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第10章

第16話 街を後にする前に3

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―――前回までのあらすじ――――
春の大市を前にした、街の住人たちのスペース確保セール(不用品放出セール)で結界魔法の魔法書を買った主人公。
しかし本来の目的はまだ果たせていない。早く新物産のネタを絞り出さねば。
―――――――――――――――


-1-
 街に出たおかげで意図せぬ買い物をしたが、新物産のネタはまだ思いついていない。
 魔術師ギルドを出た時点で、時間はもう昼を回っていた。
 とっとと考えないと追放期間が1年延びるのだが、買った3冊の本がさっきから『早く読んで』と誘惑してくる。
 いや、魔法書は今の時点では手が出せないので、正確には魔物図鑑ととーちゃん冒険者の手記が、だが。
 魔物図鑑の方は読んだところで新物産が思いつくとは思えないのだが、手記の方は目を通せば何か思いつくかも?という悪魔のささやきがどうにも振り払えない。
 くっ、このまま街を散策するか、手記を読み始めるか悩むところだ。

 誘惑に耐えつつ1時間ほど街をぶらついてみたが、どうにも本の中身が気になって店の品ぞろえが頭に入ってこない。
 仕方がないので適当な場所に腰を落ち着けて、とーちゃん冒険者の手記に限りさわりというか項目だけでも流し読みすることにした。
 表紙をめくると前書きも導入もなしにいきなり情報の羅列が始まるので、まさに手記というかメモだが、その内容はなかなか興味深かった。
 ざっくりと流し読みした感じでは、このとーちゃん冒険者はディーセンのある大陸の東部から中央部で活動していたらしい。
 立ち寄った街にはそれぞれ注釈がついていて、腕のいい武器職人がいるとか〇〇が特産品といったことが書かれていた。
 ちなみにディーセンのことは『地方のよくある田舎都市で、特筆すべき物産や施設は特にない。ただし、治安は比較的良好』と書いてあった。
 水飴やステンドグラスが載っていないところを見ると、つい最近のことは反映されていないようだ。
 ただその他にも、その土地で出遭った魔物や簡単に採取できる素材類が載っていたりと、内容は多岐にわたるので興味深く読ませてもらった。
 考えてみれば、他の冒険者が培ったノウハウに触れる機会というのはあまりない。
 同じパーティーや依頼で一緒になったときには情報の共有が行われるが、それを除けば酒の席での自慢話が精々だ。
 こういった情報が個人だけで完結してしまうのはちょっともったいないな、と思ったところで会社員時代を思い出した。

 あれは確か2007年問題だったか?
 人数の多い団塊の世代が定年を迎えて一斉に退職するまえに、彼らが培った技術やノウハウを若手に継承させようって社会的な動きがあった。
 ウチの会社も右へ倣えで「退職予定のベテラン社員のノウハウを可視化・文書化しよう」って部内ミーティングで管理職が何度か議題にぶち上げたことがある。
 ウチの管理職だけでなく、取締役クラスの偉い人もオンライン形式の全社朝礼でそんなことを言っていた(ような気がする)ので、全社的に動きがあったのだと思う。
 確かにベテラン社員が培った現場直結のノウハウを若手社員が利用できるなら、そのメリットはかなり大きい。
 書類によるファイリングではなく、サーバーを使ってデータベース化し、社内で公開して社員なら自由に閲覧できるようにしよう。
 そんな構想が社員全員に通達されたような記憶がある。



 まぁ、結局は掛け声だけで何も形に残らなかったわけだが。
 いやね?ノウハウを出せ、まとめろ、データベース化しろと言われても、実際にその作業を誰がいつやるのよ、と。
 慢性的な人手不足で日々の通常業務だけで手一杯(しかも常に若干遅れ気味)なのに、さらに追加の仕事をしろと言われてもねぇ……。専任の担当をつけるならまだしも、そんな話も全くないし。
 製品開発の納期と違って明確な締め切りがなかったうえに、日々の業務より優先順位が劣るとあってずるずると後回しにされ、いつしかその話も聞かなくなりましたとさ。
 何度目かの部内ミーティングの後に「社員は一人最低1件以上出せ」と渡されて渋々書いて課長に出したノウハウの書類は、その後どうなったか誰も知りません。
 あえて部課長に書類の行方や進捗を尋ねる勇者もいなかったしね。
 ちなみにその後、社内向けホームページで検索をかけてもノウハウ継承に関する事象は全く見当たらなかったので、他所の事業所や工場でも状況はウチと似たようなものらしい、と思っている。
 毎日ヒマを持て余してる部署ならいざ知らず、こういう優先順位の低いあやふやな仕事ってのは「誰が」「何を」「いつまでに」終わらせるか明確にして、文書等の記録に残してプレッシャーかけんと話はそうそう進まんもんよ。

 おっと話がそれた。
 異世界に来て何年も経つのに、会社のことになると愚痴が止まらんのは悪い癖だな。
 しかし、冒険者に限らずそれぞれが培ったノウハウというのは立派な財産という意見に異存はない。
 微に入り細を穿つ内容でなくても、各街ごとの特徴だけでも事前に知れるのは結構ありがたいと思う。
 次に向かう予定の街のことなどは冒険者ギルドとかで聞けば教えて貰えるのだろうが、その前段階、目的地を選ぶ・探す参考にできるようなガイドブック的なものがあれば欲しいとか読んでみたいと思う人は少なくないだろう。
 ……とはいえ、今の貧弱な情報伝達手段ではな。
 紙は安くないしコピーは筆写だしで、大量複写には向かんのよね。壁新聞がイイトコよ。
 複写するには版画って手もあるけど、あれは彫るのも大変だし応用というか流用があまり効かんしなぁ……。
 昔はどうしてたんだっけ、と、記憶をたどり始めたところで思い出した。
 活版印刷だ。
 ハンコのような1文字毎のピースを組み合わせて文章を作り、それにインクを塗りたくって印刷する方法。
 ひらがなカタカナ漢字の混じる日本語ではピースを作るのに膨大な手間がかかるが、アルファベットに似たこちらの世界の言語(共通語)なら簡単に作れる。
 物産というより技術的なモノになるが、そこはまぁ勘弁してもらおう。もう時間もないし。
 領主に渡す2つ目の物産?を思いついたことで、広げていた本を閉じて急ぎ屋敷へと戻ることにした。
 ……が、その前に領主の館に寄って面会のアポを取っておかんとな。

