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第10章

第8話 アモル王国の魔手2

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―――前回までのあらすじ――――
買い物に出かけていたユニが攫われ、ヴァルツも半死半生の目に遭わされた。
衛視から連絡を受けた主人公は、かねてより話をしていたミットン診療所のエルトールとアルゥに救出の為の協力を依頼する。
―――――――――――――――


-1-
 ミットン診療所で応援を頼むと、大急ぎでヴァルツのところに戻った。
《ご苦労。動きはないか?》
〈出て行った者はいないが、追加で二人入っていった〉
 ふむ、すると敵は最低でも7人いることになるのか。
 手練れがいて勝負が長引くと厳しいな。
〈双尾猫どのとの話はどうだった?〉
《そっちは問題ない。最低13匹に追加で人間が3人と、予想以上の応援が集まりそうだ》
〈ふむ、それは良かった〉
「でも突入する人員はどうするの?あたしたちと敵に加えて応援の人間が3人いたんじゃ、部屋の中で身動き取れなくなるわよ?」
《突入は俺達だけで、追加の3人は出口を見張っていてもらう。今回は誰も逃がさん》
「大丈夫かしら?」
《応援の面子を見て決めよう。戦力として心もとないなら、魔法で出入り口を塞ぐことも考える》
「それがいいかもね」

 その後はアルゥたちの応援を待って、じりじりとした時間を過ごす。
 やがて姿を見せたのはアルゥだった。
「待たせたな」
「有難い。結局何匹集まった?」
「それがのぅ、我も我もと集まって30を超えてしもうた」
「そりゃ多すぎだ。20くらいで良かったんだが」
「これでも、腹に子を宿したものは除外したのじゃぞ?」
「……まぁ仕方ねぇか。スマンが20を選別して、残りは家の見張りに回るよう言ってくれ。逃げ出す奴がいたらあとを追ってほしい。
 食べ放題には全員参加させてやる」
「うむ、承知した」
 頷いてアルゥが傍の壁を駆け上がる。つられて上を見ると、あちこちの屋根の上から大量の猫が無言でこっちを見下ろしていた。
 ……あんなに集まったのに全然気づかんかったわ。
 次いでしばらく後、エルトールがチンピラ風の男3人を連れてやってきた。
「間に合ったようですね」
「スマンな、助かる。その3人が応援か?」
「ヘイチっす」
「ニックっす」
「サンズっす」
 俺の問いに3人がそれぞれ頭を下げた。
「急な話に集まってくれて感謝する。俺はディーゴってもんだ。……俺の記憶違いかもしれんが、どこかで会ったことなかったか?」
 うん、なんかこの3人の顔というか雰囲気というか、どうも初めてじゃない気がするんだよな。まぁ自信はないんだが。
 するとエルトールが苦笑いを浮かべ、3人は覚悟を決めたように再び頭を下げた。
「スンマセン、前にスラムでディーゴさんに喧嘩売って逆に凹られたことがあるっす」
「確か、去年の今頃だったと思うっす」
 ……はて?品行方正な俺がスラムで乱闘騒ぎなんて起こしたかな……と、記憶をたどっていると、エルトールが助け舟を出してきた。
「ディーゴさんがウチの依頼を初めて受けてくれた時のことですよ。熱病の原因を調べるのにスラムの調査をお願いした時です」
「……ああ、あのときか」
 そういやあの時、チンピラに絡まれて叩きのめした、ような、気が、しないでもない。それがこの3人か。
「なんか見たことないヤバそうな奴がスラムで妙な事やってる、ってんで、他の住人から声がかかったんで」
「ディーゴさんが結果を報告しに来た後でこの3人が診療所に来ましてね。ヤバいヤツがスラムに来た、ってんで話を聞いたらディーゴさんのことで」
「熱病を調べてくれてたってのに、喧嘩売ってすんませんした」
「「すんませんでした」」
 3人が揃って頭を下げる。
「まぁ不幸な行き違いってことで、そこは気にしないでくれ。俺も逆に手をあげて悪かった」
 俺がそう言って軽く頭を下げると、3人はほっとしたような表情を見せた。
「では、話もついたことで……私たちは何を手伝いましょうか?」
「そうだな……」
 エルトールの問いに答えるように4人を見る。せっかくの応援だがエルトールも3人も、突入班に加えたいほどの技量は期待できない。となると、当初の予定通りか。
 だがまぁ、表裏の出入り口を塞ぐまではしなくてもよさそうだ。
「4人には2手に分かれて、俺たちの突入後にあの建物の裏表の出入り口を見張ってもらいたい。出入り口から逃げ出すような奴がいたら、とっ捕まえてくれ。
 ユニを攫ったうえに散々この街に悪さを仕掛けてきた連中だからな、面倒ならぶち殺しても構わん。衛視の方には俺が言い訳する」
「分かりました」
「ただな、相手はアモル王国の非正規部隊っぽくてイマイチ技量が読めねぇ。敵わないと思ったら無理せずに引いてくれ。その場合は、アルゥが連れてきた猫たちが後を追うことになっている」
「なるほど」
「それともう一つ、俺たちが突入することで騒ぎになると思う。付近の住人が様子を見に来るようなら、事情を話して迷惑はかけないことを伝えてくれ」
「分かりました。じゃあヘイチさんは私と一緒に表を、ニックさんとサンズさんは裏をお願いします」
「へい」
「わかりやした」
「ディーゴさんもお気をつけて」
 そう言って4人が散っていく。太陽の位置から見て、もう少しすれば暮れの鐘が鳴るだろう。

