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第12章
第3話 水精鋼を形に
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-1-
黒虎亭で勧められた双剣亭は確かに美味かった。
日頃行くような食堂というより、ちょいお高めのレストランという佇まいだったが、ヴァルツ連れでもすんなり入れた。
料理もなかなか凝ったものを出すようで、ユニはデミグラスソースを使ったシチューに感心しきりだったし、イツキも干し魚(名前を聞いたが分からなかった)のオイル煮がかなり気に入ったようだ。
俺はといえばラムチョップ?というのか、骨付きの羊肉グリルに舌鼓を打った。
ただ3人+虎の面子で半金貨が3枚飛んでったので、常連になるにはちと憚られる値段だな。
翌日は少し早めに黒虎亭を出て猫枕亭に向かう。
出がけにヴァルツは黒虎亭の旦那からおやつを貰っていた。
旦那の口数は少なかったが、ヴァルツを見る目は優しかった。恐らく以前一緒に旅をしたという漆黒虎を思い出しているのだろう。
猫枕亭に到着しカウンターに向かう。
亭主のゲンバ爺さんは依頼を受ける地元冒険者の応対で忙しいので、娘と思しき給仕のおばちゃんにエールを頼んだ。
今朝も冷たいエールが美味い。朝からおおっぴらに酒が飲めるのは冒険者の特権だぁね。
でもさすがに焼酒や蜂蜜酒は遠慮してんだぜ。
やがてゲンバ爺さんの手が空いたので、今日来た目的を話す。
「ガラス職人ギルドの場所と、腕のいい武具職人か」
「地元のディーセンで世話になってるガラス店がかなり人手不足でね、旅のついでにこうやって人集めしてんだ」
「そうかい。武具の方は何を探してんだ?」
「水精鋼の鉱石が手持ちにあるんだが、これを形にしたい。戦槌を作り替えるか鉈を作るかは職人と相談かな」
「水精鋼の鉱石か。ランク5なのにいいもん持ってるじゃねぇか。地元じゃ作らなかったのか?」
「出どころを探られたくなかったんでね。つっても違法なモンじゃない。貰いもんだが、鉱脈がある、と掘り返されるとちょっと差し障りがある場所のもんなんだ。
あと今のランクで作るのは妬まれる元になるからもう少し待ってろ、ってさ」
「なるほど、そういう理由か。ならザバンの武器屋かフレイド武具店に行くといい。腕としてはザバンのほうがちっと上なんだが、こっちは注文が詰まってて時間がかかる可能性がある。
あまり時間をかけてられねぇならフレイド武具店だな。こっちは抱えてる職人も多いから割とすぐにとりかかってくれるはずだ」
ゲンバ爺さんはそういうと、カウンターから地図を取り出した。
「ガラス職人のギルドはここ、矢羽根通りの衛視詰め所を探して行くといい。その2軒隣だ。
フレイド武具店は大剣通りのここ。でかい店だからすぐにわかる。ザバンの武器屋はここで、フレイド武具店から通り沿いに1ブロック西だ」
「了解。まぁ武器の方は両方顔を出してみるわ。ありがとさん」
「なに、いいってことよ」
その後、冷えたエールを堪能した俺たちは揃って街に繰り出すことにした。
猫枕亭を出てまず向かったのはガラス職人のギルド。
カワナガラス店の書付を見せて職人を集めていることを伝える。
確実な職人募集の情報はやはり有難いらしく、ここでも丁寧に礼を言われた。
横断皇路はその治安の良さから人の往来も多く、特定の組織に属さない流れの職人や、他所の釜の飯を食ってこいと修行に出された見習い職人も結構行き来するらしい。
街の規模もあって職人の入れ替わりも多いが、それ以上に職を探しに来る職人も多いそうだ。
「この街でも何か新しい商品が開発できればいいんですけどね……」と、受付が苦笑いを浮かべたので、そこは曖昧に頷いておいた。
ガラス関係の思い付きは、カワナガラス店以外に教える気はないからな。
ガラス職人のギルドを後にすると、次は水精鋼の為に大剣通りを目指した。
2~3度道を尋ねながら大剣通りにたどり着くと、まずは目立つフレイド武具店に立ち寄った。
