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第11章
第3話 塩の街ソルテール
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―――前書き――――
以前にちょっと登場した街です。
ディーセンからはまだ近いので、長滞在はしません。
――――――――――
-1-
湯宿の里からまっすぐ南に5日ほど歩くと、塩鉱山を擁する塩の街ソルテールに到着する。
ここは一度立ち寄ったことがあるうえに、塩以外に目立った特産品もなく、ディーセンからもまだ近いということでさっさと出発するつもりだったが、1日だけ休養と買い出しにあてることにした。
前回泊って飯が美味かった記憶がある綿帽子亭に宿をとり、翌日は一同揃って街の中を観光がてら巡ることにする。
まずは宿の女将に聞いたガラス職人のギルドを訪ね、カワナガラス店の書付を見せて職人募集中であることを伝えておく。
その後は塩の公売所に足を向ける。塩を買うのも目的だが、観光スポットとしてもここは外せない。
「……ここでお塩を扱っているんですか?」
巨大な公売所をユニがぽかんとした表情で見上げて、半ば驚いたような声を出した。
「ああ。この街の特産品でな、他所の街からも買いに来る結果これだけの規模になったらしい。前に買って帰った塩もな、ここで買ったもんだ」
「あの特級だったというお塩ですね?」
「そうだ。使い心地はどうだった?」
「確かにいいお塩でした。少し甘味があって、特に焼いたお肉によく合うような気がします」
「ふむ、塩に種類があるのは知ってるが、素材とかによって合う塩とかもあるのか」
「そうですね。私が向こうで使っていたお塩は湖からとれるお塩が一般的でしたが、煮込み料理やマリネとかに合うと言われてました」
湖塩とはまた珍しい名前が出たな。日本じゃまず見かけない塩だが、そういうのもあるのか。
まぁ日本でも温泉(塩化物泉)から塩を作ってたところもあるらしいから、珍しさでは負けんか。
「なるほどな。まぁここの塩は一つの鉱山からとれたらしいから、味としちゃ似たり寄ったりだろう。今回はユニの目で見て、気に入ったのがあったら買っていこうや。確か味見をさせてくれたはずだ」
「わかりました。楽しみですね」
「ただ、5級と4級は試食すんのはやめとけ。どっちも不純物が多いし5級に至っては家畜用だ」
「それも試食されたんですか?」
「ああ、安かったんで物は試しと思ってな。口に入れて後悔したわ」
苦々しく俺が言った言葉に、ユニがクスリと微笑んだ。
ユニを連れて公売所の中に入ると、中は相変わらずの賑わいだった。
ちなみにヴァルツは公売所入口に立つ警備員の隣で警備手伝いという名の待機。
いや、公売所に入ろうとしたら見慣れない虎男がこれまた真っ黒な虎を連れてきた、ってんで警備員が集まってきたんだが、誤解を解いたら年かさの警備員が茶目っ気を出して、買い物の間だけヴァルツをここに置いてけと言ってきてね。
今の時間の担当者が童顔だから、迫力を出すのにちょうどいいだろうって。
なるほど、言われてみれば指をさされた警備員は、確かにちょっと幼い顔をしてる。体つきは結構鍛えられているようなんだがな。
まぁそのくらいなら別に構わんか、と、美味い昼飯が食える店を教えてもらうことで話はついた。
……しかし警備なのに緩いな、この職場。
話を戻そう。
ユニを連れて公売所の中を一通り案内したうえで、お目当ての試食コーナーに向かった。
コーナーには複数の店員がいて、それぞれ客の求めに応じて岩塩を少し削って差し出している。
