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第11章

第4話 道中の一幕

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―――前書き――――
ようやく新しい街に到着します。
ただ、その前にちょいと一幕ありますが。
――――――――――


-1-
 塩の街ソルテールを後にしたら、次の目的地はウィータという街だ。
 昨夜読んだとーちゃん冒険者の手記に寄れば、ウィータの辺りは広大な平原に恵まれ、帝国の穀倉地帯の一つとなっているらしい。
 故にウィータは「穀倉都市」とも呼ばれているそうだ。
 主な特産品は大麦や小麦といった麦類。
 またそれに伴って藁製品もそれなりに作られているらしいが、こちらは特産品と言えるほどではないそうだ。
 まぁ麦類は大抵の場所で作られていて材料の麦わらはどこでも手に入るうえ、藁製品のほとんどは安価な消耗品だ。
 農家では農閑期の内職に藁製品を作ることも多く、必要な分は自分で作ってしまう。
 金銭で購入するのは主に都市部の住民だが、その量とて周辺の村での生産量で賄えてしまう。
 市場規模が小さく単価も安い、おまけにあちこちでも生産しているときては、特産品として他都市に輸出するにはいささか厳しいだろう。
 それでも何か面白いものはないか、と、一応期待はしているわけだが。

 街道を歩き始めて2日目、昼にはまだ少し早い頃合いに、道端で半壊している荷車を見つけた。
 傍では商人ぽい男が一人、崩れた荷物を立て直している。
 かと思えば街道脇の草むらでは1頭のロバがのんびりと草を食んでいた。
 馬車とか荷車のトラブルってのはあまりいい思い出はねぇんだが、無視して通り過ぎるのも旅人の礼儀に反する。
 小さく息をつくと、イツキとユニに目配せをして男に歩み寄った。
「よぅ、荷車でも壊れたか?」
 声に気付いた商人がこちらを振り返って身をこわばらせる。
「ああ、大丈夫だ。見てくれはこんなだが、俺はディーゴっていうディーセンの街の冒険者だ」
「これはどうもご丁寧に。わたくしは行商を営んでおりますモリオンと申します。見ての通り荷車が壊れまして……」
 俺の名乗りに少し緊張を解いた商人が名乗り返す。
「人手が入用なら手を貸すが?」
「それは助かります。折れた車軸を交換しようとしていたところで」
「なるほどな。ちなみに車輪は無事か?」
 車輪まで壊れているとかなり厄介だ。
「はい。車輪は無事でしたが荷車自体が少し壊れまして。ただ、そちらはなんとかなります」
「そうか。なら荷車を浮かせて固定すればいいな?」
「そうですね。ですがその前に荷物をすべて降ろしませんと」
「魔法を使って浮かせるから問題ない」
 商人にそう答えると、壊れた荷車の四隅に岩の杭を立てて持ち上げた。
「おお、これは助かります」
 その後は協力して折れた車軸を荷車から引き抜き、さらに折れた車軸から車輪を取り外す。
 荷車の軸受けに予備の車軸を通して両端に車輪を取り付け固定し、軸受け部分にグリス代わりのラードをたっぷり塗れば交換は終了だ。時間にして1時間ちょいか。
 ベアリングもサスペンションもない単純な構造ならこんなもんだ。
「これほど早く交換が終わるとは……本当に助かりました」
「積み下ろしをしていたら半日仕事になるからな。そこまで時間もかけていられめぇ」
「おかげさまで陽のあるうちに次の村にたどり着けそうです。もしお急ぎでなければご一緒しませんか?お礼代わりと言っては何ですが夕食を奢らせていただければ」
「そうだな、そういうことならご馳走になろう」
 こうして、モリオンと名乗る行商人と同行することになった。