……なるほど、ここはディーセンで剣鉈を買った店のように武器全般を扱っているらしい。
それなりにいる冒険者風の客を横目で見つつ、棚にある武器の品ぞろえを確認する。
うん、装飾の多い武器もそこそこあるが、実用重視な丈夫そうな武器も結構ある。
棚の上の方には精霊鋼の武器も並んでいるが、どれも見事な出来だ。
フレイド武具店でこれなら、ザバンの武器屋はもっと期待できるかもしれん。
まずはザバンの武器屋で注文が可能か聞いてみて、駄目ならここで注文しよう。
-2-
フレイド武具店をいったん後にし、今度はザバンの武器屋を目指す。
通り沿いに幾つか他の武具店はあったが、まずはザバンの武器屋に行きたいので店先の品をチラチラと流し見する程度で済ませた。
そうしてたどり着いたザバンの武器屋は、小さいながらもなかなかに年季の入った建物だった。
「こんちは。邪魔するよ」
開けっ放しの入り口から中に入ると、店内には剣や斧、鈍器と言った武器類が所狭しと並んでいた。
一番奥にカウンターがあり、そこでは中年から初老にさしかかろうかというガタイのいい男性がいて、カウンター前にいる若者と何かを話していた。
「おう、いらっしゃい。買い物か?注文か?」
男性はこちらに気が付くと、若者との話を止めて声をかけてきた。
「武器を一つ注文したいんだが、そっちの話が終わってからで構わんよ」
そう答えてひらひらと手を振って見せる。先客の話に割り込むのも悪いしな。
「なに、コイツはいいんだ。修行に出してた弟子だからな。客じゃねぇんだ」
「なんだ、そうだったのか」
男性の答に頷いてカウンターに歩み寄る。
前にいた若者が脇に避けて場所を開けてくれたので、軽く頭を下げて謝意を見せると、若者も軽く頭を下げてよこした。
「俺がこの店の主のザバンだ。初めて見る姿だが、冒険者か?名は?」
ザバンと名乗ったカウンターの中の男性が尋ねてきた。
「ランク5の冒険者のディーゴってもんだ。拠点はディーセンだが、今はぶらぶら旅の途中でね。猫枕亭でここの話を聞いて武器を頼みに来た」
「そうかい。ただ話を振っておいて悪ぃんだが、今は武器の注文は受けてねぇんだ。予定がみっちり詰まっててよ」
「あー、そうか。じゃぁ仕方ねぇな」
「やけにあっさり引き下がるな?」
「猫枕亭でそんな話を聞いていたんでね。まぁ、あわよくばを期待はしていたが、予定が詰まってんじゃ仕方ないわな」
「そう言ってくれると助かるぜ。なまじ腕に覚えがあるだけに、ゴリ押ししてくる輩も少なくなくてな」
ザバンがそう言って肩をすくめて見せる。
「参考までに聞くが、どんな武器が欲しかったんだ?」
「割と前に水精鋼の原石を手に入れたんだが形にする機会がなくてね。戦槌か鉈のどっちかにしてもらおうかと思ってたんだ」
「ほぅ、水精鋼の原石か。今手持ちにあるか?」
「ああ、これだ」
ザバンの求めに応じて水精鋼の原石を取り出してみせる。
「どれ、ちょっと見させてもらうぜ」
ザバンは原石を手に取ると、光にあてたり重さを量ったりしながら仔細に観察した。
「うん、確かに水精鋼の原石だ。ただこの量だと戦槌より鉈にした方がいいな」
「戦槌だと量が少なすぎる?」
「まぁな。槌頭だけに限定しても、ちょいと量が中途半端で微妙に足りねぇ。その代わり鉈なら十分な量だ」
「そうか、まぁそれはそれで構わんか」
出来れば戦槌の方が良かったが、量が足りないなら仕方ない。
頷いて原石を引っ込めようとすると、横にいた若者がそこに待ったをかけた。
「あの、不躾なお願いかも知れませんが、もしよければ僕に作らせてもらえませんか?あ、僕はザバン親方の弟子のカルロと言います」
「おたくに?」
思わぬ申し出だが、判断に迷う。なにせこのカルロという若者の技量は未知数だ。貴重な水精鋼でナマクラなんぞ打たれた日には目も当てられない。
「ああ、それもアリかもな。コイツなら戻ってきたばかりで手が空いてる。すぐにでも取り掛かれるぜ?」
「……まぁそれなら事情も分かるが、予定が詰まってるんじゃないのか?だったらカルロに手伝ってもらって予定をさっさと消化した方が良くねぇか?」