味の比較用として数種類を板に乗せて出してもくれるらしく、ユニは3級から特級までの4種類を注文した。
ユニが真剣な表情で3級から順番に味を見ていき、全部を口にし終えたところで考え込む。
少しの時間の後、ユニは店員に板を返しつつ礼を言うと、俺の方を振り返った。
「あの、1級と特級を買いたいのですが、よろしいでしょうか?」
「2種類買うのか?」
「はい。特級のお塩も美味しいのですが、1級のお塩も特級にはない味があって、こちらもいい品なんです。
むしろ狩りで仕留めたような、少し癖のある野生肉の場合は1級のお塩の方が合う気がします」
ユニの言葉が聞こえたのか、店員が少し微笑みながら小さく頷いた気がした。
「ふむ、なるほどな。じゃあ両方買うか」
これから先は旅暮らしで狩りをする機会も増えるだろう。そうして獲った肉が旨く食えるなら、金を惜しむ道理はない。
結果、特級と1級の塩をそれぞれ中くらいの袋で2つずつ買うことにした。
買うものは買ったので、入口の所でヴァルツを回収する。
「眼鏡にかなうものはあったかい?」
「ああ、特級と1級の塩をそれぞれ買わせてもらった。商売じゃないから量は少なめだがな」
「なに、それでも買ってくれるなら有り難いもんだ」
ヴァルツを侍らせていた童顔の警備員とそんなやりとりをし、ヴァルツを引き取った。
「虎もありがとうよ。お前さんが隣で睨み利かせてたお陰で俺まで強くなった気分が味わえたぜ」
そう言って警備員が頭をなでると、ヴァルツは目を細めて喉を鳴らした。
「で、例の旨い店だがな、この通りを東に行くと右手の角に馬具を扱ってる店がある。
そこを左に曲がって少し歩けばランタンキノコ亭って食堂があるからその横の路地を入っていきな。
その路地のどん詰まりに名前のねぇ飯屋があるんだ。地べたに立て看板が出てりゃ開いてるから、行ってみるといい」
「ランタンキノコ亭の路地のどん詰まりね。ありがとさん。じゃあ引き続き仕事頑張ってくれ」
「おう」
警備員に礼を言って、言われたとおりにランタンキノコ亭を目指す。
確か前回来たときは昼飯で大ハズレを引いた記憶があるから、是非とも今回は美味いものを食いたいところだ。
-2-
警備員に教えられたとおり、馬具の店を左に曲がって少し歩くとキノコの看板が下がっている店を見つけた。
この店からもいい匂いがするので気にはなったが、まずは教えられた通り路地に入って名無しの飯屋を目指す。
うむ、こんなところにある店は地元民にでも聞かなきゃわからんわな。
陽の差し込まない狭い路地を、ヴァルツを先頭に歩いていくとやがて突き当りが見えてきた。
さて立て看板は出ているかな……と見ると、確かにそれほど大きくない立て看板が置いてあった。
近づいて看板の文字を読んでみると「本日の日替わり定食 豚の香草焼き パンとシチュー付き 半銀貨5枚」と書いてある。
どうやらここがその店らしい。
入口がちょっと気取った民家程度の扉なので、看板が出ていなければ飯屋だとは気づくまい。
「邪魔するよ」
扉を開けて中に入ると、店内はテーブルが2つとカウンター席が4つだけという小さな作りだった。
店の内装やテーブル、椅子はどれも年季が入っているが、きちんと掃除されているようで汚らしさは感じない。
厨房は中年の男が一人で切り盛りしているらしい。
先客はカウンターに2人、テーブルに2人と、大繁盛ではないがそれなりに客の入りはいいようだ。
「いらっしゃいませ」
少し腰の曲がった老婆がゆっくりと近づいてきた。
「3人と虎1頭なんだが行けるかな」
「はいはい。大丈夫ですよ。そちらのテーブルにどうぞ」
言われた席につき、日替わり定食を4人分と生肉を1人分注文する。飲み物はエールしかないそうなので、それを人数分頼んだ。