-2-
ゴーン、ゴーン、ゴーン、ゴーン、ゴーン、ゴーン……
 暮れの鐘が鳴った。突入の時刻だ。
「うし、行くぞ」
 イツキを俺の中に隠し、ヴァルツを連れて隠れていた路地からでた。
 戦槌は腰に下げたままだが、盾の爪は出している臨戦態勢だ。
 こころもち速足で、浮浪者が寄りかかっている家の前に立つ。
 その瞬間、隠していた短剣を抜いた浮浪者に盾の下縁を踏みつけながら叩き込んだ。
「がびゅ」
 腹に3本爪を刺された浮浪者が苦悶の息を漏らす。
 腹に突き刺した盾をこじるように持ち上げて引き抜くと、浮浪者は腹を真っ赤に染めて横に倒れた。
 断末魔のけいれんを起こす浮浪者を蹴り除けると、腰から戦槌を外してドアノブに叩きつける。
 2度3度と叩きつけてドアノブを破壊すると、盾をかざしながら戦槌を引っかけて扉を開いた。
カッ、カッ
 扉が開き切る前に、中から矢が2本飛んできて盾に突き刺さる。
「ガァウ!!」
 その直後、脇をすり抜けてヴァルツが中に躍り込んだ。
「ぎゃあああ!」
「うわっ、うわぁあああ!」
 ヴァルツに続いて飛び込むと、中には弩を持った男が2人いた。ただ、一人はヴァルツに腕を噛まれつつ頭を押さえられており、もう一人は腰の抜けた体で矢をつがえていない弩をヴァルツに向けていた。
「ふっ!」
 腰の抜けた体の男に駆け寄ると、盾を振り上げて叩きつける。男は弩をかざして防ごうとしたが、そんなもので防げる訳がない。
 弩と腕の守りを無視して、盾の爪が男の顔面に突き刺さる。
 男はその一撃で動かなくなった。
 男の顔から盾を引っこ抜いたところで部屋の奥の扉が乱暴に開き、裏にいた浮浪者が短剣を手に飛び込んできた。
 飛び込んできた浮浪者は中を見て状況を察し、背を向けて逃げようとしたがそれを許すほど甘くない。
 イツキが伸ばした蔓草に足を取られたところにヴァルツが短剣を持った手に食らいつき、引きずり倒す。
 あとは俺が歩み寄って、盾を4回叩きつけて両手両足の骨を砕いて無力化した。
 次は……と警戒するが、新手が降りてくる気配はない。
 ただ、初めにヴァルツが制圧した弩の一人が、顔にヴァルツの爪によるストライプ模様を作りつつ腕をおさえてひぃひぃ言っていたので、こいつも盾で両足を砕いて無力化しておいた。

