けだものだもの~虎になった男の異世界酔夢譚~

ちょろぎ

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第12章

第19話 ある金貸しの企み4

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-1-
 ユニとクランヴェルが街から戻ってきたのは想定外だったが、話を聞くと状況はこちらの予定通りに進んでいるらしい。
 戻ってきた二人の話を聞いて、手早く野営の跡を片付けると、衛視隊長から指示されたとおりに東門に向かった。
 入り口の門は既に空いていたが、おおっぴらに並ぶわけにもいかない。
「ちょっと待っていてくれ」
 クランヴェルがそう言い残して一人で門に向かうと、ほどなくして衛視らしい一人を連れて戻ってきた。
「来てくれたか。これからこっそりと街の中に入り、目立たないように集合場所に向かう。ついてきてくれ」
 そう言って歩き出した衛視の後をついていくと、門からかなり離れた外壁に連れてこられた。
 衛視はそこで剣を鞘ごと抜くと、特徴的なリズムで外壁を叩いた。
 すると外壁の一部が内側に引っ込み、人が一人通れるだけの隙間が空いた。
「……なんだ、旦那ですかい」
 壁の向こうにいたらしい、垢じみた男が衛視を見て呟く。
「仕事だ、通らせてもらうぞ」
「へぃ、どうぞ」
 男が顔を引っ込め、衛視が隙間を抜けていったのでそれに続く。
「事情はあとで教えてやる」
 訳の分からない集団の俺たちを見て不思議そうな顔をする男に衛視はそう答えると、さらに先に進んで手招きをした。
 陽の差し込まない、薄暗い路地道を歩きながら、衛視が解説してくれた。
「あの後の話だが、金貸しのアズローはコリンさんが赤鼠亭という酒場に呼び出すことが決まった。
 そこで個室を手配する手はずになっているので、我々はその隣の部屋で待機し、タイミングを見て踏み込む。
 アズローには用心棒がついていることは聞いたか?」
「厄介な用心棒がいる、とは聞いた」
 衛視の問いに俺が答える。
「ああ。ツェルドという元はランク3の冒険者崩れらしいんだが、対人戦……特に1対1の戦いではべらぼうに強いらしい」
「……おいおい、俺はまだランク5だぞ?」
「それでも結構強いそうじゃないか。なに、正面からはウチの隊長が行く。おたくらは周りからちょっかいかけて、ヤツの気を引いてくれりゃいい」
「それならまだ気が楽か」
 隊長がどの程度強いかは知らんが、俺とクランヴェルを加えた3人掛かりならまぁなんとかなるだろう。
 金貸しはイツキに拘束してもらえばいい。

 人通りを避け、細い裏路地をくねくねと曲がりながら、迷うそぶりも見せずに衛視がすすむ。
 さっきの抜け道といいこの裏路地といい、街の内部に精通していることに感心しながらついていくと、やがて一軒の建物の裏口で立ち止まった。
「ここが赤鼠亭だ。おい、いるか?」
 衛視が裏口から顔を突っ込んで中の人物と2~3言葉を交わすと、こちらに向き直った。
「2階の3番の部屋に隊長たちはいるそうだ。ただ全員となるとちょっと多いな」
「なら俺とイツキとクランヴェルが入ろう。おたく(衛視)も中に入るのか?」
「いや、俺は他の3人と外で逃がさんよう待機だ」
「ならユニとヴァルツは彼について待機だ」」
「わかりました」
「ユニの方は荒事は期待できんが、ヴァルツの方は自由に使ってくれ」
「すまんな、助かる」
 衛視が礼を言ったのを見て、俺とイツキとクランヴェルにカールを加えて赤鼠亭に入った。
 店主に案内されて2階の部屋に入ると、中には衛視2人と市民風の男が待っていた。
「じゃあ、私はこれで」
 そう言って席を外そうとする店主に銀貨を数枚握らせて、白湯と乾きものつまみを人数分頼む。
 いや、テーブルの上にコップの一つも置いてねぇしさ。
 部屋を借りてこれから待機する上に、十中八九乱闘沙汰になるのは目に見えてるわけで。
 治安のためとはいえ、さすがに無料でというのは気が引けるのよ。

「おう、来たな」
 椅子に座っていたゴツい大柄な衛視が声をかけてきた。恐らく彼が衛視隊長だろう。
「手間かけさせて悪いな。おっと俺は隊長をやってるヴェスカーだ」
「冒険者のディーゴだ。こちらこそ妙なことに巻き込んで申し訳ない」
 互いに握手を交わしたのがきっかけで、それぞれの自己紹介が始まる。
 ふむ、市民風の男は依頼人の旦那さんか。
 互いの自己紹介が終わると、店の主人が白湯と乾きものを人数分持ってきてくれたので、それを口にしながら段取りを再確認した。
 アズローがコリンを口説き始めたときにヴェスカー隊長、旦那のユグル、俺とクランヴェルの4人が一斉に踏み込むそうだ。
 壁を隔てた隣室の声が聞こえるかが疑問だったが、それについてはヴェスカー隊長が命じて魔術師ギルドから遠話の護符を(強引に)借りて来てコリンに持たせているらしい。
「用心棒への対策は?」
「3人掛かりならなんとかなるだろうよ。ただ、鐘の音には気をつけろ、という助言を聞いた。
 なんでも鐘の音がした後で必殺の二段突きが出るらしい。周りで見ていた者の証言だ」
「なんだそりゃ」
 俺とクランヴェルが首を傾げる。鐘の音ってなんだ?時報の鐘か?そんな訳はないわな。
 それに鐘の音の後に2段突きってのもよく分からん。これから仕掛ける技を事前に言うようなもんじゃないか。
 「いくぞ必殺二段突きー!」とか叫びながら切りかかるのはフィクションの世界だけだぜ。
 まぁ特定の単語を口にすることで発動する魔道具があるっちゃあるが、鐘の音に反応するってのは聞いたことがない。
 となると……
「もしかしてその鐘の音が魔道具の物だったりするのか?」
 俺が思いついた答をクランヴェルが口にする。同じこと考えてたか。
「それについてもよく分からん。ともあれ、鐘の音が聞こえたら最大限に警戒しろ」
 結局、役に立ったのか立たないのかよくわからない助言を胸に、俺達は金貸しと用心棒を待ち受けることになった。

