、同時に、今世こそは愛する人と結ばれて幸せな家庭を築きたいと願うのであったが――。 この小説は、人生の理不尽さ・不条理さに傷つき悩みながらも、幸せを求めて奮闘する女性の物語です。 ※この作品は2年前に掲載していたものを大幅に改稿したものです。 (C)Elegance 2025 All Rights Reserved.無断転載・無断翻訳を固く禁じます。

さようならお姉様、辺境伯サマはいただきます

夜桜
恋愛
 令嬢アリスとアイリスは双子の姉妹。  アリスは辺境伯エルヴィスと婚約を結んでいた。けれど、姉であるアイリスが仕組み、婚約を破棄させる。エルヴィスをモノにしたアイリスは、妹のアリスを氷の大地に捨てた。死んだと思われたアリスだったが……。

婚約破棄と追放を宣告されてしまいましたが、そのお陰で私は幸せまっしぐらです。一方、婚約者とその幼馴染みは……

水上
恋愛
侯爵令嬢である私、シャロン・ライテルは、婚約者である第二王子のローレンス・シェイファーに婚約破棄を言い渡された。 それは、彼の幼馴染みであるグレース・キャレラの陰謀で、私が犯してもいない罪を着せられたせいだ。 そして、いくら無実を主張しても、ローレンスは私の事を信じてくれなかった。 さらに私は、婚約破棄だけでなく、追放まで宣告されてしまう。 高らかに笑うグレースや信じてくれないローレンスを見て、私の体は震えていた。 しかし、以外なことにその件がきっかけで、私は幸せまっしぐらになるのだった。 一方、私を陥れたグレースとローレンスは……。

処理中です...