「……でも、随分辺鄙な所にある店ね。普通はこんな奥まで来ないわよ?」
料理待ちの間にイツキが声を潜めて尋ねてきた。
「だな。この店を目当てに来ない限りは、まず入口の食堂に吸い込まれるだろう」
「でもこういうお店って、隠れた名店みたいで面白いですよね」
「知る人ぞ知る、ってやつかな」
そんなことを小声で話し合っていると、やがて酒と料理が運ばれてきた。
酢漬けっぽい野菜の隣には香草をまぶされた豚肉があり、いい匂いを放っている。
シチューというか半透明のスープにはいくつかの具が沈んでおり、添えられたパンもなかなかの大きさだ。
これで半銀貨5枚はちょっと安いかも知れん。
「じゃあ、始めっか」
それぞれが独自に食前の祈りを捧げ、料理に取り掛かる。
「……ほぅ」
俺はまず口を湿らすのにシチューから取り掛かったが、なんというか、味が深い。安食堂にありがちな塩気のたりない薄味ではなく、ちゃんと料理としての味がする。
ついで酢漬け野菜に手を伸ばす。うむ、これも美味い。酸味が柔らかくて優しい味がする。
そして主菜の豚肉だが、これも脂がのっていてまた美味い。丁寧に筋切りがされている上に、まぶされた香草がいい仕事をしている。
惜しむらくはエールがややぬるいことだが、こればかりは冷蔵庫がないので仕方あるまい。この世界でキンキンに冷えた飲み物を期待するのは酷というもの。
だがそれを差し引いても、この店はアタリだ。
女の子を誘ってデートに使うような店ではないが、気軽に食いに来れる飯屋としてなら脳内ランキングに載せたいところ。
見ればイツキもユニも満足そうに料理をつまんでいる。
「ディーゴ様、これ、見てください」
俺の視線に気づいたのか、ユニがオムレツの欠片を指し示した。
「シチューに入っているお野菜は面取りとか隠し包丁とか下ごしらえがしてあるんですけど、それで出た余りをオムレツの具に使っているみたいなんです。
お野菜を残らず使い切っているんですね」
言われてみれば確かに小さなオムレツには細々した野菜が混ぜられている。
「こうやってきちんと野菜を使い尽くしてくれると、作ってくれる人が野菜を大事に思ってくれてるようで嬉しいわ」
イツキが満足そうに微笑む。
……なんか日本料理でもそんな姿勢があると聞いた気がするな。
腕のいい料理人は、素材を余すところなく使い切るから出るゴミの量も少ないんだとか。
飽食の時代と言われ、大量消費と大量廃棄が当たり前な世界に生きてきた身としては、そういう考えはちと耳が痛い。
大根や人参の皮を使ったキンピラはたまに耳にするが、ぶっちゃけ自分で作ったことはないしな。
まぁ精々が蕪や大根の浅漬けとか味噌汁に、葉っぱも刻んでぶちこむ程度だ。
ともあれ、料理の味とそれに向かう姿勢からして、ここの料理人の腕がいいのは間違いない。
満足のいく食事を終え、代金と共に美味かったよと礼を述べたら、老婆は顔をしわくちゃにして喜んでくれた。
料理人の素っ気なくもやや嬉し気な「またどうぞ」の声に送られて店を出ると、大きく伸びを一つ。
後は連れだって街中の商店を軽く冷かせば、この街での用事は終わる。
できれば塩鉱山を見物したいとも思ったが、まぁそんなものを見たがる物好きはこの世界にはあまりいないだろうし観光地化もされてないと思うので、いささか後ろ髪を引かれる思いでスルーすることにした。
冷かしがてらに明日からの道中の買い物を済ませ宿の綿帽子亭に戻る。
部屋に入り荷物からとーちゃん冒険者の手記を引っ張り出すと、今日の名もない飯屋のことを追記しておいた。あそこは忘れずに再訪したい。
明日はこの街を出て南南西に向かう。
とーちゃん冒険者の手記に寄れば、ここソルテールから徒歩10日ほどでウィータという街につくらしい。
