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第12章
第2話 猫枕亭と黒虎亭
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-1-
「ここのギルドは割とまともそうだったわね」
ギルド職員に教えられた猫枕亭に向かう途中、姿を見せたイツキが話しかけてきた。
「だな。まぁウィータの街のギルドがアレ過ぎたってのもあると思うが、少なくともあそこの雰囲気は悪くなかった」
「では、しばらくここにいることになりますか?」
「それはこれから行く猫枕亭次第だな」
尋ねてきたユニにそう返す。あのギルドや職員はまともそうでも、実際に拠点とするのは猫枕亭になりそうだし。
高ランク冒険者が多く常駐するギルドに、ランク5程度で入り浸りはできんしな。
やろうと思えば可能だろうが、居心地がいいとは思えんのよね。
そんなことを考えつつ入ってきた城門をくぐると、また衛視に声をかけられた。入る時に声をかけてきたあの衛視だ。
「よぅ虎。もう用事は済んだのか?」
「冒険者ギルドに顔を出しただけだ。そこで猫枕亭に行くことを勧められたから戻ってきた」
「ああ、なるほどな。それだけなら戻ってくるのも早いか」
衛視は一人納得して頷くと、近くまで歩いてきて城門の外を指さした。
「猫枕亭はこの堀沿いに南に向かってすぐだ。ここからじゃ見えんが、少し歩けば3階建ての建物が見えてくる。これからの時期、あそこの酒はなかなか美味いぞ」
「そうなんか。そりゃ楽しみだ。教えてくれてありがとさん」
衛視にひらひらと手を振って、言われたとおりに堀沿いを南に向かう。
少し歩けばすぐに3階建ての建物が見えてきた。あれが猫枕亭だろう。
「邪魔するよ」
扉を開けて中に入ると、店の中はなかなかに賑わっていた。
「いらっしゃい、初めて見る顔だね。今日到着かい?」
迎えてくれたのは、両手にジョッキを持った狐耳の……おばちゃんだ。
「生憎今はちょっと立て込んでてね、ちょっと待っててもらえるかい。ほらよエール4つお待ち!」
狐耳のおばちゃんは俺たちにそういうと、近くのテーブルにどん、と両手のジョッキを置いた。猫枕亭なのに狐耳か。
……普通は狐耳の獣人女性というと、ちょっと神秘的なものを感じさせるような佇まいをイメージするものだが……まぁこういう威勢のいいおばちゃんもいないわけじゃないわな。
脳内で崩れていく狐耳女性のイメージを脇に押しやっていると、おばちゃんがさらに声をかけてきた。
「そこに立ってられると後のお客さんが入ってこれないよ。カウンターに行っとくれ。とーちゃん!ご新規さん3人とおっきな虎がきなすったよ!」
「おう!今きた3人と虎か?は適当に座ってな!」
おばちゃんが店の奥に向かって声を上げると、カウンターの前にいる5人ほどの冒険者パーティーの向こうから渋い声が返ってきた。
おばちゃんと姿の見えない店主?に言われたとおりに、カウンターに腰を下ろす。
その時に見た店主は、おばちゃんと同じく狐耳の獣人だった。
ただし結構な爺様で、頭のてっぺんはかなり薄く腹はかなり出ていたが。
……頭の髪は薄くても耳の毛はふさふさなんだな。つーか狐耳よりも狸耳の方が体型的に似合ってねぇか?といらん感想を抱きながら、店主の手が空くのを待つ。
店主が相手をしている5人組の冒険者は、依頼の結果を報告しに来たらしい。
冒険者手帳を見せてしきりに何か言っているのでなんとなく耳をそばだたせてみたが、どうやら依頼をしくじった言い訳らしい。
