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第10章

第4話 行商人と子供

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―――前回までのあらすじ――――――
昨日は中継地アクロスで1日の休みを取り、平和に過ごすことができた。
だが依頼人に対する疑念がイマイチ完全に払拭できないまま、護衛の旅が再開される。
――――――――――――――――――


-1-
 翌朝。
 身支度を整えるついでにトイレも済ませておこうと、アンブーらに断って宿の裏口に回った。
 薄暗いトイレに籠ると、精霊魔法で手頃な細い板を作り、昨夜思いついた仕込みを済ませる。
 簡単な朝食を終えて部屋に戻り、旅支度を整えるのに鎧を着こんだところで呟いた。
「む、参ったな」
「どうかしましたか?」
 耳ざとく呟きを聞きつけたアンブーが尋ねてきた。
「いや、ちょっと鎧の脇がね。留め具がイカれたようで上手く閉まらんのですよ」
 この鎧は前後に分かれたパーツを、両脇の留め具で固定する形式になっている。
「左の方は問題ないんですが、右の脇腹の部分に少し隙間が出来ちまうようです」
 そう言って、スキマの部分に指を突っ込んでアンブーに見せる。
「大丈夫なんですか?」
「まぁこの程度の隙間なら大して影響はないと思うんですが、この依頼が終わったら修理に出すしかないですね。買ってそれほど時間は経ってないんですが……あの店はハズレだったかな」
「鎧というとしっかりした作りを想像しますが、そういう事もあるんですね」
 顎を撫でながら呟くと、アンブーが意外といった風に返してきた。
「武器や防具なんてのは雑に手荒に扱うのが当たり前な品ですからね、普通はその辺も考慮して作ってくれるもんなんですが……まぁ人が作る以上は品質の良し悪しはどうしてもね」
「それもそうですね」
 アンブーが納得したあたりで身支度を済ます。色々着込むから俺が一番時間かかるのよ。
「んじゃ、出発しますか」

 城門を出てしばらく歩いて脇街道に入る。
 ディーセンの辺りは森が多いが、アクロスから先は森が途切れて平原と荒れ地が広がっている。
 森に比べればまだ視界が開けているが、起伏や障害物がそれなりにあるので油断はできない。
 むしろ森のようにイツキレーダーに頼れないため、俺にとっては微妙に相性の悪い地形だ。
 ……まぁ森の中のイツキレーダーが優秀すぎるというのもあるんだが。
 仕方ないので時々一人で先行したりしながら、安全を確認しつつ足を進めた。
 この日は特に問題なく進めたが、事は翌日に起こった。

-2-
 そこは左右の崖に挟まれた、いわゆる切通しの道だった。
 街道からだと崖の上の様子は分からないが、賊が待ち伏せするには絶好のポイントだろう。
 イツキに探ってもらおうとしたが、崖の上に草木は生えてないとのことだった。
 ……警戒しながら行くしかねーか。
 左手の盾を両手に持ち換えて、俺は上を、イツキには前後を警戒してもらいながら切通しにさしかかった。
 切通しの真ん中を少し過ぎた辺りで、やはりというか崖の上に人影が立った。
 数は2人。崖の上から矢を射かけてきたので、盾を掲げてそれを防ぐ。
「カール、アンブーさん、俺の傍に!イツキは2人を黙らせろ!倒さんでも下に落とせりゃそれでいい!」
「おっけー!」
 イツキが崖上の弓手2人を絡めとろうと、地面から蔓草を伸ばす。
 それと同時に、切通しの道に4人の賊が姿を見せてこちらに向かってきた。
 4人の構成は、剣が3人と弩が1人。
 剣の3人は向かってきているが、弩の1人はその場にとどまり、こちらに狙いを付けている。
 あえて先制して撃たずに、いつでも撃てるぞとプレッシャーをかけてくるその姿勢がいやらしい。
「カールとアンブーさんは後ろに!俺を盾に隠れてくれ!!」
「は、はぃぃ!」
 盾を前面に立てて2人に指示を出し、向かってくる3人に向けて石礫の魔法を発動させようとしたときに、右脇腹に衝撃を感じた。
 首をねじって見えたのは、カールが俺の脇腹、朝にアンブーにみせた鎧の隙間に針のような短剣を正確に突き立てている姿だった。
ブォン!
 腰に取り付いたカールを振り払うように体を半回転させると、盾の縁を思い切りカールに叩きつける。
 骨の砕ける手ごたえがあり、カールの小さな体が吹っ飛んだ。
「ディーゴ!!」
「そのまま2人を抑えとけ!!」
 声を上げたイツキに短く返すと、こちらも剣を抜いたアンブーに襲い掛かる。
 速攻でアンブーも片付けて前の4人に専念したいが、アンブーは時間稼ぎを目論んでいるようで、守りと逃げに徹してなかなか間合いを詰めさせない。
 背中から矢が飛んできたが、こちらも動き回っているのでそうそう当たることはない。
 盾を振り回しつつアンブーの背後の地面を土の精霊魔法で少し凹ませてやると、下がったアンブーが足を取られて無様に尻もちをついた。
 すかさず盾の下縁を叩きつけて、投げ出された両足の骨を砕く。
「ああああああ!!」
 悲鳴を上げるアンブーに目もくれず、叩きつけた盾を振り向きざまに横に薙ぎ払う。
 それが牽制となって、向かってきた3人の足が止まった。
「……誰の差し金だ、つっても素直には答えねーだろうな」
 3人とその後ろにいる1人に向けて尋ねるが、当然ながら答えはない。
「うわぁぁあああ!」
 その時、イツキの蔓草にからめとられた崖上の弓手が1人転がり落ちてきた。
 3人のうち、2人の視線が一瞬逸れる。
 それを見逃すほどヘボじゃない。踏み込みつつ横向きにした盾を、渾身の力で薙ぎ払う。
 狙われた一人が剣を立てて受け止めようとしたが、下手な武器より重量のある盾を半端な体勢で止められるわけがない。
 薙ぎ払われた盾は受け止めた剣をあっさりへし折り、襲撃者の胴体に食い込んで吹き飛ばした。
 1人が倒されたのを見て、残り2人が呼吸を合わせて襲い掛かってくる。
 2対1、後ろの弓手も合わせれば3対1だが、ぶん回す盾のおかげでなんとか捌けている。
 射線を気にしつつ盾を振り回しているので、弓手としてもなかなか撃てないようだ。
 そのうち崖上の弓手もう一人を片付けたイツキが加わると、形勢は一気に有利になった。
 イツキの操る蔓草に足を取られた二人は、ほどなくして俺に殴り倒された。
 ただ、その隙に弓手の一人はさっさと姿を消していた。