「そうしたいのはやまやまだが、今抱えてる注文は俺一人で作るのを前提に受けたもんだ。そこに弟子とはいえ他人を加えるわけにはいかねぇよ。
事前にコイツがいついつには帰る、と手紙の一つも出してりゃ、合作前提で注文を受けられたんだがな」
なるほど、そういう訳か。
「おたくとしちゃコイツの鍛冶の腕が心配なんだろうが、コイツの技術は俺が保証する。ただ、まだ経験が足りねぇんでな、1振りでも多く打たせてやりてぇ。
無論、作業については俺もフォローするし出来上がった品は俺も確認する。おおそうだ、カルロ、お前さっき俺にみせた剣をこの旦那にも見せてやれ」
「あ、はい。ディーゴさんでしたね、これが僕が一番最近に打った剣です」
カルロがそう言って差し出してきた剣を受け取る。
「拝見させてもらうよ」
慎重に鞘を払うと、一点の曇りもない刀身が現れた。俺から見ればやや華奢な作りで軽すぎる感じがしたが、まぁこれはどんな使われ方を念頭に剣を打ったかで変わるので、さしたる問題ではないだろう。
切っ先、刀身、刃元と視線を滑らせるが、刃にムラもなければ歪みもない。
刀身を傾けてバランスを見ても、特に問題はなさそうだ。
そして柄の握り具合も悪くない。
一通りの確認を済ませ、納得したので剣を鞘に納める。
「悪くねぇ出来だろ?」
ザバンが笑顔で尋ねてくる。
「ああ、確かにいい出来だ」
ザバンに答えつつ剣をカルロに返す。
「ありがとさん。いい物を見せてもらった。こんな剣が打てるなら俺の方から頼みたいくらいだ」
「じゃあ?」
カルロが期待のこもった目で見てくる。
「正式にアンタに依頼しよう。この水精鋼で、鉈を一振り打ってくれ」
ニヤリと笑って答えると、カルロはぱっと顔を輝かせた。
「ありがとうございます!」
「そうと決まれば細けぇ所を詰めねぇとな。カルロ、見ててやるからお前の思うようにやってみな」
「分かりました」
口を挟んできたザバンにカルロは頷いて返すと、表情を引き締めて俺に向き直った。うん、職人のいい顔だ。
「ではこれから注文を伺います。ディーゴさんは鉈をご希望でしたね?」
「ああ。ただ鉈といっても四角い鉈じゃなくて、こういう切っ先のある剣鉈だ」
そう言って日頃護身用に持ち歩いている剣鉈を見せる。
「拝見します」
カルロが受け取って剣鉈を子細に調べる。
「結構重量がありますね」
「既製品の中から丈夫さを第一に選んだんでな。俺は見ての通り割と馬鹿力なんだ。並の剣だとどうにも強度が心もとなくてさ」
「なるほど。これが丁度いい重さですか?」
「いや、それでも少し軽いと思ってる。もう少し重くしてくれると収まりがいいんだが」
「そうですか。ちなみに水精鋼の武器だと清水を生み出すことができますが、そういう使い方は想定していますか?」
「まぁそうだな。むしろそっちがメインに近い。優先順位は第1に水、第2に強度、第3が切れ味といった感じかね」
「なるほど、わかりました。でしたら柄に樹人材を使うのはどうでしょう?」
「樹人材を使うと何か変わるのか?」
「はい。柄に樹人材を使うと、精霊鋼の特性が若干ですが強化されるんです。水精鋼の場合は、生み出せる水の量が少し増えます。
ただ樹人材を使う場合は、代金に少し上乗せしていただくことになりますが。
親方、樹人材の在庫はありますか?」
「まだ残ってたはずだ。鉈一振りぶんくらいなら十分間に合う。ちなみに半金貨5枚の上乗せだ」
カルロに話を振られたザバンが答える。
「樹人材は高いと聞いていたが、値段を聞くとそうでもないな」
「まぁ大した量を使うわけじゃねぇからな。それでも量に対する値段は結構なもんだぜ?」
「なるほど。でもまぁそのくらいの上乗せなら問題ない。樹人材の柄を頼もうか」
半金貨5枚程度の上乗せならぶっちゃけ痛くもなんともない。
「鞘についてはどうします?」
カルロが質問を重ねてきた。
「鞘も何かあるのか?」
「えっと、鞘については特殊な効果は付けられないんですが、こういう一品物の場合は鞘にも装飾とかをつけてくれといわれる場合が多いんです」
「そういう理由か。でもまぁ鞘についてはシンプルなのでいいや。ごてごてした装飾はいまいち趣味じゃないんでね」