あー……うん、依頼された素材を集めに行った先で魔物に襲われてパーティー半壊、そのときの大乱闘で集めた素材もダメにした、と。
そりゃ依頼失敗扱いになるのも当たり前だな。
魔物が出るなんて聞いてないとか奇襲なんて卑怯だとか言ってるが、ちょっと認識というか想定が甘すぎだわな。
見た目が若いからと見くびるわけではないが、こういう甘い考えを臆面もなく口に出せるのは恐らく新人パーティーだからなのだろう。
そのうちパーティー内で責任の擦り付け合いが始まり、それまで話を聞いていた店主がついにキレた。
「そんなことは冒険者やってりゃ日常茶飯事で言い訳にもならねぇんだよ!テメェのヘマを他人のせいにすんな!あと喧嘩ならヨソでやれ!!」
店中に響き渡るような一喝に店内は一瞬静まり返り、一喝されたパーティーはあたふたと去っていった。
「おうすまねえな」
ため息とともにパーティーを見送った店主がこちらにやってくる。
でっぷりしているが眼光は鋭い。若くて痩せていたころは結構な強者だったのではなかろうか。
「俺はこの店の店主のゲンバだ。今日到着したクチかい?」
「ああ。俺はディーゴ、こっちはユニ。そんで樹精のイツキに使い魔のヴァルツだ」
そう言って冒険者手帳を差し出す。
「どれ、拝見するぜ」
店主が冒険者手帳を受け取って、中身をぱらぱらと確認する。
「……ほぅ、ランクはそうでもねぇが、いかつい見た目と違っていい仕事をするようだな。結構結構。丁寧な仕事をするヤツは大歓迎だ」
ニカリと笑って手帳を返してきた。
「で、この街に来た目的は?」
「まぁ旅の途中で立ち寄った、ってとこか。ただ路銀稼ぎもかねて、幾つか依頼を受けようかとも思ってる。先を急ぐ旅でもないんでね」
「そうかい。そいつは助かるぜ。するってーとウチに泊まるにゃ長丁場だな。お前さんたちなら……黒虎亭がうってつけか。
ここからだとちょい歩くが、お前さんたちなら歓迎してくれるだろうよ」
「了解。これから向かう……と言いたいが、その前に酒を3つもらおうか。ここの酒はなかなか旨い、と聞いたんでね」
「ありがとよ。ならエールだな。3人とも同じでいいか?」
「ああ、それで頼む」
日頃はエールは頼まないし、これからの時期のエールと葡萄酒は不味くなるので猶更避けるのだが、旨いと言われて出してくるのが気になった。
「つまみはどうする?」
「それはナシでいい。長居するつもりはないから、飲んだらすぐに出ていくよ」
「そうかい。……ほらよエール3つだ」
樽から注いだジョッキを3つ、次々に俺たちの前に並べる。
「ありがとさん」
「ありがと」
「ありがとうございます」
それぞれがジョッキを持ち上げ、口をつけると、イツキとユニが驚いたようにジョッキから口を離した。
「なにこれ、冷たい!?」
「この季節なのに?」
それを横目で見ながら、俺はぐいーっとジョッキを傾ける。キンと冷えた酒が喉を通る感覚がたまらない。
「魔法で冷やしたのか?」
ジョッキを一息で飲み干して店主に尋ねる。
「これからの時期はその方がいいだろう?」
店主がニヤリと笑って見せる。
「確かにな。これからの時期はたまらん旨さだ」
俺もそれに笑って返す。その横では気を取り直したイツキとユニが、冷たさを楽しむようにジョッキを傾けていた。
-2-
イツキとユニが飲み終えるのを待って、紹介された黒虎亭へと移動する。
冷たいエールのお代わりをせがむイツキを引っぺがすのに苦労したが、蜂蜜酒で釣ることでなんとか移動を承諾させた。
……コイツ、樹精から酒精に鞍替えしつつねぇか?
