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第10章

第5話 行商人と子供5

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―――前回までのあらすじ――――――
指名されて受けた護衛の依頼は、ディーゴを始末する罠だった。
なんとか襲撃を退けたディーゴとイツキは、急ぎディーセンへと駆け戻る。
――――――――――――――――――


-1-
 襲撃の後、夜に日を継いで帰路を急ぐこと4日、特に妨害や追加の襲撃もなくディーセンに戻ることができた。
 そのまま冒険者ギルドの支部に向かうと、受付に歩み寄った。
「ディーゴってもんだが、副長はいるかい?」
「はい。おられますけど……どういったご用件でしょうか?」
「ここで受けた指名依頼で、依頼人に殺されかけたんだが」
「!しょ、少々お待ちください!」
 話を聞いた受付が慌てたように奥へと消えてゆき、ギルド副長のバーシェムを連れて戻ってきた。
「ディーゴか。指名依頼で依頼人に殺されかけたと聞いたが?」
「その通りだ。アンブーという行商人の指名依頼で、カールという子供と一緒にボコム村まで行く依頼だった。
アクロスという街を出て2日目に賊の襲撃があって、その時に一緒に襲ってきた」
「……そうか。ウチの職員が半端な仕事をして済まなかった。で、そいつらは?」
「依頼人2人と賊6人だが、途中で逃げた一人以外は殺してその場に捨ててきた。まぁ3人はキッチリ止めを刺したわけじゃないが、まず9割助からんだろう程度に痛めつけてきた」
「そうか。で、そいつらはいったい何者だ?」
「それでちょっと場所と職員の手を借りたい。誰の差し金か聞いてはみたが、俺のやり方では口を割らなくてな、かわりに身ぐるみ剥いで持ち帰ってきた。その鑑定を頼みたい」
「わかった。そういう事ならウチの倉庫を使え。そういう事に詳しい職員をつける。一応俺も同席するぞ」
「じゃあよろしく。俺は先に行って店広げとく」
 副長に言ってその場を離れると、倉庫に移動し職員に断って荷物を広げることにした。