 道すがら聞いた話によると、モリオンはソルテールを中心に周辺の村々を巡って商売をしている行商人らしい。
 ソルテールには小さいながらも自分の店があり、そこは奥さんと子供に任せて自分だけこうやって村々を巡っているそうだ。
「店の売り上げだけでは、なかなか生活が厳しくて……」
 モリオンが苦笑しながら理由を説明する。
 聞くところによるとモリオンには男ばかり子供が3人(長男、次男、三男)いるそうだが、次男の出来がかなりいいため、アクロスにある大学に入れることを考えているらしい。
 ただその学費が馬鹿にならないので、こうして単身赴任もどきで稼いでいるとか。
 うん、子供の為に頑張る両親は大変だ。
 日本でのサラリーマン時代でも、大学生の子供への仕送りがーとか言ってる先輩や上司とかいたしな。
 ただ日本と違って、この世界の大学は一部の秀才・エリートだけが通える良くも悪くも狭き門で、無事に卒業できれば生まれがド平民でも高級官僚が夢ではなくなるらしい。
 是非とも次男坊には頑張ってもらいたいところだな。
 話の流れでこちらのこともいろいろ尋ねられたが、初対面の相手に正直に正体を話すわけにもいかんので、半分以上嘘で固めた身の上話をするのはちょっと心苦しかった。
 でも別のこの世界で悪魔の地位向上を目指してるわけじゃねーし、初対面の相手に自分が悪魔だとばらしたところでいい結果にはならんだろう。

 モリオンと一緒に到着した村は、なかなか大きな村だった。
 村にしては珍しく宿屋があるのでモリオンともどもそこに泊まることにした。
 この世界の宿屋というか宿泊施設ってのは結構ピンキリの幅が大きく、下手な宿屋の寝床は虱の巣だったりするが、ここの宿屋はモリオンもお勧めする常宿だそうでベッドのシーツもきれいに洗濯されていた。
 こちらが鎧を脱いでのんびりしている間に、モリオンは村長の所に顔を出しに行くといって出ていった。
 明日、この村で店を開かせてもらうための挨拶だそうだ。
 それなら対して時間はかからんだろう、と、イツキ、ユニともども併設されている居酒屋でモリオンを待つことにした。

 ほどなくして村長の所から戻ったモリオンが顔を見せ、そのまま夕食が始まった。
 内容はよくある農家料理に毛の生えた程度のものだが、今の季節は春の盛り、冬を越した新鮮な春野菜がふんだんに使われていて美味かった。
 干し野菜を丁寧に戻したものも悪くないが、新鮮な野菜・山菜特有のしゃくしゃくした歯触りは久しぶりなのでついつい手が伸びる。
 特に付け合わせの、コゴミと思われる山菜をさっと塩茹でしてニンニクとオリーブオイルを絡めたものがやたらと後を引く。
 ただ、エールがちといただけない。
 居酒屋を仕切っているらしい女将さんが得意顔で「ウチ特製のエールだよ」と勧めてくれたが、イマイチ俺の口には合わなかった。
 なにか薬草かハーブの混ぜ物がしてあるようで、ちょっと薬っぽい匂いが気になった。
 とはいえモリオンはぐいぐい飲んでいるし、イツキとユニも平気な顔なので、これはたぶん好みの問題だろう。
 それでもモリオンを交えた和やかな夕食は、話をあちこちに飛ばしながら和やかに進む。
 やはりモリオンとしてもディーセンの水飴は気になるらしいが、これといった伝手のない身では安定した入手は難しいと言っていた。
 俺としてはもうちょっと大規模に売り出してもいいと思うのだが、まぁ機密保持が必要な都合上、人手も無制限に増やすわけにもいかんだろうし、領主様なりの考えがあってのことだろうと口をつぐんでおく。
 後は、この辺りの景気や治安の話になったり、俺が今まで受けた依頼の話になったりしながら時間を過ごし、お互い部屋に引っ込んで床についた。