「やっぱり暑いときに冷たいエールって美味しいわね。蜂蜜酒も冷やすと美味しいのよね」
「水で冷やすのではどうしても限界がありますからね。屋敷以外だとどうしても……」
後ろでユニとイツキがさっきのエールについて話し合っている。
ディーセンの屋敷では冷気の魔石があったので冷たい酒も作れたが、さすがに外ではそうもいかん。
諦めていたところに冷たい酒が出てきたのがよほどうれしいのだろう。イツキ的には。
俺としても冷たい酒が飲みたいのは同意だが、そうなると冷気の魔道具なり氷の精霊魔法なり必要だからな。
氷の精霊魔法を覚えるには雪のあるところに行くか、氷の精霊石なりを手に入れにゃならんし。
猫枕亭の店主に弟子入りして教えてもらう……ってのはさすがに無茶だろう。
冷気の魔石は持ち歩いて使うにはちと効率が悪すぎるし。
そのうちに目指す黒虎亭に到着する。
「邪魔するよ」
扉を開けて中に入ると、玄関脇の窓口で暇そうにしていたおばちゃん(女将さん?)と目が合った。こっちは看板の通り虎耳がくっついている。
「あら!あらあらあら!いらっしゃいまし!」
おばちゃんは大きく目を見開くと、満面の笑みを浮かべていそいそと窓口から出てきた。
「立派な虎の獣人さんだねぇ!それに大きな漆黒虎だこと!泊りかい?」
「あ、ああ。見ての通りの構成なんだが、空いてるか?」
おばちゃんの勢いに気圧されながらも尋ねる。
「大丈夫だよ!おっと、冒険者手帳とかあるなら出しておくれよ」
「あいよ。これだ」
言われて冒険者手帳を出すと、おばちゃんはパラパラと中身を確認する。
「うん、ディーゴにイツキにユニにヴァルツね。2人部屋と4人部屋が開いてるけどどっちにする?」
「2人部屋で構わんよ」
「あいよ。でもちょっと広い方がいいね。角の部屋が開いてたからそこにしようか」
「すまんね、助かる」
「じゃあついておいでよ」
おばちゃんに先導される形で部屋に向かう。場所は2階の一番隅の部屋だった。
案内された部屋は2人部屋にしてはやや広く、ヴァルツもゆっくり横になれるスペースがあった。
「ヴァルツには後で毛布も用意するからね」
「すまんね」
「じゃあウチについて説明するよ。ウチの宿は基本素泊まりだ。食事は外で済ませておくれな。
料金は一人当たり銀貨4枚。精霊さんと虎は無料でいいよ。
1階に風呂があってここは暮れの鐘が鳴ってから。途中で1~2回追い炊きするけど、入るなら早い方がいいね。
あとは、依頼なんかで泊れない日があっても銀貨2枚出すなら部屋はそのまま取っとくよ。ただし先払いで半月までだけどね」
ふむ、いらん荷物を置いておける分、部屋をとっといてもらえるのは地味に有難いな。
「それは1人当たり銀貨2枚か?」
「いや、一部屋につきだよ」
「了解。不測の事態で半月が過ぎたら?」
「1ヶ月までは荷物だけ預かる形だね。これは1日につき半銀貨5枚。ただし腐るようなものがあったら勝手に処分させてもらうよ」
「分かった。とりあえず1週間分を先払いしとくよ」
そう言って半金貨1枚と銀貨4枚を渡す。
「はいよ、確かに。これが部屋の鍵。出かけるときは置いてっておくれ。玄関の横の部屋にはアタシか亭主か誰かいるからね」
「ああ。ところでこの近くでいい飯屋はないかな?」
「3軒隣の『踊る骸骨亭』って店が安くて量もあるからお勧めだね。少し値が張っても美味いものが食いたいってんならもっと南の『双剣亭』。美味い酒が飲みたいなら猫枕亭だよ」
「猫枕亭の酒は確かに美味かったが、メシはそれほどでもない?」
「不味くはないけど並の域は出ないね」
うむ、そうなるとちょっと悩むな。
冷えた酒も魅力的だが、安くて盛りのいい飯も興味がある。しかしどうせなら美味い飯を食いたい。
脳内で優劣を決めかねていると、おばちゃんが声をかけてきた。
「この虎、ヴァルツって言ったよね?ちょっと触らせてもらってもいいかい?」