-2-
 それからしばらくの後、階段を上がる足音の後に隣の個室の扉が開かれる音がした。
(来たな?)
 待機している面々がたがいに頷きあう。
 少しして、テーブルの上に置かれている遠話の護符から隣室の話声が聞こえてきた。
「それで、コリンさん。このような場所に呼び出してまでのお話とは?」
 まず聞こえてきたのは男の声。恐らくこれが金貸しのアズローだろう。
「はい。……大変申し上げにくいのですが、借りているお金の返済を数日待っていただけないかと……」
「ぁあん!?今日が約束の機嫌だってのはそっちだって重々承知のこったろうがよ!!」
 いきなりの怒鳴り声。……これが用心棒か?
「まぁまぁツェルドさん。そう大声を出さないでください」
 穏やかな声でアズローがなだめる。ふむ、やはりさっきのは用心棒か。
「しかし困りましたね。理由をお伺いしても?」
「……はい。実は……」
 コリンが理由を説明し始める。
 ある資産家から受けた注文の品を引き取りに行く予定が、旦那が体調を崩し冒険者に代わりを頼んだものの、当の冒険者も出ていったきり今日になっても戻ってこない。
 前もって決めたそんな筋書きを、コリンが訥々とした口調で語る。
 この奥さん、なかなかの演技派だな。などと、声を聞きながら感心したいところだが、時折入る用心棒の怒鳴り声が鬱陶しいことこの上ない。
「嘘をつくな。仮に旦那が体調を崩したのはそっちの落ち度。ウチには何の関係もねぇ」等々、挙句「その冒険者が品物を持ち逃げしたんじゃねぇのか」とまで言い出す始末。
 それをいちいちアズローが宥めすかすのだが、背景を知ってるこちらとしてはなんというか、結構神経を逆なでされる。
「……しかし困りましたね。そちらの事情は分かりましたが、私としてもここではいそうですかと頷くわけにもいかないのですよ。
 返済を待ってほしい延ばしてほしい、なんてのはこんな商売をしているとうんざりするほど言われる話でしてねぇ……そういう頼みをいちいち聞いていたらこちらとしても商売にならないんですよ。
 止むにやまれぬ事情で返済を待ってあげたら、その間に借りた人間が行方をくらました、なんてのも同業の間では割とある話でしてね」
「どう頼まれたって無理な相談なんだよ奥さん。この返済期限ってのは、この日までなら必ず返せますとお宅の旦那が自分で言いだしたことだ。
 それが無理ってんなら、旦那には借財奴隷になってでも払ってもらわねぇとなぁ!!」
「そんな……お願いします!3日!3日だけ待っていただければお金は必ず返します!!」
「そんなの信用できるかよ!」
「まぁまぁツェルドさん、そう熱くならないで。……コリンさん、3日後にはお金は確実に用意できるのですか?」
「は、はい!主人や冒険者の方に代わって私が品物を受け取りに行きます!乗合馬車を使えば3日で戻ってこれるはずです!!」
「……ということは、あなたも街の外に出る、ということですか?でしたら猶更認めるわけにはいきませんねぇ。その気になれば簡単に逃げることができてしまう」
「アズローさんよぉ、やっぱ旦那を借財奴隷にしちまった方がいいんじゃねぇか?その方が手っ取り早いし確実だぜ?」
「なら、それなら主人を残していきます!」
「ふーむ……」
 アズローが考え込む声が、遠話の護符を通して聞こえてくる。ったく、すべて自分で仕組んだことだってのに、大した狸親父だぜ。
「あなたがご主人を思う気持ちはとても立派です。ですがね奥さん、金というのは人を狂わせる。
 永遠の愛を誓った男女が、僅かな金の為に相手を見捨てたり天敵同士のようにいがみ合うさまを私は何度も見てきた。
 そこでです、あなたの本気の度合いを私に見せていただきたい」
 その声が聞こえた直後、ガタガタと椅子が動く音が隣から聞こえてきた。
「ツェルドさん!?アズローさんも一体何を……!?」
「なに、大したことじゃありません。あなたがほんのしばしの間私どもにお付き合いいただければ、返済の期限については特別に考えて差し上げましょう」
「いやっ!離して!」
「おや?ここであなたが拒むならば、私としてもご主人に直接払って頂くよりほかないのですが?」
「まぁ大人しくしとけよ。ウブな生娘じゃあるまいし、夕方には解放してやるぜ」
 そんな下卑た声が聞こえてくる。ユグルはといえば、拳を固く握りしめ歯をくいしばって耐えている。
「よし、頃合いだ。踏み込むぞ」
 ヴェスカー隊長が宣言すると、控えていた個室の扉をそっと開き、隣室の前に移動した。
 ヴェスカー隊長が俺に向けて頷いたので、手にした戦槌を横に振りかぶり、力を込めて扉の取っ手に叩きつけた。
 派手な音とともに開いた扉から4人がなだれ込み、ヴェスカー隊長が大音声で宣言する。
「よぉしそこまでだ!金貸しアズローとその用心棒ツェルド!二人とも動くな!!」
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