-3-
 こうして襲撃を退けたわけだが、アンブーとカールを含めて襲撃者は8人に及んだものの、1人には逃げられ生き残っているのは剣の2人とアンブーの3人だけだった。
 こいつらにはいろいろと聞きたいことがあるが、脇とは言え街道の真ん中で拷問や尋問をおっぱじめるわけにもいかない。
 仕方なく街道を少し戻り、街道から外れたところに生き残り3人と死体5つを連れ込んで始めることにした。
 1度に2人ずつの4回往復する羽目になったが、誰も通りかからなかったのは僥倖だった。

 とりあえず死体5つは脇に置いておいて、一番物を知ってそうなアンブーから拷問……もとい、尋問に取り掛かった。
「んじゃ、知ってることをキリキリ吐いてもらおうか」
「…………」
 当然ながら答えはない。憎々しげな眼でこちらを睨みつけてくるだけだ。
 仕方がないので口にぼろ布を突っ込み、砕いた足を丁寧に丁寧にかつ力強く揉んでやる。そりゃもうぐりぐりごりごりもみもみと。
「―――――――ッ!!」
 アンブーが目を大きく見開いて激しく暴れるが容赦はしない。気絶すれば頬を殴って目を覚まさせ、さらに足を揉み続ける。
 かなり長い時間、アンブーの足を揉み続けていたが、反応が鈍くなってきたので大きく足を捻じって目を覚まさせたうえでもう一度尋ねた。
「誰の差し金だ?」
「…………」
 涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながらもアンブーは歯を食いしばる。
「……その口の堅さ、アモルの残党か」
 そう鎌をかけてみると、アンブーは答えこそしなかったがぴくりと体を震わせた。
「……まぁいい。口を割らんというならこちらも相応の対応をとるまでだ」
 俺はアンブーに向かって吐き捨てると、死体も含めた全員の身ぐるみを剥がしにかかった。
 武装や所持品から靴に服、下着に至るまですべてを回収しまとめて無限袋に放り込む。
 残ったのは素っ裸にされた襲撃者たち。
 死体はそのまま転がしておき、生き残りにはそれぞれ腹に岩の杭をぶち込んで地面に縫い付けておいた。
 さっさとトドメを刺すことも考えたが、あっさり殺すのも業腹だ。ここまですればまず助からんし、精々苦しみながら死ねばいい。
「あとは勝手に朽ちていけ」
 串刺しにされて細かく痙攣する襲撃者たちを一瞥すると、盾を拾い荷物を一揺すりしてディーセンへの帰路を急ぐことにした。

「ディーゴ、そんなに急いで傷は大丈夫なの?」
 半分走るようなペースでディーセンに向かう俺に、イツキが尋ねてきた。
「傷?怪我は特にしてねぇぞ」
「でも子供に刺されなかった?」
 ……ああ、そういやそうだったな。
「問題ない。刺されたのはアンブーにみせた鎧の隙間だが、そこには木の板を仕込んでおいた。まぁ罠というか、誘いだな。引っかかってくれて良かったわ」
「なんだ、やっぱりディーゴも信用してなかったのね」
「いや、俺一人だったら完全に警戒を解いていた。イツキのおかげで助かったようなもんだ。帰ったら蜂蜜酒2本つけてやる」
「やった。ならアクロスの街で買って行かない?たまには違う蜂蜜酒を飲んでみたい」
「悪いがそれはナシだ。街や村には寄らずに野営で急いで戻るぞ」
「えー?そんなに急がなくてもよくない?」
 イツキが不満の声を上げるが、こればかりは聞いてやるわけにもいかん。
「襲ってきた奴らの中から弓手が一人姿を消した。今回の結果はそいつの手で、命じた誰かの所に報告が行くだろう。命じたそいつが次の手を打ってくる前にディーセンに戻りたい。
 俺が標的にされるだけならまだいいが、ユニや使用人たちを標的にされると厄介だ」
「……そこまでする?」
 俺の心配を告げると、呆れたようにイツキが疑問を呈した。
「……相手は非正規部隊。正々堂々なんて言葉とは無縁の連中だ。卑怯も外道も平気でやってくると警戒しておいた方がいい。
 しばらくは気苦労をかけると思うが、よろしく頼む」
 イツキにそう語りかけると、イツキは真面目な表情で頷いてみせた。

「……しかし、なにがそこまでそうさせるのかね?いざとなれば国からも切り捨てられる、死して屍拾う者なしな稼業だってのによぅ」
終わりの見えない厄介ごとを前に、つい小さなボヤキが漏れた。
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