「……あ、ああ。別に構わんよ。看板に黒虎とあったが、虎が好きなのか?」
「好きというかね、昔一緒に旅をしてたのさ。亭主の使い魔がこんな漆黒虎でね、もうかなり前に寿命で死んじまったけど、随分と助けられたし家族みたいなもんだったよ」
そう言いながらおばちゃんは慣れた手つきでヴァルツをわしわしする。
触り方がいいのか、ヴァルツも気持ちよさそうに目を細めて喉をごろごろ鳴らしている。
「いい毛並みだねぇ。美味いもん食わせてもらってんだろうねぇ」
おばちゃんはそう言いながらひとしきりヴァルツを撫でくりまわすと、やがて満足したのかヴァルツを解放した。
「ありがとね。後で亭主も触らせてくれって言ってくるかもしれないけど、その時も頼めるかい?」
「そのくらいならお安い御用だ」
おばちゃんの頼みに笑って返すと、おばちゃんは礼の言葉と鍵を残して1階に戻っていった。
「ここも居心地は悪くなさそうですね」
おばちゃんが去った後、装備を外しながらユニが話しかけてきた。
「だな。少し長めの逗留を考えてもいいかも知れん。……となると、明日はちょっとのんびり過ごすか。ただ、朝は一度猫枕亭に顔を出すぞ」
「なんで?のんびりって言ったのに依頼を受けるの?」
「いや、長逗留を決めたならここで武器を頼みたい。ここは腕のいい武具職人がいるらしいし、ずっと持ち歩いてる水精鋼を形にしてぇのよ」
尋ねてきたイツキに返す。
「ああ、そういうわけ。ならいいわ。……ところで、夕食はどこにするか決まった?」
「それだが……折角街に来た初日だし、少し値は張るが美味いっていう双剣亭にしようと思う」
「あたしは別に猫枕亭でもいいけど」
「そこはちょくちょく顔を出すことになるからな。酒ならその時にでも飲めるだろ」
「ディーゴも冷気の魔法を覚えたら?」
「それは考えとく」
イツキにそう答えると、平服に着替えて双剣亭へと繰り出した。
「ここのギルドは割とまともそうだったわね」
ギルド職員に教えられた猫枕亭に向かう途中、姿を見せたイツキが話しかけてきた。
「だな。まぁウィータの街のギルドがアレ過ぎたってのもあると思うが、少なくともあそこの雰囲気は悪くなかった」
「では、しばらくここにいることになりますか?」
「それはこれから行く猫枕亭次第だな」
尋ねてきたユニにそう返す。あのギルドや職員はまともそうでも、実際に拠点とするのは猫枕亭になりそうだし。
高ランク冒険者が多く常駐するギルドに、ランク5程度で入り浸りはできんしな。
やろうと思えば可能だろうが、居心地がいいとは思えんのよね。
そんなことを考えつつ入ってきた城門をくぐると、また衛視に声をかけられた。入る時に声をかけてきたあの衛視だ。
「よぅ虎。もう用事は済んだのか?」
「冒険者ギルドに顔を出しただけだ。そこで猫枕亭に行くことを勧められたから戻ってきた」
「ああ、なるほどな。それだけなら戻ってくるのも早いか」
衛視は一人納得して頷くと、近くまで歩いてきて城門の外を指さした。
「猫枕亭はこの堀沿いに南に向かってすぐだ。ここからじゃ見えんが、少し歩けば3階建ての建物が見えてくる。これからの時期、あそこの酒はなかなか美味いぞ」
「そうなんか。そりゃ楽しみだ。教えてくれてありがとさん」
衛視にひらひらと手を振って、言われたとおりに堀沿いを南に向かう。
少し歩けばすぐに3階建ての建物が見えてきた。あれが猫枕亭だろう。
「邪魔するよ」
扉を開けて中に入ると、店の中はなかなかに賑わっていた。
「いらっしゃい、初めて見る顔だね。今日到着かい?」
迎えてくれたのは、両手にジョッキを持った狐耳の……おばちゃんだ。
「生憎今はちょっと立て込んでてね、ちょっと待っててもらえるかい。ほらよエール4つお待ち!」
狐耳のおばちゃんは俺たちにそういうと、近くのテーブルにどん、と両手のジョッキを置いた。猫枕亭なのに狐耳か。