「わかりました。では鞘については普通に木と革で作らせてもらいます。丈夫に作った方がいいですよね?」
「ああ。そうしてくれるとありがたい」
あとは、ちょうどいい重さや使いやすいバランス、柄の形など、細かいところを打ち合わせして、正式にカルロに注文を出した。
代金は材料持ち込みなので大白金貨2枚と金貨8枚。
手付金として大白金貨1枚をその場で支払い、受け取り票を貰った。
「出来上がりは1ヶ月から1ヶ月半ほど後になります。完成したら連絡しますが、滞在先は猫枕亭ですか?」
「いや、宿は黒虎亭に世話になってる。そっちの方に連絡をくれ」
「わかりました。もしかしたら途中で微調整の為に来てもらうことがあるかもしれませんが、その時はよろしくお願いします」
「了解。完成を楽しみにしてるぜ」
「はい。ご期待に添えるよう頑張ります」
カルロがそう言って力強く頷くと、脇でザバンが満足そうな笑みを浮かべた。
どうやらこのやり取りは親方のザバンから見ても合格点らしい。
果たしてカルロはどんな鉈を作り上げてくれるのか、そんな期待を胸にザバンの武器屋を後にした。
黒虎亭で勧められた双剣亭は確かに美味かった。
日頃行くような食堂というより、ちょいお高めのレストランという佇まいだったが、ヴァルツ連れでもすんなり入れた。
料理もなかなか凝ったものを出すようで、ユニはデミグラスソースを使ったシチューに感心しきりだったし、イツキも干し魚(名前を聞いたが分からなかった)のオイル煮がかなり気に入ったようだ。
俺はといえばラムチョップ?というのか、骨付きの羊肉グリルに舌鼓を打った。
ただ3人+虎の面子で半金貨が3枚飛んでったので、常連になるにはちと憚られる値段だな。
翌日は少し早めに黒虎亭を出て猫枕亭に向かう。
出がけにヴァルツは黒虎亭の旦那からおやつを貰っていた。
旦那の口数は少なかったが、ヴァルツを見る目は優しかった。恐らく以前一緒に旅をしたという漆黒虎を思い出しているのだろう。
猫枕亭に到着しカウンターに向かう。
亭主のゲンバ爺さんは依頼を受ける地元冒険者の応対で忙しいので、娘と思しき給仕のおばちゃんにエールを頼んだ。
今朝も冷たいエールが美味い。朝からおおっぴらに酒が飲めるのは冒険者の特権だぁね。
でもさすがに焼酒や蜂蜜酒は遠慮してんだぜ。
やがてゲンバ爺さんの手が空いたので、今日来た目的を話す。
「ガラス職人ギルドの場所と、腕のいい武具職人か」
「地元のディーセンで世話になってるガラス店がかなり人手不足でね、旅のついでにこうやって人集めしてんだ」
「そうかい。武具の方は何を探してんだ?」
「水精鋼の鉱石が手持ちにあるんだが、これを形にしたい。戦槌を作り替えるか鉈を作るかは職人と相談かな」
「水精鋼の鉱石か。ランク5なのにいいもん持ってるじゃねぇか。地元じゃ作らなかったのか?」
「出どころを探られたくなかったんでね。つっても違法なモンじゃない。貰いもんだが、鉱脈がある、と掘り返されるとちょっと差し障りがある場所のもんなんだ。
あと今のランクで作るのは妬まれる元になるからもう少し待ってろ、ってさ」
「なるほど、そういう理由か。ならザバンの武器屋かフレイド武具店に行くといい。腕としてはザバンのほうがちっと上なんだが、こっちは注文が詰まってて時間がかかる可能性がある。
あまり時間をかけてられねぇならフレイド武具店だな。こっちは抱えてる職人も多いから割とすぐにとりかかってくれるはずだ」
ゲンバ爺さんはそういうと、カウンターから地図を取り出した。
「ガラス職人のギルドはここ、矢羽根通りの衛視詰め所を探して行くといい。その2軒隣だ。
フレイド武具店は大剣通りのここ。でかい店だからすぐにわかる。ザバンの武器屋はここで、フレイド武具店から通り沿いに1ブロック西だ」
「了解。まぁ武器の方は両方顔を出してみるわ。ありがとさん」
「なに、いいってことよ」
その後、冷えたエールを堪能した俺たちは揃って街に繰り出すことにした。
猫枕亭を出てまず向かったのはガラス職人のギルド。
