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第11章

第9話 風土病の薬1

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 丸1日を休日にして英気を養った翌日は、3羽の雄鶏亭の依頼板の前で適当な依頼を探していた。
「麦畑に囲まれて魔物の脅威がないとはいえ、世に揉め事の種は尽きまじ、か」
 依頼板に貼られた紙を見ながら小声で呟く。
 街の規模に比べて護衛や討伐系の依頼は少ないが、その分街の中での依頼が多い。
 失せ物探し、借金?の取り立て、荷運びの人足、倉庫の夜間警備……と多岐に及んではいるのだが、どうもいまいち食指が動かない。
 失せ物探しは土地勘のない自分たちには荷が重い、金の貸し借りには首を突っ込みたくない、荷運び人足はランク6~7用で報酬も渋い、夜間警備は悪くなさそうだが……警備する期間が1ヶ月なんだよな。
 さすがにそれはちょっと長すぎだ。
 さてどうしたものか……と、顎をつまんで考えていると、一緒に依頼板を見ていたユニが1枚の紙を指さした。
「ディーゴさま、この依頼なんてどうでしょう?」
『リスビリアの花の採取 7番の集落(モークの集落) 半金貨18枚追加報酬あり 集落長イドゥン 魔術師ケーセハイン』
 ユニに言われてのぞき込んだ依頼書には、そう書かれていた。
「7番の集落っつーと街から割と近そうだな」
「はい。それに花の採取にしては報酬も相場より高めです」
 俺の呟きにユニが続く。
「まず話を聞いてみるか」
 イツキにも確認したうえで依頼書を剥がし、亭主のマルコの所に持って行った。
「この依頼について教えて欲しいんだが」
「ああ、ちょっと待ってください」
 食器の片づけの手を止めた亭主が俺から依頼書を受け取る。
「この依頼ですか。リスビリアという水辺に咲く花の採取依頼ですね。この辺りの風土病の特効薬なんですよ」
 亭主は依頼書に目を落とすと説明を始めた。
「場所は7番の集落ですから、地図でいうとこの辺り。今から出ても夕方には余裕をもって集落に着けますね。そこで話を聞いてその先の宿屋に泊まれば翌朝から採取に取り掛かれると思います」
「なるほど。で、そのリスビリアって花はどんなものなんだ?」
「このくらいの大きさで、薄紫の花を咲かせています。陽のあまり差し込まない水辺に多く咲く花でしてね、6の集落の近くの宿屋そばに広がっている貯水池の森で摘めますよ」
 亭主が片手で花の大きさを作ってみせた。5~6セメトくらいの割と大きな花なので、見つけることは難しくなさそうだ。
「参考までに聞くが、その風土病ってのは?」
「手や足の指の関節が腫れて水がたまる病気なんですよ。命に関わるほどではないのですが、これに罹ると1ヶ月くらい不自由な思いをする羽目になります。
 薬を飲めば1週間程度で治るんですがね」
「なるほどな」
 あまりやばい病気だと二の足を踏むところだが、話に聞くくらいならば大して問題はなかろう。
 振り返ってイツキとユニの顔を見ると、二人も大丈夫と言った感じで頷いた。
「じゃあ、この依頼を受けることにするわ」
「分かりました。森に入るにあたっては取り決めがあるそうなので、まずは依頼人のイドゥンさんかケーセハインさんに話を伺ってください。
 それと、花の採取以外にも何か頼みごとがあるようです」
「了解。そんなこったろうと思ったよ」
 亭主に頷いて返すと、荷物をまとめて早速7番の集落を目指すことにした。

-2-
 道中は特に何事もなく、夕方にはかなり早い時間に7番の集落に到着した。
 そこで集落長のイドゥン氏に話を聞くことにした。
 日焼けした禿頭の、70を超えているであろうイドゥン氏と挨拶を交わすと、集落内の小さな広場に案内された。
 椅子代わりに置いてある丸太にそれぞれが腰を下ろすと、イドゥン氏が口を開いた。
「リスビリアの花を採ってきて頂くには森に入る必要がございますが、それについて何か聞きましたかな?」
「ええ。なんでも取り決めがあるそうなので、まずは貴方かケーセハインさんに話を聞くように言われました」
 イドゥン氏は俺の答に頷くと、言葉を続けた。
「なに、取り決めと言ってもたいしたことじゃありません。入っていただく森は水源を守る森なので、木々を無駄に傷つけたりせんようにお願いしたいのです」
「それについては樹の精霊のあたしが保証するわ」
「樹の精霊様がそうおっしゃるなら安心ですな」
 俺の代わりにイツキが答えると、イドゥン氏が顔をほころばせた。
 しかし、すぐに表情を改めるとこう切り出した。
「ただそれ以外に一つ懸念がございまして。なんでも集落の者が森の中で大きな物を引きずったような跡を見かけた、と言うのですよ」
「大きな物?」
「はい。調べさせましたところ、森の外、麦畑を通って森に入り込んだ何かがいるようで、それに気を付けていただければ、と」
「……なるほど、花を採ってくるだけなのになんで冒険者にと思ったが、そういう理由か」
「もしそれが森や人に害をなすようなものでしたら退治していただければ」
 なるほど、これが報酬の高かった理由か。
「まぁ相手にもよるが、考えておこう」
「お願いいたします」
 そう言ってイドゥン氏が頭を下げた。
 その後もいくつか質問を重ね、聞きたいことは聞き終わったので集落を出て街道沿いの宿屋に泊まることにした。