……普通は狐耳の獣人女性というと、ちょっと神秘的なものを感じさせるような佇まいをイメージするものだが……まぁこういう威勢のいいおばちゃんもいないわけじゃないわな。
脳内で崩れていく狐耳女性のイメージを脇に押しやっていると、おばちゃんがさらに声をかけてきた。
「そこに立ってられると後のお客さんが入ってこれないよ。カウンターに行っとくれ。とーちゃん!ご新規さん3人とおっきな虎がきなすったよ!」
「おう!今きた3人と虎か?は適当に座ってな!」
おばちゃんが店の奥に向かって声を上げると、カウンターの前にいる5人ほどの冒険者パーティーの向こうから渋い声が返ってきた。
おばちゃんと姿の見えない店主?に言われたとおりに、カウンターに腰を下ろす。
その時に見た店主は、おばちゃんと同じく狐耳の獣人だった。
ただし結構な爺様で、頭のてっぺんはかなり薄く腹はかなり出ていたが。
……頭の髪は薄くても耳の毛はふさふさなんだな。つーか狐耳よりも狸耳の方が体型的に似合ってねぇか?といらん感想を抱きながら、店主の手が空くのを待つ。
店主が相手をしている5人組の冒険者は、依頼の結果を報告しに来たらしい。
冒険者手帳を見せてしきりに何か言っているのでなんとなく耳をそばだたせてみたが、どうやら依頼をしくじった言い訳らしい。
あー……うん、依頼された素材を集めに行った先で魔物に襲われてパーティー半壊、そのときの大乱闘で集めた素材もダメにした、と。
そりゃ依頼失敗扱いになるのも当たり前だな。
魔物が出るなんて聞いてないとか奇襲なんて卑怯だとか言ってるが、ちょっと認識というか想定が甘すぎだわな。
見た目が若いからと見くびるわけではないが、こういう甘い考えを臆面もなく口に出せるのは恐らく新人パーティーだからなのだろう。
そのうちパーティー内で責任の擦り付け合いが始まり、それまで話を聞いていた店主がついにキレた。
「そんなことは冒険者やってりゃ日常茶飯事で言い訳にもならねぇんだよ!テメェのヘマを他人のせいにすんな!あと喧嘩ならヨソでやれ!!」
店中に響き渡るような一喝に店内は一瞬静まり返り、一喝されたパーティーはあたふたと去っていった。
「おうすまねえな」
ため息とともにパーティーを見送った店主がこちらにやってくる。
でっぷりしているが眼光は鋭い。若くて痩せていたころは結構な強者だったのではなかろうか。
「俺はこの店の店主のゲンバだ。今日到着したクチかい?」
「ああ。俺はディーゴ、こっちはユニ。そんで樹精のイツキに使い魔のヴァルツだ」
そう言って冒険者手帳を差し出す。
「どれ、拝見するぜ」
店主が冒険者手帳を受け取って、中身をぱらぱらと確認する。
「……ほぅ、ランクはそうでもねぇが、いかつい見た目と違っていい仕事をするようだな。結構結構。丁寧な仕事をするヤツは大歓迎だ」
ニカリと笑って手帳を返してきた。
「で、この街に来た目的は?」
「まぁ旅の途中で立ち寄った、ってとこか。ただ路銀稼ぎもかねて、幾つか依頼を受けようかとも思ってる。先を急ぐ旅でもないんでね」
「そうかい。そいつは助かるぜ。するってーとウチに泊まるにゃ長丁場だな。お前さんたちなら……黒虎亭がうってつけか。
ここからだとちょい歩くが、お前さんたちなら歓迎してくれるだろうよ」
「了解。これから向かう……と言いたいが、その前に酒を3つもらおうか。ここの酒はなかなか旨い、と聞いたんでね」
「ありがとよ。ならエールだな。3人とも同じでいいか?」
「ああ、それで頼む」
日頃はエールは頼まないし、これからの時期のエールと葡萄酒は不味くなるので猶更避けるのだが、旨いと言われて出してくるのが気になった。
「つまみはどうする?」
「それはナシでいい。長居するつもりはないから、飲んだらすぐに出ていくよ」
「そうかい。……ほらよエール3つだ」