-2-
 領主の館経由で屋敷に戻ると、もう空は赤く染まっていた。
 さわりだけ流し読むつもりが結構熟読していたらしい。危なかった。
 活版印刷の原理はそもそも単純なので、別に複雑な工程は必要ない。
 ただ、必要となる文字のピースの数が膨大なだけだ。
 1文字につきピース1個だけでは文章は作れないので、1文字につき20個くらい同じピースを作る。
 初めは反転文字を作るのにイメージ通りに行かなくて幾つも失敗したが、鏡に文字を写してそれを見ながら作ればいいんじゃね?ということに気が付いてからは作業精度がかなり上がった。
 だがこれ、ピースを1個ずつ作っていくので魔力も使うし結構疲れる。
 魔法でモノを作る場合、造形はかなり自由にできるんだが、複数同時作成ができんのよ。
 2つに割る前の割り箸は作れても、割った後の箸は1度に作れないといえば分かるだろうか。
 仕方なくちまちまと30個ほどピースを作ったあたりで夕食の用意ができたとユニが呼びに来たので食堂に降りる。

 夕食を食べながら皆の進捗を確認すると、持っていく荷物の選別はほぼ終わったらしい。
 ただそれらを詰める鞄が必要なので、明日、交代で買いに行くそうだ。
 俺の方は明日から挨拶回りを始めることと、もしかしたらとーちゃん冒険者の奥さん(ルイナという名前らしい)が来るかもしれないので、その応対を頼んでおいた。
 今日渡した金が多すぎると言ってきたら、適正価格だと受け取らない。
 渡した金が少なすぎると言ってきたら、金貨2枚までは追加で出す。それ以上は出さない。
 取引はなかったことにと言ってきたら、後で俺が出向くと伝える。
 それ以外の話だったら内容だけ聞いて俺に指示を仰ぐと伝える。
 この4パターンを想定しておけばおそらく問題はないはずだ。

 夕食が済んだ後は再び自室に戻ってピース作りを再開する。
 だが、追加でもう30個ほど作ったあたりで魔力が尽きた。
 俺の魔力じゃ1日に60個くらいしか作れんのか。3日後までに800ちょい作らにゃならんのに全然足りねぇじゃん。
 ……仕方ねぇ、イツキの先生!おねげぇしやす!!
「なに?呼んだ?」
「スマンがちょっと手伝ってくれ。俺一人じゃ魔力が足りん」
「別にいいわよ。何をするの?」
 尋ねてきたイツキに内容を伝え、同じようにピースを作ってもらう。
 流石、樹の精霊だけあってコツを掴めば作業は早い。俺の時の3割増しくらいの速度でピースが出来上がっていく。
 しかし思っていたより限界は早く訪れた。
「ごめん、これ以上はもう無理」
 そう言ってイツキが音を上げたとき、ピースは80個近くが追加で出来上がっていた。
「すまん助かった。悪いが明日と明後日も頼む」
「えー、明日と明後日も?」
「3日後までに800とちょっと必要なんだ」
「今出来てるのは?」
「合計で140ちょっとだな」
「……それって明日と明後日も作っても全然足りなくない?」
「そうともいう。これからヴァルツも動員するが、足りない分はなんとかする。明日は冒険者ギルドに顔を出すしな。そこで術晶石なり魔力回復ポーションなり仕入れるさ」
「ならそっちは任せるわ。終わったら蜂蜜酒つけてよね」
「了解」
 イツキが戻り、俺の中で眠りについたのを感じて今度はヴァルツを呼びに行く。
 魔法を使うのに使い魔の魔力を使うこともできるはずだからな。
 玄関の中に敷かれた毛布で寝ていたヴァルツを起こし、自室に連れて行く。
〈兄弟、こんな夜にどうした?〉
《ちょっと魔法を何度も使う必要があってな、お前さんの魔力を使わせてくれ》
〈そうなのか?なら好きに使うといい〉
 ヴァルツの了解が得られたので、繋がりを太くした状態でピース作りを再開する。
〈うむ……なんか奇妙な感覚だな。力が抜けていくようだ〉
《頭が痛くなり始めたら言ってくれ。それが限界の合図だ》
〈分かった〉
 しかしヴァルツの魔力を使っても追加で20個を作るのが精々だった。
 ヴァルツに礼を言い、明日と明後日の協力も頼んで寝床に戻ってもらう。
 今日1日で出来たピースは約160個。
 明日と明後日も同じ数を作ると480個で800個には程遠い。
 計算すると、魔力を使いきった俺を6回、全回復する必要がある。
 明日は魔力回復ポーションや術晶石をかなり仕入れる必要がありそうだ。
 くっ、時間があればこんな散財しなくていいのに。


―――あとがき――――
話中で出た2007年問題に関するヒトコマは、作者のいる会社であった実話だったりします。
他の会社ではどうだったのでしょうか?
―――――――――――――――
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