今の予定ではそこから冒険者として依頼をこなし始めるつもりだ。
以前にちょっと登場した街です。
ディーセンからはまだ近いので、長滞在はしません。
――――――――――
-1-
湯宿の里からまっすぐ南に5日ほど歩くと、塩鉱山を擁する塩の街ソルテールに到着する。
ここは一度立ち寄ったことがあるうえに、塩以外に目立った特産品もなく、ディーセンからもまだ近いということでさっさと出発するつもりだったが、1日だけ休養と買い出しにあてることにした。
前回泊って飯が美味かった記憶がある綿帽子亭に宿をとり、翌日は一同揃って街の中を観光がてら巡ることにする。
まずは宿の女将に聞いたガラス職人のギルドを訪ね、カワナガラス店の書付を見せて職人募集中であることを伝えておく。
その後は塩の公売所に足を向ける。塩を買うのも目的だが、観光スポットとしてもここは外せない。
「……ここでお塩を扱っているんですか?」
巨大な公売所をユニがぽかんとした表情で見上げて、半ば驚いたような声を出した。
「ああ。この街の特産品でな、他所の街からも買いに来る結果これだけの規模になったらしい。前に買って帰った塩もな、ここで買ったもんだ」
「あの特級だったというお塩ですね?」
「そうだ。使い心地はどうだった?」
「確かにいいお塩でした。少し甘味があって、特に焼いたお肉によく合うような気がします」
「ふむ、塩に種類があるのは知ってるが、素材とかによって合う塩とかもあるのか」
「そうですね。私が向こうで使っていたお塩は湖からとれるお塩が一般的でしたが、煮込み料理やマリネとかに合うと言われてました」
湖塩とはまた珍しい名前が出たな。日本じゃまず見かけない塩だが、そういうのもあるのか。
まぁ日本でも温泉(塩化物泉)から塩を作ってたところもあるらしいから、珍しさでは負けんか。
「なるほどな。まぁここの塩は一つの鉱山からとれたらしいから、味としちゃ似たり寄ったりだろう。今回はユニの目で見て、気に入ったのがあったら買っていこうや。確か味見をさせてくれたはずだ」
「わかりました。楽しみですね」
「ただ、5級と4級は試食すんのはやめとけ。どっちも不純物が多いし5級に至っては家畜用だ」
「それも試食されたんですか?」
「ああ、安かったんで物は試しと思ってな。口に入れて後悔したわ」
苦々しく俺が言った言葉に、ユニがクスリと微笑んだ。
ユニを連れて公売所の中に入ると、中は相変わらずの賑わいだった。
ちなみにヴァルツは公売所入口に立つ警備員の隣で警備手伝いという名の待機。
いや、公売所に入ろうとしたら見慣れない虎男がこれまた真っ黒な虎を連れてきた、ってんで警備員が集まってきたんだが、誤解を解いたら年かさの警備員が茶目っ気を出して、買い物の間だけヴァルツをここに置いてけと言ってきてね。
今の時間の担当者が童顔だから、迫力を出すのにちょうどいいだろうって。
なるほど、言われてみれば指をさされた警備員は、確かにちょっと幼い顔をしてる。体つきは結構鍛えられているようなんだがな。
まぁそのくらいなら別に構わんか、と、美味い昼飯が食える店を教えてもらうことで話はついた。
……しかし警備なのに緩いな、この職場。
話を戻そう。
ユニを連れて公売所の中を一通り案内したうえで、お目当ての試食コーナーに向かった。
コーナーには複数の店員がいて、それぞれ客の求めに応じて岩塩を少し削って差し出している。
味の比較用として数種類を板に乗せて出してもくれるらしく、ユニは3級から特級までの4種類を注文した。
ユニが真剣な表情で3級から順番に味を見ていき、全部を口にし終えたところで考え込む。
少しの時間の後、ユニは店員に板を返しつつ礼を言うと、俺の方を振り返った。