カワナガラス店の書付を見せて職人を集めていることを伝える。
確実な職人募集の情報はやはり有難いらしく、ここでも丁寧に礼を言われた。
横断皇路はその治安の良さから人の往来も多く、特定の組織に属さない流れの職人や、他所の釜の飯を食ってこいと修行に出された見習い職人も結構行き来するらしい。
街の規模もあって職人の入れ替わりも多いが、それ以上に職を探しに来る職人も多いそうだ。
「この街でも何か新しい商品が開発できればいいんですけどね……」と、受付が苦笑いを浮かべたので、そこは曖昧に頷いておいた。
ガラス関係の思い付きは、カワナガラス店以外に教える気はないからな。
ガラス職人のギルドを後にすると、次は水精鋼の為に大剣通りを目指した。
2~3度道を尋ねながら大剣通りにたどり着くと、まずは目立つフレイド武具店に立ち寄った。
……なるほど、ここはディーセンで剣鉈を買った店のように武器全般を扱っているらしい。
それなりにいる冒険者風の客を横目で見つつ、棚にある武器の品ぞろえを確認する。
うん、装飾の多い武器もそこそこあるが、実用重視な丈夫そうな武器も結構ある。
棚の上の方には精霊鋼の武器も並んでいるが、どれも見事な出来だ。
フレイド武具店でこれなら、ザバンの武器屋はもっと期待できるかもしれん。
まずはザバンの武器屋で注文が可能か聞いてみて、駄目ならここで注文しよう。
-2-
フレイド武具店をいったん後にし、今度はザバンの武器屋を目指す。
通り沿いに幾つか他の武具店はあったが、まずはザバンの武器屋に行きたいので店先の品をチラチラと流し見する程度で済ませた。
そうしてたどり着いたザバンの武器屋は、小さいながらもなかなかに年季の入った建物だった。
「こんちは。邪魔するよ」
開けっ放しの入り口から中に入ると、店内には剣や斧、鈍器と言った武器類が所狭しと並んでいた。
一番奥にカウンターがあり、そこでは中年から初老にさしかかろうかというガタイのいい男性がいて、カウンター前にいる若者と何かを話していた。
「おう、いらっしゃい。買い物か?注文か?」
男性はこちらに気が付くと、若者との話を止めて声をかけてきた。
「武器を一つ注文したいんだが、そっちの話が終わってからで構わんよ」
そう答えてひらひらと手を振って見せる。先客の話に割り込むのも悪いしな。
「なに、コイツはいいんだ。修行に出してた弟子だからな。客じゃねぇんだ」
「なんだ、そうだったのか」
男性の答に頷いてカウンターに歩み寄る。
前にいた若者が脇に避けて場所を開けてくれたので、軽く頭を下げて謝意を見せると、若者も軽く頭を下げてよこした。
「俺がこの店の主のザバンだ。初めて見る姿だが、冒険者か?名は?」
ザバンと名乗ったカウンターの中の男性が尋ねてきた。
「ランク5の冒険者のディーゴってもんだ。拠点はディーセンだが、今はぶらぶら旅の途中でね。猫枕亭でここの話を聞いて武器を頼みに来た」
「そうかい。ただ話を振っておいて悪ぃんだが、今は武器の注文は受けてねぇんだ。予定がみっちり詰まっててよ」
「あー、そうか。じゃぁ仕方ねぇな」
「やけにあっさり引き下がるな?」
「猫枕亭でそんな話を聞いていたんでね。まぁ、あわよくばを期待はしていたが、予定が詰まってんじゃ仕方ないわな」
「そう言ってくれると助かるぜ。なまじ腕に覚えがあるだけに、ゴリ押ししてくる輩も少なくなくてな」
ザバンがそう言って肩をすくめて見せる。
「参考までに聞くが、どんな武器が欲しかったんだ?」
「割と前に水精鋼の原石を手に入れたんだが形にする機会がなくてね。戦槌か鉈のどっちかにしてもらおうかと思ってたんだ」
「ほぅ、水精鋼の原石か。今手持ちにあるか?」
「ああ、これだ」
ザバンの求めに応じて水精鋼の原石を取り出してみせる。
「どれ、ちょっと見させてもらうぜ」
ザバンは原石を手に取ると、光にあてたり重さを量ったりしながら仔細に観察した。
「うん、確かに水精鋼の原石だ。ただこの量だと戦槌より鉈にした方がいいな」
「戦槌だと量が少なすぎる?」
「まぁな。槌頭だけに限定しても、ちょいと量が中途半端で微妙に足りねぇ。その代わり鉈なら十分な量だ」