 武具に所持品、服に靴、下着まで、思い出しながら一人分ずつ並べていく。
 4人目の分を並べ始めた辺りで副長が初めて見る職員を連れて姿を見せた。
「待たせたな。こいつは品物の鑑定に詳しいコゼイユだ」
「コゼイユです。初めまして。話は副長より伺いました」
 そう言って中年太りの男性が手を差し出してきた。
「ディーゴだ。手間かけさせて悪いがよろしく頼む」
 そう言って差し出された手を握り返す。
「では早速始めさせてもらいますが、そこに並んでいるのがそうですね?」
「ああ、一応それぞれが持っていたもの毎にまとめてある。まだあるから、そっちは順次並べてく」
「わかりました」
 コゼイユが頷くと、初めに並べた物品の前にしゃがみ込み手に取って調べ始めた。
 その間に俺は残りの品物を並べていく。
「……おいおい、服は分かるが下着まで剥いで持ってきたのか?」
 俺が並べる品を見て副長が呆れたように声をあげた。
「下着に秘密文書を縫い込むこともあるんじゃねぇかと思ってな」
「ずいぶん念が入ってんな」
「まぁ、半分以上は嫌がらせだけどな」
「……死人に嫌がらせかよ」
「理由も言わずに襲ってきたんだ、そのくらい覚悟の上だろ」
 副長とそんな軽口をたたき合いながら、残りの品を並べ終えた。
 その間にコゼイユは3人目の所持品の鑑定に取り掛かっている。
「(小声で)で、お前さんはどう見る?」
 コゼイユの様子を見ながら、彼の邪魔をしないように副長が尋ねてきた。
「(小声で)アモル王国の名前を出したらわずかに反応した。他にも心当たりがないでもないが、そっちの可能性はかなり低いと思う」
「(小声で)ほう、その相手と理由は?」
「(小声で)俺はこんな見てくれだ、毛皮か奴隷目的かで過去に襲われたことがある。ただその時は全員返り討ちにしたし、時間も経っている。
 別の奴隷商も考えたが、それにしちゃ手が込みすぎてるし、襲ってきた奴の口も固すぎる。
 その点アモルは最近の話だし、襲ってきた奴を取り逃がしもしている。可能性で言えばこっちの方が高い」
「(小声で)まぁ、そう考えるのが妥当だな。で、コトが起きたのはいつだ?」
「(小声で)依頼を受けたのは先月の確か19日。翌日出発して30日に襲われた。その後は急いでとんぼ返りだ」
「(小声で)……アクロスの先から4日で戻るか。なんつう足をしてやがる」
「(小声で)体の作りが違うんでね。っと、終わったみたいだな」
 コゼイユが7人目の所持品を置いて立ち上がるのを見て、副長に促した。
「終わりましたよ」
「ご苦労、何かわかったことはあったか?」
 副長が尋ねると、コゼイユは頷いてメモを開いた。
「賊と思われる5人の方は、身元がはっきりとわかるようなものは持っていませんでした。武具も着ていた服もありふれた品で、どこでも手に入る一般的な物です。
 行商人の方は商業ギルドのギルド票を持っていましたが、多分偽物でしょう。子供の方は針剣(スティレット)に毒が塗られていて、毒壺を持っていました」
「毒の種類は分かるか?」
「『食屍鬼グールの爪』といわれる即効性の麻痺毒ですね。裏社会では割とよく使われる毒です」
「……これといった手掛かりはなしか」
 コゼイユの答に俺がため息をつく。
「いや、あながちそうとも言えん」
 そんな俺を見て副長が呟いた。
「この場合は『証拠がないのが証拠』だろうな。ここまで身元隠しを徹底する組織は大分限られる。さっきディーゴはアモルか奴隷商かといったが、奴隷商ならここまで徹底はせんよ。まぁ8割がたアモルの残党とみていいだろう」
「私も同意見です。ここにあるのは靴も、服も、装備品も全部がありふれた品物です。別の見方をすれば、『ありふれたもので揃いすぎ』ています。
 余程正体を知られたくない組織が絡んでいる、と見ていいでしょう」
「……まだ尾を引いてんのかよ。勘弁してほしいぜ」
 薄々感づいてはいたが、改めて指摘されるとため息しか出ない。
「ともあれ、今後しばらくは身辺に気を付けることだ。俺の所も指名依頼があったときは裏取りをしっかりやるよう通達しとく」
「よろしく頼んます」
 まぁ、また同じ手で来ることはないと思うけどな。
「この品物はどうする?」
 話が一段落したところで副長が尋ねてきた。
「金になりそうなのは引き取ってください。あとは捨てっちまって結構です」
「わかった。所持品の財布の中身に引き取り料に迷惑料を加えたもんを後で届けさせる。依頼は無効になるが迷惑料で勘弁してくれ」
「しばらくは稽古でこっちに通うんで、受付にでも言ってもらえれば顔を出しますよ。じゃ、俺はこれで」
「おう、くれぐれも気を付けてな」
「お疲れさまでした」
 副長とコゼイユの見送りを受けて、冒険者ギルドを後にした。