「あの、1級と特級を買いたいのですが、よろしいでしょうか?」
「2種類買うのか?」
「はい。特級のお塩も美味しいのですが、1級のお塩も特級にはない味があって、こちらもいい品なんです。
むしろ狩りで仕留めたような、少し癖のある野生肉の場合は1級のお塩の方が合う気がします」
ユニの言葉が聞こえたのか、店員が少し微笑みながら小さく頷いた気がした。
「ふむ、なるほどな。じゃあ両方買うか」
これから先は旅暮らしで狩りをする機会も増えるだろう。そうして獲った肉が旨く食えるなら、金を惜しむ道理はない。
結果、特級と1級の塩をそれぞれ中くらいの袋で2つずつ買うことにした。
買うものは買ったので、入口の所でヴァルツを回収する。
「眼鏡にかなうものはあったかい?」
「ああ、特級と1級の塩をそれぞれ買わせてもらった。商売じゃないから量は少なめだがな」
「なに、それでも買ってくれるなら有り難いもんだ」
ヴァルツを侍らせていた童顔の警備員とそんなやりとりをし、ヴァルツを引き取った。
「虎もありがとうよ。お前さんが隣で睨み利かせてたお陰で俺まで強くなった気分が味わえたぜ」
そう言って警備員が頭をなでると、ヴァルツは目を細めて喉を鳴らした。
「で、例の旨い店だがな、この通りを東に行くと右手の角に馬具を扱ってる店がある。
そこを左に曲がって少し歩けばランタンキノコ亭って食堂があるからその横の路地を入っていきな。
その路地のどん詰まりに名前のねぇ飯屋があるんだ。地べたに立て看板が出てりゃ開いてるから、行ってみるといい」
「ランタンキノコ亭の路地のどん詰まりね。ありがとさん。じゃあ引き続き仕事頑張ってくれ」
「おう」
警備員に礼を言って、言われたとおりにランタンキノコ亭を目指す。
確か前回来たときは昼飯で大ハズレを引いた記憶があるから、是非とも今回は美味いものを食いたいところだ。
-2-
警備員に教えられたとおり、馬具の店を左に曲がって少し歩くとキノコの看板が下がっている店を見つけた。
この店からもいい匂いがするので気にはなったが、まずは教えられた通り路地に入って名無しの飯屋を目指す。
うむ、こんなところにある店は地元民にでも聞かなきゃわからんわな。
陽の差し込まない狭い路地を、ヴァルツを先頭に歩いていくとやがて突き当りが見えてきた。
さて立て看板は出ているかな……と見ると、確かにそれほど大きくない立て看板が置いてあった。
近づいて看板の文字を読んでみると「本日の日替わり定食 豚の香草焼き パンとシチュー付き 半銀貨5枚」と書いてある。
どうやらここがその店らしい。
入口がちょっと気取った民家程度の扉なので、看板が出ていなければ飯屋だとは気づくまい。
「邪魔するよ」
扉を開けて中に入ると、店内はテーブルが2つとカウンター席が4つだけという小さな作りだった。
店の内装やテーブル、椅子はどれも年季が入っているが、きちんと掃除されているようで汚らしさは感じない。
厨房は中年の男が一人で切り盛りしているらしい。
先客はカウンターに2人、テーブルに2人と、大繁盛ではないがそれなりに客の入りはいいようだ。
「いらっしゃいませ」
少し腰の曲がった老婆がゆっくりと近づいてきた。
「3人と虎1頭なんだが行けるかな」
「はいはい。大丈夫ですよ。そちらのテーブルにどうぞ」
言われた席につき、日替わり定食を4人分と生肉を1人分注文する。飲み物はエールしかないそうなので、それを人数分頼んだ。
「……でも、随分辺鄙な所にある店ね。普通はこんな奥まで来ないわよ?」
料理待ちの間にイツキが声を潜めて尋ねてきた。
「だな。この店を目当てに来ない限りは、まず入口の食堂に吸い込まれるだろう」