-2-
 翌朝、この村に残って店を開くというモリオンと別れ、村を出発した。
 そうして歩くこと5日、俺たちの目の前には広大な麦畑が広がっていた。
「……こりゃまた、すげぇ光景だな」
 見渡す限りの麦畑という光景に、思わず圧倒される。
「これ、全部畑……ですよね?自生の麦じゃないですよね?」
 ユニが呆然としながら尋ねてきた。
「ああ、間違いなく畑だろうな。これだけ全部耕すとなると、どれだけの人手が必要になるんだか……」
「これだけ麦畑が広がっているとなると、もう次の街が近いのかしら?」
「いや、予定ではあと3日くらい先の筈なんだが」
「まさかそこから麦畑が続いてるの?」
 イツキが信じられないと言った風に呟く。
「穀倉地帯というからありうるかもな」
 そんなことを言いあいながら、麦畑の中の街道を進む。
 街道から逸れる脇道が増えてきたが、都度看板が立っているので迷うことはない。

 とーちゃん冒険者の手記によると、穀倉都市ウィータの周辺には大きな村はなく、かわりに30人から70人程度の小さな村というか集落が結構な密度で散らばっているそうだ。
 確かに、この平原をくまなく活かそうと思ったら、一極集中ではなく分散した方が効率がいい。
 畑という職場への通勤手段が徒歩に限られる以上、どうしても耕作可能な範囲は限られる。家から畑まで3~4時間もかかるようでは、往復だけで1日が終わってしまう。
 通勤時間が短ければ農作業に充てられる時間が増え、余力があれば新たな農地の開墾にも回せる。
 しかし、分散するとなると今度は治安の面で不安が残る。魔物や野盗が跋扈するなかでは、小さな農家集団などカモにしかならない。
 普通の領内ではそれがあるから村というそれなりの規模の拠点を作り、いざというときに備えるのだが、この領内ではそういう心配をしなくていいほどに治安がいいらしい。
 またそれに伴って、街道を行き来する者の為に居酒屋や宿屋も整備されているのはありがたかった。
 村長の家に厄介になるのは旅人の常套手段だけど、やはりいろいろ気を遣うのよ。
 村長からすれば半分役目みたいなものかもしれんが、やはり民家の一室だし。
 幾度か世話になってる顔見知りなら多少は気も楽だけど、初対面の相手となると、どうしてもね。

 そんな感じで割と快適に旅を続け、ついに穀倉都市ウィータに到着した。
 地理的にはソルテールの南南西になり、アクロス(横断皇路の終点の都市)からは真西になる。
 しかしこのウィータという街もまたでかい。
 横断皇路の中継点に加えて穀倉地帯なことから、アクロスに負けず劣らずな規模がある。
 やはり大街道が通っていると街もでかくなるもんなのかな。
 街に入るための列で、前後に若干の間隔を空けられながら順番を待つ。
 幸い、夕方の混雑にはまだ少し早い時間なので、長々と待つこともなく順番がきた。
「ふむ、冒険者のディーゴとユニだな。それに樹の精霊のイツキと使い魔のヴァルツか」
 門番が胡散臭そうな目で俺たちを見る。まぁ確かに怪しい一行だろうよ。
「ディーゴは名誉市民か。短剣は持っているか?」
「ああ、これだ」
 門番の求めに名誉市民の短剣を差し出す。門番はかなりじっくりをそれを調べていたが、納得したのか手帳と一緒に返してきた。
「確かに本物の短剣だ。で、この街への訪問理由は?」
「冒険者の仕事をこなしつつハルバに向かってる最中でね。依頼次第だが1ヶ月くらいは滞在すると思う」
「そうか。滞在先は決まっているか?」
「それはこれからだ。なにせこの街は初めてでね」
「ならばまずは冒険者ギルドに顔を出せ。南門の近くで聞けばわかる」
「了解。ちなみにここは北門でいいのか?」
「そうだ。言っておくが、くれぐれもこの街で揉め事は起こすなよ?」
「わかった。気を付けよう」
「では入っていいぞ。通れ」
 門番の許可が出たので、軽く頭を下げて門を通過した。
「あまり感じのいい門番じゃないわね」
 門から少し離れたところでイツキが呟く。
「相手の機嫌を取るような仕事じゃねぇからな。まぁ結果的に賄賂を要求もせずに通してくれたんだから良しとしようや」
 そう言ってイツキをなだめると、門番に言われた通り南門を目指すことにした。
 さっさと冒険者ギルドが見つかればいいんだがな。
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