-2-
 冒険者ギルド支部からの帰り道、少し寄り道をして屋敷に戻った。
 ユニを始めに、ウィル、アメリー、ポールの3人にヴァルツを加えて今の状況を説明した。
「……つーわけで、ちょいと面倒くせぇことになってる。俺が許可を出すまでは不要不急の外出はなるべく控えてくれ。
 とはいえ、日々の買い物とかどうしても外に出なきゃならん用事もあるだろうから、その時は2人以上で出かけるか、ヴァルツを連れて行くように。
 あと、これを常に身に付けとけ。目立たないところにな」
 そう言ってユニと使用人3人に、寄り道して買った小さな布製の袋をそれぞれ渡す。
「これは、なんですか?」
「ただの匂い袋だ。万が一攫われた場合は、その匂いをたどって追えるようにな。香りが長持ちするものを選んで詰めてあるから、交換は気にしなくていい。
 本来なら護身用の魔道具の一つも用意するところだが、そこまで金がなくてな」
「あの、護身用の武器とかは持たないでいいんでしょうか?」
「素人が武器を持つと逆に危ない。下手に抵抗したりはするな。襲われたらまずは逃げることを考えろ。
 二人とも逃げることが無理そうなら、年長者が囮になって捕まって、若い方はわき目も振らずに逃げろ。誤解のないように言っておくが、これは見捨てるのではなくて助けを呼ぶためだ。
 二人一緒に捕まって発覚が遅れるのだけは避けにゃならん。……とはいえ、それでも逃げるのが無理そうな場合は素直に捕まっておいてくれ。
 連中の狙いは俺だろうからな、大人しくしてれば手荒なことはされんと思う」
「「「わかりました」」」
 皆が頷いたのを見て解散すると、残ったヴァルツに話しかけた。
「事情はさっき話した通りだが、お前が要になる。しばらくの間よろしく頼むぞ」
「がるっ」
「あとイツキ」
「なに?」
「多分ねぇとは思うが、一応侵入者を感知できるよう準備しといてくれ」
「わかったわ」
「んじゃ俺はもう一度出てくる」
「まだ何かあるの?」
「事前に打てる手は打っておきたい。まぁ上手くいけば、の話になるがな」
 イツキの質問にそう答えると、屋敷を出てミットン診療所へと向かった。

 夕暮れの道を歩いてミットン診療所に到着する。
「うぃっすー、って、今の受付はウェルシュか」
 玄関を開けて受付のウェルシュに声をかける。幸い待合室に人はいないので、順番に気を使う必要もない。
「ディーゴか。屋敷の誰かでも体調を崩したか?」
「いや、そっちは大丈夫だ。今回来たのはアルゥに用があってな」
「そうか、ちょっと待っててくれ」
 ウェルシュは頷くと席を立ち、アルゥを連れて戻ってきた。
「おおディーゴ。久しいな。我に用があると聞いたが」
「ああ。アルゥにちょっと聞きたいんだが、お前さん、猫を相手に顔が利いたりしないか?ヴァルツを相手にしたときみたいにさ」
「顔が利くもなにも、我はこの辺りの猫たちの世話役のようなものだが?」
 アルゥが何をいまさらといった風に返す。
「アルゥが来てから猫がよく姿を見せるようになったな。時々話をしているようだったのはその件か」
 ウェルシュが補足するように話に割り込んできた。
「うむ。基本的に我ら猫は独立独歩を好むが、1匹だけではどうにもならんこともある故な。そういう場合はできる範囲で助力をしておる」
「そんなことになってたのか。だがそいつは助かる。実はな……」
 そう前置きすると、アモル王国との件がまだ続いているようで、先日偽の依頼で襲われたことを話した。
「……というわけでな、もしかしたらウチの使用人にも類が及ぶかもしれん。その時にちょっと助力を頼みたいんだ。まぁ危険なことを頼むつもりはないから、その点は安心してくれ」
「なるほどな、そういう理由であれば我も手を貸そう。だが、我はともかく他の猫たちはタダ働きという訳にはいかぬぞ?」
「それについては肉食い放題でいいか?主に鶏肉になるが」
 確か猫には茹でたささみをほぐしたのがいいと聞いたことがある。
 元日本人としては鰹節もあげてみたいところだが、こっちにはないしな。ち〇ーる?もっとねぇよ。
「できればチーズもつけてくれぬか?あれも美味ゆえ、な」
「了解。なら協力者には鶏肉とチーズ祭を開くと伝えてくれ」
「承知した。それであれば結構な数が集まろう」
 そう言ってアルゥがにかっと笑う。
「助力を頼むときはまた来る。それまでは根回しでもしておいてくれ。一応用件はそれだけだ。邪魔したな」
「うむ、ディーゴも気を付けるのじゃぞ」
「早く片付くことを祈ってるよ」
 アルゥとウェルシュに見送られて、ミットン診療所を後にした。
 ……一応これで準備は済んだ、かな?
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