「でもこういうお店って、隠れた名店みたいで面白いですよね」
「知る人ぞ知る、ってやつかな」
そんなことを小声で話し合っていると、やがて酒と料理が運ばれてきた。
酢漬けっぽい野菜の隣には香草をまぶされた豚肉があり、いい匂いを放っている。
シチューというか半透明のスープにはいくつかの具が沈んでおり、添えられたパンもなかなかの大きさだ。
これで半銀貨5枚はちょっと安いかも知れん。
「じゃあ、始めっか」
それぞれが独自に食前の祈りを捧げ、料理に取り掛かる。
「……ほぅ」
俺はまず口を湿らすのにシチューから取り掛かったが、なんというか、味が深い。安食堂にありがちな塩気のたりない薄味ではなく、ちゃんと料理としての味がする。
ついで酢漬け野菜に手を伸ばす。うむ、これも美味い。酸味が柔らかくて優しい味がする。
そして主菜の豚肉だが、これも脂がのっていてまた美味い。丁寧に筋切りがされている上に、まぶされた香草がいい仕事をしている。
惜しむらくはエールがややぬるいことだが、こればかりは冷蔵庫がないので仕方あるまい。この世界でキンキンに冷えた飲み物を期待するのは酷というもの。
だがそれを差し引いても、この店はアタリだ。
女の子を誘ってデートに使うような店ではないが、気軽に食いに来れる飯屋としてなら脳内ランキングに載せたいところ。
見ればイツキもユニも満足そうに料理をつまんでいる。
「ディーゴ様、これ、見てください」
俺の視線に気づいたのか、ユニがオムレツの欠片を指し示した。
「シチューに入っているお野菜は面取りとか隠し包丁とか下ごしらえがしてあるんですけど、それで出た余りをオムレツの具に使っているみたいなんです。
お野菜を残らず使い切っているんですね」
言われてみれば確かに小さなオムレツには細々した野菜が混ぜられている。
「こうやってきちんと野菜を使い尽くしてくれると、作ってくれる人が野菜を大事に思ってくれてるようで嬉しいわ」
イツキが満足そうに微笑む。
……なんか日本料理でもそんな姿勢があると聞いた気がするな。
腕のいい料理人は、素材を余すところなく使い切るから出るゴミの量も少ないんだとか。
飽食の時代と言われ、大量消費と大量廃棄が当たり前な世界に生きてきた身としては、そういう考えはちと耳が痛い。
大根や人参の皮を使ったキンピラはたまに耳にするが、ぶっちゃけ自分で作ったことはないしな。
まぁ精々が蕪や大根の浅漬けとか味噌汁に、葉っぱも刻んでぶちこむ程度だ。
ともあれ、料理の味とそれに向かう姿勢からして、ここの料理人の腕がいいのは間違いない。
満足のいく食事を終え、代金と共に美味かったよと礼を述べたら、老婆は顔をしわくちゃにして喜んでくれた。
料理人の素っ気なくもやや嬉し気な「またどうぞ」の声に送られて店を出ると、大きく伸びを一つ。
後は連れだって街中の商店を軽く冷かせば、この街での用事は終わる。
できれば塩鉱山を見物したいとも思ったが、まぁそんなものを見たがる物好きはこの世界にはあまりいないだろうし観光地化もされてないと思うので、いささか後ろ髪を引かれる思いでスルーすることにした。
冷かしがてらに明日からの道中の買い物を済ませ宿の綿帽子亭に戻る。
部屋に入り荷物からとーちゃん冒険者の手記を引っ張り出すと、今日の名もない飯屋のことを追記しておいた。あそこは忘れずに再訪したい。
明日はこの街を出て南南西に向かう。
とーちゃん冒険者の手記に寄れば、ここソルテールから徒歩10日ほどでウィータという街につくらしい。
今の予定ではそこから冒険者として依頼をこなし始めるつもりだ。
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