「……とりあえず今の時点で4。残りは3と言いたいが、そんな数じゃなさそうだな」
 1階を制圧し、増援が来ないところを見てとると、ふっと息をついて上を見た。
 上から聞こえてくる怒鳴り声やドタバタ走り回る足音を聞くに、確実に倍かそれ以上はいそうな気がする。
 ……やはり出入り口は塞いでおくか。
 表口と裏口に待機している4人を呼んで、即席のバリケードを作ってもらうことにした。
「早かったですね、もうケリがついたんですか?」
「いや、まだ1階を制圧しただけだ。これからが本番なんだが、どうも上にいる人数が多そうでな。討ち漏らしが心配になった」
「なるほど、って、いや、のんびりしてる場合じゃないでしょう?」
「1階を押さえた以上は奴らに飛び降りる以外の逃げ道はねぇよ。でもま、簡単でいいからちゃっちゃと家具を移動してくれ。あ、外の一人も中に引きずり込んでおいてな。
 俺は階段を見てるから」
「分かりました」
 エルトールと3人がゴトゴトと家具を移動し始める。表玄関は扉を破壊したので家具を積む必要があるが、裏口の扉はそのままなので、扉の上下に楔を打ち込むだけで済ませた。
 まぁ簡単といえば簡単なバリケードだが、逃げ出すときの邪魔にはなるだろう。
 あとは俺とイツキの魔法で扉を塞げば、そう簡単には逃げられなくなる。

 1階の準備が諸々整ったので、本番である2階に突入することにする。
 厄介なのは階段だが、ここは盾を傘のように頭上に掲げて進むしかない。
 右手で盾を掲げつつ、左手は死体を一つ引きずっている。
 今ではすっかり静かになった2階に向けて、さして広くない階段に足をかける。
 ギィ、ギィ……と一歩ごとに階段がきしみを上げる。こりゃ上に丸わかりだな、と思った矢先に足音がして、掲げた盾に液体がぶちまけられる音がした。
 幸い盾で全部防ぐことができたのでこちらに被害はない。ぶちまけられたのは油かと思ったが、どうもただの熱湯らしい。
 盾に熱湯がぶちまけられたのを機に、1段抜かしで階段を駆け上がり、盾を構える。しかし誰もいない。
 階段を上がった先には短い廊下があり、その先に部屋へと続く扉がついている。
 ヴァルツが苦労して引き上げてきた死体を受け取り、ゆっくりと扉の前に立つ。
 恐らく、というか間違いなく、扉の向こうでは何人もが息を殺して準備万端で待ち構えているはずだ。
 突入と同時に何本もの矢が出迎えてくれる可能性は決して低くはない。
 だが、扉が奥に開くタイプなのは運がいい。
 まずは少し離れた所から、盾を一杯に伸ばして軽く扉をノックした。



 しかし向こうから反応はない。
 ならば、と今度は盾の縁をドアノブに叩きつけた。3度ほど叩きつけたところでドアノブが破壊され、扉がわずかに開く。
 次の瞬間、左手に引きずっていた死体を思い切り扉に向かって投げつけた。
 扉を乱暴にぶち開けて投げ込まれた死体が派手に転がる音と、幾つもの乱れた足音、狼狽したような声が続く。
 そんな中に、俺はのそりと姿を見せた。
「よぅ、来てやったぜ」
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