樽から注いだジョッキを3つ、次々に俺たちの前に並べる。
「ありがとさん」
「ありがと」
「ありがとうございます」
それぞれがジョッキを持ち上げ、口をつけると、イツキとユニが驚いたようにジョッキから口を離した。
「なにこれ、冷たい!?」
「この季節なのに?」
それを横目で見ながら、俺はぐいーっとジョッキを傾ける。キンと冷えた酒が喉を通る感覚がたまらない。
「魔法で冷やしたのか?」
ジョッキを一息で飲み干して店主に尋ねる。
「これからの時期はその方がいいだろう?」
店主がニヤリと笑って見せる。
「確かにな。これからの時期はたまらん旨さだ」
俺もそれに笑って返す。その横では気を取り直したイツキとユニが、冷たさを楽しむようにジョッキを傾けていた。
-2-
イツキとユニが飲み終えるのを待って、紹介された黒虎亭へと移動する。
冷たいエールのお代わりをせがむイツキを引っぺがすのに苦労したが、蜂蜜酒で釣ることでなんとか移動を承諾させた。
……コイツ、樹精から酒精に鞍替えしつつねぇか?
「やっぱり暑いときに冷たいエールって美味しいわね。蜂蜜酒も冷やすと美味しいのよね」
「水で冷やすのではどうしても限界がありますからね。屋敷以外だとどうしても……」
後ろでユニとイツキがさっきのエールについて話し合っている。
ディーセンの屋敷では冷気の魔石があったので冷たい酒も作れたが、さすがに外ではそうもいかん。
諦めていたところに冷たい酒が出てきたのがよほどうれしいのだろう。イツキ的には。
俺としても冷たい酒が飲みたいのは同意だが、そうなると冷気の魔道具なり氷の精霊魔法なり必要だからな。
氷の精霊魔法を覚えるには雪のあるところに行くか、氷の精霊石なりを手に入れにゃならんし。
猫枕亭の店主に弟子入りして教えてもらう……ってのはさすがに無茶だろう。
冷気の魔石は持ち歩いて使うにはちと効率が悪すぎるし。
そのうちに目指す黒虎亭に到着する。
「邪魔するよ」
扉を開けて中に入ると、玄関脇の窓口で暇そうにしていたおばちゃん(女将さん?)と目が合った。こっちは看板の通り虎耳がくっついている。
「あら!あらあらあら!いらっしゃいまし!」
おばちゃんは大きく目を見開くと、満面の笑みを浮かべていそいそと窓口から出てきた。
「立派な虎の獣人さんだねぇ!それに大きな漆黒虎だこと!泊りかい?」
「あ、ああ。見ての通りの構成なんだが、空いてるか?」
おばちゃんの勢いに気圧されながらも尋ねる。
「大丈夫だよ!おっと、冒険者手帳とかあるなら出しておくれよ」
「あいよ。これだ」
言われて冒険者手帳を出すと、おばちゃんはパラパラと中身を確認する。
「うん、ディーゴにイツキにユニにヴァルツね。2人部屋と4人部屋が開いてるけどどっちにする?」
「2人部屋で構わんよ」
「あいよ。でもちょっと広い方がいいね。角の部屋が開いてたからそこにしようか」
「すまんね、助かる」
「じゃあついておいでよ」
おばちゃんに先導される形で部屋に向かう。場所は2階の一番隅の部屋だった。
案内された部屋は2人部屋にしてはやや広く、ヴァルツもゆっくり横になれるスペースがあった。
「ヴァルツには後で毛布も用意するからね」
「すまんね」
「じゃあウチについて説明するよ。ウチの宿は基本素泊まりだ。食事は外で済ませておくれな。
料金は一人当たり銀貨4枚。精霊さんと虎は無料でいいよ。
1階に風呂があってここは暮れの鐘が鳴ってから。途中で1~2回追い炊きするけど、入るなら早い方がいいね。
あとは、依頼なんかで泊れない日があっても銀貨2枚出すなら部屋はそのまま取っとくよ。ただし先払いで半月までだけどね」
ふむ、いらん荷物を置いておける分、部屋をとっといてもらえるのは地味に有難いな。
「それは1人当たり銀貨2枚か?」
「いや、一部屋につきだよ」
「了解。不測の事態で半月が過ぎたら?」