「そうか、まぁそれはそれで構わんか」
出来れば戦槌の方が良かったが、量が足りないなら仕方ない。
頷いて原石を引っ込めようとすると、横にいた若者がそこに待ったをかけた。
「あの、不躾なお願いかも知れませんが、もしよければ僕に作らせてもらえませんか?あ、僕はザバン親方の弟子のカルロと言います」
「おたくに?」
思わぬ申し出だが、判断に迷う。なにせこのカルロという若者の技量は未知数だ。貴重な水精鋼でナマクラなんぞ打たれた日には目も当てられない。
「ああ、それもアリかもな。コイツなら戻ってきたばかりで手が空いてる。すぐにでも取り掛かれるぜ?」
「……まぁそれなら事情も分かるが、予定が詰まってるんじゃないのか?だったらカルロに手伝ってもらって予定をさっさと消化した方が良くねぇか?」
「そうしたいのはやまやまだが、今抱えてる注文は俺一人で作るのを前提に受けたもんだ。そこに弟子とはいえ他人を加えるわけにはいかねぇよ。
事前にコイツがいついつには帰る、と手紙の一つも出してりゃ、合作前提で注文を受けられたんだがな」
なるほど、そういう訳か。
「おたくとしちゃコイツの鍛冶の腕が心配なんだろうが、コイツの技術は俺が保証する。ただ、まだ経験が足りねぇんでな、1振りでも多く打たせてやりてぇ。
無論、作業については俺もフォローするし出来上がった品は俺も確認する。おおそうだ、カルロ、お前さっき俺にみせた剣をこの旦那にも見せてやれ」
「あ、はい。ディーゴさんでしたね、これが僕が一番最近に打った剣です」
カルロがそう言って差し出してきた剣を受け取る。
「拝見させてもらうよ」
慎重に鞘を払うと、一点の曇りもない刀身が現れた。俺から見ればやや華奢な作りで軽すぎる感じがしたが、まぁこれはどんな使われ方を念頭に剣を打ったかで変わるので、さしたる問題ではないだろう。
切っ先、刀身、刃元と視線を滑らせるが、刃にムラもなければ歪みもない。
刀身を傾けてバランスを見ても、特に問題はなさそうだ。
そして柄の握り具合も悪くない。
一通りの確認を済ませ、納得したので剣を鞘に納める。
「悪くねぇ出来だろ?」
ザバンが笑顔で尋ねてくる。
「ああ、確かにいい出来だ」
ザバンに答えつつ剣をカルロに返す。
「ありがとさん。いい物を見せてもらった。こんな剣が打てるなら俺の方から頼みたいくらいだ」
「じゃあ?」
カルロが期待のこもった目で見てくる。
「正式にアンタに依頼しよう。この水精鋼で、鉈を一振り打ってくれ」
ニヤリと笑って答えると、カルロはぱっと顔を輝かせた。
「ありがとうございます!」
「そうと決まれば細けぇ所を詰めねぇとな。カルロ、見ててやるからお前の思うようにやってみな」
「分かりました」
口を挟んできたザバンにカルロは頷いて返すと、表情を引き締めて俺に向き直った。うん、職人のいい顔だ。
「ではこれから注文を伺います。ディーゴさんは鉈をご希望でしたね?」
「ああ。ただ鉈といっても四角い鉈じゃなくて、こういう切っ先のある剣鉈だ」
そう言って日頃護身用に持ち歩いている剣鉈を見せる。
「拝見します」
カルロが受け取って剣鉈を子細に調べる。
「結構重量がありますね」
「既製品の中から丈夫さを第一に選んだんでな。俺は見ての通り割と馬鹿力なんだ。並の剣だとどうにも強度が心もとなくてさ」
「なるほど。これが丁度いい重さですか?」
「いや、それでも少し軽いと思ってる。もう少し重くしてくれると収まりがいいんだが」
「そうですか。ちなみに水精鋼の武器だと清水を生み出すことができますが、そういう使い方は想定していますか?」
「まぁそうだな。むしろそっちがメインに近い。優先順位は第1に水、第2に強度、第3が切れ味といった感じかね」
「なるほど、わかりました。でしたら柄に樹人材を使うのはどうでしょう?」
「樹人材を使うと何か変わるのか?」
「はい。柄に樹人材を使うと、精霊鋼の特性が若干ですが強化されるんです。水精鋼の場合は、生み出せる水の量が少し増えます。
ただ樹人材を使う場合は、代金に少し上乗せしていただくことになりますが。