 翌朝、少し早めに起きると小1時間ほどかけて目的地の森へと繰り出した。
 麦畑の海にぽつりと浮かぶ島のような森だが、なかなかの規模がある。
 依頼の主目的であるリスビリアの花の採取はそれほど難しくはない。
 ゲームとかでよくあるように、最奥地に一輪だけ咲いていてボスを倒さなければ入手できない、ということはなく、森の中の小さな流れの傍に割と当たり前に咲いていたりする。
 薬になるのも花の部分だけで、乾燥させて使うので採取や取り扱いに気を使うこともない。
 ただ、この採取で近隣住民が使う1年分を賄う必要があるので、相応に量が必要な事だけが難点といえば難点か。
「この森、結構手入れが行き届いているわね」
 花摘みに専念する俺とユニの傍らで周囲を警戒していたイツキが呟く。
「まぁ時々とはいえ人が入るし、色々な意味で生命線でもある森だからな。そりゃ大事にもするだろうよ」
 森の中にあるという泉から流れ出る水は周辺の畑を潤し、森の木々は日陰を作り風土病の薬となるリスビリアを育む。
 それ以外にも薪や山菜、豚の餌となるどんぐりなど、税収の面には現れなくとも森がもたらす恵みは多い。
 もし目先の欲に捕らわれてこの森を切り開いてしまえば、周囲への悪影響は計り知れない事だろう。
 それを知っているからこそ、ここを治める領主も近隣の住民も、森を守っているのだろう。
 丁寧に刈られた跡がある下草や、適度に枝打ちされた木々を見ながら思う。
「ところでイツキ、森の中に入り込んだらしいというイキモノの気配はあるか?」
 花を摘む手をいったん止めて、大きく伸びをしながらイツキに尋ねる。
「この辺りにはいないみたいね。といっても、入り込んだのがどんなイキモノか分からないから確実性には欠けるけど」
「だよな。まぁ実際に痕跡を見ないとなんとも言えんが、俺としては蛇かトカゲか、その辺りじゃないかと睨んでる」
「見もしないでなんでわかるの?」
「集落長は『引きずったような跡』っつってたろ?蛇やトカゲは腹と尻尾を引きずりながら移動するから、そういう跡が残ってても不思議はねぇ。
 まぁ他にもネズミとかムカデとかも考えられるが、それは実際に跡を見てからだな」
「じゃあ、入り込んだイキモノそのものより、押し倒された草を探したほうがいい?」
「かも知れん。だがその前に昼飯にしようや」

-3-
 森の中の泉のほとりで簡単な昼食を済ませると、俺とユニは再び花を摘む作業に戻った。
 このペースならあと1~2時間程度で必要量は確保できるだろう。
 一方でイツキは範囲を広げて周囲を捜索している。
 イキモノの痕跡は昼食後まもなく見つかったようで、今はその痕跡をたどっている最中らしい。
「……見つけた」
 相応の時間が経って、イツキが声を発した。
「お、見つかったか。モノはなんだ?」
 花を詰めた袋の形を整えながら尋ねる。
「蛇ね。凄くでっかい蛇。胴の太さが人間の胴と同じくらいあるかしら。今はぐるぐる巻きになってじっとしてるわ」
「蛇か。あれはしぶといんだよな」
 頭を潰してもまたしばらく動くんだよな、蛇って。でもまぁ、でかいというんじゃ退治しておくに越したことはねーか。
「よし、花を集め終わったら退治しに行くぞ。もう1~2ヶ所、群生地を回れば必要量も集まるだろう」
「おっけー」
「わかりました」
 二人が頷くのを見て、花摘みを再開した。

 その後、2か所ほど花の群生地を巡り必要量を集め終わると、イツキレーダーに従って蛇の所に向かった。
 途中、蛇が通ったらしい跡を見かけたが……なるほどこりゃでかい。
 踏み倒された草の幅が、俺の歩幅の2/3くらいある。50セメトくらいだろうか。
 当然胴体は接地面より太くなるから、まぁ一抱えはある物と考えられる。
「こりゃ下手すると子供くらいは丸呑みにされそうだな」
「そんな大きいんですか?」
 俺の呟きにユニが驚いたような声を上げる。
「踏み跡の幅から見てそのくらいは考えられる。かなりタフな相手と見たほうがいいな。ユニは全弾使い切るつもりで叩き込め。
 ヴァルツも気をつけろよ。うっかり巻きつかれたら助けてやれる保証はねーぞ」
「がるっ」
「あたしは?」
「イツキか……恐らくだが、木の葉の刃や鋭枝の矢くらいの魔法じゃ効果はないように思う。最低でも杭くらいは欲しいところだな。
 連発はしなくていい。強い威力のやつをぶちかましてくれ。俺は序盤は盾で攻撃をいなしつつ、向こうが弱ってきたら盾を捨てて戦槌に切り替える」
「了解」
 歩きながらの作戦指示を済ませる。
「ディーゴ、そろそろよ。移動はしてないわ」
 それから少し歩いたところでイツキが警告の声を発する。
「よし。ユニ、余分な荷物はここに置いてけ。あとここじゃ他人に見られる心配もねぇからな、背中開けてやる。空中にいりゃさすがに蛇も手出しはできめぇ」
「お願いします」
 背負い袋その他を下ろし、武装だけの身軽な格好になるとユニの服の背中のボタンを外してやる。これで淫魔として翼が出せる。
 盾の下部を踏みつけて爪を出し両手に構えると準備は整った。
 互いに頷きあって足を踏み出すと、前方にとぐろを巻いた大きな蛇が鎮座し、鎌首をもたげてこちらを見ていた。
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