「1ヶ月までは荷物だけ預かる形だね。これは1日につき半銀貨5枚。ただし腐るようなものがあったら勝手に処分させてもらうよ」
「分かった。とりあえず1週間分を先払いしとくよ」
そう言って半金貨1枚と銀貨4枚を渡す。
「はいよ、確かに。これが部屋の鍵。出かけるときは置いてっておくれ。玄関の横の部屋にはアタシか亭主か誰かいるからね」
「ああ。ところでこの近くでいい飯屋はないかな?」
「3軒隣の『踊る骸骨亭』って店が安くて量もあるからお勧めだね。少し値が張っても美味いものが食いたいってんならもっと南の『双剣亭』。美味い酒が飲みたいなら猫枕亭だよ」
「猫枕亭の酒は確かに美味かったが、メシはそれほどでもない?」
「不味くはないけど並の域は出ないね」
うむ、そうなるとちょっと悩むな。
冷えた酒も魅力的だが、安くて盛りのいい飯も興味がある。しかしどうせなら美味い飯を食いたい。
脳内で優劣を決めかねていると、おばちゃんが声をかけてきた。
「この虎、ヴァルツって言ったよね?ちょっと触らせてもらってもいいかい?」
「……あ、ああ。別に構わんよ。看板に黒虎とあったが、虎が好きなのか?」
「好きというかね、昔一緒に旅をしてたのさ。亭主の使い魔がこんな漆黒虎でね、もうかなり前に寿命で死んじまったけど、随分と助けられたし家族みたいなもんだったよ」
そう言いながらおばちゃんは慣れた手つきでヴァルツをわしわしする。
触り方がいいのか、ヴァルツも気持ちよさそうに目を細めて喉をごろごろ鳴らしている。
「いい毛並みだねぇ。美味いもん食わせてもらってんだろうねぇ」
おばちゃんはそう言いながらひとしきりヴァルツを撫でくりまわすと、やがて満足したのかヴァルツを解放した。
「ありがとね。後で亭主も触らせてくれって言ってくるかもしれないけど、その時も頼めるかい?」
「そのくらいならお安い御用だ」
おばちゃんの頼みに笑って返すと、おばちゃんは礼の言葉と鍵を残して1階に戻っていった。
「ここも居心地は悪くなさそうですね」
おばちゃんが去った後、装備を外しながらユニが話しかけてきた。
「だな。少し長めの逗留を考えてもいいかも知れん。……となると、明日はちょっとのんびり過ごすか。ただ、朝は一度猫枕亭に顔を出すぞ」
「なんで?のんびりって言ったのに依頼を受けるの?」
「いや、長逗留を決めたならここで武器を頼みたい。ここは腕のいい武具職人がいるらしいし、ずっと持ち歩いてる水精鋼を形にしてぇのよ」
尋ねてきたイツキに返す。
「ああ、そういうわけ。ならいいわ。……ところで、夕食はどこにするか決まった?」
「それだが……折角街に来た初日だし、少し値は張るが美味いっていう双剣亭にしようと思う」
「あたしは別に猫枕亭でもいいけど」
「そこはちょくちょく顔を出すことになるからな。酒ならその時にでも飲めるだろ」
「ディーゴも冷気の魔法を覚えたら?」
「それは考えとく」
イツキにそう答えると、平服に着替えて双剣亭へと繰り出した。
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アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。
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完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。
果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!?
これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。
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