親方、樹人材の在庫はありますか?」
「まだ残ってたはずだ。鉈一振りぶんくらいなら十分間に合う。ちなみに半金貨5枚の上乗せだ」
カルロに話を振られたザバンが答える。
「樹人材は高いと聞いていたが、値段を聞くとそうでもないな」
「まぁ大した量を使うわけじゃねぇからな。それでも量に対する値段は結構なもんだぜ?」
「なるほど。でもまぁそのくらいの上乗せなら問題ない。樹人材の柄を頼もうか」
半金貨5枚程度の上乗せならぶっちゃけ痛くもなんともない。
「鞘についてはどうします?」
カルロが質問を重ねてきた。
「鞘も何かあるのか?」
「えっと、鞘については特殊な効果は付けられないんですが、こういう一品物の場合は鞘にも装飾とかをつけてくれといわれる場合が多いんです」
「そういう理由か。でもまぁ鞘についてはシンプルなのでいいや。ごてごてした装飾はいまいち趣味じゃないんでね」
「わかりました。では鞘については普通に木と革で作らせてもらいます。丈夫に作った方がいいですよね?」
「ああ。そうしてくれるとありがたい」
あとは、ちょうどいい重さや使いやすいバランス、柄の形など、細かいところを打ち合わせして、正式にカルロに注文を出した。
代金は材料持ち込みなので大白金貨2枚と金貨8枚。
手付金として大白金貨1枚をその場で支払い、受け取り票を貰った。
「出来上がりは1ヶ月から1ヶ月半ほど後になります。完成したら連絡しますが、滞在先は猫枕亭ですか?」
「いや、宿は黒虎亭に世話になってる。そっちの方に連絡をくれ」
「わかりました。もしかしたら途中で微調整の為に来てもらうことがあるかもしれませんが、その時はよろしくお願いします」
「了解。完成を楽しみにしてるぜ」
「はい。ご期待に添えるよう頑張ります」
カルロがそう言って力強く頷くと、脇でザバンが満足そうな笑みを浮かべた。
どうやらこのやり取りは親方のザバンから見ても合格点らしい。
果たしてカルロはどんな鉈を作り上げてくれるのか、そんな期待を胸にザバンの武器屋を後にした。
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スター・スフィア-異世界冒険はお喋り宝石と共に-
黒河ハル
ファンタジー
——1つの星に1つの世界、1つの宙《そら》に無数の冒険——
帰り道に拾った蒼い石がなんか光りだして、なんか異世界に飛ばされた…。
しかもその石、喋るし、消えるし、食べるしでもう意味わからん!
そんな俺の気持ちなどおかまいなしに、突然黒いドラゴンが襲ってきて——
不思議な力を持った宝石たちを巡る、異世界『転移』物語!
星の命運を掛けた壮大なSFファンタジー!

辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します
潮ノ海月@書籍発売中
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる!
トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。
領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。
アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。
だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう
完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。
果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!?
これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。
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